牛を待たせすぎたのか。モーモーと鳴き声を上げてぐずりながら、地面を踏み鳴らしている。
輝夜は申し訳なさで、黙っていて。○○は輝夜にそんな顔をして欲しくなくて。その状況で静まっていた場が、牛のぐずりで動き出した。
痺れを切らしかけている牛は、暴れる一歩手前であった。その様子に永琳は慌てて席に戻り、手綱を再び操作し始めた。
「あっ・・・」逃げられた。永琳が輝夜の横をすり抜ける際、輝夜はしまったと言うような表情と声を漏らした。
輝夜の立てていた予定では、もうこのまま○○と永琳をくっつけてしまい。さっさと三人で戯れてしまいたいと考えていた。
趣もへったくれもない状況にズルズルと転がり込んでしまった為。まどろっこしい事はやめて、早く楽しみにしていた所に行ってしまいたかった。
しかしながら。今しがた永琳を放り投げるように扱い、○○と共にきゅうとうなる様な倒し方をしてまった。
その後ろめたさがあるのか。わき目も降らずに牛の制御に戻る永琳を引き止める事は出来なかった。
「うーん・・・」牛が歩みを再開し。またガタガタと牛車が動き始めた。揺れるかごの中で輝夜は何かを考え込んでいる。
「よし、こうしましょう」そして何か妙案?と後ろに疑問符をつけたくなる様な、今後の展望を思いついたようだ。
「永琳、こうしましょう。私が一回厳かに○○と口付けを交わすわ。帰ったら永琳もするのよ!」
先ほどの親指のようにまたビシッと。今度は親指でなく両手の人差し指を使って。背中を見せている永琳に突きつける。本当に、一体全体何処でこんな動作を覚えてきたのだろうか。
「えーっと・・・そうですねぇ・・・・・・」
輝夜からの限りなく命令に近い提案を前に。永琳の言葉はどこかしどろもどろだった。
その口ごもる様子も、答えに詰まっているといった類の物ではない。
背中越しでも分かるくらいに、永琳は照れていた。何となく体も左右に揺れている、悶えているのだろうか。
言葉に詰まっていると言っても、困っているという類のものではなさそうだ。
「い、良いんですかぁ?姫様」
始めてみる八意永琳の姿であった。しかも声まで上ずっている。その様子、素直に可愛いと思うことは出来たが。
○○としては、どこか不遜で、自信家で。挑発的な先ほどの姿の方がやはり良かった。
「良!い!の!!」何を夢想しているのか、クネクネと体を動かす永琳の背中越しに全く何も心配する必要は無い事を強引に伝えた。
輝夜からの言葉を聞き終えて最後に永琳は「きゃっ」と言うような、甲高くて桃色の声を上げていた。ここまで可愛い永琳を見るのは、勿論始めてであった。
「さっ○○」その事を伝えるだけ伝えて。輝夜はクルリと○○の方向に笑顔で向き直った。
「んー」そして、輝夜は目を瞑って自分の唇を○○の方向に突き出す。その際トントンと、人差し指で自分の唇を軽く叩いていた。
輝夜の後ろにいる永琳の身悶えは先ほどより更に大きくなっていた。何だか心配になってくる、虐めてくれるかどうか心配という意味で。
「ええまぁ・・・・・・その仕草が、何を言いたいかは分かりますよ」それに加えて。余りにも桃色で勢いのある輝夜の思考回路に、○○が若干着いていけなくなっていたのも事実だった。
「はーやーくー。後さっき“ですます調”の言葉使ったから長めでね」
輝夜は○○とは対等な立場を望んでいたが。輝夜は残念ながら生まれながらのお姫様だった、人を操るのに慣れていた。
(あ、今主導権所かこっちの意思が無いな)
それ故に、○○の行動も。輝夜は知らず知らずのうちに操作してしまっている。
精神的には対等でも、行為行動と言った物理的な部分では。輝夜の支配下に置かれていると言ってよかった。
ただこれだって、多少洒落と趣のある言葉で返せば。多少は覆す事も可能ではあるだろう。
しかしながら、○○はしばらく輝夜の命令どおりに動きたかった。
お姫様である輝夜は。遊郭で見せた激情と言い、その後のありえないほどの身体的接触や口付け。更にはいきなり口から飛び出した「永琳は○○の側室」宣言。
一般人である○○には思いも付かない。突拍子も無い言葉や行動で、○○とぶつかるように向き合ってくる。
微塵の悪意も無く、楽しそうに。そして突拍子も無くぶつかってくる。それらの触れ合い方は、○○の心がなんと無しにくすぐられる。
(輝夜の命令で・・・ちょっと疲れてみようかな)
意図しないうちに、また輝夜は○○の被虐嗜好をくすぐってしまった。
「じゃあ・・・失礼します」
相変わらずんーんーと唇を突き出す輝夜の肩に手を置き、口づけを行おうとするが。
「今また敬語使ったわね。“失礼します”って。ついでに抱きしめて」
○○の言葉遣いが、また輝夜にとっての境界を越えてしまった為に。更に条件が1つ増えた。
(本当に・・・この人は)
心の中ではそう思うが、どうにも思い通りに進める事の出来ない。輝夜の流れで進み続ける流れに翻弄される自分。
そんな状況がたまらなく愉快で、心地のいいものだった。
そう思えるから、○○は口角の緩みまくった。だらしの無い、欲情をした笑みを浮かべていた。
輝夜は目を瞑っている為、幸か不幸か○○のこの笑みは見えていなかった。
「うふふふふ・・・息遣いで○○が喜んでるのが分かるわぁ」
顔を近づけて。鼻先が少し触れたかの折に、輝夜の呟く言葉。これにも○○は反応してしまった。
(気付いて!輝夜、早く気付いて!!)
