おかみすちー、ホラー風味。

『鮮度が大切』

酷く悲しい月夜がある。
こんな時は、妖怪女将のあの店に行こう。泣き言なんて、燗で流し込んでしまえば良い。

「やってるかい?ミスティア。」
「ああ、いらっしゃい。今日は何を?」
「そうだな、まずはいつものを。」
「毎度。ちょっと待ってて下さいね。」

辛口の燗を煽ると、爛れた胸の内にも沁み入るような気がして、酷く熱を感じる。
…もう何日目だろうか、今日もダメだった。
手遅れなんだろうか…酒ばかり進んでしまいそうだ。

「顔色が優れませんね。あんまり呑み過ぎちゃダメですよ?」
「そうか?まあ、疲れは出てるのかもな…。」
「…まだ、奥さんは見つかってないんですね。」
「………。」

妻が消えてから、もう一週間は経つ。

見付かったのはプロポーズの時に贈った簪と、大量の血痕だけ。
それ以外は肉片一つ落ちていない事に不自然さを覚えた俺は、周りの声も聞かず、今日も今日とて妻を探し回っていた。

一縷の望みに賭けるのも、もう時間的に空しいか…やはり妖怪に喰われたのだろうな…。

「なぁ、ミスティア…あまり訊かれたくないだろうが、お前は人を襲う時どうしてる?」
「……!
…その、私はその場で食べちゃいますね。持ち帰っても、仕方ないですから。」
「そう、だよな…気を悪くしたならすまんな、獲物を持ち帰る妖怪がいるか、知りたかっただけさ。」
「………いえ、気にしないで下さい。」

…何を言ってるんだろうな、俺は。
彼女にだって訊かれたくない事ぐらいあるだろうに、どうかしてる。

“こと…”

「これは…?」

目の前に置かれた皿には、内臓の串が3本程並べられていた。
焼かれても艶を失っていないあたり、鮮度の高い内臓である事が伺える。

「珍しいでしょ?たまたま鹿や猪の内臓が手に入ったんです。
大陸では医食同源なんて言葉があって、調子の悪い所と同じ部位を食べるのが良いって言われてるらしいですよ。
大分お疲れみたいですし、これはサービスです。
やっぱり常連さんには元気でいてもらわないと、こっちも商売あがったりですから。」
「ああ、美味いよ…ありがとう、ミスティア。」
「お力にはなれないですけど、こうやって話を聞くぐらいは出来ますから。
だから、元気出して下さい。ね?」
「…ありがとう。」


「毎度ありー。」

さて、帰るとするか。
そうだよな、見付かるまでは、俺がへこたれる訳には行かない。

ミスティアは良い娘だな…俺があと20年産まれるのが遅かったら、惚れてたかもな。
なんて言ったら、あいつが帰って来た時に殺されるか。

ああ、良い月夜だ。




「ふー、今日も無事終わったぁ…さ、片付けよ。」

彼女の屋台。
その焼き台の側には、二つの甕が置かれている。

一つは鰻用の生簀代わりとして使われていて、もう一つは、捌いた内臓や骨などを捨てる用途で普段は使われている。
しかし、今日はある食材が保管されていた。

「どれどれ、っと。あ、まだ生きてたんだ、しぶといね。」

その中には、生きた、とても鮮度の高い食材が入れられていた。

四肢は引きちぎられ、目は抉られ、喉を潰され。
裂けた腹からはだらりと腸を垂らしながらも、まだ微妙な呼吸を続けている、『彼の妻だった』食材。

「ひゅ…た…すけ…。」
「無理無理、さすがにあんたもう死ぬよ?大丈夫、もうすぐ旦那さんに会えるから。」

「死体でね。」と付け加えると、彼女は甕の中に出刃包丁を振り下ろした。
『食材』の呼吸音がピタリと止んだのを確認すると、ミスティアは何事も無く店の閉めに戻っていった。

“くす…そりゃね、自分が食べるだけなら話は別だけど…。
『お客さんに出す食材』なんて、『丁寧に保管して、しっかり捌く』に決まってるじゃない?

あんたは一応あの人と20年連れ添ったらしいから、幸せでしょ?
あの人の一部になれて。
せめてもの情けって奴だよ。

傷心の男は落としやすいってよく言うけど、本当かもね。
あの人がただの生ゴミになったあんたを見たら、きっと悲しむ。

そうだね、そしたら泣いてるあの人に、何か優しい味の料理でも出してあげようかな。
たまにはお客さんに付き合って、お酒を呑まなくちゃね。

ふふ…ふふふ…。”

翌日、彼の妻は変わり果てた姿で見付かった。
その数年後、立ち直った夫は、傷心の彼を支え続けたある屋台の女将と再婚を果たし。

その後、夫婦共々行方不明になったと言う。

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最終更新:2017年04月08日 04:55