ああ、そう言えば。輝夜が降りてきた時には、もう部屋の火消えてるな。○○とか言う男に燃え移った火も消えたんだろうな。
まぁ、輝夜ならアレくらいすぐに消せるだろうな、従者もいたし。
顔面に渾身の一撃を貰い、空中を舞いながら、地面に向って墜落しながらでも。妹紅の頭は妙に冷静に、場の状況を分析していた。
「ぶっ殺す」
妹紅の体が完全に地面に辿り着く前に。輝夜はドスの利いた声を発した。
いつぐらいぶりかなぁ。輝夜がこんなに本気で相手するとか。
それを考える頃には。妹紅の体はごつごつした玉砂利の上に打ち付けられて、痛々しい傷跡を作っていたのに。
普段の殺し合いでは出さない、本気の殺意が篭った声を聞いても。妹紅の頭はまだ冷静だった。
不死の業が。痛みにも、その先にある死の恐怖すらも。その両方を著しく妹紅から奪っていた。
倒れたばっかりで体勢が圧倒的不利だからなぁ・・・輝夜も本気だし。一回リザレクションしたなこれ・・・・・・一点先制されたな。
その鈍感さを作った主な原因は、恐らくリザレクションだろう。
リザレクションさえしてしまえば全てが全部元通り。
風邪で弱った体も、二日酔いも。弾幕勝負で巫女や魔女に、良いのを貰った時も。
妹紅はその痛みや疲労を、自殺からのリザレクションで何とかしていた。
結局、持っていたスペルカードが尽きるまでそれを繰り返した。あの時負けたのは、カードがなくなってしまったからに他ならなかった。
それ以外は、体力的にも精神的にも全く問題はなかった。
だから今回も。リザレクション自体には何の抵抗も無かった。
ただ単に、輝夜よりも先に一回負けたのがほぼ決まってしまった、それが悔しいだけだ。
何かに自分の体が焼かれたのを妹紅は感じた。
その後すぐリザレクション。そこに痛みは無かったし、いい加減慣れた。むしろリザレクション直後は気持ちいいくらいだ。
「危なっ!」
起き上がってすぐ視界に入ったのは、輝夜が自分の顔めがけて放った一発の弾だった。
それをギリギリ避けた後も、執拗に、そして確実に。輝夜の攻撃は妹紅のほうを狙ってきた。
弾幕勝負の時とは違う。見た目の事など完全度外視の、純然たる戦う為の弾ばかりだった。
「待て、輝夜!ちょっと間をくれ、ちょっと整える為の時間を―
妹紅は嘆願を言い切る前に、側頭部に激痛を感じた。痛みと同時に体が動かなくなり、また地面に倒れこむ。
地面に倒れこむ前のほんの数瞬。屋根の上から八意永琳が弓矢を構えているのが見えた。
妹紅は、この激痛の正体は。永琳の放った弓矢だろうと当たりをつけたが。
頭に刺さっているはずの矢の存在を確認する前に、永琳はもう一矢。矢を放った。
それは妹紅の顔面に綺麗に吸い込まれた。二回目のリザレクションが今決まった。
普段とは全く違う輝夜の戦い方に。リザレクションに大きく頼っていた妹紅も、場の状況のおかしさに気付いた。
二人の戦いに。多少の不意打ちや、奇襲、夜襲などはあったが。
それは開幕の一回こっきりだけで、始まってしまえばそれなりに正々堂々と。真正面からぶつかり合うのが二人の流儀だった。
住まいへの放火が原因なのだろうか。しかし、放火など過去にいくらでもやったりやられたりしている。
余りの本気さに妹紅もその原因を探ろうとするが。ようとして判断はつかない。
二回目のリザレクション後の、輝夜と永琳の攻撃は更に苛烈な物へと変化していった。
2人は起き上がる暇すら妹紅に与えない。矢と弾幕の雨嵐で三回目、四回目、五回目と。妹紅のリザレクションの回数をどんどん増やしていった。
当の本人である妹紅も。手を下し続けている輝夜や永琳も、何度目かのリザレクションか。いい加減数えきれなくなっていた。
「永琳!寸止めお願い!!」
十数分ほど。一方的な殺戮が繰り返された後。輝夜の下知が永琳に飛んだ。
輝夜はその言葉を飛ばす際、永琳の方向を殆ど見ていなかった。
永琳もまた、聞こえたと同時に弓矢を構えた為。彼女に至っては完全に見ていない。
