藤原妹紅。
彼女の事は、鈴仙が知る人物の中では。輝夜に対抗出来る数少ない存在として認知していた。
しかも、紅白巫女や白黒魔女と違って。妹紅は迷いの竹林に居を構えており、比較的容易に接触を取る事ができる。
それだけに留まらず、妹紅は輝夜のことを仇敵とみなしており。輝夜絡みの事に関しては、沸点が低めの位置にあった。
残念ながら鈴仙には、輝夜にそして永琳に対抗出来るだけの力は持っていなかった。
それを覆すには・・・出来たとしても一体どれほどの時間が掛かるか。
最初はその事で焦燥感に包まれていたが、ある日の事竹林を歩いている時だった。
「よぉ、永遠亭の兎。バ輝夜に言っといてくれ、次は灰にしてやるって」
藤原妹紅に出会ったのだ。別にそれ自体は珍しい事ではない、彼女は竹林を住処としている。同じく竹林に居を構える永遠亭との接触は間々あった。
輝夜以外の面々と出合った場合は。妹紅が一方的に何か輝夜への憎まれ口を叩き、通り過ぎる程度。
何か話をする事などはほぼ無かった。
妹紅の方も、憎まれ口を本気で伝えてもらおうなどさらさら思っておらず。その時も、妹紅が一言だけ残してお互い通り過ぎてしまった。
いつもなら、鈴仙の頭の中からは妹紅とであったことなどすぐに記憶の彼方に飛んで言ってしまうだけだった。
しかし、今回は違った。
(そうだ・・・いるじゃない。姫様相手に物怖じしない人間が)
鈴仙も、輝夜と妹紅の両者の間で繰り広げられる種々の弾幕戦は何度も見た。
基本的に、妹紅がイラついていて輝夜は嬉々としていると言うのがお決まりの光景であったが。
輝夜の方も、妹紅をからかうのが余程楽しいのか。嬉々としすぎていて幾分冷静さを欠いているのはよく分かった。
だから、すぐに思いついた。妹紅を焚き付けて、輝夜の冷静さを奪おうと言う事は。
自分がやるよりは、遥かに効果が合って尚且つ。自分が輝夜と相対しなくて良いのは、時間が稼げてその上精神的にも良かった。
やはり、真正面から戦いたい相手ではなかったから。
そして、妹紅の自宅に忍び込み。ある細工をする、その細工の為の道具も手に入れた。
自宅に侵入する際も、得意の波長を弄る自分の能力を駆使し。自分の姿だけは巧妙に隠していた。
家の周りをコソコソと歩き回り、人の気配が無いかどうかを探り続ける。
気配を感じないのしっかりと確認してからドアを開けて、お邪魔した。
気配が感じない、つまりは今妹紅は自宅にいない。そう短絡的に結論付けてしまったのがよくなかった。
いないとばかり思っていたから。扉を開けるのも、室内を動き回るのも。どちらも遠慮無しに、普段どおりの生活音を立てながら行っていた。
件の物を何処に仕込もうかな。そう考えながら、居間を見回していたら。
バンッと言う扉を強く開けるけたたましい音が聞こえた。
音の鳴った方向を見れば。居間から和室に繋がる戸の前で、寝間着姿でニッコリと微笑む妹紅の姿があった。
却ってその笑顔が怖い。輝夜相手に物怖じしないだけあって、彼女と全く同質の笑顔を、妹紅は作る事ができていた。
詰まるところ、鈴仙はしくじったのだった。
気配が感じられなかったのは、留守にしているのではなくて、単に寝ていただけだった。
静かに行動していれば起こさずに事を進めれたかもしれないが。
遠慮無しに音を立ててしまったのが、運の尽きだった。
「まぁ、座れよ。お茶の1つくらいは出してやるよ」
妹紅に促されて、鈴仙は思わず席についてしまった。屈む瞬間、逃げればよかったと。妹紅の言うとおりに動いてしまった事を後悔した。
怒鳴られた方が、きっと体の防衛反応を即座に動かす事ができただろう。場にそぐわぬ妹紅の笑顔が鈴仙の判断能力を鈍らせた。
「さぁ、いい加減話してもらおうか。輝夜はお前に何をやれって言ったの?」
言葉通り、お茶も入れてくれたが。飲むのは妹紅だけで、鈴仙の湯飲みに入った分はすっかり冷め切っていた。
