「人間よ、直ちにこの山から去りなさい」
今日も僕は人間を山の領域から追い払う仕事をしている。
山の恵みはとても豊富で、それにあやかりたいという人間は後を絶たない。
だから僕や母様みたいな哨戒天狗の任務はとても大事な仕事なんだ。
手に持っていた大振りの山刀を鞘にしまい、耳を澄ませて辺りを窺う。
ピクリと耳が動いた。素早く上空に舞い上がり、母様譲りの千里眼で見ると人間が居た。
「山に入るのは……「わ、な、なんなんだ一体、なんなんだよ!?」」
そこに居たのは里人ではない人間だった。不思議な格好をしている。
……あ、確か外来人、という存在だったか。教官が教えていた。
彼らに対する行動はただ一つ。人里の方角を教えた後で追い払う事。
教えられたように追い払ったのだが、その際に幾つか話をした。
何処から来たとか、自分が何をしているとか、登山をしていたとか言っていた。
カラス天狗の文さんのような、立派なカメラを持っていたな。確か、母様の部屋に同じ様なものが、
―――アア、ソウナンダ、チョットヤマノケシキヲウツシタクテアルイテタノニイツノマニカ
ズキンと頭痛が響く。
―――ヒトザトハスコシトオイ? アア、キミノイエニトメテクレルノカ、シンセツダネキミハ
ずきんずきんと頭が痛み、僕は思わず座り込んでしまう。
―――イヤ、ホントウニタスカッタヨイヌバシリサン。
アア、コノカメラ? コレハボクノタカラモノデネ、イロンナバショノケシキヲトッテキタノサ
はぁ……はぁ、脂汗がビッショリと流れ出していた。
「○○、どうしたの?」
気が付くと母様が近くに居た。昼の交代時間になっても戻ってこないから見に来てくれたらしい。
僕は少し気分が悪くなっただけだと言い、母様に続いて空を飛んだ。
犬走椛の部屋には、伏せられた写真立てがある。
そこには、椛と1人の人間が笑顔で映っていた。
その写真を撮ったカメラは、彼女が大事に大事に保管しているという……。
最終更新:2012年07月08日 12:47