蓬莱山輝夜の来訪。○○が想像だにしていない。最もありえて欲しくない出来事が、今目の前に合った。
輝夜がここにいると言う事は、必ずお付の者がいるはず。そしてそのお付の者は。八意永琳と考えるのが自然だろう。
よくよく見れば、出入り口に牛車が止まっているのが見える。輝夜が牛車を動かすわけが無い、となれば。間違いなくいると考えていいだろう。
永遠亭の二本柱が今、この遊郭にいると。
余りの衝撃に、○○は口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
その間に、番台の男は出入り口から逃げ出して。他にチラホラいた客も、輝夜の事を知っているのか、それとも番台が逃げた事にただならぬ気配を感じたのか。
こちらの方も、あっという間に。皆外に飛び出してしまった。
輝夜の姿は、衣装こそいつものきらびやかで。正しくお姫様と言った物を着ていたが。
その着付けは、いつもの通りではなかった。
しかし、ただ着ただけ羽織っただけで、シワだらけズレまくりの衣装に。春画に激昂したときと全く同じ表情。
だから、着付けの悪さは却って輝夜から感じる威圧感を増やしていた。
「どの看板も・・・品の無い色使いと言葉使いだこと」
目に映る、一通りの看板を見終えたあたりで紡ぎだした一言は。棘に満ち溢れていた。
そして、わざとらしい動作で袖口で鼻を押さえて。
「しかも何?この臭いは・・・・・・品の欠片もない。ただ強ければ良いって物じゃないわよ、香の道は」
輝夜が次に矛先を向けたのは。建物中に充満しているこの“におい”にであった。
○○はこの匂いを、興奮材料としてみていたが。輝夜にとってこの臭いは、怒りを促進させる物にしかならないようだ。
「ああ・・・臭い・・・・・・ほんとに臭いわ。早く出ないと着物に臭いがつく」
顔をしかめ、臭いと連呼する。こうして○○が言葉も紡げず、立ち尽くしている間にも。事態は悪い方にばかり動いている。
そして「本当に、全てが不快極まりないわ。そう思わない?○○」輝夜は視線を○○の方向へ、はっきりと向き定めた。
何も声が出せなかった。出せるわけが無い、一体何をしゃべればいいのか。
彼女たちが最も嫌っている遊郭で。春を買おうとした、言い逃れ用の無い事実。それを前に、何を喋ればいいのか。
何を喋ろうが、この怒り。収めれる物とは。到底思えなかった。
「・・・買ったの?」
遊郭に対する○○の感想を聞く前に、輝夜の質問は次に移ってしまった。
輝夜は○○に買ったのかどうかを聞いた。
それを聞く輝夜の顔は、強張っていた。手だけではない、体全体が極度の強張りからワナワナと震えていた。
怖かったのだ、輝夜は。状況から鑑みて、○○はこの建物の中で時間稼ぎを受けていたのは明らかだったが。
万が一と言う可能性が、どうしても頭の中にこびり付いて離れない。
○○が永遠亭以外の物と、肌を合わせる。考えただけで身の毛もよだつし、吐き気すら覚えた。
ここまで向う牛車の中で、輝夜は何度込みあがる物を感じたか。
ましてやそれが事実なら。もしそうなら。輝夜も永琳も、この遊郭を一度焼き尽くさねばと心に決めていた。
「もし買ってたら・・・・・・ただじゃおかないわ・・・!」
内包する思いの一部が、輝夜の口から飛び出す。しかし、輝夜のこの言葉には。主語が無かった。
○○が、この言葉の矛先が自分に向けられていると。勘違いしてしまうのも無理は無いだろう、この状況では。
○○の体は更に固く、声帯も閉じていった。
「買ったの!?買ってないの!?どっち!!?」
中々答えをいわない○○に輝夜は、キンキンと。上ずり、かすれる叫び声をとどろかせながら詰め寄る。
「・・・・・・ません」
「何?聞こえない」
詰め寄られ、肩をガクガクと揺らされ。○○の声帯がようやく柔らかさを取り戻した。
しかし、声は小さく。輝夜が聞きなおした。
「まだ・・・買ってません。今から買おうとしていた所です、姫様」
「・・・・・・ホントね?言わされているんじゃなくて、本当にまだなのよね?」
輝夜は○○から目をそらさず。血走った眼差しで見つめている。
それに対し○○は、目を閉じている事しかできなかった。目の前にいる輝夜が、どんな表情をしているのか見るのが怖くて。
