私が求め、探し続ける音色は、
○○の中に、ある。
○○は人里の人間だ。最初は、ただの私たちのファンだった。
それが、何かのきっかけで交友を持つ事になり・・・ええと、
コンサートの後にお花を持ってきてくれたんだっけ。それで、
そこから、色々と親しいお付き合いをさせてもらって。
いつも、すごいすごいと私たちの演奏を褒めてくれて。手を叩いて喜んでくれる。
はじめは楽屋に顔を見せに来る程度だったのに、今ではこんなふうに、私たちの家で一緒に夕食なんかとってる。
今、彼が食べているのは私が作ったビーフストロガノフで、ええと、
とても、おいしそうに食べてくれていて、それがなんだか、嬉しい。
妹達とも仲良くしてくれているみたいで、姉としてもすごく安心できる。
リリカなんてあの子初めてのお友達じゃないかしら?
少し前まで三人だった食卓が、四人になった、それだけなのに、
私の家は灯をともしたように明るくなった。
今日みたいに○○はよく遊びにきてくれて、一緒に食事をしたり、
メルランのわがままに付き合ったり、
あとはリリカのわがままに付き合ったり、一緒にお買い物に行ったり・・・
もう○○が私たちの中でかけがえのない存在になってるってことは、○○もわかってるんじゃないかな。
時には○○に楽器を教えたり、○○のためだけにミニコンサートをやったり。
私たちの演奏を聴いた後、○○は眩しい笑顔で褒めてくれる。
褒められるのは慣れてたつもりだけど、○○に褒められるとどうしても嬉しくて、
気圧が、上がって。
むぅ・・・。
間違いなく、それは誰が見ても間違いなく、そう、私は○○が好きだった。
種族だの、年齢だのそんなものはどうでもよかった。
私は○○が、その全てが好き。虜になっていた。
私は演奏中ですら○○の事しか考えられない。頭が○○でいっぱいになってしまっている。
○○が一緒に居てくれないと、どこか不安で。
だから夜も眠れなくて。それでも、○○は夢の中で私に会いに来てくれるから、いいの。
- 夢の中の私は大胆だ。○○と、手なんか繋いじゃってる。
混乱しちゃって目と目を合わせて話せない、そんないつもの私はどこへやら。
周りには、メルランも、リリカもいない、私だけ・・・私と○○だけの時間。
夢の中の○○は、いつもどおりに私に接してくれるんだけど、夢の中の私はそれに笑顔で答えていて。
○○にお似合いの私・・・
そんな夢ばっかり見てるから、ついつい寝すぎちゃって。
朝ごはんを待ちきれなくなった妹達が私を起こしに来る。
気圧が、下がる。
雨の日。
楽器にとっては好ましくなく、かつ、○○が遊びに来てくれないから、私にとっても好ましくない日。
私は、ふと思った。
人間は、違う。○○は、楽器なんじゃないか。
○○を、奏でるのが、私で。
私に答えて、鳴ってくれるのが○○。
その音色は、私のための愛の言葉で。目は真っ直ぐ私を見ていて。
リリカの出す幻想の音なんて目じゃない、とてもとても素晴らしい音で。
そう考えると、自慢のヴァイオリンも形無しだ。○○の事しか考えられない。
溜め息が増えてしまう。
○○・・・
私の、○○・・・
明日晴れたら、また遊びに来てくれるだろうか。
明日はおやつでも作ってびっくりさせてあげよう。
夢の中は、いつも都合よくいい天気だ。
今日の夢の中でも、○○は笑ってくれて。
夢の中の私じゃない私は、○○の目を見て「好き」と言うの。
それに○○は「俺もだよ」と答えてくれる。
これ。これなの。
私が○○から聞きたい音色。
私と○○が心から繋がって初めて出せる、美しい音。
たまらなく愛おしい。
私が本当に出したい音は、暗く歪んだ音じゃない。
私と○○の心を埋める、温かい音なんだ。
何回、何回言っても、その度に愛の言葉を返してくれる○○。
私、悶える。
そして、夢は残酷だった。
朝は気圧が下がる。
昼すぎ、○○が少しの手土産を持って、いつもどおり、どこか図々しく、それでいて軽やかに遊びに来る。
玄関の○○にメルランとリリカが抱きつく。これも、いつものこと。
私はもちろんそんなことはしない。姉だし、大人だから。
○○が来てくれると自然に出せる軽い笑みで、○○をリビングに招く。
- 私が、長女じゃなかったら。それとも、私がもっと素直だったら・・・?
