二人の騎士は小人の黄金を奪い取り大喜びした。
全ては先日に戦士から聞いたお陰だ。
だが二人の絆に亀裂が入った。
片方の騎士が取り分を多くしようとしたのだ。
もう一方の騎士は怒り心頭になった。
すぐに返せと必死に訴えるも彼が嫌がった。
そこから口論になり、争いになるのは早かった。
今の二人に小人を捕まえた時の結束はない。
より多くの、いや金そのものを独り占めにしたいために争っていた。
丁度、紅魔館にて狂ったように踊り続ける吸血鬼と魔女のように…
紅魔館三階回廊―――
小悪魔は我を忘れて飛んで逃げて行く。
時折、後ろを見ては魔法で人形を呼び出し後ろに差し向ける。
その後ろには当主の妹君と忠実なメイドが必死に追いかけて来ている。
右から剣を振って襲って来る人形を灰に帰す。
正面から槍を構えて突進して来るゴーレムを切り刻む。
「待ちなさい、こぁ!」
全ての元凶が彼女にあると信じて、二人は次々と足止めに向かってくる人形を押しのける。
逃げる立場の小悪魔には冷酷に処刑しようと死神にしか見えなかった。
強く禁書を抱きかかえ、死に物狂いに風を切り裂いていく。
逃げつつ辺りを一瞥しても自分がけしかけた人形すらいない。
事前にメイド長が調査以外は部屋に自粛するようにお触れを出しておいたからだ。
無論、悪魔の妹たる破壊者の住まう鬱蒼とした地下に、誰も近寄りたがらなかった。
自身を守る者がいなくなり、小悪魔の胸中は恐怖に凍りつく。
そんな形相を物ともせず、ギリギリまで距離を詰めたフランは床をバネに一気に跳び掛かった。
「は、放して!」
引き千切られない程度に小悪魔の腕を後ろ手の腰に固めて押さえつける。
その隙に咲夜が振り落とした本を拾い上げる。
見るものを威圧するような禍々しい装飾が成されている。
手にとって良く見れば、表紙は手で払われてあるものの本の縁には埃が付着していた。
最近まで扱われていたことが分かる。
「妹様、これです!」
フランはがっちりと腕を離さないのを余所に咲夜の方を見る。
彼女が手に取ってた物を目にして立ち眩みそうになる。
その禁書に記された忌まわしき方術を知っていた。
故にフランは声を震わせながらも怒鳴りつける。
「アンドヴァリの遺産……?どうしてアンタが持ってるのよ!」
人間の人生の大体五、六人分を生きてきたフランは姉やその親友などからのお披露目や土産話などから見知っていた。
その中に危険な魔導具の話も含まれていた。
憤慨する彼女に小悪魔は肩を竦める。
それでも口を割るつもりはなく、強情だった。
「ご…御免なさい…言えません…」
小悪魔は覇気もなく白を切る。
屋敷が危機に瀕しているのにと、フランは焦り憤った。
「ふざけないで!さては美鈴を殺したのはお前なの!!?」
「そ、それは…」
言いかけた途端、地下の底まで風圧が吹き抜ける。
この物々しい魔力の波動は地上から発せられたようだった。
「今のは!?」
不吉な風を肌で感じて、冷や汗が流れる。
あってはならないと忌避していた未来が起こってしまった。
ただ一人、フランだけが察知した。
「お姉様…!?」
「妹様!どこに行かれるのです!」
誰が口に出すよりも早く、フランは羽ばたかせ姉のもとに飛んで行った。
慌てて制止しようにも一足遅く、二人だけが残された。
こうしてはいられない。
暴風に堪えるべく踏み止まった足を、今度は踏み鳴らして飛び立つ。
小悪魔の手を強引に引いて咲夜も地上階へと急いだ。
紅魔館、エントランス―――
来訪者を悠然と出迎えるはずだった荘厳な雰囲気を漂わせる踊り場。