まぶたを固く閉ざして、発言が真であるかを問う質問に。コクコクと頷くだけだった。
「・・・じゃあ、確かめるわね」
その一言が○○の耳に聞こえたと思ったら。何をどう確かめるのだろうかと言う方向に思考が回る前に、○○の顔面に何かが近づき。
特に唇に、柔らかい物が当たるのを感じた。
今自分に何が起こったのか。それを確認する為に目を開けた○○の眼前には。
自分に口づけをする、蓬莱山輝夜の姿が合った。
輝夜の口付けは激しく、そして長かった。
輝夜の舌が思いっきり○○の口中に突っ込まれたうえに。その舌で○○の歯や舌を触っていく。
買い物の際のお供に指名された時や、遊び相手の時。輝夜が○○の肩を叩いたり、手を引いたり。
そして、今朝のように。○○が輝夜に肩を貸して、移動したりなど。輝夜の体に触れる機会は何度もあった。
その際、○○は輝夜の体から、髪から、そして着衣から。仄かに香る匂いをいつも感じていた。
上品で、柔らかくて。とても落ち着く匂いだった。しかし落ち着くだけでなく、確かな欲情も心の奥底で揺らめいていた。
しかし、欲情を感じることに対して○○は。チクリと心をさす。罪悪感のような物を感じていた。
かつて無いほどに輝夜と密着した○○は、この輝夜特有の匂いを一杯に吸い込んでいた。
そして、この匂いとは不釣合いな。激しく、熱っぽい口付け。
○○の心臓はバクバクと高鳴り、体も熱くなる。
輝夜は○○の口中を舌でなぞりつくし満足したのか。ようやくその口を○○の唇から離した。
「ぷはぁ・・・・・・良かった、間に合ったみたいね」
ポカンと呆ける○○に向って輝夜は。とても優しく微笑みながら、言葉をかけた。そう言って、輝夜は嬉しそうに○○に抱きついた。
明らかに、先ほどまで見せていた怒りの感情とは。不釣合いな物である。
○○は背筋にゾクリとした悪寒を、強く感じた。自分の目の前にいる、この人が。一体何を考えているのか分からなくて。
そういう恐怖の感情が半分。そして、もう半分は・・・・・・欲情だった。
○○は、遊郭の遊女以上に。今目の前にいる、蓬莱山輝夜から危険な匂いを感じ取っていた。
その“危険な匂い”に。確かな欲情を、○○は覚えていた。
「姫様。○○はまだ買わされていなかったのでしょう?ならここに居る意味はもう何もありません」
先ほどまでの感情とは、不釣合いな行動を見せる輝夜に対して。混乱と欲情と恐怖が入り混じる中、八意永琳の声が近くで聞こえた。
○○は、嬉しそうに顔を擦り付ける、輝夜の姿しか見えておらず。永琳が近くまで歩み寄ってきたのに全く気付かなかった。
永琳は布で鼻と口元を押さえていた。そして、最初に輝夜が見せた不快感極まりない表情。
それと寸分違わぬ感情を、全身からかもし出していた。
「焼けてしまえばいいのに・・・・・・こんな所」
永琳は周りの内装を一瞥して、ポツリと物騒な事を呟いていた。
「そうよ!○○、早くこんな所出ましょう。体の中から汚されるわ、こんな所に居たら」
永琳の言葉に、輝夜は我を取り戻したよ。そして慌てて、グイグイと○○の手を引っ張り表に止めてあった牛車の籠に押し込んだ。
牛車の籠に押し込まれる少しの間。その間に見た遊郭の景色は、不気味な程人の気配が無かった。
○○が例の建物に入る前の遊郭は。遊女なり客なりが、ひっきりなしに誰かが往来を通っていた。
なのに、今は誰も居ないのだ。○○その様子に、何か大きな権力の働きを感じた。
「永琳!早く帰りましょう!!とにかく○○を連れ戻すのが今は先決よ!」
そして、その権力の持ち主は・・・恐らく、永遠亭。何故だか○○はそう感じた。
「どうせ何処かで聞いてるでしょうから!ここではっきり言っとくわ!!次○○を誘惑してみなさい、本当に焼き尽くすわよ!!」
○○を籠に押し込んだ後、輝夜は辺りに向って大きく声を張り上げた。
拳をぶんぶんと降りながら、明らかな敵対心を持った声色。そして、いつか春画を破り割いたときと同じ。般若の方がマシな表情。
恐怖は確かに感じた、なのに。なのに、それに匹敵する欲情を感じずにはいられなかった。
最終更新:2012年03月16日 12:37