もしかしたらこの倒錯した感情。輝夜に命令される度に湧き上がる欲情。もしかしたらいつかは気付いてくれるかも。
そうしたら、輝夜はどんな無茶を自分に吹っかけてくるだろう。また、それが解決できなかったらどうなる?
その想像することも出来ない無茶を通せなかったらと思うと。○○の心は、高鳴るばかりだった。
「くふっ・・・ふふふ、○○さんったら・・・本当に・・・ふふふふふ」
鈴仙は、恍惚と言って差し支えない表情を浮かべ、身悶えしながら。春画の一枚一枚に目を通している。
春画を読み進める度に、鈴仙からほとばしる恍惚の度合いは激しくなり。また、身悶えの勢いも大きくなっていく。
「てゐ!○○さんって本当に度し難いわね!!」くるりとてゐの方向に顔を向けたかと思えば。そう声高に鈴仙は叫ぶ。
そんな鈴仙の爛々と輝く目、荒い鼻息、紅潮した表情。それを一つ一つ確認しているてゐは。鈴仙の性的興奮が何処までも高鳴っていくのを、認めるしかなかった。
(度し難いのはアンタも同じだよ・・・・・・)
「本当に・・・・・・本当に・・・月でも叩いてくれとかいう奴なんて一人も・・・・・・ふふふふふ」
興奮しすぎて鈴仙の声は震えていた。その震える声を繕おうとともせずに、何故か張り手の素振りをしていた。
(え・・・ちょっと、鈴仙。まさかと思うけどそれ本気でやるの?)
八意永琳や、蓬莱山輝夜ほどの人物が。いつまでも○○のこの倒錯した感情に気付かずにいるとは思えない。
もしかしたら、もう見抜いているかもしれない。それくらいの観察力、持ち合わせていても全く不思議とは思わない。
だからと言って、仮に気づいている事を前提に話を進めたとしても。○○に張り手をお見舞いするなど、後ろに控えている二人のことを考えると。
ヒュンと言う鈴仙の手が空を斬り裂くような音を聞きながら。てゐは身の毛もよだつ思いでその姿を見ていた。
決しててゐは、鋭い素振りに怯えていたのではない。また、そんな柔な精神はしていない。
てゐが怯えているのは、自身と同じく○○を好いている永遠亭の二本柱の方にである。
彼女達が○○の倒錯に気付いた時、どのような反応を取るかは分からないが。
例え○○が喜びを感じたとしても、張り手を食らわせなぞしたら。
今まででも類を見ない折檻が待ち受けているであろう。
「○○さんって・・・室内仕事が多いから・・・・・・近くで見るとすっごく綺麗なのよねぇ・・・ふふ、ふふふふふ」
鈴仙の言葉は最もであった。室内仕事で日光に当たらないだけでなく、永琳が肌の美しさを際立たせる石鹸などを調合しているのも大きいのだろう。
そして、毎日枕から香る逃避の匂いを書き記して、健康状態の観察までしている。
そこまでするのである。てゐは蓬莱山輝夜よりも、そこまでしてしまう八意永琳の爆発の方が怖い。
実際、輝夜は。てゐと鈴仙が仕事中にそれとなく触れたりするのを、良しと出来る位の余裕を持っていたが。
永琳は”何か嫌“と言う。酷く自分勝手な感情で二人の○○への身体的接触を徹底的に制限している。
「きっと柔らかいんだろうなぁ、触ったら気持ちいいんだろうなぁ・・・○○さんの肌って。うふふふふふ・・・・・・・・・」
また酷く興奮した笑いを浮かべながら。鈴仙の素振りは勢いを増していくばかりであった。
○○の肌が綺麗で、きっと柔らかくて気持ち良さそうと言うのは。てゐも同じ思いではいるが。
それを傷つけるような真似。○○の美を維持する為に、既製品で満足できず。特製品を調合してしまう永琳が許すはずが無い。
(止めるべきだよねぇ・・・これは)
例え止まらなくても、止めようとしたと言う事実は作っておきたかった。爆発の火の粉から出来るだけ自分の身を守る為に。
「鈴仙~・・・・・・師匠は怖いよぉ・・・姫様よりも遥かに」
「大丈夫!隠れるから!!」
あ、駄目だこいつ。間髪いれずに即答してのけた鈴仙の姿に、多少残っていた“長い付き合いだしな”と言う感情も消し飛んだ。
「度し難いわ・・・・・・ほんとうに度し難い人ですね、○○さん・・・ふふ」
詰まれた春画を横目に、鈴仙は身悶えしていた。度し難いのはアンタも同じだ。
その一言を飲み込み、てゐは静かにその場を離れた。
最終更新:2012年03月16日 12:39