いつものように起きて、いつものように里へ出て、いつものように働いて、いつものように帰ってくる。
何ら、不思議なことは無い。いたって平和な、幻想郷での生活だ。
そう――、
「ねぇ、○○? このお魚美味しいわね」
四六時中、それこそずっと。
幽々子さんが一緒にいることを除けば。
「はあ、ありがとうございます」
「それで、今日は休日だったわね? どこに行くのかしら?」
「買わなきゃならないものがあるので、里に行こうと思ってますが……」
いつからだったか。思い出せないな。
いや、構わない。
思い出せないって言うなら、それは些細なことだ。
「それで、その……」
「いいですよ。どうせ、駄目って言っても憑いてくるんでしょう?」
……誤字じゃないぜ?
「○○……! 大好きっ!」
そう言って、飛びついてくる
幽々子さん。
抱きとめると、ふわり、と桜の匂いが香る。
……夏桜ってのも風情がありそうだ。いや、ないか?
「じゃあ、もう、行きますから」
「は~い」
戸締りを確認して、真夏の太陽の下へ出た。
肩に、文字通り、憑いている
幽々子さん。
ぴったりと、俺の肩にくっ憑いている。
「ねぇ、次はアレを食べましょうよ」
「いや、ちょっと、お財布の中身が……」
「○○ぅ?」
「うっ……」
「○○ーぅ?」
「……分かりましたよ」
そんな顔するなんて反則だ。
幽々子さんが指差した先にある喫茶店。
財布の中身を確認するに、もう限界だが。
「ご馳走様♪」
「いつものことでしょ……」
財布の中身。限界だ。確かに、限界だ。
でも、この女性の、この顔が見られるならば、と思ってしまう。
結局、彼女の笑顔と、自分の用事を天秤にかけて、俺は彼女の笑顔を取ることにした。
馬鹿で結構。
なに、間違っちゃいないさ。
夕焼けが綺麗だった。
昼間の暑さも、夕暮れの蝉の合唱で帳消しになる。
加えて、
「今日はありがとうね」
「今日、も、でしょう」
「あらあら、狭量な殿方ね?」
黄昏時の夕日を背景に、亡霊のお嬢様は微笑む。
桜が似合うだとか、なんだとかよく聞くがな。
夕日ってのもよく似合う。
いや、そもそも、美人にはどんな風景も似合うんだ。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「そうですね」
立ち上がろうとして、手が差し出されたことに気が付いた。
「あの……?」
「あら、言ってなかったかしら? 今日はあなたの家に泊まろうと思うの。勿論、妖夢は承諾済みよ?」
「え? いや、でも……」
いつも、許可なしに泊まってるじゃないか。
「ほら、無粋なことは言わないの。……その、今まで無理やりだったから、お互いの合意が欲しいというか……ちゃんと、言葉にしたいというか……」
顔を下に向けて、か細い声で何かしらを発している。
「だから、その……今晩は、ちゃんと、泊めて頂戴な?」
息を飲むってのはこのことか。
下らない理屈をすっ飛ばして、彼女が美しい。
「……分かりました」
承諾は必然だ。
断れるはずがない。
「うん、ありがとう」
最高の笑顔は、夕日の逆光で見ることは出来なかった。
――それから数ヶ月経った。
町の外れにある小屋。そこには青年が住んでいた。
彼は人当たりがよく、里の人たちから大層好かれていた。
だが、ある日を境に、違和感が生まれる。
最初は微々たる変化だった。
だが、それも、徐々に広がっていく。
波紋が端にまで到達したときは既に、手遅れだった。
その小屋には、今は誰もいない。
――白玉楼。
「あ、お帰りなさいませ、
幽々子様」
「えぇ、ただいま妖夢」
幽々子様が帰ってきた。
どこか、嬉しそうな表情をして。
「ねぇ、妖夢」
「何でしょう?」
「急く、というのは、やはり愚かなことね」
「は?」
幽々子様は、正直、分からない。
いつものことなのだが、今日は、群を抜いて、分からない。
「蝶の羽化、桜の開花。全て、ゆっくりとした動作。故に、美しいの。故に、愛情を持てるの」
「はあ……」
話がまったく見えない。
「急いでは駄目。継続は力なり、よ」
「はあ……分かりました」
更に、幾日か過ぎた後。
冥界白玉楼に、一人、住人が増えたそうな。
最終更新:2018年09月13日 06:52