どこかは知らない遠い昔。
ある滝の近くに魔法の指輪を持つ大富豪の小人がいました。
彼は臆病で用心深く、魚の姿に化けて滝の根元に宝を隠して大事にしていたのです。
宝物は世界に散らばる黄金をかき集めて幸福をもたらす指輪。
指輪の裏には自分の名前を魔法で刻み込んでありました。
その指輪の招く黄金のおかげで小人は平和で豊かに暮らしていました。
ところがある日、彼の元に一人の戦士がやって来ました。
戦士の手には網が握られ、小人を捕まえようとしています。
小人は魚になって逃げましたがさあ大変、網でがんじがらめにされてしまいました。
戦士は言いました。

『お前の宝を寄越せ』

小人は泣いて見逃してくださいとお願いしたけれど、戦士はいやだと首を振りました。
結局、指輪を見つけ出され戦士は満足して持ち帰りました。
辛うじて小人は放してもらえましたが、大事な大事な宝物を取られてしまったのです。
その夜、枕元で小人は泣いて怯えました。

『お金まで取られたくない』

『ただ平和に暮らしたいだけなのに』

しかしそんなお願いは儚くも消え去ってしまいます。
数日して今度は若い騎士が二人やって来ました。
彼らもまた小人を捕まえて、黄金を持ち去ろうとしています。
二人の騎士は小人を脅して黄金の在りかに案内させました。
小人は悔しくてたまりませんでした。
目の前にはたくさんの黄金を目にして大喜びしている騎士が二人。
騎士達は怯える小人に目もくれずお宝の半分こする話をしていました。
二人とも、この前の戦士と同じ欲ばり者のような笑顔をしているのです。
小人は込み上げてくる怒りにもう我慢できませんでした。

『もう何も失いたくない』

そう思った小人は気づかれないように黄金に呪いをかけたのです。
ちょうどそれは指輪にかけた魔法と同じように…










地下のとある一室―――

「うわぁ、欝だ~」

フランドール・スカーレットはパタンと絵本を閉じる。
そして読書に飽きが来て、絵本を隣の柔らかいベッドの上に放り投げてしまう。
だるい肩をほぐして座っているソファーの背もたれに体重を乗せた。
なんだか小人も戦士もみんな哀れな話だと溜め息でもして気分を晴らそうとする。

「はぁ~あ、暇ねぇ…」

膨大な魔力と彼女を特徴づける破壊の目を幼い身体に持て余す吸血鬼として恐れられ幽閉され、自らも外に関心なく地下に閉じこもっていた。
しかし異変を機に姉の許しを得たうえで地下を出て外の空気に触れるようになる。
彼女には何もかも新しく、自由の世界に思いを馳せて破壊ではない無垢な瞳を輝かせた。
時折やってくる魔法使いの少女達と弾幕ごっこをしたり、図書館の司書に本を読んでもらったりして暇を潰していた。
それでも心は一杯に満たされる日は来ない。
今は日課として面白そうな本を借りて読み漁ってはいるが、それが終わったらどうするか全く考えていなかった。
ふと視線を上げると、壁掛けの時計が目を引いた。

「そうだ、この時間って」

とある青年の顔を思い出す。
魔晄を浴びて今や一級の魔術師、そのうえ姉の下僕になって色々と使い走りにされていた○○という男だ。
自分の食事を作っている者の一人であると知って、初めて会った際には一言お礼を言った。
そのとき彼は凄く複雑そうな顔をしていたのをよく覚えている。
彼と一緒なら門をくぐれると思いソファーから跳ね起きる。
身を守れる力を得た今の彼やメイド長の咲夜が同伴ならば一応、館の周りを探索しても良いと許可を貰っている。
咲夜よりも融通が利く○○のことだから、言えば近場なら連れて行ってくれる。
ただ、当の○○は出来の悪い妹を押し付けられたのではないかと勘繰る所はあるが。
とにかく今は気の赴くままに誰かと遊びたい。
そう高鳴る胸を弾ませ扉を乱暴に閉め直して廊下を飛んでいった。