もういっそ素直に話そうかとも思ったが。余り部外者に弱味を見せたくは無かった。
妹紅の笑顔を直視するのが怖くて、鈴仙はずっと眼を閉じたまま考えをめぐらせていた。
「しかし、輝夜も面倒な真似をするなぁ・・・・・・お前も大変だな」
妹紅の言葉からは何度も何度も。輝夜の名前が出てきた。
「ちゃんと私がお前を見つけた事は、輝夜には黙っとくからさ」
幸いな事に。妹紅は鈴仙の突然の来訪を、輝夜の命令による物だと考えてくれている。
このまま輝夜のせいにしてしまおうか。口裏を合わせてくれれば、あるいは行けるかもしれない。
元より多少の危険は覚悟のうえだった。それに見つかってしまった以上、やるしかなかった。
「妹紅さん・・・」
「おっ、話す気になったのか?」
妹紅を焚き付けるかどうかに関しては、この際後にまわすことにした。
今最優先すべきことは、口裏を合わせて貰う事と。最悪でも、輝夜に矛盾が露見しないようにする事だ。
「私が何をやろうとしてた事に付いては、お話はします。だから姫様には」
「ああ、分かってる。お前を見つけたことは言わないよ。苦労してるってのは見てても分かるよ」
カカカと笑う妹紅の表情から、先ほどまでの張り付いた笑顔が取れた。裏表の無さそうな顔だった、言わないと言う事に関しては信じて良さそうだ。
「それからもう1つ・・・今回の事。綺麗さっぱり忘れて欲しいなと・・・・・・次に姫様とやり合う時にもなじる材料としては」
「使うなって事?そりゃ何でだい?」
痛い所を付かれた「妹紅さんは・・・姫様がお嫌いですよね?」なので話を逸らす。
「そりゃあね。当たり前だよ」
「正直な所、私も妹紅さんほどではないですが。めんどくさい奴だなとしょっちゅう思ってます」
本心だった。だから表情を取り繕う必要は何も無かった。
「ええまぁ・・・だからですね」
隠し持っていた、二袋のうち。隠し持っていた方を妹紅に差し出す。
「これ差し上げますから、何も聞かないでください」
ドンと机の上に差し出した後。鈴仙は思わず頭を下げて、いわゆる土下座の体制を作ってしまった。
はっきり言って。何も考えていないのである、妹紅に気付かれる事なくこの場を切り抜ける方法など」
「私と妹紅さんの間で、今回のことを無かった事にする。多分それが姫様が一番嫌がる話の進み方だと思うんです」
「その袋の中身は好きに使って下さって結構です」
怪訝な表情をしながら。妹紅は鈴仙から差し出された袋の中身を調べていた。
封を開けて、中を見れば。青々とした粉のような物が入っていた。匂いをかぐと、仄かな香りがした。
「これ山椒?」
「はい、そうです」二つ返事で答えた。
「かわいい物を使うなぁ・・・らしくも無い。前は青酸何とかって奴を茶に仕込んだくせに」
妹紅の口から物騒な単語を聞いた。多分何とかの部分には“カリ”という言葉が入るはずだ。
「えっ・・・それ死にますよね」
「そうだね、死んだよ一回。すぐにリザレクションするからあんまり意味無いけどさ」
分かってはいた事だが、輝夜も妹紅も蓬莱人である。不死を手に入れた種族である。
そんな物を手に入れてしまったせいか、どうにも命に対しての認識が。二人共に軽すぎだとは思っていたが。
まさか毒物を遊びで使うくらいにまで軽かったとは。医療従事者としてこの事実は、ただ青ざめるばかりであった。
「なーんか・・・輝夜っぽくないんだよなぁ。やり口が常識的というか」
「あいつなら、私がいようがいまいが家を焼くぐらいはやりそうなのに・・・丸三日首吊り何てこともあったなぁ」
妹紅はしみじみと思い出しているが。蓬莱人ではない鈴仙にとっては、戦慄物の話である。
袋の中から粉を一つまみして、ペロリと口に含む。
「うん、やっぱりただの山椒だ」
「即効性が無いだけで、遅効性の毒物だとは思わないんですか?」