そしてまた今回も。永琳の放った矢は、妹紅の頭に綺麗に突き刺さった。
どさりと音を立てて妹紅は地面に体を崩れ落とし、痙攣するばかりでほぼ動かなくなった。
これまでと違う点と言えば。その一本の矢が突き刺さっても、妹紅がリザレクションしなかった事。
そして二人とも微動だにしない妹紅の姿を見て、満足気に臨戦態勢の構えを解いた事だった。
「永琳。○○をお願い、この光景は絶対に見せないで」
コクリと頷き、屋根の上から降りる永琳を横目に。輝夜は妹紅の表情を覗きに行った。
「あら、思ったより感情が篭った顔をしているわね」
少しだけ意外だったのは。リザレクションで体が再構成された直後の割りには、妹紅の顔に苛立ちの色が見えたことだ。
リザレクションは、魂を元に体を再構成する。
致死的な傷を負ってしまえば。失血や痛みなどで、頭で物を考える事がかなり難しくなる。
それも関係があるのか自身の経験では、リザレクション直後は少し呆けているのが常だった。
表情の方も、寝起きよりも酷い無表情である事が普通だ。
所が今回は、いつものお約束を破り続ける輝夜に大して。妹紅が魂の形に及ぶまでの感情の変化を見せていたようだ。
そんな激情に駆られた魂を元にしているのだから。作り出された直後の表情も激情的だった。
輝夜はしばらくの間、そんな激情の表情のままピクピクと。活け造りの魚のように体を小刻みに震える妹紅の姿を間近で見ていた。
自然と輝夜から邪悪な笑みがこぼれてくる。そんな笑みが強くなると共に、妹紅の痙攣の度合いも強くなる。
怒っているのだろうか?
だとすれば、意識はあるはずだし物を考える事もできるのだろう。
そして多分、こちらの声も聞くことが出来るはずだ。
「妹紅、○○を虐めて良いのはね。私だけよ」
「・・・・・・それ以前に、重度の火傷なんて私の流儀に反するわ。肉体も精神も壊しちゃ駄目」
「貴女は私を怒らせたの。しばらくは貴女とは楽しめそうに無いから、そのつもりでね」
また妹紅の見せる痙攣が早く、そして大きくなった。何を言っているんだ?とでも言いたいのだろうか。
「まぁ、分かってくれなくても良いわ。貴女と○○を会わせるつもりはないし。永琳にすら許していない○○虐めなんて持っての他よ」
「誰かー!誰でもいいわ!こいつどこかに捨ててきて」
無様な姿を晒す妹紅を見ているにも飽きてしまったのか。立ち上がった輝夜から、酷い言葉が飛び出した。
何匹かのイナバに運ばれて、妹紅は自宅の前に打ち捨てられた。
動けない事を見越してか、目の前に切腹に使えそうな短刀を、地面にぶっ刺して置く。
えらく趣味の悪い趣向まで凝らしていた。ほぼ間違いなく輝夜の発案だろう、これは。
ご丁寧に、短刀に張り紙まで。そこにえらく達筆な文字で書かれていたのは“自決用小刀“だった。
その文字の横には“使えるものなら使ってみろ”と小さく書き添えられてもいた。
そのまま妹紅は、輝夜が用意してくれた自決用の小刀を見つめながら。
何日もの間。小刀をつかむ為に動く事も出来ず、野ざらしのままにされていた。
間の悪い事に、いつもは度々様子を見に来てくれている慧音も。今回に限っては中々来てくれなかった。
その為、自害の手伝いをしてもらう相手にも恵まれずに。飲まず食わずで何日もの間痙攣を繰り返すだけであった。
能力で自分の体を焼こうとはしたが。流石は永遠亭の薬師、矢の腕前も尋常ではなかった。
何度試してみても、力の溜まり具合がおかしく。上手く行かなかった。
しかしながら、こんな状態でも一部の肉体機能は滞り無く動いているらしく。お腹もちゃんと減ってくる。
それが妹紅に与える苦しみを倍以上にしてくれた。
体は動かない。でも内臓は動いているから、腹は減る。
頬もこけて来て、意識も朦朧としているのに。それでもまだリザレクション出来て居なかった。
自分の体の丈夫さに恨み言すら吐きたくなる気分であった。
「うわあああ!!!?」
最終的に。精根尽き果て力尽きる事も、自害する事も出来ずに。焦燥にくれていたが。
