「どうだった?」

演奏を終えた私は目の前の男に尋ねる

「全体的には良かったと思うよ。 ただサビの部分はもう少し勢いをつけてもいいかな?」

ふんわりと微笑みながら答えてくれる彼、名前は○○。 こんな暗い私にも優しくしてくれる好青年。 
ちなみに能力を使っていないので鬱になったりはしない。
新しい曲を作っては、まず彼に聞いてもらって意見を貰うのが最近の私のやり方
だってその方がいい曲が作れる気がするし…

「でも本当にルナサはヴァイオリンが上手だね」
「…ありがとう」

そういう理由があれば彼に頻繁に会えるから…

「今度のライブも絶対見に行くよ」
「うん、期待しててね…」



「はは~ん、姉さんはその○○って人にお熱なのね~」
「ちっ違う、そんなんじゃ…」
「あれ? 違うの?」

翌日、なんとなく妹達に彼の事を話してみたら凄い勢いでからかわれた
やっぱり話さない方が良かったかな…

「違わない…けど…」
「やっぱり惚れてるのね~」
「なっ」
「おっ、ルナ姉が赤くなった」

何故か幸せそうな顔をしているメルラン、いやらしいと言えそうなくらいニヤニヤしているリリカ
そんな妹達とは対照的にうずくまって…、おそらく真っ赤になっているであろう顔を隠している私
うぅ…、顔が凄く熱い…

「でも○○って人は人里では結構人気があるらしいよ? 早くしないと他の誰かに取られたりして」
「えっ?」

思わず立ちあがる、顔の熱は一気に引いてしまった
椅子が倒れてしまったがそんな事気にする余裕はない

「それ…本当!?」
「本当だって、ルナ姉もあんまり引っ込み思案だと後悔するよ?」
「…ちょっと行ってくる」

我ながら冷静さを欠いているわね
頭の片隅でぼんやりそんな事を考えながらも、私は家を飛び出して人里に向かって飛び立った






「人気があるって言っても近所の寺子屋の子供たちにだけどね」
「からかいすぎよ~、リリカ~」
「ルナ姉がよく確認しないのが悪いのよ」
「はぁ…、姉さん普段はしっかりしてるのに変なところで抜けてるからね~」
「それだけ○○って人に夢中なんでしょ」
「上手く行くといいんだけど~」
(まぁ、なんだかんだで姉さんは美人だから上手く行くかしら?)






「はぁ…はぁ…、そういえば○○はこの時間帯何処に居るんだろう?」

勢いで飛び出してきたはいいけど、彼と会うのはいつも夜だから昼間は何処に居るのか分からない…
とりあえず彼の家に行ってはみたけど案の定留守だった
そもそも彼に会ったら何を言えばいいのかな…

「…とりあえずフラフラしよう」

人里をフラフラしてたらどこかで会えるかもしれないわね
とりあえず商店街の方へ行ってみましょう



「あっ…いた!」

そろそろ商店街の端に着こうかという頃、彼を見つけた
今日はお仕事お休みだったのかな? ついてるわね…

「お~ぃ…?」

彼に声を掛けようとしたとき、私は何かに気づいた

「あれは…、山の上の巫女…?」

半年くらい前にやって来たらしい、山の上の巫女と彼がアレコレ商品を取りながら楽しそうに話している
なんだか声を掛けづらい…

それにしても…

「楽しそう…」

あんなに楽しそうな彼の顔を初めて見た…
いつも私に見せる笑顔とは違う…、何であの女にはそんな笑顔を見せるの…?

『これなんて似合うんじゃない?』
『あっ! カワイイですね~、これ』

遠くから二人の楽しそうな会話が聞こえる…? どうして?
その人がこっちに来て半年くらいってことは付き合いもその程度なんでしょう?
私なんて3年も彼と…、○○と付き合っているのに

「…付き合って …いる?」

もう一度二人に目をやってみる…
傍から見れば二人は仲睦まじい恋人に見える

『そろそろお腹空いてきましたね~』
『じゃあお昼にしようか。 この間ご馳走してもらったから今日は僕が奢るよ』
『えへへ、お言葉に甘えちゃいますね』

「~!」

思わず後を付けてしまった…
二人が入ったのは最近あたらしく出来たらしいうどん屋さん
そういえばリリカが行きたがっていたわね…
中の様子を探ってみると、二人は私が覗いていた窓のすぐ近くに座っていた

「…!」

慌てて身を屈める…。 私何をしているんだろう…
なんだか惨めな気持ちになってしまう…

諏訪子様ったらヒドイんですよ~』
『あはは、でもいきなり頭突きされるよりはいいんじゃない?』

楽しそうな会話が聞こえてくる…
気圧が…下がる…

どれくらい時間が経っただろうか…
相変わらず二人は食事をしながら楽しそうにしている…

そろそろ帰ろうか…そう思った時のこと

『それにしても僕にこんな可愛い彼女ができるなんて未だに信じられないな』
『もうっ、褒めても何も出ませんよ? それに私の方から告白したのに○○さんがそういうセリフ言うのもどうかと思います』
『あの時はビックリしたな~、憧れのあの娘からまさかの告白!? なんてね』

目の前が真っ暗になった
彼女? 告白? それじゃあ二人はやっぱり恋人同士…?

