(くあああ!!)
恐らくは、てゐの方から動かなければ。永琳はいくらでも妄想の世界に没入したままであろう。
破れかぶれに近い状態ではあるが、遂にてゐは覚悟を決めた。
ドカンと床板を踏み鳴らす音が猛々しく響いた。これはてゐなりの優しさと、自分に時間的猶予を与える。それが半々だった。
今の轟音に永琳は間違いなく気付いただろう。気付いてもらわないと困るぐらいの大きな音を立てたつもりだった。
室内からはバサバサと、髪を束ねたような物が、乱暴に扱われる音が聞こえてくる。
それに加えて「きゃああ!!」どんがらがっしゃーん。と言うような音と、永琳の悲鳴と共に色々と落ちてくるような音も聞こえた。

今永琳が本を読むのに使っていた部屋は。薬品庫の性質も兼ねた部屋だった。
永遠亭では、医療施設と言う性質上。多種多様な薬品を扱っている。
蓬莱人である永琳が、死んでしまう事は無いが。それでも、薬品棚の中身をぶちまけたのならば、それは大事だ。

「ちょっ!師匠、大丈夫!?」
派手に自分の存在を知らせたのは、良くなかった様だ。とはいえ、まさかここまで永琳が狼狽するとも思わなかった。
永琳も、分かりにくいだけで鈴仙同様。かなり上せているようだった。
「てっ・・・てゐ!?」
永琳の前には、ほんの山が出来上がっていた。どうやら永琳がぶちまけた棚の中身は薬品関係ではなかったようだ。
大方、薬品の入出庫の管理票や保管している薬品の事を記した資料等と言った所か。

てゐの体から一気に力が抜けた。ぶちまけた物がぶちまけた物だから、別に心配は何も必要なかったから。
永琳は視線をてゐの方向に向けたまま、その手の動きは本の山の下に何かを覆い被せていた。
覆い被せ隠そうとしている物は、春画本以外には無いだろう。

「な・・・何?何なの、てゐ」
「いや・・・遅いからさ・・・・・・心配して、捜しに来ただけなんだけど」
何とも気まずい時間が二人の間を流れていた。
永琳の手は未だに本と書類の山を守り続けている。
正確には、その山の下にある春画本を。てゐは部屋に入ろうとしたが、一歩部屋に踏み込んだところでやめた。
永琳が、キッとした眼付きでてゐのほうを睨んで来たからだった。
狙っているとでも思っているのだろうか。あの本達を。
「・・・・・・鈴仙が色々と昂ぶってるから、もう戻るね。師匠も、早く来た方がいいと思うよ」
触らぬ神にたたりなしであろう。ここは早く来てくれるように鈴仙の名前でも出して、気持ちを燃やしてやればいい。
鈴仙の名前を出すと、永琳の目に闘志が宿ったのが見えた気がした。

すまないとは思った、思うだけであったが。
「じゃ・・・私はもう行くね。出来れば早目に来て欲しいな」
「ええ・・・10分、いや15分くらいで行くわ」
目の前の山を片付けなければいけないし、何よりお宝を隠す必要がある。むしろ、15分ですんでよかったと思うべきか。

ガリガリと頭をかきむしりながら、先ほどまで自分がいた永琳の部屋へと戻っていく。
(鈴仙いるかなぁ~)
もしかしたらいないほうが話が早く終わるかもしれない。絶対追いかけに行くから。永琳にとっては顔面蒼白ものの事態はであるが。てゐには都合が良かった。
そんな不謹慎な事を考えながら、最後の曲がり角を曲がると。
「あっ・・・」
永琳の部屋から頭所か。体を半身ほど突き出して左右を確認している鈴仙と目が合った。
見つけてしまった以上は、止めざるを得ない。
見逃しても良かったが、その事を永琳に対してポロリと口を滑らしても困るので。
「おりゃあ!」全力で止める事にした。
てゐの行動は早かった。鈴仙が見られたことに対して、不味いと思ったときにはもう走り出して。
そして豪快に、何の遠慮も無しに。わき腹辺りに一発お見舞いしておいた。
「ぐぇっ!」
永琳から散々引きずり回され、そして今しがたてゐからわき腹に一発。鈴仙にとって今日は散々な日であろう。

「ううう・・・アンタって子はぁ。言えば普通に引いたわよ」
「さっさと行きゃ良かったのに。積極的に捜すほどの気力は無いからさ」
鈴仙が元の場所に完全に戻るのを確認してから、てゐもまた座り直した。
見えない所で色々やる分には、例え何となく何かやっているなと言うのを感じ取っても止める気は全く無かった。
但し見てしまったら話は別だった。見てしまった以上はその行動を止める素振りくらいは見せておきたかった。
自分自身の身の安全の為に。そして、大本命である蓬莱山輝夜との戦いに、全身全霊で臨む為にも。

