「あー・・・もうね・・・・・・何だろうこの感覚」
てゐは相変わらず酷い自己嫌悪に悩まされ、頭を抱えていた。
先ほど自身が上げた高笑い。その笑い声は、間の悪い事に、鈴仙の上げた高笑いと合わさってしまった。
「明らかに同じだし・・・似てるとかって域じゃないよ」
○○の部屋、だった場所で鈴仙がてゐの目もはばからずに上げていた高笑い。
その半ば奇声とも言える様な高笑いに対して。てゐは、はっきりとした拒否反応を示していた。
その前例があるから。自分が気持ち悪いと思ったあの表情、あの声と、同じような状況に突っ込んでしまった今の自分に対して。
強烈な自己嫌悪を覚えているのであった。
「はあああ・・・・・・」
○○の事は好きだ。大好きだ。それと同じくらい、悪戯も大好きだ。
情熱をささげる悪戯稼業。その対象者として、○○の方がドンと来いと言う姿勢なのであるならば、てゐとしても願ったり叶ったりであった。
八意永琳の出方が怖くて、当分は言葉攻めが中心と言うのにいささかの不満は残っていた。
ただ、それだけのはずなのだが。
そう、その筈なのだが。
興奮しきった鈴仙の姿に、はっきりとした拒否反応を示していたてゐとしては。
先ほどの自分がそんな鈴仙の姿とほぼ同じであったと言うのが、心のつっかえとして大きくのしかかっていた。
「・・・鈴仙の馬鹿ァ!」
ただ、てゐのこの反応は八つ当たりに近かった。
発現したのが早いか遅いかの違いだけであって。二人が実は内に秘めていた物に大した違いは無い。
てゐが並々ならぬ情熱をささげていた悪戯稼業だって。その情熱のささげ方は、最早性癖と言っても過言ではなかった。
てゐは鈴仙の変貌を度し難いと感じていたが。てゐ以外の者から見れば、この悪戯家業も十分に度し難かった。
そんな自分を棚に上げて。てゐは鈴仙に対してイライラを募らせていた。
これは、同族嫌悪なのかもしれない。てゐも鈴仙と同じく、○○の寝具の匂いで興奮し合える仲と言うのを、すっかり失念していた。
そこに、被虐嗜好を抱える○○をいじくり回したいと言う欲求。そこまで似通う事になったのだから。
てゐにとっては勝つ事など絶望的、それを考える事すら愚かしいともいえる蓬莱山輝夜と八意永琳。
鈴仙と言う存在は、そんな二人の次点を狙い合う。潜在的な政敵、そのような間柄なのだから。
「何で・・・よりにもよって・・・・・・あんなに楽しそうに笑えるかなぁ・・・・・・ムカついた絶対嵌める!」
「鈴仙があんな反応しなかったら、私もここまで悩まなかったんだから!!」
そんな殺伐とした関係なのだから。同族嫌悪もやむなし、なのかもしれない。
「うぉらぁ!」
八つ当たりの矛先として、てゐは足元の男を思いっきり蹴飛ばしていた。
今の鈴仙とは正直あまり会いたくなかったから。かといって、イナバを相手にするわけにもいかず。一番手頃な相手として矛先が向いてしまった形である。
(あっれー・・・なんか全然楽しくないな)
わき腹を蹴られて飛び起きる男を見ながら。相変わらずてゐの中にはもやもやとした物があった。
「はぁー・・・ああ、もやもやする」
鬱々とした感情の晴れないてゐは、この日何度目かの大きな溜め息をはいた。
ペタンと座り込み、頭をかきむしったり抱えたりするてゐを、遊郭の男の方は内心震えつつ次の言葉を待っていた。
本音では逃げてしまいたかったが。それをやれば機嫌を損ねてしまう。
遊郭街全体が、特に性病治療に関しては、永遠亭に対して完全に依存してしまっている。
また、性病に限らず。寿命から来る物以外の大概の病を治せてしまうここの存在は、人間の権力者にとっては絶対に頭の上がらない存在だった。
