「ぐぇっ!」
かなりの勢いで蹴り飛ばされ。地面に突っ伏したままだったが、追い討ちは無かった。
代わりに扉を乱暴に閉める音が聞こえて来ただけだった。
「うう・・・でも師匠の時よりは遥かにマシか」
それなりに痛いはずなのだが。前回永琳に渾身の力で引きずり回され、蹴り飛ばされたりしたものだから。鈴仙の体には耐性が出来上がっていた。

「失敗したなぁ・・・でも最悪の事態だけは回避出来たのかな?これは」
もう一度、妹紅の家の方向を振り返るが。扉は貝のように硬く閉じられており、鈴仙が近くにいる限り再び開く事はなさそうだ。
元々の算段では。ここで妹紅をけしかけて、輝夜が○○から離れる隙を作りたかったのだが。
輝夜の妹紅に対するからかい方は、鈴仙の常軌を逸していた。
青酸カリや、それに類するような一発で相手を仕留めれるような劇薬を仕込むなど。
不死の業を持った蓬莱人相手とは言え、そこまでやってのける度胸が無かった。
相手と同じく、不死となれば別かもしれないが。生憎、鈴仙には不死の業は持ち合わせていなかった。
種々の考えをめぐらせながら。そのまま妹紅の家を見つめ続けていると、ドアを乱暴に蹴っ飛ばすか殴り飛ばすような音が聞こえた。
早く帰れと言う事だろう。分の良い相手ではないので、これ以上機嫌を損ねる前に立ち去ることにした。

「これ結局使いどころが無かったなぁ・・・結構苦労したのに」
諦めて、もともとの仕事である里への置き薬配りを遂げる為に再び歩きながら、懐から薄い袋を取り出す。
袋の色形は、先ほど山椒の粉を入れ手いた物と同じだったが。中身が全く違った。
鈴仙が残念そうに除く袋の中には、長い髪の毛が数本入っていた。
長いだけではなく黒く、そして煌びやかで。永遠亭でこの髪の毛を持っている人物と言えば、該当するのは一人だけだった。
蓬莱山輝夜、彼女以外は考えられないだろう。

鈴仙は、妹紅の自宅で何か細工をした後。事前に採取した髪の毛を抜け毛と見せかけて、それとなく室内にはらりと落とすつもりだった。
だったのだが。輝夜と鈴仙の業深さの違いを看破されて、その目論見は見事に実行に移す前にご破産となってしまった。

「まずったなぁ・・・どうしよう。妹紅さん以外でけしかけても飛び込んでくる人なんて私知らないわよ・・・・・・」
先ほどまでの勢いは何処に行ったのか、鈴仙はとぼとぼと歩みを進める。
背負い込む荷の重さが、余計に鈴仙の足取りを重くする。
元々穴の多い計画ではあったのは自覚こそしてはいたが、妹紅をけしかけるという点についてだけは自画自賛していただけに。
心中に与えた物は意外と大きかったようだ。
「・・・土下座して見ようかな」
段々と、最低限の意地すらも無くしつつあった。



「・・・・・・帰ったみたいだな」
妹紅はドアをほんの少しだけ開けて、外の様子を確認する。
覗き穴の死角に隠れていると言う事はないようだった。鈴仙の姿が完全に無くなったのを確認して、ようやく一息つける事が出来た。

「本当に、何だったんだろう。あの熱の入り方は」
訳の分からない夢を見たような気分だった。寝直して気分を一新させようかとも思ったが。
「・・・・・・これが机の上にあるって事は。夢じゃないって事だからなぁ」
机の上に散乱した、山椒の粉を見ると。否が応でも、先ほどの出来事が夢などではないと言う事を再確認させられる。

試しにもう一つまみ、口に含むが。香ばしい香りと味以外は特に何も無い。
「本当にただの山椒なんだなぁ・・・何がやりたかったんだ、あの兎は」
山椒の存在は、同時に鈴仙の世迷い言とも取れる酷い言葉たちも現実にあった事になってしまう。

○○と言う名の男が被虐嗜好持ちで、鈴仙がそれに反応した虐めっ子と言う点についてよりも。
鈴仙が最後にいい残した。輝夜が自分とやりあうよりも楽しい事を見つけた。それが気になって仕方が無かった。

「・・・・・・寝覚めを邪魔された恨み。輝夜にぶつけてくるか」
拳を振り上げたりしている鈴仙の姿を思い出すに、嘘がつけるような状況とは思えなかった。

だからどうしても、若干の不安感が拭い去れなかった。自分を騙す為の虚言と切り捨てることができなかった。
妹紅の中では、輝夜との死闘はもう生きる意味の大部分を占めていた。
そして、輝夜もまた。度々行われるこの死闘を楽しんでいる節がある。そう思いたかった。
あの退屈が大嫌いでわがままなお姫様が。そう簡単に自分との間で繰り広げられる死闘を、忘れられる物か。