地下の回廊―――

階段を下った先の暗い廊下は相変わらず冷気が張り詰める。
薄暗く気味が悪いうえに悪魔の妹たる吸血鬼の寝床がある地下に誰も近寄りたがらなかった。
○○は一人では掃除などやりきれない雑用仕事をするとき数体のゴーレムを使役する。
区画ごとに飾られた鷲や蜥蜴の彫像の埃を払い花瓶の水を取り替えては戻ってくる。
丁度、一体帰って来たと足音を聞き振り向く。
戻ってきた人形は土くれと木彫りの関節で造った、メイド格好の少女の姿をあしらっていた。
無駄な装飾やディテールを控え、顔を端正に整えて造りこまれている。
これはただの無骨な人形姿だと、とある人物が敵か玩具だと思って壊してしまうため。
そのために遠めに見れば大抵のメイド妖精とほぼ変わらない見た目に拘りを施してあった。
自分より背の低いゴーレムはいつもの無表情のままで主のもとに駆け寄り、今の仕事が終わったとサインする。
その都度土くれの人形に細かく指示をしては別の方向に送り出す。
命令を受けて人形は了解がわりにぴょこんと跳ねて愛らしく後ろにターンする。
そして小走りでダスターを片手に奥深くに向かっていった。
あと数分で終わるな、猫の手も借りて以前よりは楽になったなと感慨深く遠くなる彼女をみつめる。
用事が済んだら自動的に消えるようにセットしてある、もう少しでまた静かな空間に戻る。
ふと視線を右に移し花瓶をじっと睨む。
鈍い銀色をした花瓶の縁には赤いごく小さな宝玉が飾りつけられている。
手にコートのポケットの中を探らせ、ピンポン球くらいの大きさの球体を指で確認する。
順調…か…、と思案を巡らせるそこに歩み寄る足音を聞きつける。
これはゴーレムではない誰かと耳で感じ取り、即座に手をポケットから離す。

「○○さん」

小悪魔殿…」

黒く小さな翼を畳んで畏まった少女、パチュリーの使い魔であり図書館の司書であった。
大事そうに大学ノートぐらいの厚さをした蔵書を数冊、胸に抱えている。
彼女の姿形を認めた途端に目を細めた。
厳しい目つきで睨みつける○○を、肩を竦め上目から覗き込む。

「お掃除お疲れ様です」

「ええどうも、用件は何です?」

少し口調に乗せるナイフが鋭く尖っている。
小悪魔は気圧され口ごもってしまうが、両腕を十字に抱きしめる力を強める。

「あの、最近…その……パチュリー様、ちょっと元気ないんです。
 それで、○○さんのことで聞いてはみたのですけど…その…
 何かあったんですか?それに…○○さん、まだ…」

「や、やめろ!これは私と彼女らの問題です、口を出さないでいただきたい…!」

「ヒっ、ぁ……えと、ご…ごめんなさい…!失礼、します…」

小悪魔は竦み上がり涙ぐんだ目で一瞥し振り切るように去っていった。
先程の人形のように見送った後、彼は視線を落として苦いものを噛み切るように歯を軋ませる。
彼女には引け目がある、ただ思惑に焦りを感じていた。
まるで自分を鏡で見ているようだった。
○○という青年には立場が出来上がっているという呪縛への痛感があるだけだ。
日が重なるとどうしても人の縁が重くなっていく、心なしか肩まで重くなってしまう。
また誰かが近づいてくる。
すぐさま顔を上げてその人物を確認する。
今度は足音が聞こえない、代わりに風が切るように肌に吹きつけた。

「○○~♪」

「ふ、フラン様!?」

突拍子もなく、小さな影が飛びついてくる。
思わずへたれた声をあげながらもなんとか踏み止まりその小さな身体を受け止める。
見下ろせば背中に腕をまわして身体を密着させる少女が一人。
幼き吸血鬼の妹君フランドールとは、今自分に抱きついている無邪気な少女のことだ。
二対の枝のような羽に虹のようなグラデーションの結晶がついた奇妙な翼が背中で上下する。
肩まである金の髪が揺れ、甘い匂いが微かに掠め取る。

「一緒にどっか行こうよ~」

「え、わ…私と…ですか…?」

「そう、どうせ後は暇なんでしょう?」

比較的今の仕草からみる彼女の印象は良好だろう。
現にこうして○○に何の遠慮もなくじゃれついているのだから。
だができるだけ多数派みたいに彼女とは関わり合いになりたくはなかった。
どんな物でもたやすく破壊出来てしまう凶悪な力を持っていることは既に聞かされている。
何かの間違いで力が自分に向けられてしまうのであればたまったものではない。
まだ死ぬ訳にはいかないこの身を外へと逃がしたい。
けれども少女はどうしてか自分に懐いている。
何の企てがあって構って来るのか、○○には理解できないと同時に内心震えている。
だから今は彼女の機嫌を損ねることは出来なかった。