○○に抱きつけるのかなと思った。
その答えはもちろん出なくて、私の気圧が、下がってしまう。
むぅ。
お茶の用意をする私。
テーブルには、○○。その両脇には赤と白の妹。
戻った私が座るなら・・・、○○から離れたリリカの横だろうか。
私はふと思う。
妹がうらやましく、妬ましくなるほどに○○を欲しているが
○○は、私の事をどう思っているのだろう。
そう考えると、ほつれた糸の様に脳内で思考が繰り広げられる。
もしかして、○○は妹達を好きなんじゃないか・・・。
メルランは大胆だし、人気もあるし、胸も・・・。
リリカは賢いから、○○の喜んでくれるような事を考えてあげられるのかも・・・。
壊れた蛇口のように私の頭の中は不安でいっぱいになってしまう。
手が止まる。
そうだ、実際に○○とふれあい、話をし、笑っているのは妹達で、
私はそれを離れて見て、勝手な恋心を抱いているだけなんじゃないか?
もしかしたら、○○の目には私は映ってなくて、メルランと、リリカが映っていて。
私の事を気に留めていないんじゃないだろうか。
○○は、私のために鳴ってくれない・・・?
不安が不安を呼び、テンションやら、気圧やら、そんなものが下がっていく感じを覚えた。
嫌だ、○○は私の。
私だって○○のもので・・・。
ずっと私は○○の事を考えていて・・・。
頭の中が、ぐるぐる。
もし、○○がメルランを、リリカを選ぶ、とする。
私はそれを、姉の立場から祝福してやることができるだろうか・・・?
い、やだ。
○○を・・・取られたくない・・・。
リリカが私を呼びに来た。その声で私は我にかえる。
お茶を出す。
そして今日はプリンを作ってみた。喜んでくれるだろうか。
さくらんぼとクリームの乗ったプリンは○○のために用意したつもりだったが、メルランが食べてしまった。
みんな喜んでくれたので、よしとしよう。
いつもみたいに、テレビを見たり。適当な話をしたり。まったり。
テレビに夢中になっている妹二人の目を盗むよう、○○を呼び出す。
いつもの笑顔でどうしたの?と私に聞いてくる○○。
どうもこうもない、私は聞いてみたくてしょうがなかった。
怖いけど、どうしても聞いてみたかった。
「私の事・・・好き?」
上手く言えたかなんてわからない。
上手く伝わったかなんてのもわからない。
それでも私は答えが返ってくるまで、うつむいて待った。
真っ赤になっているであろう顔を見られたくなかった。
答えが返ってくるまでの時間が、すごく、すごく長く思えた。
私は、その永遠にも感じる時間で、気が変になりそう。
だけども、○○の答えは、なんだかとても期待はずれなもので。
私の事は、好きだと言ってくれた。
その後に続けて、妹達も同じように好きだと言った。
○○はみんな大好きだと言ったのだ。
私だけを、選んでくれない・・・?
私の想いは、幻想だったのだろうか?
届かない・・・。
適当にはぐらかして、妹達のところへ戻る。
その後私は決意を固めて○○に言った。
今日、泊まっていってくれないか、と。
妹達から黄色い歓声があがる。
わざとらしく頬をかき、焦っているような○○。
異性を家に泊めるのはもちろん、騒霊として生まれて、人を家に泊めるなんてはじめての事だ。
○○は(さっきの私の質問もあってか)驚いていたが、快く承諾してくれた。
メルランとリリカもあからさまに喜ぶ。嬉しいのだろう。
だが、嬉しいはずの私の心は落ち着いていた。
○○が私のために鳴ってくれるのではないと知った今、
○○を「鳴らせる」しかないのだ。
私が。
私のために・・・。
いつもより少し豪華な夕食を終え、○○は入浴を済ます。
シャンプーが髪に合わないとか言っていた。
○○はどこで寝ればいいのか、と私に聞いた。
私はためらいもせず、私の部屋で待つように伝えた。
○○はすこし躊躇いながらもそれに従い、私の部屋へ向かう。
メルランが「ルナ姉やるじゃなーい」なんて言って私の肩を叩く。
- 少し前まではかわいい妹だったが、今では敵のようにも見える。
私の愛する○○を、横取りしようとする敵。
醜く薄汚い、私と○○の邪魔になる存在。
私は何も言わずメルランを突き飛ばし、風呂へ向かった。
決心が鈍りそう。
でも私は鳴らさないといけない。
○○を・・・。
メルランにも、リリカにも聴かせてあげないんだから。
湯船に浸かり、ゆっくりと考える。
○○の一番は私じゃない。でも、私の一番は○○で。
どうしても私は○○を鳴らさないといけない。
○○は、私の想いに答えてくれるだろうか?
また、あの笑顔で答えてくれるんだろうなと思うと、私の顔も緩んでしまう。
○○には、感謝しないと。
○○のおかげで、私も自然に笑うことができるようになった。
鬱を引き起こす音を使う私。顔にも、鬱が張り付いているみたいだと言われたこともある。
そんな私を溶かしてくれた○○。
嬉しい。
私は本当に○○の事が好きなんだと、改めて思った。
○○を、私のものにしたい。
今まで笑えなかった私だもの、少しくらい、笑ってもいいよね?
