突然であるが、俺には前世の記憶というものがある。
こんな事を現代日本で言うと、頭のおかしい奴か新興宗教似非霊媒師扱いだろう。
しかし、繰り返し言うが俺は前世の記憶というものがある。これは事実だ。

俺の前世は平安時代の陰陽師だった。と言っても安倍晴明などと言った一流どころとは比べものにならない。
並の並程度の技量だった。本人もそれがコンプレックスだったらしく、無茶な研鑽とか良くしていた。
そんな彼が背伸びをしたいが為にやってしまった人生最大の過ち。
それは、当時帝を誑かそうとし、安倍泰成によって正体を看破された大妖怪。
唐と天竺で悪名を馳せたソレを退治すれば、一躍立身出世も夢ではない。
那須の地へと逃げ延びた大妖を、安倍泰成の攻撃で弱った今なら自分だって討てるかもしれない。
そんな甘い考えは、那須の地へ辿り着き、かの大妖が潜む荒寺に攻め込んだ後で砕け散った。
あらゆる式や術はたやすく破られ、前世の彼は大妖に囚われる。
殺される事を覚悟した彼であるが、大妖の反応は違った。彼女は、彼を殺さなかった。
寺に監禁し、嬲り続けたのだ。宮中で帝はおろか大貴族達を軒並み骨抜きにした美貌と身体を持って。
自分の上で気持ち良さそうに腰を使う大妖の姿は今でも鮮明に恐怖と背徳の感情と共に思い出せる。

何より、「お前が気に入った。こうなればお前を我が内に取り込み永遠に私のものとしよう」と言った言葉と共に。

結果、それから暫くしてやって来た討伐隊によって大妖は討たれ殺生岩へと封印された。
彼は助け出されたものの、大妖の妖気に当てられたのか急逝してしまった。
それが、彼の持つ前世の記憶の全て。
しかし、前世の記憶を持つからと言って何だというのだ。若干の霊感は残れども式は放てず術も編めない。
何より、科学万能の現代日本、もはやこの手の術は忘れ去られるのみ。
何も意味を持たず、この記憶は薄れていくだろう。

……そう思っていた時期が、俺にもあった。


気が付くと、俺は森の中に居た。
確か、ネットでやっていた心霊スポットを見に行った帰りの筈なのに。
巫女が大昔に神隠しに遭った田舎の神社である。そう言った場所を自前の霊感で真贋見極めるのが俺の趣味だった。
確かに胡散臭い雰囲気はあったがそれだけだった。そんな事を途中で出会った女子大生の2人組も言っていた。

しかし、俺はここに居る。ここは霊気と妖気に満ち溢れた場だ。現代の日本では有り得ない場所だ。
かつて神秘が残っていた平安の世よりも、この地は喪われたもので溢れている。

「そう、ここは喪われた存在が集う場所、その残滓を抱える貴方がやって来れたのも道理ではないかしら?」

気が付くと、目の前に胡散臭い雰囲気を放つ女が居た。女子大生の片割れによく似た容姿の。
しかも、この女は自分の抱える能力を知っている!? 全身から放たれる桁違いの妖力に、戦慄が走った。

「それに、私が貴方を此処に招いたのは藍の望みでもある。うふふ、意外に純情なのねぇ。藍ったら貴方が転生して来るのをずっと待ってたのよ?」

藍? 誰だそれは?
そんな言葉を吐こうとした俺の後ろから、白い両手がゆっくりと伸ばされ抱き締められた。

「待っていたぞ、○○。いつぞやの荒寺以来だなぁ」
「ま、まさか」

耳元で囁かれた甘い声、数え切れない程俺の身体を撫でた細い指、熱い息吹。
そうだ。記憶の、前世の記憶で、絶対に忘れない程深く刻まれた存在だ。
強制的に振り向かされ、俺の叫びは放たれる前に柔らかい唇によって塞がれた。

絶世の美貌と容姿、何時も俺を包み込んでいた九本の金糸で作られた様な長い尾。
あの荒寺で俺の恐怖を、俺の魂を掴んで話さなかったそれは。

「もう一度言おう。私はお前が気に入ったのだ。今度こそお前を永遠に私のものとしよう。もはや、邪魔は入らない……」
「藍、○○、末永く、永遠にお幸せにね……」

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最終更新:2011年03月04日 01:10