起きてすぐで、腹もそれなりに減っているはずなのに。妹紅は事実の確認を、不安感の解消を最優先にしていた。
甘い考えであった。いついかなる時でも、輝夜は私との死闘を優先する。自分がそうなのだから、きっと輝夜の方も。
ただし、それは今までがそうだっただけの話でしかなかった。


脱いだ物も放ったらかしで、いつもの服装に大急ぎで着替えた妹紅は家を飛び出した。
向う先は勿論、永遠亭であった。

「輝夜ぁ!いるかぁ!?」
永遠亭に辿り着いた妹紅は、挨拶代わりに周りの草木に火の粉をばら撒いた。
妹紅が襲来した時はいつも周りの草木が燃える運命にあった。

勿論、これは挨拶代わりなのだから本格的な大火事にする規模の火は飛ばしていない。
それでも、普段は小間使いに奔走しているイナバ達は大慌てで水をかけて周り、消火活動に勤しんでいる。

これくらい騒ぎになれば、仮に輝夜が熟睡状態であっても周りの騒々しさで寝ていられなくなる。
いつもなら、在宅中であれば不機嫌そうに。就寝中であれば、あからさまに不機嫌な様子で。輝夜は妹紅を迎えるのだが。
その火はどんなに待っても輝夜が出てくる気配が無かった。
イナバの中の誰かが「屋敷を燃やすのだけは勘弁してください」と言って藁やら何やらを妹紅の近くに運んできては積み上げて行くばかりであった。
これでも燃やして気を紛らわせとと言うことらしい。

しかし、輝夜は出てこなかった。イナバ達が積み上げる物の中に、明らかにイナバ達の個人的な物が、必要の無さそうな私物が混ざり始めた。
はなはだしい時は、ゴミ箱の中身をぶちまける物もいた。
「私はお前達のごみ処理に来たんじゃないぞ!」
そう怒鳴り散らし威嚇すると、悲鳴を上げて逃げていった。ごみをそのままにして。
イナバ達がぶちまけた物に生ごみが混じっているのか、非常に不快なにおいが妹紅の鼻先を突いている。
それが待ちぼうけを食らう妹紅の癇癪を強め続ける。

こんな事は始めてであった。不在ならば不在で、輝夜の従者である永琳が出てきてくれるのだが。
「悪いが、邪魔するぞ」
一応断りらしき言葉を残すが。先ほど凄んだせいで、妹紅の周りで飛び跳ねていたイナバ達は一匹もいなかったので、その呟きは空に消えていった。
だからと言って、乗り込むのをやめにすることは無い。もし屋敷が燃えても、悪いのは出てこない輝夜だ。

心中で酷い責任転換を行いながら、妹紅は土足のまま屋敷に上がりこもうとしたが。
板張りの地面に足を付く瞬間、誰かが足元に追いすがった。
「掃除するのはうち等なんで、土足で上がりこむのも勘弁してください」
足に追いすがったのは、イナバ達の誰かだった。
悲痛で生々しい訴えだった。乱暴に振り払う事もできたが、流石にそこまで鬼ではないので。庭から回り込むことにした。



無遠慮にズカズカザクザクと。玉砂利の音を踏み鳴らしながら、妹紅は記憶を頼りに輝夜の部屋に向う。
「全く変らないな、っこは。前戦った時と庭の風景も一緒だ」
妹紅の記憶の中では、以前永遠亭で死闘を繰り広げたのは随分前のはずなのだが。中の風景もその時とまるで変らなかった。
お陰で、おぼろげな記憶でも何とか。目的地の大体の場所を思い出せた。

「そうそう、この部屋だ」
中から何か言い争いに近いような声が聞こえる。
「危ないから○○は永琳の近くにいて」だとか「絶対あの女からも守って見せるからね」だとか。
○○と言う名前は・・・確かバ輝夜の恋人の名前と同じだったはず。
ついでに噂の恋人とやらの顔でも確認するかと思いながら。妹紅は地面に転がる、手頃な大きさの玉砂利を手に取り。

思いっきり室内に向けて投げつけた。
障子の和紙が景気の良い音を上げて敗れる音が聞こえた。
何となく気持ちが良かった。大掃除の時に、障子の紙を破りまくる時の事を思い出した。