しかしそれも今、無惨に我を失った住人によって荒らされていた。
「元はといえば貴様が怪しかったんだ!」
「レミィ…!」
今二人の間で起きているのは弾幕などという生易しい物ではない。
飛び交う弾幕は見る者を魅了する華やかさがなく、光のような速さで相手を貫こうと襲い掛かってくる。
それは一つ一つが憎悪の塊となって牙を向く。
もはや決闘というより殺し合いといっても過言ではなかった。
「私が止めていれば…!」
「違う、話を聞いて!!」
親友と信じていた断罪すべくじりじりと追い詰める
レミリア。
対して
パチュリーには躊躇いがあった。
己の独占欲がこの惨事を引き起こした以上、非はこちらにある。
為されるがままに蹂躙されていく一方だった。
「黙れ!私が止めていれば、○○は死なずに済んだ!」
同時に理不尽さも募っていった。
どうして自分だけが責められると逆恨みしている自分にさえも怒りを溜め込んでいる。
次々と湧き上がった感情に掻き乱されていく心は、軌道がぶれて荒々しく空間を穿つ弾幕が如実に現していた。
その揺れる心に容赦なく吸血鬼は追い詰めていく。
「もうお前は友人じゃない…」
ついにパチュリーは打ちのめされ地に伏せてしまう。
喘息でむせあがる胸を大事に押さえつけ蹲る。
足音も声もなく近づいてくるのに、微かな塵が振動する。
ふと落ちていた物に目を遣る。
毎日毎日その姿を目に焼きつけて思いを寄せて来た愛弟子の宝物。
菊の万年筆。
それを大事そうに拾い上げて、頭上を見れば我を忘れた親友。
彼女に今すぐに殺されようとしている。
最早、躊躇う余裕はない。
「私の○○に跪いて詫びろ」
私のという部分に、脳内の物質が一気に光の速さで流れていく。
自分の中で図々しくも吸血鬼を殺せさもなくば死んで彼に詫びろと語りかける。
話者は紛れもない、自分自身。
漆黒に濁った悪感情が追い詰められた心を駆り立てる。
その殺意は手の中で凝縮され鋭い光へと変わる。
翼で包み込むように包囲したレミリアは赤く輝く槍を振りかぶる。
「……っ!!」
「ぶチ撒けろォオオオオ!!!!」
死を覚悟した瞬間、視界が灰色になる。
その凍りついた世界に突如赤い飛沫が伸びていく。
パチュリーの反撃の方が早かった。
閃光の矢が一直線にレミリアを突き抜ける。
一瞬の差で先手を取られた彼女の一撃はパチュリーの横を大袈裟に通り過ぎ、頬を霞めただけ。
「ギェェアッ……あ…っ…!?」
最悪な事に貫いたのは心臓だった。
レミリアに激痛が全身に走り、それ以外何も感じなくなった。
「う、うぁ……こ…れ…、私の……血…!?」
操り手を失った人形のように力なく崩れ落ちてしまう。
レミリアの顔は恐怖に染まり血汗が引いてくる。
もがき苦しむ手は恨めしくパチュリーに爪を剥けている。
それを見て漸く自分が何をしたのかを認識した。
親友を攻撃した、それも一瞬で殺した。
「ふざ、け…る…な…認め…な、い……こん…な、の!○…ッ、○………」
親友だった者を、そして無様に敗北に帰す自分を呪い、当主レミリアは事切れた。
全身から線香のように灰が、歯と歯の間から息を吐くような音を立てて天井へと上っていく。
不意に右奥から風が突き抜ける。
「お…ねエ、…さ…ま……?」
フランはこの目を疑った。
駆けつけて最初に見たのは無惨な姉の姿。
胸からとめどなく真っ赤で濁った血が溢れていた。
赤いフローリングの上にまた新しく鮮血が広がり不気味な模様が出来上がっている。