「はい、それでは」

「やったぁ!じゃあ湖まで連れてって!」

分かりましたと了承を受けてフランはにっこりと笑った。
彼女が絡むと息つく暇も退屈もない。
勿論○○は彼女に悪気はないことも分かっている。
今は気恥ずかしさが勝っているけど満更でもないなと嘆息する。
観念した○○に地上に上がる階段へ向け案内されるように後ろをついていく。
しょっこりと角から人形が顔を出す、ただ二人の後ろ姿を表情一つ崩さず見つめていた。





紅魔館正門―――

フランは日傘を片手に携え、いつになく息を弾ませ鼻歌交じりに正面玄関を潜り抜ける。
○○は彼女をエスコートして中庭の花畑へと目指す。
この息の詰まる毎日を忘れられるひと時がそこにあった。
見つめる先には、如雨露を片手に一帯を埋め尽くす薔薇に水遣りをしている女性が一人。
深い緑のチャイナ衣装に、館に見合った深紅の髪はちょうど薔薇の庭園に溶け込んでいる。
彼女の姿を目にして○○はようやく笑顔が綻んだ。
それにつられてフランも笑った。
紅美鈴、この紅魔館の門番であり○○が唯一気兼ねなく話せる相手だった。

「美鈴殿、これはちょうど良かった!」

「あら、デートに行くのですか○○」

「いえ決してそうでは、ハハ…また一本頂戴しますよ」

「どうぞ持って行ってください」

一言軽く弾ませた挨拶を交わし、目につく色鮮やかな赤の薔薇を一本摘み取る。
○○はただ気取るためだけに花を貰い受けているのではない。
霊を花弁に閉じ込め憑依させるチャネリングの媒介としての機能を持つ。
日常的に気運を仮初めの命から占う口寄せのようなものだ。
○○は気取った風に構えて、手に取った一輪の薔薇の甘い香りに一瞥する。
いつになく子供っぽくはしゃぐ○○にフランは目を丸くした。

「○○、嬉しそうだね」

生真面目でいつも思い詰めたような彼の意外な一面を見たようだった。
○○はこの場所を偉く気に入っていた。
色とりどりの薔薇の香りがこの穢れた身体を包み込むような気がして、つい足を運んでしまう。
美鈴もまたここで彼が来るのを楽しみにして待っていた。





二人が出会ったのはこの館にきて数日後のこと。
食品加工の仕事が終わった夕刻、その日の彼は気分が優れなかった。
館の裏にあるゴミ捨て場で一人情けなく胃の中身を吐き出していたときだ。
むせ返って丸まった背がビクリと跳ねる。
その背中に温かくしっかりした手でさすってくれた存在があった。
感触に気づいて振り返ると、彼女は何の悪意もなくにっこりと笑った。

「大丈夫?」

見られたのが恥ずかしくて取り乱してしまった。
しかし最も顔に表れた感情は恐怖、ここで晒していた失態への叱責か罰を恐れていた。
当時の○○にとって初めて顔を合わせる美鈴も同じ自分を見下す存在にしか思えなかった。
それでも彼女は違った。

「怖がらなくていいですよ」

一瞬言われた言葉を理解できず今度は固まった。
震えて強張る唇から美鈴は初めて自分を恐がっていることを認識した。
恐がらせないように白い手をゆっくりと伸ばす。
間近に迫った細い指が頬を掠め、優しく手の平が触れる。
怯えを含んだ彼の顔が少しずつ緩んでいく気がしていく。
美鈴にはただ目の前にいる彼がばつが悪そうにはにかむ少年に見えた。
けれども○○の顔は恐怖と気恥ずかしさで沸騰してとても彼女の顔を見ていられなかった。
そして彼女の手と待っての制止を振り切ってそそくさと逃げてしまった。
しどろもどろな後ろ姿を見つめる美鈴は怖がらせたかなと少し苦笑いした。