~でも○○って人は人里では結構人気があるらしいよ? 早くしないと他の誰かに取られたりして~

リリカの言葉が頭に浮かぶ…
あはは…
ホントだね…
取られちゃったみたい…

もう一度中に目をやる
相変わらず楽しそうに話している二人
私は彼の隣りには居られないのね…、あの人がいる限りは…

あの人がいる限りは…?
じゃああの人がいなくなれば…?

一瞬恐ろしい考えが脳裏をよぎってしまい、それを振り払うようにあたまをブンブンと振る
でもその考えは消えてくれなくて…
ダメだって理性で抑えようとするほど黒い感情は大きくなって…





「ちょっとリリカ~? どういうことよ~?」
「可笑しいわね、私の情報網によると○○って人はまだフリーのハズなんだけど…」
「…情報網ってもしかしてあの天狗?」
「いえ…、永遠亭の兎です」
「はぁ~。 詐欺兎のことなんて信じちゃだめよ~」
「…ごめんなさい」
「とにかく…姉さんを見失っちゃったし、探すしかないわね~」
(もう…、嫌な予感がするわ…)





気がついたら私は人里の外れに来ていた…
人里の外れの…そう、人里と妖怪の山とのちょうど中間辺りに…
ここにいればきっとあの人が…あの女が来るはず…

そろそろ陽が落ちようと言うころだろうか、私はヴァイオリンを弾いていた…
遠に響くように態と大きな音で…

「あなたですか? ヴァイオリンを弾いていたのは?」

釣れた…。 私は思わず口角がつり上がるのを感じるが慌てて抑える

「ええ…あなたは確か…守矢神社の…」
「早苗です、もしかしてお邪魔でしたか?」

偶然を装って、自然な流れになるように会話を続ける
あたかも私が練習していたところに偶然出くわしたかのように…

「いいえ…、演奏は誰かにいいてもらわないと意味が無いもの…。 せっかくだから一曲聴いて下さる?」
「えっ? あっ、じゃあお願いします」

しまった…すこし性急だったかな…
でも音楽を聴かせる事は上手くいったわね…

「それじゃあ…行くわね」

傍にあった適当な丸太に座らせる…
できれば逃げづらい体勢の方がいいから好都合ね…

準備が整ったところで私は演奏を始める…
もちろん唯の演奏じゃない…、これは彼女へのお礼…
あんな素敵な人を譲ってもらうんだもの…これくらいはしなくちゃね…

「…♪」

あの女は私の演奏に聴き入っているらしい…
馬鹿な女だ…

「…?」

表情が変わって来た…
異変に気付いたのかな…

「…!」

慌てて逃げようとしているけどもう遅い…
そもそも音が聞こえない範囲にそんなに早く移動できるものでもないのにね…
…っと!

「はぁ…はぁ…、何を…?」

まさか弾幕を放ってくるとは…
やっぱり巫女は普通じゃないのかしら…?
能力を全開にしているから普通の人間ならとうに鬱状態になっていてもおかしくないのに…

「…演奏よ?」

構わず私は演奏を再開する…
もちろん能力は全開で…

「うぅ…」

そろそろ動く気力もなくなって来たようだ…
でもせっかくだからこの曲を最後まで聴かせてあげようかしら…

「ありがとうございました」

これは演奏を聴いてくれた事と…彼を譲ってくれることへのお礼よ…

「さてと…」

アイツを背負って飛び立った…
目指すは守矢神社…
このまま死なれたら面倒だからね…
後は少し時間が立つのを待って…





「あの後結局何があったのかしら~?」
「分かんないけど…ルナ姉が黒い笑みを浮かべてたり…とにかく普通じゃ無かったね」
「守矢神社の巫女さんが酷い鬱状態になってるって聞いたけど…」
「…ルナ姉だよね、やっぱり」
「あの女には絶対私の能力を使わないようにって釘を刺されたのよね~。 あんなに怖い姉さん初めて見たわ」
(あの巫女さんには悪いけど逆らわない方が身のためかしらね~)





…あれから数日経った
そろそろいい頃合いだと思ったから作戦を次の段階に進める…

『早苗さん…どうしてこんなことに…』

アイツのお見舞いに来ている彼…
そんな奴の為に泣かなくてもいいのよ…?

