霊夢/4スレ/982-983




「一度、元の場所に帰った方が良いわよ。家族だって心配してるんじゃない?」
「う、うん……」

霊夢にそんな事を言われたのは、この郷に迷い込んで3ヶ月程経ってからの事。
この間ずっとお世話になっていた神社の主にそう言われたら、こちらとしても頷く事しか出来ないだろう。
その時丁度一緒に居た魔理沙も些か驚いた顔をしていた。

「意外だな、あいつ、お前の事随分気に入っているようだったのに」

僕だって驚きだ。
僕が、外の世界に帰還できるチャンスを直ぐ側にあっても行使しない理由。
それは、彼女の事が、霊夢の事が好きだからなのに。

「ちゃんと、踏ん切りを付けてから戻ってきて、ね?」

しかし、彼女のこういわれた以上、僕としては残る事は出来ない。
半月後辺りに丁度良いタイミングだからと、申し立てられその日は散会となった。

「そんな顔しないの、また、戻ってくればいいだけの話じゃない……ふあ……」
「……眠いの?」
「うん、ちょっと最近寝付きが悪くてね」

少し目の下に浮いた隈を軽くすりつつ、彼女は自室へと入っていった。
今日は夕食もあまり喉が通らなかったなぁ……。僕も早く寝よう。

それから半月の間は、ぎこちない日々が続いた。
霊夢は務めて普段通りの怠惰っぽい感じと、少し眠そうな態度で何時も通りに僕へ接してくる。
僕も霊夢に頼まれた仕事をこなしつつ、外に帰って何をするかを考えていた。
大学はどうなっているだろう。仲は冷めてしまってはいるが、家族は僕を探しただろうか?

取り留めもない考えばかりが脳裏を過ぎり、あっという間に二週間が過ぎた。
知り合いの人と妖怪に軽い別れの挨拶を交わし、その日は早めに床につく事にする。
幻想郷最後の夕食も、霊夢が適当に作った割には美味しい食事も、何だか砂を噛んでいるような感じだった。
最後に渡された『取って置きのお酒』を飲んだ後、心地よく気怠い酔いを抱えながら布団の中に入り込む。

ポカポカとした感触の中、誰かが部屋の中に入ってきた様な気がする。

(霊夢……?)

問いかける間も無く、僕の意識は闇の中に落ちていった。



次に起きた時、そこは僕が何時も寝ている場所では無かった。
がっちりと組まれた石組みの壁と木で作られた支柱。
壁と支柱には達筆、霊夢の筆で呪文が書かれた札がベタベタと貼られている。
壁に囲まれた八畳間程の広さの座敷は、真新しい畳が敷き詰められている。
そう言えば、近々霊夢が居間の畳を入れ替えるからと里から畳を購入していたっけ……。

そんな一週間ほど前の事を思い出しながらフラフラと立ち上がる。
まだ、身体に力が入りきらない、鼻の中をあの甘い酒精の匂いがツンと通る。
くたりと腰を下ろしながら、周りを見てみる。

自分が寝かされていたのは、自分が愛用していた布団だった。
私物は、数が少ないながらも幻想郷で手に入れたものや、普段使ってる小さな箪笥などが置いてある。
良く見ると知り合いから貰ったものは置いてない。霊夢から譲られたものばかりだ。
良く見ると箪笥の中は全部霊夢から譲られたものばかり。現代日本から持ち込んだ普段着すら入ってない。

八畳間の座敷は、木で作られた格子で外界へと続く梯子と遮断されている。
どうやら、ここは地下室の様だ。しかし、どこの地下室だろう?