それ故に、永遠亭に対しては。ほぼ言いなりの状態だった。特に、遊郭街はそれが顕著だった。
彼からしても遊郭街が無くなれば、遊郭の私兵と言う職以外で生計を立てて、生きていけるかを問われれば。
答えは否というしかなかった。自分が正道から外れた存在である事は、十分に認識していた。
だから、この場は歯を食いしばって耐える以外の道など。彼にはあるはずが無い。
「・・・・・・まだいたの?」
男の方は、最早骨の数本折られてしまうのは覚悟済みであったが。
鈴仙ならばいざ知らず、遊郭関係の人間を面白くない物と認識しているてゐの対応は淡白であった。
ジットリとした眼付きで男を何秒か見た後「もういいよ、アンタ達相手にしても面白くないからさ」と言って、手で払いのける様な動作を見せた。
助かった。そんな心の内が見えるような、今にも泣きそうな顔を浮かべて。
無駄に畏まったお辞儀を何度も繰り返していた。
そのお辞儀の最中。奥の方からまた聞こえてきた鈴仙の高笑い。
てゐはいい加減聞き飽きてきたので、溜め息を浮かべるだけだったが。男の方はビクンと体を大きく震わしたと思えば、その後は固まってしまった。
「うふふ・・・いい子いい子」
何が輝夜のツボに入っているのだろうか。輝夜は○○の頭を嬉しそうに撫で回したりしている。
子ども扱い。そんな表現がしっくり繰るような物だった、輝夜が○○に対して行っていることは。
輝夜の笑い方は、徐々に変化していっていた。
柔らかな印象が強く、優しげで純粋な感じがする笑顔は最初の方だけで。
○○がキョトンとしたり、被虐嗜好が全く満たされず何処と無くもやもやした、つっかえのような物が強くなる度に。
輝夜の笑顔も何処となく歪んでいき、興奮した様子が強くなっていった。
○○を自分の胸元に引き寄せたり、○○と口づけをしたり、抱きしめたり。
籠の中で行われている事は、最初の頃と変わりは全く無かった。
そのはずなのだが。いつ頃からかこれらの行為を行いながら、輝夜は○○の目の奥を執拗に覗いてくる
何かを確認されているような気がしてならなかった。
○○はその視線自体は別に気にはならなかった。
目の奥から、心まで見透かされるような気はしたし、それに対してゾクリした物を背筋に感じたが。
そういう物を求めている○○にしてみれば、全く持って構わない物であった。
問題は、一定の条件化では必ず、その覗き込むような目付きが現れる事だった。
この期に及んでも、○○はなおも、自分が輝夜の下敷きになれるように努力していた。
しかし、何度そういう風に体をよじったり体勢を変化させても。
輝夜の方がそれに対して、返す刀で迎え撃つように。○○の動きと相反する動き方を見せて、○○が自分の下敷きにならないように。
そういう風に、気を使ってくれているのではなく。誘導されているのではないかと言う考えを。
ふっとした時、感じざるを得なかった。
そして、今回何度目かの挑戦も。○○が自分の体重を後ろに傾けて、輝夜ごと倒れようとしたが。
輝夜の方が、その傾きに追随したのはほんの数瞬だけであって。
すぐに輝夜の倒れ方は斜めの軌道を描いて。またいつもの、至って平凡な、隣り合って寝転ぶ体勢に終わってしまった。
ほんの数瞬だけ、輝夜は自分を下に敷くような軌道を描いていた為。
その数瞬だけは、○○の笑顔は高まりを見せていた。
しかしながら、その期待も空振りに終わってしまって、またしゅんと。少しばかり残念そうな顔を浮かべる事と相成ってしまった。
そのしゅんとした顔を見た輝夜の笑顔は、ほんの少しだけ、そこはかとなく歪んだ笑いに変っていた。
