大好きなひとがいる。
わたしと同じ、緑色の髪とお目々のひと。
わたしと同じ、ひとりぼっちのひと。
不思議な力で、絶対にわたしを見付けてくれるの。
_______だから、そのひとだけは手放せない。
Spiegel von Hartmann-4.ゆびきりげんまん-
そろそろストックも切れかけなので、
こいしを連れて薪を拾いに来た。
今は丘の方で、少々一休みとしけこんでいる所だ。
呆然と麓を見下ろせば、遠くの畦道に5人ぐらいの影が見える。
里の農夫達が、丁度帰る所らしい。
あいつは赤、あいつは藍色。
それぞれが放つ靄で、大体の人間関係は読めるが、つくづく人の腹の底は恐ろしいモノに見える。
そう。最近は、段々と見える靄が増えて来ているのだ。
前よりも様々な感情が、色付きの靄として漂う様を見て取れる。
それが、何を指すのかも含めて。
赤は怒りや殺意の類。
藍色は憂鬱。
鈍色は無関心。
大抵がこの三色ばかりで、何とも言えない気分にさせられる。
「何見てるの?」
「いや、ぼーっとしてただけさ。さて、帰ろうか。」
ただ、例外もある。
こいしが俺に向けるのは、大半は橙や黄色などの原色。
それは楽しさだとか、暖かさを示す意味合いを持っていて、その色にいつも安堵を覚えていた。
例えるなら、ゴミ溜めの花とでも言ったらキザだろうか?
異常さや支離滅裂さは相変わらずだし、わがままな所もあるが。
もしこいしがいないまま能力が変化していたらと思うと、正直肝が冷える思いだ。
少なくとも、今俺達は独りじゃない。
それだけで充分だ。
さあ、帰って風呂でも沸かすとしようか。
「ふー、暖まるな…。」
手製の簡素なモノとは言え、やはり疲れた時は風呂が手っ取り早い。
こいしはやたらに俺と入りたがるが、そこは全力で拒否し続けている。
俺より長く生きているとは言え、やはり幼い少女と入るのは抵抗感が強いのだ。
今日も入浴前に攻防戦を繰り広げたせいか、何だか余計に疲れた気がするな…。
「…?」
湯が沁みた痛みが走って、その元を辿ると小さな傷があった。
丁度左胸の辺り、横一文字に入った切り傷。
薪運びの時、枝で切ってしまったのか?気付かない怪我は案外多いものだな。
何となく傷に触れてみると、皮膚の下が妙に硬い気がした。
ただ、元々痩せ型な身だ。恐らく肋だろうとすぐに結論は出た。
暖まったし、そろそろ出…。
「ふふふ、よく考えたら後から入ればあなたは逃げられない。さあ、今日こそ一緒に……!!!!」
あー…その視線の向きって…。
「………。だ、大蛇、ね…。」
あ、倒れた。
…まあ、やっぱりそうなるよな。
「ん…。」
まっくらだ。
確か…お風呂を開けたら…。
あれ?ここどこだろ…あったかい。
「うーん…。」
○○?あ…お布団の中だったんだ。
あったかいのは、○○がぎゅっとしてくれてたからなんだね。
○○の匂いが大好き。
○○の腕が大好き。
○○の温度が大好き。
____○○の事が、大好き。
ひとりぼっちなら、楽になれるって思ってた。
だけどさびしくて、誰も気付いてくれなくて。
さびしすぎて殺したって、誰もわたしがやったなんて気付いてくれなくて。
だからいっぱい殺して、それでも気付いてくれなくて。
やっと見付けたわたしが見える人は、わたしとおそろいで、だけどとってもやさしい人なんだ。
だから今はね、ちょっとだけ眼を閉じたの、後悔してるんだ。
あなたの心の中は、私と同じなのかなって。
「大好きだよ、○○。」
聴こえてないよね、きっと。
だけど、ずっといっしょ。
ずっと、ずーっと。
こっそりお布団から出て、顔がよく見える所に行ってみる。
暗がりでも、やっぱりきれいな髪ね。
全部、独り占めしたくなっちゃうくらい。
“あの女”は、もっと○○を知ってる。
“あの女”は、わたしがまだ○○にしてない事を、いっぱい知ってる。
○○のお目々から、色んなモノが見えたんだ。
例えばね…。
「う…んん…。」
こうやって、首筋にキスをしてみたりとか。
ああ、眠ってるのに、こんなにかわいい声なんか出しちゃって。すてきね。
次は…胸にキスでもしちゃおうかな。
○○はいつも浴衣を着て寝てるから、ほら、簡単にはだけちゃう。
…なんだろう、すごくどきどきする。
ここに、○○の心があるんだね…。
…あれ?なにこれ。怪我しちゃったのかな?
胸の所に、切り傷みたいなのがある。これは…。
………!?
