(初めてだからどういう風に遊女と遊べるのかとかの方式が全然分からないんだよな)
○○はこれから向う遊郭の事を思い描き、顔の締りが一層悪くなっていた。遊郭に関する知識は書籍からのみだったので、その期待は否が応にも高まる。
だが上せすぎていた為、1つの足音に気付かなかった。
浮かれきっていた○○は、鈴仙・優曇華院・イナバと丁度廊下の角で鉢合わせとなってしまった。
「ひゃっ!!○○さん!?」
「あっ・・・・・・!」
○○は、遊郭での事を夢想してのぼせていた為。とっさに当たり障りの無い挨拶をする事が出来なかった。
また、ニヤニヤ顔を見られたのであれば。その事に対する質問は、○○を苦しめるのに十分な物となる。
微妙に引きつる顔の裏には、春画を破り捨てられた際の輝夜の事が思い出されていた。

ただし、のぼせあがっていたのはウドンゲのほうも同じであった。
彼女は永琳から貰った、○○が使っていたタオルの匂いを嗅ぎながらずっと歩いていた。
時折目を瞑り、思いにふけりながら。
そして、○○に見つかったら少しばかり面倒くさい事になるなとも。
自分達のやっている事が。○○から見れば、かなり気持ち悪いと思われても仕方の無い事だとは、ウドンゲも自覚していた。
その気持ち悪い事をしている場面を、見られたのだ。慌てないはずはない。

大慌てでタオルを自分の背中に隠し、大急ぎで今タオルを顔に押し当てていた自然な理由探してた。
「えっと、これは・・・○○さん。実はさっきうがいをしてきたんで」
そう言いながらウドンゲは“しくじった”と心の中で頭を抱えた。自分が通ってきた道には、うがいの出来そうな施設は無い。
「そ、そうなんですか」
但し幸か不幸か。この時の二人の心中はある一点では完全な合致を見せていた。
とりあえず、この場を取り繕い。早く立ち去りたい。

「私は、今日と明日お休みなんで・・・ちょっと里のほうに行って来ます。何かお土産も買って帰りますね」
その為よく考えればおかしい、ウドンゲの弁解の言葉に疑う事もせず。
「それじゃ、優曇華院さん。また後で」
里に行く事を端的に伝えるだけで、その場を後にした。何処に行く、何をしにいくに対してウドンゲが興味を持つ前に。
○○は遊郭に行く事だけを考えていた為。永遠亭への帰宅後、里に何をしに行ったのかを矛盾無く話す必要があると言うことを、完全に忘れていた。
ただし、その事に○○が気付くのは。もう少し後の話になる。


お土産を期待する旨や、里で何をするかの会話をしたほうが自然かなとは思ったが。ウドンゲも、その心中は○○同様。軽い混乱状態にあったため。
下手に引き止めればボロを出しかねず。そんな気など起きるはずも無く。黙って○○の後姿を見送る事にした。
お互い知る由も無いが、互いに心の中で精一杯の安堵の溜め息を漏らしていた。

「危なかった・・・・・・やっぱり部屋以外で楽しむのは危険すぎるわね」
廊下を完全に曲がった所で、ヘナヘナと座り込み呟く端から・・・ウドンゲはまたタオルを鼻元に押し当てていた。
「って・・・・・・危ない危ない」
何か忘れ物に気付いて、戻ってくるかもしれない。そうなったらいよいよ弁解のしようがなくなる。
ポケットに急いでタオルを突っ込み。立ち上がって、着衣を整える。身の安全のため、楽しみはしばらくお預けとせねばなるまい。
「そろそろてゐは終わってるかなぁ。ああでも、あの子もの凄く激しく楽しむからなぁ・・・・・・」
ハァと小さく溜め息をつきながら、ウドンゲはまた歩を進め始めた。


ウドンゲの向っていた目的地に到着するかなり前から。どしん、ばったんと言う擬音が当てはめれるような音と振動を足に感じた。
その感触に大きな大きな溜め息を付いてしまう。
「多分もう駄目ね・・・勝負に負けた時点で、そうなるだろうなとは思ってたけど」
「てゐ、入るわよ」
開け放たれた扉の向こう側では、一枚の布団が宙を跳ね回っていた。
その布団の上には、満面の笑みで全身を布団に体をこすり付けるてゐの姿だった。

「あっ、鈴仙。遅かったね、そろそろ代わる?」
汗やら何やらでぐちゃぐちゃになった布団を見て、ウドンゲは渋い表情を見せた。
「もう良いわよ。アンタの匂いがしっかりこびり付いちゃってるから、○○さんの匂いなんてわからなくなってるだろうし」
屈辱感に耐えて、師匠からタオルを貰い受けて本当に良かったと思った。
これが無ければ、欲求不満で今日一日悶々として過ごすしかなかっただろう。
「あ、そのタオル」
「駄目よ」
なので、このタオルだけは。絶対に死守しなければならなかった。布団で楽しめなかった分を取り戻す為にも。
「ケチ。まだ何も言ってないじゃない」
「その口ぶりじゃ分けてって言うつもりだったんでしょうが。それ以前に、あんたは十分その布団で楽しんだでしょうが」
てゐをほぼ相手にせず。ポケットから取り出したタオルを鼻先に押し当て、深く息を吸い込むその顔は。安らかさと恍惚の入り混じった顔だった