そしてまた。輝夜は○○の目の奥を覗き込む。この覗き込むと言う行為を繰り返すたびに、輝夜は何かに喜んでいた。
始めは○○の方も「?」と思うだけだったが。回を重ねるごとに、輝夜が何かに喜んでいる姿がはっきりと分かるようになってきた。
また、輝夜のほうも段々とその喜びを隠すことがなくなってきた。
「うふふふ・・・こだわりが強くて・・・・・・本当に、しょうのない子ねぇ」
そうして輝夜はまた○○の頭を撫で回す。牛車が永遠亭に近づくにつれ、輝夜の笑顔は歪んでいくばかりだった。
始めは“そこはかとなく”という冠をつけなければいけないような。観測者である○○にしても、断言する事はためらう程の、かすかな物だったが。
今の笑顔には、そのような慎ましい冠言葉は必要なかった。
そして、慎ましさが抜けるに連れて。艶かしく、何だか意味深な言葉と表情になっていった。
「永琳」
輝夜に名を呼ばれた永琳は、ビクンと体を跳ねさせた。
「永琳、そのままでいいから聞いて」
「・・・・・・・・・はい」
輝夜が自身の従者、八意永琳の名を口にした。それに対して永琳は、沈鬱な表情と声色でいた。
その姿に、先ほどまでのような浮かれて上せきったような。また、○○の被虐嗜好に気付いた時のような。
不遜で、挑発的で。○○以外の者ならば、普通は癪に障るような雰囲気は、微塵も存在しなかった。
「永琳、貴女は優しくするわよねぇ?今までどおり」
輝夜の質問の後に流れた間は、とても長かった。いつもの八意永琳らしくなかった。
いつもの永琳ならば、輝夜からの質問や問いかけに対しては。少し考えたりはしても、即返事を出そうとする。
それが、今は見る影も無かった。
チラリと、永琳は輝夜の表情を確認した。その表情を一目見て「あぁ・・・」と言うような感じで。
何かに対して落胆していた。
「優しくとは・・・何にでしょうか・・・?姫様」
やっと紡ぎ出せた言葉も、質問に質問で返す内容でしかなかった。
輝夜はクスクスと、永琳から逆に返された質問を聞いて、面白そうに笑っていた。
ただしその笑い方は、決して純粋な物ではなかった。多分に何かに対して、いたぶる様な、あげつらう様な感情が一瞬見ただけでも、ありありと感じ取れた。
しかし、その視線は、その言葉は、全て永琳にだけに向けられていた。それを維持する為の、輝夜の体捌きは見事な物だった。
○○から見る輝夜は、聞こえてくる声はともかくとして、表情の方は巧妙に○○の目に触れないように立ち回っていた。
体の軸をずらして背中を見せたり、手や扇を使って顔を隠したり。強硬手段としては、輝夜が不意に○○の唇を塞いだり。
もはや、あからさまな妨害工作だった。輝夜はあらゆる手段を使って、何が何でも○○に対しては、自分の表情を見せようとしなかった。
今も○○は、輝夜の胸の中でギュッと抱きしめられており。声こそ聞こえれど、顔は全く確認できない状態が続いていた。
脱出しようと思えば、出来ない事は無い程度の力では合った。
しかし、いきなり何かが変った輝夜の姿を確認しようにも。その為に、何度脱出を果たしても。
またすぐに輝夜は○○を捕まえてしまっていた。
のらりくらり、ひらりふわりと。輝夜の肉体が、それこそ髪の毛の一本にいたるまでの全てが、○○にまとわり付いているかのようであった。
触れる肌と体の柔らかな質感、髪の毛から香る優しい匂い。
牛車の揺れも相まって、輝夜の全身にまとわり付かれる○○は、揺りかごで揺られているかのような錯覚さえ覚えてしまっていた。
「大丈夫よぉ○○。私は絶対絶対、絶対に優しくするから」
何度目かの抵抗の果てに、○○はまた輝夜の胸の中に納まってしまった。
