寺の離れの庵。
最近になってやって来た金貸し狸が住まう場所。

「なぁ、何で俺に金を貸してくれるんだ……利子も随分溜まっているんだろ?」

障子の向こう側でしんしんと雪が降るのを、行灯のゆらめく明かりで楽しんでいたマミゾウに聞く。
汗と体液でしっとり濡れた襦袢を肩に引っかけただけのマミゾウは、煙管から紫煙を揺らめかせながら楽しげに嗤った。

「わっちは金貸しじゃもの、貸せと言われれば貸すだけの事。勿論、相手は選ぶし代償も必要とするがの」

喉を鳴らしながらマミゾウは艶やかに笑い、自分の大きな尻尾を枕に寝ている私を見やる。

「お主こそいい加減贖罪なんぞの為に、外来人を外界に戻す慈善業など辞めるがいい。
 それこそ、わっちに金を借りて、身を売るようなマネをしてまでな」

押し黙る俺に、マミゾウは言い聞かすように言葉を重ねる。
マミゾウから感じる、感情の強さもまるで軋る音が聞こえるようだ。

「好いた主を意のままに出来るのは嬉しい。身を重ねてくれるのも嬉しい。
 だがのぅ、やはり男女の仲は金抜きでいきたい……心からわっちに寄り添うてくれる。それが願いじゃもの。
 身体が繋がっていても、心が繋がっておらんまぐわいは正直もの足りん」

尻尾の毛がざわりと浮き立つ。

「やはり、人を陥れ、犠牲にして生きてきた過去は捨てれぬかや?」
「………………」
「過去を忘れ、わっちを見て生きていく事は出来ぬかや?」

男の返事は、ゴロンと寝返りを打って背中を向ける事だった。


男はマミゾウの視線や、人里での外来人に関わる仕事で疲れると飲み屋に行く。
そこは不思議な店で、外の世界の品々がよくメニューとして出されていた。
紫色の作務衣を来た店主にハイボールを出して貰い、強かに酔う。
マミゾウの出す佐渡の吟醸やどぶろくもイイが、思い出が強く絡むハイボールは良い。
良いけど、飲めば飲むほど痛みも感じる。こうして女を食い物にして生きてきて、口説く時に飲んでいたのがハイボールだった。
遊んでいた子も多かったけど、純粋に私を好いてくれた子も居た。そんな子も容赦なく搾り取って、世間様では生きていけなくなって。
逃げている途中に紛れ込んだのがこの世界だった。どうやら、外の世界は私を不要品としたらしい。
外界への帰還を早々に諦めた私は、時折(本当に稀)紛れ込んでくる外来人の女性を外界に帰す事を始めた。
決して安くない金子を、関わりのない女の為に払う。一応感謝はされるが、ただそれだけだ。
惰性で行商人をして稼いだ金は直ぐに飛んだ。往生していた時にマミゾウが郷にやって来た。
彼女が金貸しを始めたと聞いて、金を借りた。その利子を彼女の愛人をする事で納めるのも、直ぐの事だった。

マミゾウは言う。過去を忘れ、己を愛して前へ進めと。
彼女と付き合い出してから、実際外界の事は忘れ始めている。
過去の女達も、はっきり覚えていたのから、朧気になってきている。
忘れている、のではないだろう。多分、高位の術者であるマミゾウが仕組んでいるに違いない。
マミゾウの願いは、私を本当の意味で手に入れる事だから。
正直、全く好感は無いとは言え女の為に金を貸すのは気分が悪いと愚痴っていた位に私を欲しがっている。
ただ、利子の額を言う時は不思議と上機嫌だった。それだけ私を自分の元に拘束出来るのだから。
そしてその額は只の行商人である私には返済不可能な額である事が、マミゾウの上機嫌の元であるのは疑いようがない。

「わっちにも同じモノを」

隣の座席に座る気配。彼女は、過去の俺が好んだ飲み物を注文した。
ふと、カウンターの奧にある冷蔵庫に目がいく。僅かに開いた隙間からスキマ妖怪が笑みを浮かべてこちらを見ていた。

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最終更新:2015年05月06日 20:47