数日したある晴れた午前の日、中庭で魔法の実験をしていたらまた彼女と目が合った。
今度は○○が勇気を持って歩み寄った、もしかしたら今までの面々と違うかもしれない。
青年は心に決めた、この人とは仲良くしたい。
もし彼女もまた同じだとしたらどうするかという手を打ってある。
後ろの手の中に忍ばせた丸めた紙くずを視界の端から睨むように見つめる。
事前にメモして発動可能にしたそれを…
あとは面と向かって話しかけるだけ。
何て声をかけるか思考を巡らせているなか、目の前の女性は朝日の光に微笑みを溶け込ませて待ってくれていた。
○○はこの上なく赤くなるが、先日の小心による気恥ずかしさとは違う。
見惚れつつも彼女に見合うように優しい音色の言葉を紡ぎだす。
もう言うべきことは分かっているではないか。
最初に思い浮かんだ言葉はただの当たり障りのない挨拶と、自己紹介だった。





「あ~あ、仲良さそうだね~」

仲睦まじく話す○○と美鈴が笑っている姿を遠目で見つめるフラン。
勿論、構ってもらえなくて少し頭にきていた。
美鈴の前ではこうして笑っているのに、フランどころかレミリアやパチュリーには一切心から笑っていない気がしていた。
そっちのけにされて不機嫌な彼女は頬を膨らませ足元の石を蹴って転がす。

「お姉様もパチェも何してんだか、先越されちゃうわよ」





霧の湖、湖畔―――

澄んだ空気が霞み、視界の先に広がる湖のほとり。
側についてる吸血鬼が強い魔力を張り詰めているのか他の妖怪も妖精も近づいてこなかった。
しかし館を出るまではしゃいでいたフランの顔は浮かない。
ただの暇潰しで遊びに行ったつもりなのに。
先刻の光景が未だに頭から離れない。
見渡すのにちょうど良く、日陰になりそうな木の下で二人は立ち止まる。
フランは傘を閉じてじっと○○を見つめる。

「ねぇ○○、話があるの」

「如何なされました?」

「どうして、私達を避けるの?」

真摯に顔を覗き込むフランの問いに一瞬固まった。
純粋に透き通った瞳には見透かされていた。
手に取った薔薇が小刻みに揺れ動く。

「美鈴とは仲良いのに…私達の何がいけないの?」

「いえ…け、決してお嬢様も貴女も、そんな風には…」

「何回も言ったよね、元気出してって」

「おやめください!私は…」

「この意気地なしッ!みんな受け入れてるのよ、でも貴方のことがわからなくて…」

自分はどうせ嫌われるのに慣れてるからいい。
けど表立って生きているお姉様をいつまで軽蔑しているのか。
いつまで従者や師の前で卑屈でいるつもりなのか。
一方で、一介の部下に遅れを取っているのにお姉様達はどこまで強がっているのか。
純粋に見届けるフランの目にはただもつれた糸が縦横無尽に広がっていた。
破壊の目でこれを壊せたらどれほど楽なものか。

「命令よ、これだけは私の前に誓って!」

胸の中で呻く霧を振り払うように○○を弾劾する。
何度もそのことで○○は叱られたことがある。
一緒に暮らすからには仲良くしたい、それがフランの持論なのだ。
こんな関係が続けばお互い惨めになることは幼いながらも目に見えている。
そして間を置いた。

「今だけでも良いから、私達の前でも笑っていて」

「…………」

今までフランは姉のように勅命を下したことがない、これは最初の命令。
そして同時に約束でもあった。
○○には応える術が見つからない。
太陽の光が広く漂う雲の上にかさばって一層、距離の空く二人の影を潜める。
フランは力や種族がどうとかではなく何かの入れ違いの壁を感じていた。
けれども自分ではどうしようもない心の隔たりに暗く沈みこんでしまった。
いつの間にか空は灰色に濁っている。
そろそろ帰らないと主が心配するだろう。
景色に見飽きて雨が降り出す前にフランはまた傘を差した。
誰も気づいていない、上から覗く小さな影。
止まり木の上の蝙蝠はただ黒い羽をと閉て佇んでいる。
ピタリとも動かずここを去ろうとする二人をじっと悲しく見つめていた。
それとはお構いなくフランは湖に背を向ける。
続く○○も雑多に伸びる街道を睨む、鉄のように冷え切った眼で。

「帰ろう」





続く








妹様の出会いの部分は省いちゃったけどいいかな…
次で本題に入れる気がします、やっとヤンデレが書ける。
こんな長くするつもりはなかったのに。

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最終更新:2012年07月17日 01:29