それから二人は何の会話も無しに永琳の到着を待っていた。
わき腹を攻撃した事に対して機嫌を悪くしたのか、あれほど饒舌だった鈴仙の口は堅かった。
しかし、行動の方は先ほどと変らず落ち着きが無かった。何度か視線も感じた。
何度目かの視線に対して、チラリと牽制の意味を込めて見つめ返すが。
その時には、鈴仙の視線はてゐの方ではなく。てゐの向こう側にある出入り口のふすまを見つめていた。

その後も、鈴仙の視線はいろいろな方向を丹念に見ていた。声こそ出ていないが、その口元はもごもごと小さく動いている。
何かの算段を立てているのは明らかだった。不測の事態に備え、てゐはいつでも行動に移せる様に、足の座り方を組み替えた。
部屋の隅々をくまなく、舐めるように見渡した後。その視線の向く方向は、ふすまの方でまた止まった。
「・・・よし」
今までは聞こえなかった鈴仙の呟きが、今度は確かに聞こえた。その呟きは何かの算段の終わりと、決心を表しているのだろうか。
鈴仙の顔は妙に凛々しかった。

「ねぇ、鈴仙。何がよしなのかなぁ?」
てゐの言葉に、鈴仙は何も答えず。ただその視線をてゐのほうに向けて。にっこりと笑うだけだった。
ただし、目は笑っていない。そういうわざとらしい顔だった。何かを仕掛けるつもりなのは、最早明白だった。
そのまま何秒か、笑顔と真顔で睨み合った後。
鈴仙は真後ろに跳ね飛んだ。


それのほんの数瞬のち。やらかしたな、と言う思考を合図にするように。てゐの方も鈴仙を抑えるために跳ね動いた。
着地後すぐの体の制御をしながら。鈴仙の眼の動きは、てゐの方とふすまの方を。素早くそして交互に確認していた。
「逃がさないよ!私の立場が悪くなるからね!!」
鈴仙はまた逃げようとしているようだ。しかし、目の前でこんなに派手な動きをされて、見逃してあげるほどてゐはお人よしではなかった。
鈴仙が逃げようが逃げまいがどうでも良いのだが。ここで見逃せば、永琳の怒りを買う。
怒りを買ってしまえば、真正面からの殴り合いに発展するかもしれない。
勝ち目、そんな物は無い。だから、全力で妨害する。妨害したと言う事実を作る為だけの戦いだ、勝敗の方はどちらでも良かった。
しかし勝とうが負けようが、そこに至るまでの過程は全力でなくては意味が無い。

「本音が出たわねてゐ!!貴女なんかに○○さんは任せる事ができないわ!!」
直情すぎるのだ、鈴仙は。水面下で鍔迫り合いを繰り広げるような冷戦は、彼女には向いていないようだ。
「○○さんは私が虐める!!あなたの虐め方じゃきっと満足しないわ!!」
「何とでも思えばいいよ!!馬鹿鈴仙!!」
鈴仙の誤解に対して、てゐはそれをとこうなど微塵も考えていなかった。
むしろ直情過ぎる事が。○○の被虐思考を満足させると言う最終目的に至る為の大きな障害だとすら考えていた。

八意永琳に対して、例えてゐと鈴仙が二人で束になったとしても。満身創痍で放り出され手仕舞うまでの時間が少し延びるだけ。
そうとしか考えれなかった。ならば、口先だけでも従って腹のそこで待った区別の事考えている方がまだ芽はある。
鈴仙のように、こうやって派手に暴れれば。相手に対して締め付けのための口実を与えるだけだ。
実力行使も、時と場合と相手次第では控えるべきだ。

仮に実力行使で○○を掻っ攫う事ができたとして。その後はどうする、いつまでも輝夜と永琳から逃げ切れるのか。
逃げている間に虐めれたとしても、そんな微々たる時間で片手間にやった事でお互い満足できるはずがあるか。
刹那的なのだ、鈴仙のやり方では。てゐはそう判断を下していた。
「死んで花実を咲かせる趣味は、私には無いね!!」
故に、今の2人は。絶対に相容れることが無いのだ。


