輝夜の手に引っ張られながら、世話しなく風呂から上がった。
そして、傍らに置かれていたタオルでこれまた大急ぎで○○の体に付いた水滴を拭き取って行った。
一体いつの間に用意されたのかは分からないが。二人分の着替えも丁寧に畳まれた状態で籠に入っていた。
先ほどの騒動でいくらかの危機感を感じたのだろう、輝夜は随分慌てていた。
但し、それは表情だけの話で。○○の体を拭く動作は、急ぎつつも冷静に。体の隅々まで余すことなくふき取って行った。

その後は、下着を履かされ。籠の中にあった衣服を適当に羽織らせ、半分存在を忘れかけていた鞄を手渡されて。
「ちょっと待っててね」そして、○○を着替えさせるのよりも更に早く。自分の着替えも完了させた。
途中、何か行ってやろうかと少し考えたが。鞄を手渡された折に、ある事を思い出した。
そのある事を露見させたくない為。輝夜の着替えも、○○は黙って見ているだけだった。
この鞄の中には、まだ春画本が眠っているからだ。
春画本は○○にとっては宝物にも等しかった。鞄を手渡された際、○○は部屋に隠していたほかの春画本達の事も、当然思い出した。
念には念を重ねて、屋根裏に無理矢理収納していたので。多分大丈夫だとは思うが。
それでも心配な事には変わりないし、最悪の事態というのもやはり頭をよぎらないはずが無かった。

それに、回収の機会もあるかどうか果てしなく怪しい。よしんば自室に戻れた所で、一人で戻れるかどうか。
となれば、今この鞄の中に入っている春画本は。何が何でも死守したい。
虐められたいと言う感情に揺らぎは無いが。あの宝物達を失ってしまうのは、想像しただけでも耐え難いものがあった。

何せこの永遠亭の主要な住人達は、皆女性である。出来うる事ならば、眼に触れないようにしたかった。
唯一見られたのは。今日はこれを使おうと意を決して、下半身の着衣を脱ぐ瞬間を。急に入ってきた輝夜に見られた時だけだった。

そのたった一回だけだったが。それでも十分すぎるほど、危機感は感じる事は出来た。
鬼の形相で春画を破り裂く輝夜の姿。
それだけでなく、あれからしばら性風俗に関してかなり辛辣に、そして嫌悪感を隠さずに色々と言葉を紡いでくる。他の者達。
○○は以前にも増して、慎重に春画本を買う必要に迫られたのであった。
無論。買わないのが一番自分の身を守る方法であるとは分かっているが。やはりどうしても持て余す。
かと言って頭の中の想像と妄想だけで処理するのも、中々大変な作業だった。
果てる事が出来ても、道具有りの時比べると時間も掛かるし、消費する体力も段違いだった。
だから多少苦労してでも、蔵書は増やすと言う方向性はすぐに決まった


完全な独居ならば、休みの度にでも本を何冊か買い付けていただろうし。部屋の隅に放り出しても不意に見られる心配も無い。
しかし、○○は住み込みだった。
住居費が段違いに少ないと言う金銭的な利点は大きいが。そこらへんの事に関してはかなり不便だった。
買いに行く前に、まずは隠し場所の吟味を慎重に見定める事から始めなければならなかった。
輝夜が春画を引き裂いた一件でその吟味は更に念入りにやるはめになった。
最近は、屋根裏と言うかなり秘匿性の高い隠し場所を見つけ、随分楽に放ったが。持ち帰ってそこに仕舞いこむまでは毎回ヒヤヒヤ物だった。

今この鞄には、春画本が一冊入っている。牛車にいたときは忘れていたが、今完全に思い出した。
余り輝夜を刺激して、カバンの中身のことで恐々としていることを悟られてはならなかった。
なので、種々の鬱憤は。ぐっと堪える事にした。




輝夜も○○も。多少みっともないが、外には出れる格好。それで着替えは終了した。

「さぁ行くわよ!!」
輝夜の号令で○○は手を引かれて、屋敷の廊下をドンドンと。足音をけたたましく響かせながら、輝夜の自室へと走らされていた。
有無を言わさずに手を引っ張られ、走らされてはいたが。
春画本を入れた鞄に対してどのような扱い方をすれば、輝夜に疑われずに済むか。
今は転ばないようにする事にする方向に意識を使っているので。そこを余り考えずに済む、それはかなり助かっていた。
これが不幸中の幸いと言う奴か。
輝夜の部屋に辿り着いたら、鞄は部屋の隅にでも放り投げる事にして。天井裏への収納は後にする事にした。



