―――、―――!

あぁ……何処からか泣き声が聞こえる、この泣き声は誰の泣き声だ?
暗い夜道を目を凝らし辺りを見回すが人っ子一人誰も居ない。
あるのは自分の影だけ。

――――、―――!

泣き声が一層大きくなる、どうやら小さな子供の泣き声の様だ。
だが、こんな真夜中に子供が一人で出歩いているのもおかしな話だ。
普通ならば何処かの大人が適当に事情でも聞いて親を探すのだろうか?
それとも面倒事を避けるために無視を続けるのだろうか?

―――、―――!

一瞬、泣き声が弱々しくなった。
長時間泣いていたのだろうか、その声からは疲労が感じられる。
しかし、何度辺りを見回しても子供の姿など何処にも見当たらない。
いや、子供どころか大人もいない…、辺り一帯人影など一切無い、あるのは地面に写る自分の影だけ。

―――!―――!

泣き声はやがて同じ単語を繰り返している。
誰かの名前だろうか?泣きべそを掻きながらの支離滅裂な単語なので何を言っているのかはわからない。
ふと空を見上げると、一瞬にして視界に広がる眩しさに目を細めた。
満月、真っ白な満月。眩しい程に真っ白な御月様。
視界を下に戻すと影、自分の影、真黒な影…。
純白の月とは対照的な漆黒の影。
飲み込まれそうな程、真黒な自分の影は、眩しい月の光が強ければ強い程その濃さを増している。

―――!―――!――……?

泣き声の様子が少し変わった。
まるで何かを見つけたようだ。
それでもやはり泣き声の主は見当たらない。
この眩しい月灯りがあったとしても、それと対を成すどす黒い影に阻まれているのだろうか?

―――?―――……、―――…、―――、―――!―――!!―――!!―――ッ!!

疑問符を含んだその単語は徐々に明確なものになっていく。
が、やはり上手く聞き取る事が出来ない。
だがその声の様子は先ほどまでとは違い嬉しさがハッキリと感じられた。
探しているヒトが見つかったのだろう。
なんとなく、そう思えて、自分の足取りが早くなった。
ふと、向こう側に月を背景に眩しい金色の影が見える、おそらくはアレだろう。

―――!―――!――……ッ?

ん、どうしたんだ?
名前を読んでいた声が急に止まった。
自分は足を止めて辺りを見回すが人影は無い、ただの見間違いだったのか?
しかし月灯りがとても眩しい、ここまで明るいとむしろどこか不安な気持ちに駆られる。
この月の輝きが全てを飲み込まんとしているからか、それともその輝きの結果、夜の闇が一層濃くなっているからか。
自分にはおそらく、前者に思えた。

―――!―――!

気付けば自分の足取りは月とは逆方向へ。
その輝きから遁れる様に、その眩しさから逃げるように。
歩みは徐々に早歩きに、早歩きは徐々に駆け足に、駆け足はやがて走る事のみへ…。
その月の明かりから逃げるように、その影の闇の中へ逃げるように。

―――!―――ッ!

子供の声が耳に響く、なんでこんなに耳に響く、姿の見えないのに…。
自分は一体何で焦っているんだ…?
自分は一体何から逃げているんだ…?
自分は一体何をそんなに畏れているんだ?
月の輝きが一層眩しくなる。
影の暗闇が一層濃くなる。

その先に一つの人影が見えた。
なんとなく、それを探していたんだと思えた。

―――ッ!―――ッ!

気付けば全力で走っている。
暗い夜道は足元が見えにくく、何度も倒れそうになる。
息はとうに上がっている、今すぐ歩きたい、今すぐ止まりたい。
けれども、歩みを止めてはいけない気がする。

―――ッ!!―――ッ!!

