眠れない。
いや、眠る事自体は出来るのだが、
眠りは浅く、またすぐに目が醒めてしまう。
目を閉じると耳に音楽が入る。
哀しい曲もあれば騒々しい曲もある。
ただ鍵盤から流れるようなその幻聴が僕を寝かし付けてくれない。
眠った所で、見るのは何時も同じ夢。
赤い服の少女が、
楽しそうにキーボードを弾いている。
暫くそれに聴き入っていると、
僕に気付いた彼女は焦った様にキーボードを強く叩き、
その大きな音でふっと目が醒めてしまう。
医者に掛かると「ストレスからくる」幻聴と診断され、
睡眠薬を処方された。
薬を飲めば一時的に眠る事は出来る。
かといってあの夢を見てすぐ目が醒めてしまうので、
眠っていられるのは一時間程度だが。
しかしあの少女、幽霊だか妖怪だか分からないがよくまあ付き纏ってくれる物だ。
確かに可愛い少女の幽霊なら大歓迎だ、
実体を持って常日頃から付き纏ってくれれば尚更良い。
しかし唐突すぎる。
別に引っ越した訳でも無いし、
心霊スポットへ勇み足で踏み込んだ訳も無い。
これといって幽霊を引く様な要素は無いのだ。
それにあの少女、見た覚えがある。
名前こそ思い浮かばないが、
割と最近見た筈だ。
質の悪い事は、夢の中でしか姿が見えないから会話のしようが無い事だ。
不眠が始まって一週間、薬の服用量が増えて来た。
しかしここまで来るとあの鍵盤の音もそろそろ安らぎに変わって来る。
腕は確かな上に、選曲も上手い。
自分が眠れない割に眠たくなるような曲を流してくる。
ロクに生活出来ない今なら、
あの鍵盤さえあれば良い気もしてきた。
むしろ他の音が耳にとって雑音になって来たのだ。
病院にでも隔離されればこの幻聴を長らく感じる事が出来るのだろうが、
もはや定量の睡眠薬では寝付く事すら出来なくなっている。
おそらく彼女とも会えなくなるだろう。
服用した睡眠薬が致死量を越えた夜、
彼女は笑っていた。
僕を起こす事なく、彼女は僕の手をとって、二人で踊った。
愉しい曲と時間は永遠に流れ続け、
目を醒ますと、久々に朝の時間だった。
服用量は再び増えていった。
一度に使う量が致死量を越える為、貰った薬はすぐに尽きてしまう。
自殺を怪しまれない様に医者は点々と変えた。
既に起きている事の方が苦痛だった、
何故今まで死の覚悟をしなかったのだろう。
彼女の音楽は僕をこんなに満たしてあ
何故今まで死の覚悟をしなかったのだろう。
彼女の音楽は僕をこんなに満たしてくれるのも、
水の流れる音も電気の音も屋鳴りも、
あらゆる音を遮断して、
彼女の音を聞く事に専念した。
あれを聞くのが、起きる理由で、眠る理由だ。
だから,董?br /> 彼女の音を聞く事に専念ふけながら部屋に手を加え防音処理を施し、
あらゆる外の音を遮断し、
また中からも電気水道を絶ち不意の音を封じた。
まだだ、まだ五月蝿い。
ドクンドクンと、
お前はまだ僕の邪魔をするか、
ああ忘れていた、この音を止めれば、
ずっと眠っていられるじゃないか……
「お兄ちゃん、起きて?」
ん……
「ほら、おはよう、お兄ちゃん?」
「ああ、おはよう?」
誰だっけ。
ずーっと一緒だったはずなのに、
名前がすっと思い浮かばない。
「今日から私たちがお兄ちゃんの妹だよ?」
「……ああ、そうだったね、
リリカ呂困覆里法?br /> 名前がすっと思い浮かばない。
「今日から私たちがお兄を弾いてくれたじゃないか。
「ふふ……長かった……お兄ちゃん、これからはずーっと、一緒だからね?」
あらゆる音が遮断された小さな世界。
何で彼女が妹なのか考える事は出来なかったけど、
傍らに、真っ赤な血を流して横たわる自分の体を見て、
何故かしら、幸せな気がした。
最終更新:2017年06月10日 13:08