彼女の顔は憎悪と絶望でひん曲がり見れたものではなかった。
決定的瞬間、姉の死と自身の返り血を見られたパチュリーは改めて己の所業を思い知らされた。
「ぃ………レ、ミィ……私、を……許…し、て…、ッ…う……あぁ…!」
親友さえも手に掛けた一人の魔女は膝を折り、視界が真っ黒になる。
擦れた声を捻り出し、許しを乞うても誰も答えてはくれない。
ただペンを握り締めて床に伏せるしかなかった。
真っ赤な床には雫が落ちていく。
「お姉様ァぁあああ゛あアあああアアあ゛ああ゛あアああ゛あああ!!!」
姉に縋りついて泣き崩れるフラン。
その幼子の痛々しい悲鳴は屋敷中に響き渡る。
昨日まで当主だった少女の抜け殻には絶望と虚無感だけが残っていた。
先程まであった歪んだ恋情も憎しみも殺意も、既に消え去っていた。
“終わり…
いや、まだ終わってはいけない―――”
紅魔館エントランス―――
「パチュリー様!!」
遅れて小悪魔と咲夜が駆けつけてきた。
そのときにはレミリアから血が全部抜けきって灰になった所だった。
心臓を破壊された以上、もう命が助かる事はない。
妹のフランはそれを掴み取り、遺灰が手から零れ落ちていく。
余りの惨状に息を呑む。
当のパチュリーは項垂れ放心しきっていた。
目の当たりにした小悪魔は一つの決心をした。
例え酷な知らせであろうと自分の主である魔女に聞いてもらわなくてはならない。
「パチュリー様…」
「ほっといてよ」
「言えなかったのですが…」
もう聞く耳を持っていない。
何を言い出すのかとパチュリーは不機嫌に顔をしかめた。
それでも小悪魔はやっとのことで捻り出した決心を胸に一言彼女に叩きつける。
この言葉がトドメであると知ってか知らずか。
「○○さんは生きてるんです!」
空気が固まる。
これは一同が初めて知る事実。
理解したくもないと、思考が停止した。
何もかも手遅れだと思っているパチュリーは性質の悪い冗談だと自棄の笑みを零した。
「嘘じゃ、ありません…○○さんは自らの死を装って、館を脱走するつもりでした。
その計画の下準備を見た私は呪いの餌食にすると脅され、誰にも言い出せませんでした。
全部、見過ごした……私の…せい、なんです…」
「フフ…そうか…あははは……私はとっくに、弟子からの信頼を失ってたのね…」
覇気のない笑い声が虚しく響く。
失意に飲み込まれたパチュリーは天井を仰ぐ。
懐から切っ先の鋭いペンを取り出し、喉に突きたてようとした。
咲夜は身体を一瞬跳ね上げ、凶行を止めるべく爆ぜるように飛び掛かる。
振り落とされたペンが軽やかな音を立てて転がる。
「死なせてよ!私は…私は…、大切な友人をこの手で殺してしまった…!」
「おやめください、こんな事しても、誰も浮かばれません…!」
咲夜に一喝され、目を覚ましたように自分のやろうとした事を思い返す。
裏切られたのが信じられず、咄嗟に自害の選択肢を選んでしまった。
そう何も捉えていない目で親友だった物を見つめる。
顔は痛みと親友への失意に尽く歪んでいて、赤く染まっていた。
あの死に様を見ていると、自分だけ楽に死ねずにいられない。
情欲の余り、愛する者に裏切られ、親友からも見限られ、追い詰められた彼女に逃げ場などなかった。
ただ自分の血に塗れた運命を呪うしかない。
「咲夜」
「はい…」
「○○は責められるべきじゃないわ…、彼の生きる道を、創ってあげて。
この惨劇は、私の非であるとして…処理して頂戴…
彼には…、何の罪はないわ……○○は…弟子として、一人の魔術師として、本当良くやってくれた…!