入浴もそこそこに湯船からあがる。
身体を拭き、髪を拭き、寝巻きに身を包む。
自分の部屋へ行くと、私のベッドに○○が腰掛けていた。
どこに寝ればわからない、と言う。それはそうだ、私のベッドしかないのだから。
○○ったら、こういう所だけ可愛いんだから。
そことはかなく、一緒に寝ることを伝えたら、○○もわかってくれたみたい。
顔を赤くして、私のベッドに寝てくれた。
私は電気を消す。
寄り添うように、○○の横に寝ると、○○の心音が聞こえる。
すごく、ドキドキしてる。
真っ暗で、本当は何も見えないけど、私は○○の方を見て、寝ながら言う。
「ねえ」と私が言うと、○○は少し慌てた様子で返してくれた。
私は言う。
「私の事、好き?」
言えた。今度は自然に言えた。
私は○○からの返事を待たず、台所から持ち出したそれ・・・
包丁を、○○の喉元に立て、力を込める。
本当はポルターガイストだから、自分の手を使わなくても道具を動かすことはできるのだけれども
愛する人には、自分の手でやってあげたい、というのが私の思い。
○○ははじめ、何が起きたか理解できないらしく固まっていたが、
本当の意味で身を裂く痛みと、生温かく、ぬめり、目の覚める赤をしているであろう液体で気づいたみたいで、必死に身体を動かし始めた。
○○は助けを呼ぼうとしているのかもしれない。何かを言おうとしてるのかもしれない。
でも喉を潰されていて、それは声にならない。赤い何かが飛び散り、汚いくぐもった音が出るだけだった。
文字で表す事も、機械で表す事もできない、この声。
これ。これなの。
私が聞きたかった音・・・。
これが聞きたかった・・・!
○○の、最後の音!
○○のすべて、すべての音・・・
私だけ、私だけが聞ける!○○の音・・・!
私に、私に言ってくれている○○の・・・!
私が鳴らす、○○の音!
喉元に突き刺した包丁をぐりぐりと楽器を愛でるように動かした後、一旦私はそれを引き抜いて、○○に馬乗りになる。
素敵。夢の中みたい。今日の私は、大胆。
こんどは○○の寝巻きの上から、おなかに一突き。そして、横にぐいー、って。
○○の肉が裂けるブヂブヂと醜い音も、暴れる○○の四肢が立てるリズミカルな音も、
飛び散る温かい何かも、喉を潰された○○が出すこの世のものと思えない声も。
興奮する私の息遣いも。
全てが合わさって最高のアンサンブルを奏でる。
私は絶頂。○○とひとつになっている、と肌で感じられた。
ゾクゾクして、たまらない。○○を好きにしている。○○を好きに鳴らしている!
嬉しくて、嬉しくて・・・!
私は自分でも気づかない間に笑っていた。
あはは、とか、うふふ、とか。
笑いが口からこぼれでて、止まらなくなって・・・
きっと、○○もこんな気持ちなんでしょうね。
私と○○は、この瞬間、一緒なんだから・・・。
本当は一分も経っていないのかもしれない。だが私は、とても満ち足りていた。
○○の中身を弄んだ後、包丁は投げ捨てて○○の首を、抱き寄せる。
夜の闇に目が慣れてきた私に移るのは、虚ろな目を見開き、輝きを失った○○。
異世界の妖怪のような、汚い呻き声ももう聞こえなくなってしまった。
今は私の荒い呼吸と、風前の灯のような○○の呼吸だけ。
それが、二人を祝福してくれているようだった。
○○。
かっこいい○○。
素敵な○○。
私の○○。
ふふ。
髪を撫でながら、語りかける。
私のために鳴ってくれた○○。もう、それはほとんど動かない。
温かかった何かも、もう流れ出ることは無く、
私と○○のあらゆる所に飛び散って、二人をお似合いの色に染め上げていた。
ようやく一つになれたね。
大好き。
夢じゃないだろうか。今の私なら・・・想いを素直に口に出せる。
ずっと言いたかったこの言葉も、言えた。
私、本当に嬉しい・・・。
不意に電気がつく。
駆けつけたメルランとリリカが私を見て悲鳴をあげた。
シンプルに白と黒でまとめていた私の部屋は、全て赤黒く染まり、
その真ん中で、私は満面の笑顔で座っていた。
大好きな○○の首を抱いて。心の底から嬉しくて。笑えていた。
メルランも、リリカも、信じられないといった様子で固まった後、
みんなで食べた夕食を戻していた。
何故だろう。
私はこんなにも幸せに包まれ、
笑っているというのに・・・
二人の愛は、他人には理解されないものなのかな?
ふふ。
最終更新:2015年05月06日 20:34