「はあ!?」
しかし、○○の意識は例え転ばないようには知りながらでも。鞄の中に大事に仕舞われた春画本の事を。
頭の中で強烈に考えてしまうような。重大な事実を眼にすることとなった。
輝夜の自室へと向う道すがら。○○の部屋の前を通りかかった時だ、○○が驚愕の声を上げたのは。

「俺の部屋が・・・・・・解体されてる」
「あららら・・・・・・ウドンゲがやったんでしょうねぇ。あの子の性格的にもなんか納得できるけど」
○○は解体された室内の様子や、庭先に放り出された小物や家具類の確認よりもまず先に。
蔵書を保管するのに使っていた、天井裏の確認を最優先にしてしまった。

それは○○にとって致命的な失態であった。部屋の様子を確認するのもそこそこに、まず首を思いっきり持ち上げてしまったのだから。
永琳の心中を喝破出来るほどの輝夜が。見逃すはずがあろうか、その仕草を。

(・・・・・・部屋の様子より先に、天井の確認かぁ)
「ああ・・・・・・天井もボロボロ」
自室の惨状を見て、真っ先に浮かんだ懸案事項であった。天井裏の蔵書達の安否は。
その安否も。絶望的な状況だった。
天井の板も。畳が引っぺがされ、その下にある板同様、ズタボロだった。
ここまで徹底的に解体されて。見つけれないはずが無いだろう。
もう蔵書たちは諦めるしかなかった。そうなると、今鞄の中に眠っている春画本は。
最後の一冊。そう考えるのが妥当だった。

「大丈夫よ、○○。私の部屋で一緒に住んじゃいましょうよ。もう夫婦なんだから当然でしょう?」
相変わらず室内ではなく、天井を注視している○○。その肩を、ポンと輝夜は叩いた。
○○の視線から察するに、天井裏の方に何かを隠していたのは明白だった。
部屋の惨状に、流石の輝夜も一瞬たじろいだが。よく考えればこれは一緒の部屋で寝起きする為の格好の理由付けに出来る。
少なくとも、よほど切羽詰ってない限りは、こんな部屋で寝泊りなど出来ないし、普通やらない。
となれば、○○には別の部屋をあてがうのが一番手っ取り早い。
そしてその部屋は、輝夜の部屋で。一緒に同居と言うのが理想であり自然だった。

その結論には、輝夜だけでなく○○の方だってもちろん、考えていないはずが無かった。
天井裏の本達はもう諦めた。だからせめて、鞄の中に入っている分だけは守りきりたかった。
でも、守るにしても何処に隠す。
天井裏に関しては最早言わずもがな。
部屋の中に目を移しても、隠し場所として使えそうな家具の類はまとめて庭に放り出されている。

これでは、輝夜の部屋にしばらく滞在して、落ち着いた頃合に少し部屋に戻って小物を取ってくると言う戦法がまるで使えない。
そもそも戻る為の部屋は、もう人が住める状態ではなくなっているのだから。



天井裏の蔵書に対する諦めと。そこから湧き上がった、せめて最後に残った鞄の中身だけはと言う思い。
その湧き上がる感情が高まりつつある時だった。輝夜に肩を叩かれたのは。
○○は内心では相当に焦っていた。最早後が無いこの状況で、バレてしまった時の事を考えるとどうしても、嫌な汗が出るのを感じる。

「・・・良いの?」
無言や無反応も不味い。そう思って、ようやく引っ張り出せた言葉もこの三文字だけだった。
本音では、全然全く微塵も良くは無い。輝夜との同居は蔵書を増やす機会をほぼ奪われると言ってよかった。
そして、直近の問題としては。鞄の中身を隠す時間が設けれない。
いっそ全損してしまった方が冷静だったかもしれない。

「良いに決まってるじゃない。だって○○が相手なんだから、それで十分よ」
イマイチ理由になってない答えを返しながら、するりとした動作で輝夜は○○の体に絡み付いてきた。
その絡みつき方に背筋に何かが走る。
艶かしくねちっこく。そういう言葉が似合うような動作を、輝夜は行っている。