でも、○○を救うのが、余りにも遅すぎた…!全ては私の…せいよ…」
遺志になるであろう意志を伝え終わり、咲夜の理解を得る返事を待つ間もなく背を向けた。
もう既に彼女の中には亡き親友の事しか残されていない。
「自らの過ちの責任を取らないと…」
ふらふらと覚束ない足取りで扉の外へと向かう。
目的もなくし屋敷に留まる理由もなくし、全てを失って空虚だった。
涙すら無く、絶望すら顔から抜き去っていた。
彼女の白い肌も生気の抜けた抜け殻にしか見えなかった。
「イヤだ…行かないでよ……、行かないで、パチェ!パチェエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
また誰かがいなくなる。
次々と自分の袂から去っていくのに堪えられず、フランはただ子供のように泣き叫ぶ。
首を絞められたように悲痛な叫びにも彼女は何も答えない。
償う道は一つしかない。
「待っててね、レミィ…」
これが大図書館を冠する魔女の、最後の言葉だった。
紅魔館エントランス―――
後には咲夜と
フランドール、そして小悪魔だけが取り残された。
まだフランは悲しみが抜け切っておらず嗚咽を漏らして、姉の成れの果てに縋りついたままだった。
小悪魔は自分の不甲斐無さを痛感して立ち尽くしている。
しかしその中でただ一人、冷静に状況を見つめている者がいた。
「何かおかしい」
十六夜咲夜は足元に視線を下ろす。
先程まで爪先が掠めていた万年筆を摘み上げながらこう思う。
当然こんな理不尽な結末に納得なんてしていない。
何か致命的な部分を文字通り見落としている気がしていてならなかった。
結局○○は何が目的だったのか、どうしてこんなまどろっこしい真似をしたのか。
それなら彼は何処に行ったのか疑問に思っている。
頭の中で靄を深めつつ目で追うとやはり絨毯の造形に違和感がある。
一枚にしては分厚い、二重の層になっているようだ。
怪しいと思い、手早く調べるために上の部分だけ剥がすように捲ってみる。
「なッ!?」
最初に情けない声をあげたのは小悪魔だった。
裏には怪しい魔方陣が描かれていた。
○○が消えた原因は移送方陣。
外回りの方には派手で禍々しく縁取りが成されている。
「これは弾幕の演出用の…!」
露わになったタネをよく吟味することにより小悪魔は幻滅した。
本来、移送方陣は複雑かつ魔力の放出が激しいが円環の半径は大きくない。
外周を覆い囲む縁取りは弾幕ごっこなどでよく使われる、魔法を大げさな物にするための演出効果。
これを人間を続けている○○が作り出すなど予想の範疇になかった。
否、数多の屍食鬼や人形を操る彼だからこそか。
今は出来る出来ないの憶測を立てるだけ無駄。
実際○○は作り上げたのだから。
「小悪魔、説明しなさい」
「はい…」
「○○が作った物だと思います。
いえ、正確には○○が作らせたというべきでしょうか。
咲夜さんも見たでしょう、何体もの人形やゾンビを」
「けど流石にお嬢様にも美鈴にも気づかれるんじゃ…」
「あれです。あちこちの家具を監視カメラにしていたのです」
小悪魔の指す方向を実際に見て納得する。
監視の厳しい○○は人形に魔方陣を描かせていた。
運命は生き物の思考や行動によって決定されたり変わったりするもの。
しかしその生き物に扱われ、心も感情もない物質に運命などない。
故にレミリアの運命を見る赤い眼は○○の使う道具の動向が見えなかった。
当の○○は端から見れば大事そうに水晶を見つめているようにしか見えない。
お陰で疑われず、死角に隠れることが出来た。
自分の代わりに動く駒を用意してまで、二人の少女の恋情を警戒してまでの用心深さに関心するべきか、複雑だった。
泣き腫らした目でやっと顔を上げたフランは潰れたような声で引き止めた。
「咲夜…何するつもりなの!?」
「私にはまだ、やるべき事があります。○○を、連れ戻す」
「イヤだ…!なんで咲夜まで!?イヤよ…行かないでよ、一人に…しないで…」
「申し訳ありません、妹様…ですが必ず帰ってきます」
もうこれ以上絶望しようがなかった。
しかし咲夜達にはまだ真実など知る由もない。