「遅行性なら、段々と体調が悪くなるだろう。体調が戻らないなら素直にリザレクションすればいいだけ」
「あんまり意味が無いんだよ、遅効性は。風邪くらいでも私は寝て治さずにリザレクションして治すから」
命に対しての認識が軽いなんて物ではなかった。蓬莱人の余りにも深い業に、戦慄すら通り越しす。
「輝夜は私が苦しむ姿が好きだから。即効で効いて手足も動かせずに、自害からのリザレクションが出来ない様子を見たがるんだよ」
まるで理解が出来ない。そんな感想しか浮かばなかった。
「そう・・・だから、山椒の粉を仕込むなんて可愛い真似。まったく輝夜らしくない」
「舐めるなよ、兎。何度輝夜に殺されたと思ってる」
鈴仙に投げかける妹紅の視線には、明らかな敵対心があった。
見事に詰んでいる。これならば、見つかった瞬間逃げた方が良かったかもしれない。
「言え、何でお前は私にちょっかいを出そうとした」
「・・・・・・姫様を出し抜く為です」
洗いざらい話すことにした。それで怒りを買っても、多分永琳や輝夜の責め苦よりはマシだろう
「永遠亭に・・・○○と言う一人の男性が増えた事知ってますか?」
「知ってるよ、天狗に聞かれた事もある。永遠亭の守りが堅いから、私が何か知らないかだってさ」
「天狗ですらよく知らないのに、私が知るわけ無いんだがな。その男がどうしたって?」
「姫様の恋人です。そして、かなりキツめの被虐嗜好があります」
「うん?何だって」
丁寧に説明するのが億劫なのか、鈴仙の話はいきなり○○への被虐嗜好まで飛んだ。
「バ輝夜に恋人が出来たってのもなんか面白そうな話だけど・・・被虐嗜好って?」
「英語で言えばマゾです。マゾヒストですよ、ドが付くほどの」
淡々と説明する鈴仙に妹紅は「うんん??」といまいち理解に苦しむと言った反応を見せていた。
「・・・・・・変態?」
「・・・かもしれません。でもそこまで反社会的な性質とは私は考えていません。だから別に構わないでしょう?」
○○さんが虐められて喜ぶ変態で何か不都合でも?と言いたい顔をしていた。
「・・・・・・そのさぁ。アンタが被虐嗜好を全肯定するって事は」
「はい、私はその被虐嗜好に応えたいと思ってます。平たく言えば、○○さんを虐めたい」
鈴仙は恥じることなく、凛とした顔で妹紅に自分の性癖をぶちまけた。
「うわぁ・・・」それに対して、妹紅は思わず後ずさりして。引いた様子を見せるしかなかった。
「虐めっ子?」
「勘違いしないでください!私が虐めたいのは○○さんだけです!!虐めっ子は不特定多数を虐めて悦ぶただの悪人です!!」
拳をぶんぶんと振り上げて、力強く弁明する鈴仙の姿に。妹紅はまた一歩、鈴仙との距離を離した。
「大事な事なので、もう一度言います!私が虐めて悦べるのは○○さんだけです!!例えば、貴女を虐めても私は嬉しくもなんともありません!!」
「例えば妹紅さん!!貴女は姫様以外の人を燃やしたいと思いますか!?」
鈴仙の迫力に気圧されて、妹紅は言葉を出せずに。ただふるふると首を横に振るだけであった。
「ほら!同じじゃないですか」
「違うに決まってるだろぉ!!」
今や形勢は完全に逆転していた。
「妹紅さん、私は○○さんを虐めたい。貴女は姫様を燃やしたい。利害関係で争う必要は無いと思うんです」
「帰ってくれない?」
「妹紅さん、その山椒の粉。貴女に差し上げます、使っても使わなくても構いません」
「帰れ、今すぐ」
妹紅は鈴仙が持っていた置き薬の山を、無理矢理背負わせて家からたたき出そうとしたが。鈴仙の口はまだ止まらなかった。
「妹紅さん、姫様はですね。貴女とやりあうよりも楽しい事を見つけました。このままじゃ、姫様を燃やす事はもう出来ませんよ?」
「帰れぇ!」
結局、妹紅が鈴仙の背中を蹴り飛ばして家からたたき出すまで、鈴仙が黙ることは無かった。
最終更新:2012年05月20日 02:05