「もっと面白くしてやるか」
妹紅の投石は一発で終わらなかった。
それ所か、二発目以降からは。自身の炎を出す能力の応用で、手のひらの中で玉砂利を瞬間的に高温にして投げつけた。
中から三人分の悲鳴が聞こえる。一人は輝夜、もう一人は永琳。最後に残ったのは、件の輝夜の恋人だろう。
遠慮なく熱したので、そう簡単には冷めないぐらいの温度にまで熱した。
なので、畳に落ちた所から中心に炎が燃え上がる事も容易に想像できたが。

「燃えろ燃えろぉー!!」
妹紅はとても楽しそうだった。むしろこのまま燃え盛る事を強く望んでいた。
投げつけているうちに気分が高揚したのか。五発目からは玉砂利が燃えていた。
中から聞こえる悲鳴はより一層高まった。
イナバ達から屋敷を燃やすのは勘弁してくださいと言われていたが。輝夜の部屋だけなら別に構わないだろうと、都合良く考えることにした。
そうこうしている内に、部屋は妹紅の炎で赤々と染まりだした。


「熱!!うわ、ちょ!服が燃える!!」
何発目かを投げた所で、男の悲鳴が聞こえた。
件の恋人に当たったようだ「チッ、外れか」一番当たってほしいのは輝夜、次点でその従者永琳。
それ以外は感情には含める気は無かった。
当りを外して、妹紅はあからさまに悔しげな表情と声で呟いた。

次で当ててやると思い赤々と燃える部屋を見ながら。腰を下ろし、次の玉砂利を掴もうとした所で。
燃え盛る障子の、炎の隙間から。酷い怒りの顔をした輝夜の表情が、一瞬だけ見えた。

しかし、その一瞬で十分だった。輝夜とうんざりするほど戦い合い、戦闘経験のある妹紅にとっては。
その表情に、明確な殺意が込められていると判断するのに。時間は必要なかった。

「不味い!!」
不死の蓬莱人には、もう不要と言ってしまって良い。生存本能が激しく訴えかける、ある言葉を妹紅は確かに感じた。
“逃げろ”と。


その言葉に従い、玉砂利を投げ込むのを即座に中止し。横っ飛びの形で輝夜の部屋真正面の位置を外した。

横っ飛びで真正面の位置を外す事を最優先にした為。妹紅はまともな受身を取れずに、地面に体を打ちつけた。
玉砂利でごつごつしている為、ただの地面よりも痛みは増した。
「くたばれぇ!!!」
しかし、その痛みで苦痛を感じるよりも先に。輝夜の怒声と共に放たれる極太の光が。
先ほどまで妹紅がいた場所を完全に焼き払った。

輝夜の部屋から直線状にあった物は。縁側も、玉砂利も、風流な岩も、そして敷地を囲む壁とその先にある竹林のかなり奥まで。
それら全てを焼き払い。光が通り過ぎた軌跡を示す、焼け焦げた地面の後を残すだけだった。


「危なかったぁ・・・バ輝夜がここまで本気出す姿って久しぶりに見たかも」
堪忍袋の尾所か。妹紅は堪忍袋自体を焼き払ったに等しいのだが、どことなく呑気だった。
それは普段とは違う輝夜の姿を見ても変る事はなかった。

「履物も焼き払っちゃったわね・・・・・・・・・まぁそれはどうでもいいわ飛べば何とかなるし」
輝夜は部屋からひょっこりと顔を出して、履物を捜すが。すぐに焼き払ってしまった事に気付くが。
飛べる輝夜にとってはそこまで問題ではなかった。

ゆっくりと輝夜は、妹紅に目を向けた。
言葉は何も発さなかったが。“覚悟は出来てるわよね?”そう言われた気がしたのは多分気のせいではない。

「姫様。取りあえずは、部屋履きのこちらを」
「有難う、永琳」
そう言って部屋履きを差し出した永琳に礼を言うが、相変わらずその視線は妹紅の方向に固定されていた。
そして永琳も、輝夜に履物を渡しながらも。その視線は輝夜と同じく妹紅だけを見ていた。
その表情は、やはり輝夜と同じような。酷い敵意と殺意の篭った物だった。

輝夜は履物を履きながらでも、妹紅を見ていた。
何度か妹紅と永琳の間を世話しなく往復したが。永琳が何かを合点したかのように、1つ頷くとそれはなくなった。


履物を装着して。しゃなり、しゃなりと。優雅に、そして確かな戦う意思を体中にほとばしらせながら。
輝夜は妹紅に近づいていった。
「へっ・・・いつぐらいぶりだ、輝夜?そこまでやる気満々で相手し―
「うるさい」
全てを言い切る前に妹紅は思いっきり顔面を殴られた。

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最終更新:2012年05月26日 01:42