てゐは玄関前で頬杖をつきながら、三人の帰りを待っていた。
目の前には、遊郭街から躍起た男が倒れている。まだ起き上がるような気配は見せていない。
まぁ、当然だろう。月の力をモロに浴びて、ただの人間が意識を保てるわけが無い。そう思いながら、棒で突っつき回して時間を潰していた。
死なれては面倒くさいので、脈拍と息をしているかだけは確認しておいた。その結果、何も問題はなかった。

その為、棒で突っつき回す以外は。特にこれと言った事は何も行わなかった。
それ以外での何か変わった事と言えば。鈴仙の高笑いが不意に聞こえてくるくらいだろう。
そんな声が聞こえてくる度に、肩に入る力が弱くなり。はぁ、と言うような大きな溜め息をついている。
それに加えて、男の方に至っても反応が何も無かったので。棒で突っつきまわすのにも思ったより早くに飽きてしまった。
「つまらないね・・・」棒切れを放り投げ、げんなりとした表情で呟く。

これが鈴仙ならば、落とし穴などにはめた様子を見るだけでも、本当に面白い位に反応してくれて。良い見世物となってくれるのに。
そこに棒切れやら何やらで突っつきまわせば・・・それは何度経験しても色褪せる事のない、とても楽しい催し物であった。
こんな動かないし反応もしない物体を相手にするくらいならば、仕事をしていた方が遥かにマシであった。
悪戯に使える薬品をくすねる機会が不意に訪れないとも限らないのだから。


「あーあ・・・いつもの鈴仙だったらなー。口1つで怒らせることも出来るのに。こいつ等は起きてたとしても駄目だけど」
うんと伸びをしながら、目の端で相変わらずぐてんと倒れている遊郭街の男を見下ろす。
てゐは度々、遊郭街にも薬を運びに行ったことがあった。薬の内容は、性病に効く薬や精神の安定に作用する薬などが主だった。
永琳はこの薬達に、特に精神に作用する薬に関しては相当吹っかけてるらしく。代金を渡す際の遊郭関係者の人間の顔は、涙目だったことも何度か合った。
性病関係はともかくとして。それ以外の薬をそれでもなお買い続けるということは、何か弱みでも握られているのだろうか。

薬を配達に行った際、最初の方は一言二言。癪に障るような言葉も吐いていたが。
別に何も面白い事は起こらなかった。応対に出た奴等は揃いも揃ってヘラヘラヒクヒクと、口の端を不自然に動かした。作ったのがバレバレな固い笑いを浮かべるだけだった。

「そういやぁ・・・○○の笑い方は。多少困った感じだったけど普通の笑い方だったね」
てゐの頭の中に、いつだったか落とし穴に○○を嵌めた時の事が思い出されていた。
「まったく・・・もう。てゐ、何笑ってるんだ」そう言って、困ったような笑いを浮かべていた。
その時に限らず、そんな穏やかな様子が。○○が悪戯に嵌まった時に見せる基本的な反応だった。
てゐはそのたびに、つまらなくて少しむすっとした顔を作っていた。実際本当につまらないのだからそんな顔もしたくなる。
悪戯にはまってくれたのは、まぁ嬉しい。
でも、その後。特にこれと言った感情の起伏も見せずに起き上がり。いつもの作業に戻る○○の様子に物足りなさを強く感じていた。



「バレバレだったから、これはハッタリかなって思っちゃったよ」
いつだったか、○○はこんな反応を返した事があった。
それは、見え見えの罠を作って。それを回避した先にある本命に嵌めようと言う趣向で行った時だった。
○○は、回避させるのが目的の、囮の罠を目にした時。ほんの少しだけ立ち止まって、考えていた。
少しだけ時間を使って、何か答えを見つけたのかポンと手を叩いた後。「ああ、そうか」と呟き、一体全体何を思ったのか。
○○は、満面の笑みで。見え見えの罠に向って、足で思いっきり踏みつけた。
「うおおあああ!!?」
物陰で口をあんぐり開け、信じられないと言う表情で見ていたてゐの目に。宙に浮かび上がる○○の姿が映し出された。
回避されるのが前提の囮とは言え、手は絶対に抜かないのが。てゐの中にある絶対の美学であった。
哀れ○○はその美学の犠牲となり。大きな悲鳴を上げながら、逆さ吊りとなってしまった。
てゐはその姿に唖然とするしかなかった。

