玄関を開けて、真っ直ぐに部屋へと向かう。
光の筋が壁に伸びて、その先にはあのひとを切り取った写真達が、色とりどりに壁を飾る。

「○○さん…。」

返事は無い。
彼の姿はそこに写っていても、所詮は無機質な写真。

ここには、いないのだ。

舐め回す様にゆっくりと壁を撫でて、触れたつもりになって。
だけどあるのは、ただつるりとした紙の感触だけ。

足りない。
足りない。
足りない。

抱き締めていたい。
その癖のある髪を撫でて、暖かな腕に包まれていたい。
深く、互いが融け合うぐらいにそばにいれたならいいのに。

私は記者で、真実を追い求めるのが私の仕事で。
なのに、自分の真実からは目を背けたまま。とんだお笑い草だ。

記事を書く時と違って、すらすらと筆が進まない手紙を今日も書く。
封をして、そして引き出しに放り込む。

何百通と溜まった、出さない手紙。

いっそ首を締めて、恐怖と言う『私』で彼を埋めてしまおうか。
風で四肢の腱を切って、誰も知らない場所に拐ってしまおうか。

____だけど、それじゃ欲しいモノは手に入らないのは解ってる。


筆を取って、濃い目にインクを付けて、それを写真に向ける。

幸せそうに笑う貴方と、真っ白なドレスを着て笑うあの娘。
その花嫁の顔を、黒く塗り潰す。

「…何で、私じゃなかったんですか。」

変えれない、帰れない。
代われない、奪えない。

そんなの、解ってる。


私はいつの間にか、壁にすがり付いて泣いていた。

どれだけすがり付いても、写真の向こうの彼は、私を撫でてはくれない。
文と言う私の名を、その声で呼ぶ事も。

窓の向こうの夕暮れは優しくて、今頃彼は幸せそうに笑っている筈で。

叶うなら。
今ここに、その笑顔があって欲しかった。


今日も、夜が来る。

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最終更新:2012年03月20日 13:41