『色々手は尽くしているけど…やっぱり外的要因によるものだと原因をどうにかしないと意味がないわね…』
『…そうですか』

そりゃあそうでしょうね…
何せあれだけ私の鬱の音を聞いたんだもの…
いくら永遠亭の薬師でも治せるハズはないわ…

『それでは…また』
『ええ…、あなたも気をしっかりね…』

彼が帰るようだ…先回りしないと…


「こんにちは、○○」
「ルナサ? どうしてこんなところに」

こんなところ…竹林と人里の間辺りかしら

「あなたに逢いたくて…」
「あっ…、ゴメン…。 ライブ見に行くって言ったのに…」
「気にしないで…。 聞いたわ、彼女のこと…」
「あっ…うん…。」

なんて言ったらいいのか困ってるわね…
まぁ…仕方ないでしょうけど
さて、そろそろ作戦の仕上げと行きましょうか

「ねぇ○○?」
「なっ、何?」
「あんな女の事なんか忘れて、私をあなたの彼女にしてくれない?」
「なっ!?」

凄く驚いた表情を浮かべる彼…。
いいわね…、これからもっと彼の色々な表情を見れると思うとうれしくてたまらない…

「あの女もきっと治ることはないわ。 それなら新しい恋に生きればいいじゃない」
「そんなこと…」
「うふふ…、そうだ○○。 一曲聞いてくれない?」
「何をこんな時に!?」

今度は怒った表情を見せてくれた彼
貴方は他にどんな表情を見せてくれるのかしら…?

自分でも分かるくらい黒い笑みを浮かべながら私はヴァイオリンを取りだし演奏を始める
傍から見れば何をしたいのか分からない私の行動を見ながら彼は困惑している

「…ハッ!? ルナサまさか?」

演奏を始めて少し…彼は何かに気づいたらしい
それと同時に人里の方へ向って飛び立った…

演奏しながらだから早くは飛べないけど、○○だって幻想郷の普通の人
元々そんなに早く飛べる訳でもないわ
それに私の鬱の音を聞き続けているから…
ほらフラフラして来て…
落ちるように着地した…

「うふふ…大丈夫? ○○」
「もしかして…早苗さん…も…?」

体を動かす気力は無くてもまだ言葉を発する気力はあるようね…

「うふふ…そうよ。 私がやったの」
「なん…で…」
「さぁ…、なんでかしら?」

この期に及んでまだアイツの事を考えてるようね…
でも大丈夫。 考える気力もなくなるくらい鬱の音を聞かせてあげるわ


どうやら気絶しているようね…
私はそのまま彼を抱き上げて家に帰ることにする…
全て上手く行った…これで彼は私のものね…





「まさかこんな事になるなんてね~」
「うぅ…私の馬鹿…」
「済んだ事を気にしちゃダメよ~リリカ~」
「でも…」
「ああなった以上、手をつけられないし。 下手な事したら姉さんが消滅しちゃうわ~。
騒霊は意外とすぐ消えちゃうものだって閻魔様に言われたでしょう?」
「うん…だけど…」
「ほらリリカ~? それより今度のライブよ~? 姉さんがいない以上は私達二人でやるしかないのよ~?」
「うん…そうだね」





あの後私は冥界から…
いや、私の家から出ることは無くなった…
下手な事したら博麗の巫女辺りに感付かれるかもしれないから…

彼は…○○はずっと私の隣に居る…
あの後本当に何もしなくなってしまったので、メルランに頼んで適度に鬱の気を抜いてもらった
そうしないと餓死してしまうし…
自分から動くことは無いけど、こちらから働きかければ動いてくれるように…
それ以上は○○がここから逃げ出してしまう可能性もあったので止めておいた…

○○は以前のように接することすらできなくなってしまったけどそれでもいい…
だって○○の隣に居るのはいつも私だから…



○○が行方不明になってから数週間
早苗は回復することも無く今も永遠亭に入院している
メルランとリリカは以前にもましてライブを開くようになった、音楽に夢中になれば余計な事を考えなくても済むからだ。
無論そこにルナサの姿は無く、それを事を不審に思った人に何事かと聞かれると「親しい友人を亡くしてショックだったようです」
と何かを諦めたような表情で話した。
○○の件を調べていた博麗の巫女も不審に思い、メルランとリリカを問い詰めたようだが
その時も「姉さんも○○さんの事が好きだったから相当ショックだったみたい」といって誤魔化し続けた。
博麗の巫女もこれ以上は聞いても無駄だと思ったのか渋々と言った感じに引き下がって行った。
しばらくするとルナサの姿が無いことに違和感を覚える人もいなくなった。





~後書き~
久々にSSを書くに当たって妖々夢花映塚をプレイしてルナサの口調を確認しようとしたのですが
微妙に口調が変わっているので、結局どういう口調にすればいいのか分からなかった…
作中でも微妙に口調が統一されて無いのはそんな理由からです。
と言い訳みたいなこと言っておきます。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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最終更新:2015年05月06日 20:34