「え・・・?ちょっと、○○。ここに罠があるって思いっきり見えてたよね?分かってたよね?」
まさか踏みつけに行くとは思わず。何故そのような事をしたのか信じられず、そのことを問い正したら。
それに対しての答えが。バレバレすぎて、ハッタリだと思った。と、やはりいつも通りの笑い方で答えてくれた。
だからと言って、跨いで行くなら分かるが、普通踏みつけるか。
「考えたら・・・普通の反応じゃないよねぇ・・・・・・」
○○に虐められたい願望がある。それに気付く為の伏線は、知らないうちに提示されていたと言う事か。

ちなみに、○○を逆さ吊りにした後。○○の悲鳴ですっ飛んできた永琳に日の入りの時間まで追い回され。
捕まった挙句の仕打ちとして。一晩逆さ吊りの刑にされた事も思い出してしまった。
もし○○が回り道をしていたら、いつも通り「うぉ!」と言うぐらいの落とし穴だったのに。あそこまで大きな悲鳴を上げられたら・・・誰でも気付く。
以来、あの時の永琳の姿が悪夢としてこびりつき。○○を標的にした悪戯は基本的に考えない事にした。
その分の欲求不満は、全て鈴仙にぶつけていた。
「あー・・・そう言えば」
鈴仙を主な標的にして、○○を標的から完全に除外した時の事で。てゐは1つ思い出した。

「最近のてゐ。罠に嵌めてくれないね」
あの言葉はてっきり軽い嫌味かと思ったのだが。この言葉を呟いた時の○○は。
本気で詰まらなさそうな顔をしていた。
その顔と言葉を思い出して、てゐは両手で頭を抱えた。
引いたと言うよりは、もっと早く気づけばよかったと言う方向で。



「あー!くっそー!!もっと早くに気付いてたらさぁ!鈴仙とは違った攻め口の。話術でいたぶれたのにー!!」
てゐは大の字になってジタバタと悔しそうに叫んだ。
「もしかしたらさぁ・・・わざわざ罠に嵌めるって手順を踏まなくても・・・・・・んん!?」
てゐは何かに気付き、バッっと起き上がり。顎に手を当てて考え込む姿を作った。
「・・・・・・言葉攻めってのはありだよねぇ?」
てゐが鈴仙の行動に肝を冷やすのは。一言で言ってしまえば、実力行使で○○に振り向いてもらおうとしているからだ。
しかもその行使する手段が。非常に荒っぽい事この上ない。
ヒュンと空を斬り裂くような音のする張り手など当てられたら。きっと傷の1つくらいは付くであろう。それを見つけたときの永琳の反応は。
○○を逆さ吊りにした時の比でない事だけは確かであろう。

しかし、言葉攻めならばどうか?
「最悪、○○の体に触れずにも行けるよねぇ」
極端な話、てゐは○○の体に指1つ触れることなく楽しむ事が出来る。しかも、○○の方も楽しんでくれる公算が大きい。
また、わざわざ用意した仕掛けに誘導する手間も必要ない。
そして、鈴仙のやろうとしてる張り手と違って。肌に傷が付く心配は全く無い。強いて言えば、○○の心をいじくり回すだけだ。

「行ける!!これなら行ける!!」
晴れて永琳が○○の側室に位置したとしても。それで永琳の強いている、○○との身体的接触における制限が緩和されるとは。てゐとしてはさらさら思っていない。
何だかんだと言って、回数を少なくされるのが関の山だろう。今までの例から行って。
ならば、鈴仙の言葉と同じで癪ではあったが。隠れてやるしかない。
しかし、隠れてやるにしてもだ。証拠は残してはならない。永琳に見つけられた後のことを考えると、身震いがする。