手作りと思われる昼ごはんと共に、様子を見にやってきた慧音が腰を抜かす姿を見て。ようやくほっと胸をなでおろすことが出来たが。
やっとリザレクションできると。心の底から安堵した。
「妹紅!?妹紅なのか!!?」
しかし、そこからがまた長かった。慧音はとても優しい性格だから、始めは妹紅を助けようとしてくれた。
輝夜の用意してくれた自決用の小刀を見て。輝夜に負けて、尚且つこのようなむごい仕打ちを受けた事までは分かってくれたが。
友人に刃を突き刺すことが心苦しいのか。小刀を握り締めたまま泣き出してしまった。
結局、昼ごろやってきた慧音が妹紅にリザレクションを与えてやれたのは。次の日の朝日が上ろうかと言う時間だった。
リザレクションして全快した妹紅は。泣いて抱きついてくる慧音の頭を優しく撫でながら。
「・・・・・・腹減った」少しの間のあと、空腹を訴えた。
慧音が持ってきてくれた昼ごはんは。一晩経った事で、残念ながら腐りかけた匂いがしていた。
そのため妹紅は、作り置きしていた干し肉等の保存食を貪り食っていた。
この数日で、自宅にある保存食以外の食料も。慧音の昼ごはんと同様、ちょっと手をつけたくない程度に傷んでいた。
リザレクション後は、全ての調子が最善の状態に戻っている。
だから、こんなに貪り食わずとも。栄養は足りているのだが・・・魂が訴えかけるのだ。
物は何でもいいからとにかく食事を。食う事を欲していたのだ。
日持ちさせる為に、塩辛く味付けされた保存食を貪り食う妹紅の姿を見ながら。慧音はご飯を炊いてくれていた。
器用にも、その作業をしながら。慧音は泣いたり笑ったりして、百面相のように。その表情を目まぐるしく変化させていた。
それに加えて、食料がほぼ全滅なのは慧音のせいじゃないのに。ご飯しか炊けない事を何度も何度も謝ってくれていた。
謝っている時の慧音は、表情が泣きに変っていくので。妹紅は何度も何度も、なだめすかしていた。
遅い!早く仕留めてくれ!
復活直後。随分酷い物言いだとは分かりつつも、開口一番にこう叫びそうになった。
それは今でもまだ、この言葉は頭の中で揺れ動いているが。
大泣きしながら、殆ど判別できない言葉にならない言葉で。許しを請うてくる慧音を見ると。
とてもじゃないがそんな酷い言葉はぶつける事が出来なかった。
しかし、今でも気を抜くと言ってしまいそうだから。貪り食う保存食や水と一緒に、全ての言葉を流し込んでいた。
「別に気にしなくていいから。蓬莱人の業だよ、これは。慧音は何も悪くないから」
そう言って、何度も慰めたが。慧音の方が心の整理が付かないのか。
それから何日もの間、寺子屋と妹紅の自宅を往復して。妹紅の為に食事や部屋の掃除など。身の回りの世話を焼いてくれていた。
十数日ほど経った所で、ようやく慧音も安定してきた。まだ妹紅の自宅を訪れる頻度は多少高いが。
「あー、美味かった。慧音、ご馳走様」
「食べてすぐ横になると、腹が痛くなるぞ」
今日も、慧音は妹紅の為に晩御飯まで作ってくれた。
晩御飯が終わるくらいの時間だから、当然ながら夜も深い。もうこのまま、いつものように朝まで泊まって行くだろう。
妹紅は慧音に晩御飯の例を言い。慧音も笑顔でそれに応じてくれる。
このまま朗らかな時間が流れた後。二人仲良く揃って、就寝の時間だ。
「じゃあお休み慧音」
「お休み妹紅。また明日な」
ろうそくの火を吹き消して、寝床に入る妹紅と慧音。
「そろそろ試験の問題を作らないとなぁ・・・・・・」
慧音は寝床の中では、大体寺子屋関係の事を考えている。たまにだが終身の挨拶をしてすぐ。ポツリと呟く言葉で分かる。
それに対して妹紅は、寝床に入ると。一気に静かになる。
眠りに入る為に、すぐに目を閉じているうからではない。とても大事な考え事をしているから、口が少なくなるのだ。
その大事な考え事とは。輝夜を出来るだけ残酷にぶちのめす為の算段だった。
最終更新:2012年06月02日 01:20