全ての真相を掴み取るべく、制止を振り切って意気揚々と魔方陣の上に乗り込む。
それを見届けた小悪魔は恐る恐る猛獣に触れるような手つきで起動させる。
先程○○を消し飛ばしたときと同じように火花が激しく弾ける。
「うわぁッ!!」
しかしこれは派手な魔法だと演出させるブラフ。
暴風を伴う光に包まれるが、大して苦しくもなんともなかった。
問題はテレポートされる場所。
その行き先で真実を掴み取れる、それでお嬢様も浮かばれるはずだ。
途方もない悲願を背負い、咲夜は丁寧の欠片もない浮遊感に身を任せた。
幻想郷の何処か―――
気がつけば真っ暗闇の中だった。
何か小さな球体が脚に突かれ転がる音が響き渡る。
ここは洞窟の中のようだ。
辺りを注意深く見回してみると僅かに光が漏れる箇所が見える。
「あれね…」
咲夜はここが密室で出入り口が存在すると睨んだ。
良く見れば隙間を縫うように、何かで蓋されているのが分かる。
外にある光景で○○がどこに向かっていったかをつきとめられるはずだ。
そうと決まれば早速壁に手を掛ける。
引き戸になっている岩板は意外と動かせないような重さではなかった。
「眩しい…!」
思わず容赦なく照りつける光に手をかざす。
振り返って洞穴を確かめてみて初めて分かった。
先程無意識に蹴ったものは水晶だった。
これは恐らく屋敷で見た花瓶や調度品にあった装飾と同じ材質に見える。
薄紅色の水晶を拾い上げ覗き込む。
「これは!?図書館…?」
水晶には紛れもなく図書館が映し出されていた。
訝しげに覗く角度を変えてみる。
廊下になったり暗い地下になったり、曲がり角になったりと事細かに映し出されていく。
五指で掴む水晶をあらゆる方向から見る度に中の景観が変わっていく。
これを目の当たりにした咲夜は一つの答えを出す。
「やはり覗かれている、私達が?」
小悪魔の言ったとおりだった。
屋敷に呪いをもたらした犯人はここに隠れていた。
そして潜伏していたその者はいないことから既に外に出たのだろう。
そう結論づけた咲夜は水晶を懐にしまい、足跡を追うように外に出た。
出た先は見覚えのある雑木林だった。
警戒しながら獣道を進んで行くと、話し声が聞こえる。
どこか微かに聞き覚えのあるが、今の咲夜に耳を澄ます余裕がない。
妖怪か妖精か、咲夜は短剣を手中に忍ばせて一気に声のするほうに駆け抜ける。
そして話をしていた誰かにナイフを向ける。
しかし先程の警戒心が嘘のように、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「な、霊夢…!?」
博麗神社―――
茫然自失として刃の先を下げた。
あの奇妙な魔方陣から行き着いた先が博麗神社の境内だったのだ。
そしてこそこそ話の主は孤高の神社唯一の住人である博麗霊夢とその好敵手の伊吹萃香だった。
突然偏屈な場所から飛び出したのが紅魔館のメイドだとは予想出来ていない。
「咲夜、どっから来たのよ?物騒なのをしまいなさい」
少し鬼気を張り詰めて声を震わせる。
得物を構えたままでは無用な騒ぎになりかねない、呆気にとられながら短剣を仕舞い込む。
「おっかしいね、薔薇の兄ちゃんに続いてメイドさんが来るとはね」
「薔薇の…兄ちゃん…?」
首を横に捻りながらも萃香は能天気に缶詰めの中を箸でつつく。
ラベルには桃の写真が貼りつけられている。
霊夢は先程の鋭い目つきで萃香の手にある缶を睨みつけた。
「ちょっと、どこから持って来たのそれ?」
「どこって、昨日近所の洞穴で偶然見つけたのよ。
ひゃあ~美味ひいぃ~!酒もいいけど、桃缶なんて天界以来だなぁ」
「ずるい、私にも寄越しなさい!」
取り合いの喧嘩を始める二人に慌しくも聞いてみる。
先程の言葉がどうにも引っ掛かっていた。
「そんなのいいから、薔薇の男はどこへ行ったの!?」
「私が外の世界に送り返したわ、もう未練がないこともちゃんと確認とってね」
「そ、外に…!?」
咲夜に鈍重な衝撃が頭に落ちてくる。
○○が外に帰ったという所ではなく未練という部分に驚愕した。
あれだけ信頼した彼があっさりと手を切った事に失望と怒りを覚える。
「なんで○○を止めなかったのよ!」
「なんでって、あいつがどうしようと勝手だろ?