これだけ騒いだのだ、永琳は気付いているだろう南下が起こったことを。
ならば、てゐとしては無理に鈴仙を倒しきる必要は無い。待てば良いだけだ、永琳の到着を。
てゐは鈴仙とのぶつかり合いを最小限に押さえ、ただ鈴仙がふすまに辿り着く事の妨害を第一に考えていた。
段々と、鈴仙の顔に焦りの色が見て取れた。永琳がこの部屋に辿り着くまであと一分も・・・いや三十秒も無いのではないか。
鈴仙が勝負をかけるとすれば、もう今しかない。てゐは気を引き締めなおし、ふすまの前に陣取った。
その様子に鈴仙はニヤッと笑い。
「行くわよ」顔から焦りの表情を消し去って、てゐと同じく引き締まった表情へと変化させた。
鈴仙は部屋の端に位置取り、足に力を込める。全力でぶつかる気なのだろうか。


そして、ドンッと言う床板を破壊せんとするばかりの踏み込みと共に、鈴仙はてゐのほうに一直線に向った。
「受け止めて・・・見せるわけ無い!!」
そんな鈴仙の捨て身の突進に対して、てゐは。腰を低く落とし、間合いを計り。
足払いを繰り出した。



勝った。最高の間合いでその足払いは繰り出された。それ見ててゐは、勝利を確信した。
そのまま突っ込んでくる意思があれば、てゐの足払いに対して、なすすべなく足元をすくわれるだろう。
そのまま突っ込んでくるつもりの相手ならば。

後半歩で鈴仙はてゐの間合いに入る。その瞬間だった、鈴仙が再び真後ろに飛んだのは。
一気に詰まったはずの間合いは、また開かれた。鈴仙の手によって。
空中にいる鈴仙は、器用にも。クルリとてゐに向って背中を見せた。そして着地と同時に。
また走り出した、今度はてゐとふすまとは逆方向の、丸窓のある壁に向って。
そしてそのまま「うおおおりゃあああ!!!」鈴仙は丸窓を破って外に出た。


しまっ「ぐえええ!!」
「優曇華ェェェ!!!」てゐが自身の失策と負けを完全に分かりきる前に、背中から何かの轟音と衝撃を同時に受け。それに加え永琳の怒声が耳を刺した。
その次にてゐの耳に聞こえたのは、何かを破壊する音。
それに混じって「ぎゃああああ!!!」本日二回目の鈴仙の悲鳴だった。


「ううう・・・何?師匠の声だよね、今の」
起き上がって見て、ようやく自分の背中に衝撃を与えた物の正体がわかった。
その正体とは、蹴り倒されたふすまだった。

てゐの真正面には、壁が綺麗に消えた空間が合った。
その遥か奥の方で、永琳が鈴仙をゲシゲシと蹴り飛ばしているのが見えた。


その様子を見ながら。てゐは頭の中で、先ほど負けを意識した時の事を思い出そうとしていた。
てゐの思考が正常に作動していたのは、確か鈴仙が急激な方向転換をして。
そのまま走り出し、丸窓をぶち破って外に出た所までだ。
そこでてゐは、負けを意識しようとした。恐らく、負けを意識しきる前に永琳がふすまを蹴り倒したのだ。

「私が諦めたのに!!貴女ができると思わないで!!」
そう叫びながら、相変わらず永琳は鈴仙をゲシゲシと蹴りまくっている。


きっと鈴仙は、始めからふすまをぶち破るつもりなど無かったのだ。
本命はあの丸窓からの脱出だったのだ。
鈴仙が部屋中を見渡しているあの時から、鈴仙は戦いを始めていたのだ。
それに対しててゐは、鈴仙が動き出した時に戦いを始めた。完全に後手を取っていたのだ。
ふすまに視線を集中させたのは、てゐに鈴仙はふすまから逃げようとしていると錯覚させる為の演技だったと言う訳だった。

てゐがふすまを前に仁王立ちしたとき、鈴仙はニヤリと笑った。
それは勝利を掴む可能性のある大勝負ができる事への喜びではなかったのだ。勝ちを確信した笑みだったのだ。
事実、てゐは完全に負けた。まんまと誘いに乗り、ただ受け止めるのではなく、足払いという技まで繰り出した。
永琳が済んでの所で辿り着いていなければ、あのまま逃げられていたであろう。

てゐにとっては、この勝負。勝敗は別にどうでもよかった。
ただ自分の立場を悪くしたくないから。全力で妨害していただけだった・・・そのはずなのだが。
「あああ!!すっごい悔しい!!!」
実際負けてしまうと、悔しさが強烈に溢れ出すばかりであった。

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最終更新:2012年05月03日 01:56