うそ…うそだよね、○○…だってこれって…。
わたしのせいなの?わたしが、あんな事したから…。
取り敢えず、今日の目覚めは最悪だった。
具体的な夢の内容は思い出したくも無いが、どうにも寝汗が酷くて寒さに叩き起こされる程度には悪夢だ。
まだこんな時間か…やれやれ、二度寝するしかないな。
横にはいつも通りこいしが眠っていて、彼女の無邪気な寝顔を見て、ようやく安堵を覚えた。
幸せそうに眠っているが、果たしてどんな夢を見ているのか。
過去の辛い記憶で無い事を願うばかりだ。
「…いつだって、俺が見付けてやるからな。」
聴こえるはずも無い言葉をつぶやいて、またこいしを胸元に抱き寄せる。
ああ、また眠くなって来たな。
大丈夫だ、独りじゃない、寒くはない。さあ、眠ろう。
うそつき。
なんにも、知らないんだね。
もうすぐ、わたしが見えなくなるかもしれないのに。
こいしの行動が、最近少し変だ。
元からトンでる行動に出る奴だが、それとは違う意味で変わりつつある。
例えば、俺が人里の連中を遠くから眺めているのを嫌がるようになったり。
この前なんかは、たまたま俺と目が合っただけで、通りすがりの妖怪を殴り飛ばしてしまったりしていた。
前から若干その傾向はあったが、今は極端に他者が俺の目に入るのを嫌がるようになっていた。
そしてそれらの出来事があった後は、しばらくくっついて離れようとしなくなる。
ここまで甘え癖が酷くは無かったのだが…一体どうしてしまったのか。
「ねえ…お願いがあるんだ。」
「…何だ?」
「ずっと、ずーっと一緒にいてくれる?」
「………。」
出来ない約束は、本来はするべきではない。
それが果たされなかった時、何よりもこいしが傷付くからだ。
こうして暮らしてはいるが、もしかしたら、いつか終わりは来るのかもしれない。
だから、「見付ける」以上の約束なんて、誰にも出来はしない。
だけど今のこいしはその約束が交わされなければ、消えてしまいそうな気がした。
「ずっとは、無理かもな…。」
「………!!」
大きく見開かれた目には、酷く恐れと悲しみの色が浮かぶ。
青い靄も、色濃く漂い始めて。
…全く、気の早い奴だな。
「いいか?俺は人間から変化した分まだ若いが、所詮は半妖だ。
遅かれ早かれ、どの道お前よりは先に死ぬ。
それに、お前にも家族がいるだろ?いつかは迎えに来るかもしれないじゃないか。
だから…そうだな、どっちかがいなくなるまでは、出来るだけ側にいるよ。」
「…ほんとに?」
「ああ、本当だ。」
「大人は汚いな」と、内心苦笑してしまった。
口先だけの優しい嘘なんて、返ってこいしの心を傷付けるだけだ。
だから、嘘と真実を混ぜた。
話を聞く限り、こいしの姉は地底の有力者だ。
もし連れ戻しに来たなら、場合によっては俺は殺される可能性だってある。
俺が死ねば、どの道この日常も終わり。
いつかはこの生活も終わるかもしれないのなら、せめて、出来るだけ長く側にいてやろう。
またこいしが独りになった時は、どれだけ時間が掛かっても、必ず能力で探し出す。
…我ながら、随分ぬるくなったモノだな。
前は、誰が死のうが蚊帳の外だったのに。
「ん。」
こいしに差し出された手を見ると、かわいらしく立てた小指が俺に向けられていた。
ああ、約束だもんな。
「指切りげんまん。嘘ついたら針千本縫っちゃうから。」
「そこは飲ますじゃないのか?」
「えへへ、なんでかは内緒。」
「そうか。それじゃ怖い妖怪さんにお仕置きされないよう、せいぜい頑張るとするかな。よっ、と…。」
こいしを抱え上げて、また歩を進める。
最初はびっくりしていたが、今はとても嬉しそうだ。
さあ、帰ろうか。俺たちの家に。
○○はうそつきだから、針千本縫わなきゃダメなんだよ?
わたしが見えなくなるなんて、絶対に許してあげないから。
何針も。
何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も
何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も
何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も
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何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も何針も
何針も縫って、縫って。
綴じてあげなくちゃ。
「……。」
またか…何故だろう、夕べから突然目が覚めてしまう。
悪夢を見た訳でも無く、本当に急にだ。
腕の中の重みを確かめて、またこいしのぬくもりを感じる。
良かった…まだこの日常は、続いてくれているのだ。
小さな身体をきゅっと抱き寄せて、目を閉じる。
耳に飛び込んで来るのは夜風の音と、動物や、獣同然の低級妖怪の鳴き声ぐらいだ。
“ジ…ジジ…”
…ノイズ?
なんの音だろうか、正体を確かめようと耳を澄ませた。
そうして聴こえたモノ。それは…。
“…の間の…人間…肉…美味かっ…”
……!!
途切れ途切れだが、低級妖怪の鳴き声が、確かに言語として聴こえた。
あいつらは人語は喋れないはず…一体何故…
「ぐうっ!?…あ、はぁ…!!」
そう思った矢先、突然脈が乱れた。
胸に強烈な異物感と激痛が走る。
何だ、まるで心臓が二つある様な…。
「うう、あ…はあっ、はあっ…。」
収まったか…今のは…。
そうだ、こいしは起きてしまっただろうか?今のを見られていたら、また不安がらせてしまう…。
「こいし…?」
いない。
何故だ!?少なくとも、起き上がった様子は無かった筈だ。
「痛っ…?」
そう思った直後、また左胸に妙な違和感を感じた。
まるで『粘膜に何かがこすれている』様な、特有の違和感。
この前怪我をした辺りか…浴衣を捲り、その傷だった筈のモノを見て、俺は目を疑った。
「…嘘だろ?」
薄く開けられた、暗い、暗い深緑の瞳。
見慣れていた筈のそれが、俺の心臓の位置にあったのだから。
続く
最終更新:2012年08月05日 19:52