たしかにこいしの日である
でもルーミアに愛されたい

 舐めるときは、ゆっくり優しく丁寧に。決して思いっきりベロベロと舐め回してはいけない。表面が削げてしまうから。
 〇〇と一緒に居たから覚えられたテクニックだ。
 彼の後ろから抱きつき首筋をぴちゃぴちゃ舐めると、仄かな塩味と汗のニオイが口の中に広がる。こうして甘えていると胸の中がぽわーんと暖かくなってくる。

「くすぐったいぞ、ルーミア。やめなさい」
「ふふふー。いやー」

 〇〇は口では嫌そうに言っても、実際に振りほどこうとはしない。彼は内心喜んでいるのか。そうだとしたら私も嬉しい。
 ひひひ、と自分でもわかる嫌らしい笑みを浮かべると、私は〇〇の耳たぶをあむっと唇で甘噛みした。
 耳たぶのふにふにとした感触が心地良い。

「うぉっ! ……全くしょうがない奴だ」
「ふぇふぇ、ふぇもふぃふぁふぁふぁいふぇふぉ」
「お前は何を言っているんだ」

 〇〇は呆れながらも、私の頭を撫でてくれた。彼の力加減は少し強すぎ、私の髪はすこしぼさぼさになったけど心のなかの好きという気持ちがどんどん大きくなっていく。
 私は抱きつく力を少しだけ強めると、全身を彼の身体に擦りつけた。匂いをつけて自分のものだとアピール。決して他の妖怪に食べさせやしない。
 〇〇と出会う前の私からは決して想像もつかない光景だろう。いつも当てなく外をふらふらとんでいた私が何かに執着しているなんて。



 〇〇は優しい。
 私が外をふらついているとき、美味しそうな食べ物の匂いに釣られて彼の家に勝手にオジャマしたのが最初の出会いだった。
 勝手に入ってきた私を、鍋料理を作っていた彼は一緒に食べないかと誘ってくれた。私が妖怪だと理解している上で。
 大抵の人間は私を見たら即座に逃げるか食べ物をくれるけど気がついたらいなかった、ということばっかりだったので人間と一緒にご飯をたべるのは新鮮だった。
 いつも以上に箸が進み、お酒も出してもらってすっかり上機嫌の私は彼に訊いた。なんでご飯くれたの、と。
 彼の答えは、「人の作ってる料理をすごく物欲しそうに見てたから」だった。

 以来、何度も〇〇の家を訪ねてはこうして一緒にご飯を食べている。〇〇は私を追い返したりはせず、いつも美味しいご飯を作ってくれた。
 最初の頃は食べた後はすぐその場で寝るかまた外をぶらつくだけだったのだけれど、気がついたら〇〇と話していることが多くなっていた。
 ただ一緒にご飯をたべてのんびりしているだけでも楽しかった。一人でいるときよりもずっと楽しかった。
 今までの人間が人間だったから、余計に彼の対応が嬉しかったのかもしれない。
 言葉で表現しにくいのだけれど、なんだか胸がウズウズ、ドキドキする。これが恋っていう気持ちなんだろうか。
 この気持ちは嫌な感じではなかった。むしろすごく心地いい。
 だから私はもっともっと彼と一緒にいる時間が欲しくなった。べたべた触りたくなった。ぴったりとくっついて甘えたくなった。

 だけど同時に怖かった。
 大抵の人間は私を恐れる。人食い妖怪として。
 そんな私が〇〇に触れても大丈夫なのだろうか。もしかしたら、彼も他の人間と同じように私を恐れるかもしれない。嫌われるかもしれない。
 そんなのは絶対に嫌だ。
 そう思い一時期ぎこちない態度をとってしまっていたけど、そんな杞憂はある出来事により一瞬で消え去ってしまった。
 あまりに変な態度をとっていたせいか、熱でもあるのかと心配した〇〇が私のおでこに彼のおでこをあてた。こつんと。私が逃げ出さないように両手で顔を固定して。
 きっとその時の私はものすごく真っ赤になっていた。〇〇がすぐさま私を布団に寝かせておかゆを作り始めたから。
 すごく恥ずかしかったけれど、彼がわざわざ私に触れてまで私の体調を心配するということは私が彼に触れても別に大丈夫だということに気づけた。

 次の日から、彼にべったりとくっつき甘えるようになった。彼は最初は驚いていたけど、想像通り私を拒絶したりするようなことはなかった。それどころか頭を撫でてくれたりもするようになった。
 その時の私は幸せの絶頂だった。有頂天だった。調子に乗りすぎていた。

 だからだろう、ある日力加減を誤って彼の耳を食いちぎってしまった。

 私としては好きという気持ちを表現しただけだったのだけれど、妖怪の力に人間の身体は耐え切れなかった。
 やってしまったという後悔の念、これで彼に怖がられるという喪失感、もしかしたらこのまま彼が死んでしまうかもしれない恐怖、そして血の流れ出る右耳を苦しげに抑える〇〇の姿。
 あまりの出来事に混乱し、私はただただ泣くことしかできなかった。ごめんなさいごめんなさい、いなくならないで嫌いにならないでとバカの一つ覚えのように泣きわめいた。
 〇〇は拒絶の言葉を口にしなかった。耳を抑えていたせいですっかり真っ赤になった手を伸ばすと私の頭の上にポンと置いた。

「……大丈夫。妖怪だもんな、ちょっと力、間違っただけだろ。まったく、お前はドジなんだから」

 〇〇は笑顔を作ろうとしていたが、痛みでそれはいびつな表情になってしまっていた。
 だけど私にとって彼の顔はとても眩しかった。私の生み出す闇なんか全て振り払ってしまえるぐらいに。
 だって彼は私が妖怪であることを認めた上で、この暴力を許してくれたのだ。私のうっかりで死ぬかもしれない状況なんて、只の人間には怖くてたまらないだろうに。



 だから私は〇〇が好きだ。私を見てくれる彼が好きだ。甘えさせてくれる彼が好きだ。
 彼に好きをいっぱい伝えたい。もっともっとくっつきたい。
 今だってこうして〇〇に抱きついているけど、これだけでは全然物足りない。
 彼とずーっと一緒にいたらいつか私は満足できるのかな。

「……ルーミア」
「んぅ、ふぁにー」
「首締めすぎ。死ぬ」
「あ、ごめん」

 そのためには早くちゃんとした力加減をおぼえなくては。
 〇〇をうっかり殺してしまわないように。

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最終更新:2012年08月05日 21:22