それに外に出たいってのは嘘には見えなかったし」
萃香は何の悪びれもなく平然と答える。
先を急いでいるのに呑気な二人の様子に思わず舌打ちする。
しかし人に物を頼む立場なので憤りを抑えておく。
望みを断ち切られては彼を掴み上げられない。
「霊夢、頼みがあるわ。外に連れてって」
「別にいいけど、真っ先に○○の所に行けるとは限らないわよ」
「それは大丈夫、さぁ早く」
折れる形で引き受けた霊夢は早速裏手の方に手招きした。
向かう先にここと外界との境界があり、巫女の結界一つで外への隙間が開く。
外来人はその切れ目の中に入って元の居場所へと帰っていくのだ。
そう、恐らくは○○のように。
全ての謎が解けた。
紅魔館を蝕んだ諸悪の根源が恐らく外にいるはずだ。
咲夜は意を決して巫女の後へ続いた。
外の世界、墓地―――
外の世界のとあるひっそりとした裏山、その遙か下には見慣れた町並みを覗かせていた。
少し遠くに聞こえる車の飛び交う音が間違いなく幻想郷の外にいることを自覚させてくれる。
その空気を噛み締め、佇む者が一人。
「やっと、帰って来たんだよ…」
○○は懐かしの風景に目を奪われていた。
帰ることが出来たと、自身の肌で感じ取って思わず笑みを零した。
しかしすぐ後に涙へと変わる。
安堵する反面、悲しみと虚しさが彼の心を支配していた。
「父さん、母さん…私は貴方達と同じ世界にいます…」
優しく撫でるように呟く○○。
見つめる先には一つの真新しく綺麗な墓標。
丁寧に掃除されており、花も色とりどりに供えられている。
仄かな線香の香りが鼻孔をつく。
ただひたすらに家族への再会を願って帰って来た。
しかし最初に見たのは○○の名字が彫られた墓石だった。
交通事故の後、両親は重体のまま病院に運ばれた。
だが彼らに他に親戚も身寄りもなく、懸命の治療もあえなく帰らぬ人となった。
病院と警察で身元を調べられどうにか墓だけでも供養されたのだ。
事のすべてを墓守から話を伺い、○○は途方に暮れた。
だがここで悲しみに暮れている暇はない。
○○は外の世界に帰って来たのだ。
もう先程まであったことなど一夜の夢に過ぎない。
あの地での体験を話しても誰も信じてはくれないし、放すつもりも毛頭ない。
とにかく脳裏の奥底に追いやって忘れておくことにする。
両親と別れるのも名残惜しいが里へ降りよう。
既に管理人も去って誰もいない墓に背を向け立ち去ろうとした。
そのときだった。
「なッ!?」
そこにはいるはずのない、幻想の中にしかなかった存在。
十六夜咲夜は現代のここまで追いかけてきたのだ。
鉢合わせになった二人に冷たい風が吹き抜ける。
全身の毛が逆立つ程に凍りついた。
ただし○○がではない、立ち竦んだのは咲夜の方だった。
「十六夜、咲夜…殿…」
○○は声を震わせ確認すると、何かの感情に堪えるように俯く。
その表情は咲夜には見えなかったが、今は関係ない。
「お嬢様もパチュリー様も争った末に共倒れしたわ。
小悪魔から供述を聞いた。○○、貴方の仕業なのね…!」
今にも力づくで問い質そうと言わんばかりに睨みつける。
その視線を延長にナイフを向けて逃さないと言わんばかりに。
けれど体面を繕い直してから○○は動じない。
「……………」
顔を上げた○○の顔を覆い尽くす影が潮のように引いていく。
それを見て先程まで威勢の良かった咲夜は愕然とする。
まるで汚らしい牝狗を見ているようだった。
欲望と悪意の渦に混濁した瞳、腐った下衆な為政者のような顔。
思わず眩暈すらして立ちくらむほど醜悪だった。
下弦の月のように唇が鋭く弓を引く。
○○は至って仮面を着けたようにその表情を崩さず、一輪の薔薇を眉間につきつける。
有無も言わさず粛清しようというのだ。
すると咲夜の足元から数本の骨組みだけの腕が這い出て、肉を欲するかのように白い脚へと伸びてくる。
周りにはいつの間にか土色の人形、骸の暗闇を讃えた瞳が彼女を取り囲んでいた。
負けじと体勢を低くして短剣を構え、○○を強く弾劾する。
「お嬢様が許しても、私がお前を許さない!!」
崩れ落ちていく土人形を跳ね除けて間髪入れず、咲夜は短剣を何十にも散りばめた。
それは一つ一つ彼への怒りに研ぎ澄まされ、その刃先は標的を射抜かんとばかりに鋭かった。
今ならば分かる。
その悪意こそがお嬢様とパチュリー様を唆し悲劇に陥れた元凶だと。
二人の愛を捻じ曲げ嘲笑った諸悪の根源。
ついに○○は本性を現した。
続く…
最終更新:2012年08月05日 19:39