○○はようやく永遠亭から一歩外に出ることが出来た。歩く速度こそいつも通りだったが、心臓は全力疾走をしているかのように高鳴っていた。
○○はこのまま走り出したかった。しかし、駆け出すにはまだ早い。ここからは、まだ道行く自分の姿が確認できるはずだから。

鬱蒼とした竹林の中に入っても、まだ気は抜かなかった。歩調はそのままで、心の中で一分数えてから後ろを振り返る。
その頃にはもう、永遠亭の姿は竹林に隠れてほぼ見えなくなっていた。それを確認すると○○の顔が一気に緩んだ。
そして、○○は駆け出した。声を上げずに、やっと行けると言う歓喜の感情と。期待に震え欲望を拳を振り上げながら表現していた。
絵でしか見受ける事のできなかった艶かしいからだが、もうすぐそこにまで迫っているのだから。



遊郭街は里の奥も奥。正門から見て、一番端っこの方に立てられていた。
そこに近づくにつれて、立ち並ぶ商店も如何わしさを増していった。
春画を売る店や。遊郭に向う客が贈答用に買うのだろうか、遊女が好みそうな櫛やかんざしを売っている店。
軒先の看板に“連れ込み歓迎”とか書かれた飲食店。何を連れ込むかは、聞くだけ野暮だろう。

通りすがる人々の中には遊女を連れて、それらの店を回っている者もいる。
羨ましいとは思うが、○○は日が落ちきる前に帰らなければならないうえ。
相場は分からないが、そんな事が出来るほどの資金を持っているとも思っていないため。羨ましがって、夢想するだけに止めた。
そして、頑丈そうな門の前ににたどり着いた。ここが遊郭の入り口だった。

門の前には、屈強な門番が何人か立っていた。遊女に妙な事や、余りお痛が過ぎれば彼等に仕置きを受けるだろう事は想像に難くなかった。それに門番達は、門をくぐる客の一人一人の顔をしっかりと確認していた。
目線が合えば、にこやかに挨拶をするが。その仕草に○○は羽目を外しすぎる事だけは絶対にしないでおこうと、肝を冷やしながら深く心中に刻み込んだ。


(何を怖気づいてるんだ・・・何もやましい事はしてないから、堂々と門をくぐればいいじゃないか)
腹にやましい事など何も無いが。
ああいった屈強な姿をした面々に顔を確認されるのは、この門をくぐるのに慣れていなければ、余り良い心地はしなかった。
大体、○○はここに始めてくるのだから。要注意人物に上がるはずがない、何も怖がる事はないのだが。
門番と目線を合わしたくなく、真っ直ぐと前を見る事しかできなかった。


順調に門をくぐり、どこか良さそうな店は無いかと。辺りを見回し始めた、そんな矢先だった。
「ちょっと、アンタ」
自分を引き止める門番からの声掛けに、○○の心臓はきゅっと縮まるような感覚を覚えた。
初めてここに入る人間が、目をつけられるも何も。そういったことが物理的に出来ない状態なのに、何故?
「な・・・何でしょうか?」○○は、冷や汗を背中に感じながらおぼつかない調子の声で門番へ答えを返した。
「ああすまないね、驚かせて。アンタ、遊郭は初めてだろ?」
にこやかに言葉を進める門番の顔に、敵意やいぶかしむと言った表情は見受けられなかく、○○は安堵した。

「・・・やっぱり、分かるんですか?」
「歩き方でね。初めてここに入る人間は、やっぱり何だかぎこちないからさ」
はははと笑う門番。回りを確認しても、囲まれているとかそういった不穏な気配は微塵も無かった。
どうやら、この門番の言っている事は信用してよさそうだ。

「そうなんですか。ええ、貴方の言うとおり始めてここに来ます。何か説明とかあるんですか?」
「ああ、その通り」
そう言って、その門番は向こうの方にある建物を指差す。
「あそこで、説明と記帳を済ませてからでないと。春は買えないんだ、悪いけど先に記帳を済ませてからにしてくれないか」
「そうなんですか、ご親切にどうも。すいません、不勉強で」
買った本には書いてなかったぞ、こんな事。と心の奥で少し毒づきながらも、親切に教えてくれた門番にお礼の言葉を残し、その場を後にした。
門番の方は、気にするなと言わんばかりに、満面の笑顔で手を振って見送ってくれた。
(そうだよな、何もしてなければ何かされるなんて。ある訳無いもんな)
どうしたら肝を大きく出来るのだろうか、と考えながら。○○は指定された建物の敷居をまたいだ。



その姿を確認した門番の顔からは、先ほどまでの人当たりの良い笑みは消えうせ。仕事を行う者の顔へと、一気に変貌を見せた。
「永遠亭か・・・・・・遠いな」
そして、小さく呟き。舌打ちを打ちつつ、全力で走り出した。

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最終更新:2012年03月16日 12:34