止まれない、止まりたくない、止まってはいけない。
足の力が少しづつ抜けていく感覚に陥る。
それでも前へと進もうと足を伸ばす。
背後に月の金色の明かりを感じた気がした。
不味い……、不味い…、不味い、不味い…。
月の明かりは温かく、とても心地好いがどこか悪寒を感じた。
純粋に、ただ単純に、危険な気がしたから。

―、ッ!

視界が一瞬で下がり、地面に額をぶつけた。
痛い、こんな状況でこけるなんて。
立ち上がろうとするが、足は一向に言う事を聞いてくれない。なんで。
月の光が温かい、疲れを感じなくなり、眠気を誘ってくる。
駄目だ、駄目だ、駄目だ…。

っ!…っ!

必死に動く腕で這いずり、その光から逃げようとする。
けれどだんだん腕にも力が入らなくなってきた。
やがて腕にはもう力が入らなくなる。
必死に、まだ動く首から上だけで前へと、地面に押し付けて、前へと。
けれども、それすらも出来なくなり始めて意識が遠のく。

―…。

駄目だ。
眠っちゃ駄目だ…。
やっと見つけたのに…。

――…。

そうだ、頑張るんだ。
叫ぶんだ。
そう自分に言い聞かせるがそれでも呂律が上手く回らない。

―…―。

―…こ…。

…れ……こ…!

あと少し、がんばって。駄目だ、もっと大きく。
腹に力を入れろ、張り裂けるくらい息を吸え。
たった一言なんだ!言えッ!!

れ……―こ!!

足りないもっとだッ!
眠いなら唇を噛め、眠いなら頭を地面にに叩きつけろッ!!

…ん―こ……。

れ―んこ……。

れんこ……。

れんこ…。
れんこ。
れんこ!
れんこッ!

―――ッ!!!!





○○「宇佐見蓮子ォォォオオオ――ッ!!!」





……
………
…………



蓮子「―――――――――――――――ぁ」

……………。
あぁ、嫌な汗だ。それも特別で、格別な。






メリー「なにそれぇ」

蓮子「でしょ?夢で魘されてたからって、大声で私の名前を、それもフルネームで叫んだのよ?」

○○「本当に、すいません……」

現在時刻、午後1時34分。
我が家の居間にて自分、蓮子、メリーの3人が向かい合う。
これはいつもの光景、休日はいつもこう。
何時からこうなのかは思い出せないけど、少なくともメリーと知り合ってしばらくしてからの光景だ。
しかし今日は違う、何時もとは少し違う。
自分は両膝を床に着け、同じく両手も床に着けて、最後に頭も床に付ける。
新手の秘技だとか奥義だとか健康法とかでは決してない。ましてや必殺技でも無い。

蓮子「まったく、もうすぐお昼だってのに目を覚まさない○○を起こしに行ったら…」

メリー「宇佐見蓮子ぉぉって?」

蓮子「そうよ。全く、酷い迷惑だわ」

膨らませるその頬を染める蓮子のソレをメリーはつつくと蓮子の口先から空気が逃げた。
それをクスクス笑いながらメリーは自分に悪戯な視線を向ける。
ねっとり、舐める様に、まるで新た強いおもちゃを見つけた子供の様に。あぁ、視線が痛い。
メリーはその金色の髪をクルクルと指で回しながら、ついでと言わんばかりにもう片方の手で自分の頭をつつく。

○○「本当にごめんなさい、やめてください」

メリー「それで?まだ聞いていないけど、どんな夢を見ていたのかしら?」

○○「う…」

蓮子の名前を叫んだ時、自分は本当に必死だった。
あの安らかな恐怖の中、正常な思考であった自覚は極めて低い。
目が覚めた自分はしばらく放心していたんだろう。ただ、夢に魘されて掻いた汗が気持ち悪かったのは今でも覚えている。

