永遠亭――
永琳に強制的に連れてこられた○○。
今、彼は永遠亭の住人である因幡てゐと向い合って座っていた。
「○○には永琳の愛を受け入れる覚悟があるのかい?」
真剣に問うてゐに○○は湯のみを手にあっけらかんと答える。
「うん、彼女は彼女なりに僕を愛してくれているわけだし。
何よりも美人だしそれに……肉体的にも……ね」
はぁ、と溜息をつくてゐ。感じ悪いな、と顔をしかめる○○。
「病んだ愛って物がどういう物だか、おしえてあげる」
てゐは立ち上がると廊下へ出た。渋々といった風にてゐの後を付けてゆく○○。
冷たい床が素足に突き刺さるようだ。
そして廊下の先、暗がりになった突き当りの扉の前でてゐは止まった。
「○○は鈴仙って子を知ってる?」
「いんや」
気だるそうに答える○○の顔を見て、今度はてゐがあからさまに顔をしかめた。
「そういう名前の子が、少し前までこの永遠亭には居たのさ」
てゐは何重にもかけられた南京錠を解錠し、最後に扉と柱を止めていたお札を剥がした。
その瞬間、先程とはちがう寒さが足を舐めた。○○の顔が一気にこわばる。
「鈴仙もかなり恋愛感情が歪でね、まあ出身をしれば分かることだけどそれは長くなるから置いておくよ」
扉が軋みながら開く。所謂「腐敗臭」が地下へと続く階段の闇から漂ってきた。
引き返したくなるが、てゐにあんな態度を取った矢先、男としてのプライドが引き返すことを許さなかった。
べっとりとした腐敗臭、そして足に絡まるヌルヌルとした冷気。てゐと○○は黙って地下へと足を進めた。
そして階段が終わり、片側に鏡が貼られた廊下にたどり着いた。
「さぁ、見せてあげるよ」
てゐはゆっくりと、壁にあったスイッチを下ろした。
「――ッ!」
それは鏡ではなく、ガラス。
その「透ける壁」の向こう側で何かがうごめいていた。
人が体内に納めてあるべきの「臓物」と「器官」の塊と、それに埋もれる男。
腐敗臭がしてはいるが、その臓物の塊も男も、確かに生きていた。
「鈴仙は、××を自分とふたりだけの世界に閉じ込めたのさ」
うごめく2つを悲壮感をたたえた目で見つめるてゐ。
そのグロテスクな見た目と臭気に負け、とうとう○○がその場でうずくまり嘔吐し始めた。
「聞くことは出来るだろうから続けさせてもらうよ。
鈴仙は男を狂気の目で見つめて、清潔なものやありとあらゆる生物を化物に見えるように弄った。
そして逆に化物が美しく見えるようにした。きっと鈴仙は男の姿を弄れるほど度胸が無かった。
から自分が化物になって、××はそのままにしたんだ。逆でも良かったのにねぇ……」
てゐはスイッチを切り、腰の抜けた○○を担ぐとそのまま引きずるように階段を登る。
「××は狂った世界の中で唯一無二の美しい存在である鈴仙だけを愛する。
鈴仙は今まで通りの××を愛すればいい……あの姿で、ね。
間違いなく、愛が鈴仙と××の世界に満ちたんだよ」
てゐは扉を元の状態に戻すと、○○を和室に寝かせ、自分は外に出た。
「誰かを愛するって事は、ひたすらに相手と等価で居ることなんだよ。
だから、鈴仙が全てを投げ打って男を愛する代わりに、××も全てを鈴仙に捧げることになっただけの話」
てゐは振り返り、起き上がることも出来ずに自分を見つめる○○の顔をもう一度見た。
「もう一度聞くよ?永琳の偏愛を受け入れるだけの覚悟は、ある?」
男は何かを言いたいようだったが、言葉が出てこなかったようだ。
「根付いたたんぽぽの種は、その大地を侵食するのさ……すべてが自分の物になり、枯渇するまで」
意味深な言葉を残して、てゐは××を置いて部屋を出た。
「そしてたんぽぽも大地も枯れないとしたら、そいつは素敵なこったねぇ……寒気がするよ」
最終更新:2012年03月20日 14:00