その点、言葉攻めだけならば。体に何らかの痕が残るなどと言う心配は、絶無であろう。
「くくく・・・・・・あはははははぁ!!!」
今のてゐに見える未来は。非常に、明るい物であった。
それを思うと、笑いが止まらなかった。
            • のはずだったのだが。

「「ははは!!」」
「・・・んぁ?」
鈴仙の高笑いと自分の笑い声が重なったのだった。それに気付いたてゐは情けない声を出して、呆けたように立ちすくんでしまった。
そして、呆けから覚めた後。酷い自己嫌悪が襲ってきたのだった。
「・・・・・・同じじゃん」
高笑いをする自分の姿は。酷いくらいに性的興奮を感じていた鈴仙と。
今しがたも大きな高笑いを上げていた鈴仙と。全くの同じである。
それは、確認しなくても分かるくらいに。簡単な問いかけだった。




口吸い、口付け、接吻。横文字ならキッス。砕けた表現ならばちゅう。○○は頭の中で、唇を合わせる動作に対する形容詞をいくつも思い浮かべていた。
狭い籠の中で、相変わらず輝夜は○○から離れようとはしなかった。
隣同士に座っていてもこの狭さである。品のある趣が漂う香の匂いと、多少の息遣いが感じられると言うのに。
今は互いが互いに口づけをしている。息遣いの全てと、更には体温や脈拍と言った鼓動までもが聞こえてくる。
輝夜は何度か“ふふ”と笑うだけで。それ以外の時間は○○との口付けに当てられていた。
勿論、お互いがお互いを抱きしめあいながら。
甘い甘い時間が流れていた。


○○はその甘さの中で、必死にもがいていた。
幸福と物足りなさと言う二つの感情の狭間の中で、である。
被虐嗜好に完全に気付いた○○にとっては。どうしても、何処かにもやもやした物があるのだ。
輝夜の口付けは、一回一回の時間は思いのほか短かった。
その為、息苦しさと言った物は殆ど無かった。どうせなら、鼻を押さえられて思いっきり長い時間口を閉じられるような。激しい物でも構わなかったのに。

それが望めぬなら、せめて輝夜の重さを体全体で感じようと。何度がごろんと転がり、○○が下で輝夜が上になる体制を作ったが。
これもまた、輝夜がすぐにごろんと転がっていくか。ぐいっと引っ張り上げられて、輝夜と○○の位置を反転させられてしまっていた。
それらをする際の輝夜の顔は、本当に楽しそうに笑っていた。

永琳の方はと言うと、先ほどよりも更にのぼせ上がっているようであった。
体が左右に揺れる勢いが明らかに大きくなっている。永琳は本当に楽しそうに悶えていた。
うふふ、きゃっ。と言った喜色満面な声も時折漏れ聞こえる。○○は、自分の被虐嗜好を忘れていないかどうか。本当に心配になってくるくらいに、楽しそうであった。


一方では幸福感を。もう一方では、もやもやしながら。牛車とそれに引かれる籠は、竹林に入っていった。
もう永遠亭まではすぐそこである。
「○○、帰ったら一緒にお風呂に入りましょうね~」
輝夜は優しく愛でるように。○○の頭をすりすりと撫でていく。もうこのたがの外れた思考回路にも、驚かなくなってきたが。
「服も私が脱がせて上げるわ、お布団の中では子守唄でも歌いましょうかねぇ・・・」
余りにも優し過ぎる輝夜の対応に、○○はほんの少しだけ違和感を覚える。
平時の状況ならば。この一瞬覚えた違和感に対して。それを忘れぬよう、時間をかけて考えたり、いぶかしんだりするのだろうが。

残念な事に、今この牛車の周りを流れている空気は。平時の物ではない、完全に上せ上がった物だった。
ずっと抱き合っている為、体温も上昇している。
精神的にも物理的にも上せ上がっていた為。そんな違和感、○○はすぐにこぼれ落としてしまった。
結局、特に何も考えず。○○は輝夜の胸元に抱きついてしまった。
そんな○○を抱きしめる輝夜の顔は。そこはかとなく、歪んでいたが・・・抱きしめられる○○には見えていなかった。

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最終更新:2012年04月07日 21:52