その後、我に戻った後に見つけたのは、目を点にして半泣きというか殆ど泣いているというか…まぁ、そんな状態になって放心している蓮子の姿だった。
しかし何故だろう、どうしてもその時の状況が理解できなかった。と言うか、何故蓮子は自分の部屋に居たのだろうか…。いや、いるだけなら問題ないんだ。
だけど、その場所が問題だった。これは……メリーがいる状況で直接聞くのは色々面倒が起きそうだから止めておこう。
机にはココアが3つ。
一つはメリー、一つは蓮子、一つは自分の。そして蓮子はココアを飲みつつ再び文句を垂れる。自分は頭を下げる。
下げた理由は3っつ、まずは謝罪、次に言い訳を考えるため、最後にその時の自分の表情を隠すため。
彼女達はとても勘が良い、自分の表情一つで何処まで探られるか分かったもんじゃない。
夢の内容をそのまま伝えても下手な言い訳扱いだろう、ならばここ最近であった事を並べて誤魔化すのが一番だろう。
ともすれば…あれか。

○○「いや、先日の珈琲殺害事件で、カップが自分の頭に直撃した夢を見たんだ」

蓮子「えぇ!?」

メリー「ちょ、蓮子……貴女…遂に殺人に手を染めて…」

蓮子「染めてない染めてない!第一それ夢でしょ?!」

○○「あの時、僅か数瞬反応が遅れていたかと思うと……恐ろしやぁ~恐ろしやぁ~…」

効果は、確かなようだ。
しかしそのまま放置していては冷静に考えられ、退路を断たれてしまう。
ならばその前にたたみかけるのみ、自分は酷く恐怖を引き攣らせたかの様な表情を作り上げメリーに視線を送る。
彼女ならば流れに乗るはずだ、乗らないはずがない。
これでも伊達にこんな自分の残念な思考回路で生きてきたわけじゃないんだ。
さぁ、どう来る……マエリベリー・ハーン。

メリー「―――……蓮子、今からでも遅くないわ、自首しましょう?そして私は○○と二人で一緒に貴女が出所してくるのを待っているわ……。死ぬまで」

蓮子「○○!アンタまで!!それと自首しないわよ、しかも死ぬまでって何!?私無期懲役!?っていうかなんであなた達二人が一緒なのよ!」

○○「朝から元気いっぱいですねぇ…メリーさんや?」

メリー「えぇ、そうですねぇ…○○さん?」

食い付いた、この小さな餌に。
一瞬、自分の視線に気づき思考に至ったメリー、しかしその意図を汲み取り……流れに乗った。
勝った…、蓮子…お前は頭がきれて感がいい、だがどれだけ良かろうとも冷静さを欠くに至りその余裕を圧し折る事は可能なんだ。
しかし…まずい、これはもろ刃の剣。
蓮子にダメージ、財布もダメージ。

メリー「さて、慌てる蓮子は置いておいて、御飯でも食べに行きましょうか―?○○の驕りで」

○○「ですよねー」







蓮子「あ~あ、全く酷いわ」

○○「酷いのはどっちですか全く」

蓮子「○○」

2時47分。
駅前にて蓮子とソフトクリームを頬張る。
周囲には特に人もおらず、コレを売っていた露天は自分達が買うとそそくさと何処かへ行ってしまった。
うん、おいしい、ココアには負けるけども、それでも美味しい。

蓮子「あぁ、メリーも酷いわよね?」

○○「なんとコメントしていいのやら」

自分はチョコ、蓮子はバニラ。
あぁ、隣の芝は青く見える、美味しそう。
しかしやすやすと「食べさせて」なんて言えない、言えるはずがない、言いたくもない。
そう、たとでどんな惨めで情けなく憐れな自分にもプライドはある。

蓮子「○○も食べる?」

○○「是非食べさせてください」

蓮子から手渡され小さく頬張る自分。
あぁ、美味しい、ココアには劣るが美味しい、満足満足。
その代わり自分のも食べさせてね?と言われたので蓮子にパス。
プライド?そんなモノ家に忘れてきた。
今持っているプライドは等価交換だけだ。だからサヨナラ自分のアイス。
手が触れそうになったので思わず引っ込める。
顔に疑問符を浮かべる蓮子、小さな悪戯と言い今度こそ蓮子に渡す。
蓮子がアイスを小さく何度か舐めるのを見つめているとその視線に気付いた蓮子が悪戯笑みを浮かべた。あ、やばい。

蓮子「えい♪」

うわああああああああああ!!
ソフトクリーム全部頬張りやがった!!
幾らアイスガ小さいからって全部頬張るなんて!!