「ああ・・・そうねぇ永琳。貴女の問いに対する答えがまだだったわね」
輝夜が○○の頭をなでながら、永琳の問いかけに答えを与えようとするが。
○○が抵抗を重ねながら、時間を空費していった果てに。ついには輝夜の声から棘がなくなってしまった。
声の棘が無くなったのを見計らうように。輝夜が○○を捕まえている、捕まえようとする輪も緩くなった。
その緩んだ・・・いや、輝夜の手によって“緩められた”輪からほんの一時だけ抜け出して。○○が確認した輝夜の顔は。
最初に確認できた、興奮しきっていて、妙な歪み方をしていた表情は。もう何処にもなかった。
その優しい匂いと柔らかさと同じような。とても柔和な笑顔だった。
先ほどのような邪な雰囲気は嘘のように消えうせていた。
だからこそ、輝夜は○○を執拗なまでに捉え続ける必要がなくなったのだ。
「何に優しくって、決まっているじゃなぁい・・・・・・・・・」
間をおいて、輝夜はチラリと○○の方に目を向けた。
○○がこっちを見ている。それを確認した輝夜は、また○○を胸元に抱き寄せて、自分の表情を見えなくした。
「○○に優しくしてねって意味よ」
少しの間をおいて出した答えに永琳は戦慄した。その答えを輝夜の口が紡ぐ時だけ。
胸元に引き寄せられている○○には見えていないが、ほんの一瞬だけ。輝夜は真顔に戻っていた。
○○には見えていないが、その輝夜の瞳は。とても挑発的だったし。言葉のほうも無駄に延ばす事がなかった。
「ああ・・・・・・そんな・・・」
永琳はその表情と声色で、全てを理解した。蓬莱山輝夜に、全てを気付かれてしまっている事に。
「・・・・・・いつ、なのですか?いつ・・・お気づきに?」
青ざめ、目も唇も震わしながら、永琳は輝夜に問うが。
「・・・うん?何のこと、永琳」
ただ、はぐらかされるだけだった。
「まぁ・・・永琳なら大丈夫よねぇ」
「・・・・・・参りました」
唇の端を噛み締めながら、永琳はただ認めるしかなかった。自分が、負けている事を。
「うふふふ・・・そうよねぇ。私は信じてたわよぉ。永琳のことを」
「○○ぅ~」
無駄に優しい声。輝夜はそんな声を上げながら、なおも○○の頭をなで回したりして・・・無駄に優しく扱っていた。
「・・・・・・何?輝夜」
緩められた輪の中で、○○は輝夜の顔と永琳の背中を交互に確認する。
輝夜の顔は、これでもかと言うほどに優しそうな顔を浮かべていた。一方、永琳の後ろ姿はと言うと。
先ほどまでの喜色に満ちた体の振れが、完全になくなっていた。
それに変って、がっくりとしているような。青白い、うなだれるような雰囲気で牛車の手綱を捌いているだけだった。
そして思い返し考えざるを得なかった。永琳が輝夜に口走った“いつ気付いたのか?”と言う言葉の意味を。
何に気付いたのか・・・・・・それは、輝夜の○○に対する、この優しすぎる対応を考えれば。おのずと見当は定める事が出来た。
「輝夜・・・俺は、別に全然いやなんかじゃ―
「大丈夫よ、○○~」
○○が言い切る前に、輝夜は自分の言葉で○○の言葉をさえぎってしまった。
「貴方を虐める奴なんて・・・だぁれもいないんだから」
そんな・・・・・・。○○はそう呟いたはずだが。声にはならずに、ただ口を何度か開け閉めするだけに終わってしまった。
「輝夜っ!」
全然嫌じゃない。むしろ望んでいる、思いっきり虐めてほしい。
そう輝夜に叫ぼうとはしたが、その唇も。輝夜の唇によって、塞がれてしまった。
声色や表情と全く違い。今の輝夜は、全く優しくなかった。
最終更新:2012年04月08日 00:34