(○○の動きが固いわね・・・お宝が全損して放心しているのかしら?)
○○の体にまとわりつきながら、妖艶な表情を作りながら。
視覚と触覚の両方で○○を刺激しながらも、輝夜は別の事を考えていた。
その思案している内容とは、○○の蔵書の現在の状況についてだ。
(全損しているなら、それで構わないんだけど。まだ隠し球がありそうなのよねぇ)
「ちょっと、輝夜・・・・・・何を」
「うん~?もう私たちは恋仲なんだから、別にいいじゃなぁい」
そうは言うが。輝夜の一足飛びを何度も繰り返したような、話の展開のさせ方に。○○の方がまるで付いていけていなかった。
「ああ・・・うん、恋仲ね。それは確かにそうだけど。時と場所って物が。だから手を服の隙間から中に入れないで」
わきわきと手を動かしながら。○○の体は輝夜の手によって刺激されていく。
遠巻きに見ても、輝夜はとてつもない美人だった。
近くで見れば、その認識は更に強くなる。柔らかな髪が、さらりとした肌が、求めているのが分かる息遣いが。
そして、確かに分かる○○への強力な好意を。それがあるから、手で押し止めるだけで。それ以上の事が出来ないでいた。


(ちょっとこの鞄が邪魔ね。○○の体の向こう側に回しましょうか)
輝夜が○○の鞄を触ったのに。さほど大きな意味は無かった。ただ本当に少し邪魔だったから、どかそうとしただけだったのだ。
(あっ・・・!)
残念ながら、○○に表情を完全に制御できる程の経験は無かった。声こそだ無かったが、○○の表情は一気に強張った。

そんな強張った顔に変化する様子。輝夜にはしっかりと見えていた。
「この中ね」
先ほどまでの妖艶な笑顔など消し飛んだ。眼光鋭い真顔に変化した輝夜を見て。すぐにしくじったと気付く。
しかし遅いのだ。しくじったと気付いた時には、もう負けているのだ。
「輝夜、別にその鞄の中には・・・」
口を動かしながらも、何と下手糞ないい訳だとは分かっていた。これでは中に何かある言っているようなものだ。

「・・・・・・新しいのなら買ってあげるわ。もっと良い奴をね」
そう言って輝夜は躊躇することなく。鞄についた肩掛けの紐をぶちっと、手で引きちぎった。
力だけではないだろう。普通の人間である○○には思いもよらない。そんな何かを使ったから、こんなに簡単に引きちぎれたのだろう。
それでも、紐が千切れる音を間近で聞いて。震えないはずは無い。

乱暴に鞄を奪い取り、中身も乱暴にぶちまける。
鞄の中に入っていたのは、ちょっとした事を書く小さな帳面、筆記具、そして。
○○に残された、最後の春画本であった。

床に落ちた春画本を拾い上げた輝夜は、パラパラと中身を検める。
一枚、また一枚と進むごとに。輝夜の顔が般若に変わって行き。ギリギリとはを軋む音も聞こえてきた。

「輝夜・・・せめて、それは・・・・・・」
哀願するように○○は手を伸ばすが。その手が本に触れる遥か先で、輝夜はぽいっと放り投げてしまった。
そして、哀れにも放り投げられた本は。空中で炎がほとばしり、火の玉になったと思ったら。
地面に辿り着く前に、燃え尽きてしまい。花火のように空中で消えてなくなってしまった。
「あぁ・・・・・・」
終わった。そう思いながら、蚊の鳴くような声で火の玉が消えた辺りに手を伸ばすことしか出来なかった。

「○○」
輝夜は一言、○○の名前を呼んだ。
そして、伸ばした手を輝夜はつかみ取り、何の迷いも無く。衣服の隙間に○○の手を入り込ませ、輝夜自身の体をまさぐらせた。
「輝夜ッ!?」
突然の肉薄の仕方に。また色事には慣れていない○○は、素っ頓狂な声を上げるのみであった。

しかし、輝夜は冷静だった。なおも輝夜の手で、○○の手に自分の体をまさぐらせていた。
「あなたに触られていると、少し落ち着いてきたわ・・・ねぇ○○」
「欲情ならいくらでもしていいわ。何なら四六時中でも構わない」
早口で、まくし立てるような口ぶりだった。般若面をしない程度には落ち着いたとは言え、まだ平時のそれには遠く及ばないようだった。
「でもね、その欲情の相手は。私か永琳」
「せめて、てゐか鈴仙の四人だけにして」
「じゃないと・・・私・・・・・・暴れだしそうなの。想像するだけで・・・駄目なのよ」
そしてまた輝夜は、ギリギリとはを軋ませる音を出し始めた。
想像するだけで駄目。その嫉妬心の強さたるや、きっと地底に住まう緑眼の妖怪も。眼も見張るばかりであろう。

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最終更新:2012年05月15日 00:22