蓮子「ん~、美味しい♪」

○○「うわぁー…」

蓮子「もう食べたね?じゃ、返して」

○○「ぁ…」

バニラアイス強制返却発動。
自分ほとんど食べてないや…。
幸せそうな表情を満面に咲かせる蓮子は罪悪感など感じていないかのように。
自分は視線を遥か地獄の底を覗くかのように地面へを落とす。

○○「…まぁ、家に帰ればココアがあるから良いや。……さて、蓮子。……――蓮子?」

蓮子「っ~~~……」

思いっきり目と頭を押さえる彼女。
その手にはもうアイスは無い。
一体彼女は何をしているのだろうか、はてさて。
馬鹿な自分には全く分からないな―あはははは。

○○「………………帰りたい」





蓮子「あ~あ、全く酷いわ」

○○「酷いのはどっちですか全く」

蓮子「○○」

2時47分。
駅前で○○とソフトクリームを頬張る。
メリーはバイトだとかで帰ってしまった。
○○と二人っきり、誰の邪魔もない二人だけの時間。
一緒にアイスを食べあう至福の世界。

蓮子「あぁ、メリーも酷いわよね?」

○○「なんとコメントしていいのやら」

私はバニラ、○○はチョコ。
はぁ、隣の芝は青く見える、美味しそうね。
…いえ、青く見えるんじゃなくて○○が赤いのね。
その手に持つアイスクリーム、食べさせてくれないかしら?
あぁ、単純な方法が在ったわね。

蓮子「○○も食べる?」

○○「是非食べさせてください」

蓮子「その代わり自分のも食べさせてね?」

さりげなくアイス全体を味わい、○○に言葉と共にアイスを差し出す。
しかし彼にもプライドは在るだろうからそれを突く。
彼は余分な貸し借りは作らない、作っても即解消するから。ならばそれを突くまで。
○○のアイスが私の手に渡ろうとした時、一瞬彼は手をひっこめた。
悪戯なんてひどいわ。うん美味しい。
でも…少し傷ついたからやり返しちゃえ♪

蓮子「えい♪ ん~、美味しい♪」

○○「うわぁー…」

驚愕の表情の後、呆れた表情をする○○。
あぁ、いいわその表情の変化。
もっと見せてくれないかしら?ならばこうするまで。

蓮子「もう食べたね?じゃ、返して」

○○「ぁ…」

バニラアイス強制返却発動。
私のアイスは私の手元に、○○のアイスは私のお腹に。
そして美味しく頂いた、凄く美味しいわ。とても…。
しかしそんな気分は一転、不味いと警告が鳴り響く。
まずい、やり過ぎた、きた、ヤバい、目が…。

○○「…まぁ、家に帰ればココアがあるから良いや。……さて、蓮子。……――蓮子?」

蓮子「っ~~~……」

細かく説明する事も出来るが簡単に言えばあれだ。
『かき氷を一気食いした時の痛み』
くっ…、油断した、○○の表情見たさに…。
あぁ、○○がこちらの様子に気付いた、恥ずかしい。
でも薄く笑ってるわ、小さく意地悪な笑みを…。もっと見せてくれないかしら。
堪えられずと視線が緩んでしまい笑みが零れちゃう。

○○「………………帰りたい」

その露骨な嫌な顔もいいわ。
アイス、とても美味しかったわ、○○。
最終更新:2012年08月05日 19:05