「少なくとも、博麗神社じゃないよな……?」
「いいえ、○○。ここは博麗神社よ」

後ろから聞こえた声に振り返る。
そこには、いつの間にか霊夢が居た。

「霊夢、これは……一体、どうして?」

霊夢がにこりと笑う。何処か、無邪気で歪んだ笑顔だった。

「決まっているじゃない。○○を独占する為よ」


霊夢が僕を監禁してから、一ヶ月近くが経過した。
全ては、霊夢の思惑通りに。

霊夢が僕に外の世界に戻るように勧めた理由は、僕を独占する為。
わざと自分から僕に外の世界に戻るように言い、周囲に認知させる。
その後で僕はみんなと別れを直接言うのが寂しいから……と見送りが来る前に『外の世界に帰った』事にする。
みんなは『また帰ってくるだろう』程度の気持ちでいるから、難しくは考えない。

「これで、みんな○○は外の世界に帰ったと錯覚した。フフフ、これで○○は私だけのものよ」

こうして、僕が博麗神社から居なくなっても誰も怪しまない。
帰ってこなくても「ああ、そのまま外の世界に居着いたんだな」で済む。
麗夢は適当に「その内戻ってくるわよ」と言い続ければいい。


彼女が眠そうにしていたのは、この座敷牢をこさえていた為。
フランドール・スカーレットの様な破壊に特化した概念攻撃でも無い限り破れない極めて強力な結界付き。
僕にも、他の誰にも気付かれないように周到に注意を払って構築した。

「だって、私以外の誰にも貴方を渡したくないから。話しかけられるのも嫌。視線を交わすのも嫌。それをしていいのは私だけよ」

その中は霊夢と霊夢に属するものしか存在しない。
与えたものは全て霊夢、これから与えられるものも全て霊夢と霊夢を経由するもの。
彼女の僕に対する執着と偏執は尋常ではなかった。他の要素を全て排してしまった。

「あなたから奪ったものの代わりに、私の全てをあげるから」

あの日、一糸まとわぬ姿で僕に覆い被さりながら霊夢は言った。
彼女は文字通り、自身の愛と純潔を僕に捧げてくれた。

痛みと歓喜を織り交ぜた顔で、彼女は僕に口付けた。

僕の中の、当惑と不安、恐怖が一瞬で溶けて消えてしまった。

確かにあの時、僕は霊夢と彼女が押し付けてきた愛を受け容れてしまったのだ。


それから、僕はこの座敷牢と霊夢を世界としている。
話すのも霊夢、愛するもの霊夢、全てが霊夢に関わっている。

彼女は普段通りに博麗の巫女として務めている。
彼女が彼女のありのままを晒すのは、僕が居るこの座敷牢に来た時だけ。

彼女は異常だろう。でも、僕も異常になったのかもしれない。
歪んだ彼女の偏愛を全て受け容れてしまったのだから。


喪った記憶で、誰かが此処に来た様な気がする。
僕と話をしたような気がする。


『ごめんなさいね、霊夢がこうなってしまったのは気が付いていたわ。でもね、霊夢の愛の形はあの形なの』

『貴方がそうしてあの娘を受け容れている限りは安定している。だから貴方には其所でゆるりと朽ち果てて貰うわ』

『大丈夫よ、あの娘は貴方を決して見捨てたり、貴方への愛を薄らいだりさせはしない。歪んでいても、あの愛は純真なのだから』

『ではお幸せにね、愛に満ちた博麗の供犠よ。あ、そうそう、近々霊夢が貴方に嬉しい報せがあるそうよ』

『この記憶は消えるから、霊夢から直接聞きなさい……』


誰と、話したんだっけ?
そんな取り留めのない考えは、地下室に新設した緩やかな傾斜の階段で降りてきた霊夢の笑顔を見た瞬間に吹き飛んだ。

「どうしたんだい霊夢。やけに嬉しそうじゃないか」
「うん……」

霊夢はほんのりと頬を染め、自分の贅肉の無いくびれたお腹を優しくさすった。

「○○が居なくなってから月日が経ちすぎると怪しまれるからね、頑張った甲斐があったわ」







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最終更新:2019年02月02日 02:19