近頃、私には小さな日課が出来た。
以前までの私は夜近くに起きて、朝御飯に無防備な奴を喰って、お昼寝して(と言っても夜だけど)、適当に遊んで、朝日が昇る事にまた襲って、太陽が眩しくなる前に寝る。
そんな毎日をただ楽しく暮らしていた。
あの日もそんな一日を過ごすんだろうなと思っていたんだけど。
世の中、何が起こるか分からないと実感したものだ。
あの日から私の日課は始まったのだろうか?





ルーミア「ふらーり、ふら~り、ふらぁり♪」

私はふらふらフワフワと漂う様に、朝日が昇る時間まで獲物を探していた。
結構な眠気は心地よく感じ、木々の合間をくるりとゆっくり回転しながら避けると楽しい。
この時間帯、運が良ければ寝ぼけ頭な間抜けな人間が出歩く事がある。目的はそれだ。

ルーミア「ごはんはどこぉーにあ~る♪」

しかし同様、寝ぼけ頭の私も中々に間抜けな顔。
闇で身体を丸く覆い隠しているから良いけど、こんな顔、誰にも見せられない。
しかし僅かに生きる者の匂いを嗅ぎ取り、覆う闇を僅かに薄くすると地面に足痕を発見した。
おそらく先ほど通ったばかりの様だ、追えばすぐに見つかりそう。
そうこうしている内に獲物を発見、見るからに軟弱そうな青年。珍しい。
人手の必要な幻想郷の里において、あんな見た目は減点モノでしかない、きっと不遇な生活を強いられているんだろう。
そしてお金もなく、仕方無しに何か食べれるを探しにやってきたというわけか。

ルーミア「(夜食夜食~♪もう朝だけど、夜っ食~♪)」

しかし何たる不幸か、彼は食べる物を探しに来たのだろうが、逆に食べる者に見つかってしまった。
青年は迫る闇に気付く間も筈もなく、森の奥へと入ってゆく。
もちろん、ちゃんとした道はあるのだが青年はおそらく食べる者を探しにきているから森に入ったのだろう。

ルーミア「(よしよし、どんどん里から離れてゆくな……)」

獲物を狩る者となったルーミアの表情は、先程までの間抜けで頼りなく、気が抜けたダラシナイ、そんな表情を一変、一瞥をくれるだけで凍りつく様な目付きに変わった。
どれだけ可愛い容姿をしていようとも彼女は狩る物。
そう、妖怪なのだ。妖怪とは闇に生きる者であり、彼女は宵闇の妖怪。
その二つ名に闇を冠する少女は紛れもない狩る者。
その手を開けば鋭い爪を、その唇を覗けば鋭い牙を、その瞳を輝かせれば鋭い視線。
腕を振るえば弱き人間など、枕投げをするかの様に弄ばれる。

ルーミア「(そろそろ、狩ってもいいか)」

ルーミアがその瞳を更に鋭く、唇の端を僅かに釣りあげる。
青年の頭上からゆっくりと、闇を抑えながら音を立てない様に背後に降り立つ。
青年の視界に異常を察知されれば、気付かれかねない、だから闇を抑える。

ルーミア「(いただき、……え?」

ゆっくりと首に伸ばした手が突然止まる。
同時に青年がこちらに振り向いた。

「……ん?」

気の抜けた声が二つ。
一つは青年の物、はっきりと聞こえた。
もう一つは、狩る者、ルーミアの声だった。

ルーミア「……え?」

再び声を上げる。
その理由は青年に見つかってしまったからではない。
見つかっただけなら即、その首を折るなり、身体から引き離すなり、風通しを良くするなりすればいい。
しかし、もっと重要な問題があった。青年の視線は彼女ではなく、東の方角を向いている。
それと同時に空が暗くなり始めた。

ルーミア「空が……」

暗い。
そう言おうと思った瞬間、頭に衝撃が走った。
しまった、青年を仕留めるのが先だったかと思い。

ルーミア「…………ぉぃ」

依然、頭に衝撃、……いや、これは衝撃と取って良いのだろうか?
いや、衝撃的な事ではあるが、衝撃は来ない。
その代わり視界が僅かに左右に揺れる。

「ん?」

ルーミア「……何をしている…?」

「頭なでなで」

青年は小さく、そう意識しないと気付かない様な小さな笑みを浮かべている。
青年の右肩から伸びる腕、その先には意外と健康的な肌色の手、その先には私の頭。
彼が手を左右に動かせば私の視界も左右に。

「こんばんは」

ルーミア「あ、こんばんは」

「君、名前なんて言うの?自分は●●」

…なれなれしい奴だ、すぐに食料になる癖に。
右腕を掴もうと腕を伸ばすと、青年は右腕を下げて左手で撫でてきた。
私の左手は虚空を掴む。

ルーミア「……」

今度は左腕を掴もうと手を伸ばすが、同じように左腕を下げて右手で撫でてくる。
私の右手も虚空を掴む。

ルーミア「……」

…もう一度試してみる。
右腕に左手を伸ばそうとして見ればやはり右腕を下げてきた。
だからすぐに左腕に左手を伸ばそうとする、が、その手を右手で掴まれてそのまま左手で撫でられる。
フェイントにも引っかからない。

●●「うん、良い子良い子可愛い子。うりうり」

ルーミア「っ!!」

勢い良く下から上へ、赤い靴を鈍器の様に右足で蹴り上げる。が、青年の顎に擦れただけで宙を蹴る。
青年の手がようやく頭から離れたので、そのまま右足を落として踵落としをかまそうとするが、力を籠めた瞬間に青年の右手が、足首を掴み取る。
すぐさま左足も蹴り上げようと力を籠めた途端、青年はぱっと手を離し、支えとバランスを失った私は地面に倒れた。

ルーミア「痛たたた……、もう、なんなの?」

●●「太陽が、闇いなぁ…」

ルーミア「……え?」

その言葉に再び思い出す。
空が暗くなった事を、同時に頭をなでられた事も思い出す。
しかし今の青年の動きを見る限り、このままでは倒す事も難しそうだ。
だから、と言う訳では無いがとりあえず様子を見る事にする。

ルーミア「太陽が…黒い…?」

徐々に黒に染まってゆく太陽。
その周りを眩しい光が覆うので反射的に目を細める。
青年は、太陽を直視している。

●●「改めて、自分の名前は●●、君の名前は?」

ルーミア「……言わなきゃダメ…?」

●●「挨拶には応える、そう教わらなかった?」

ルーミア「…教わって無い」

●●「じゃあ今教わったね?はい、応える」

ルーマイ「………ルーミア」

納得いかない、そう思ったが青年は相変わらずの小さな笑み。
しかしその表情には何処か、逆らえなくなる様な威圧感があった。

●●「ルーミア?…そう、それじゃ初めまして、ルーミア……ちゃん?ちゃんで合ってるよね?もしかして男の子だったりしない?」

ルーミア「殴るよ?」

馴れ馴れしい、やっぱりそう思う。同時に失礼な奴だとも思った。
だがそれ以前にもっと大事な事がある。
倒れた身体を起こして、視線を空に移せば黒い太陽、なにか、違和感を感じる。
どこか懐かしい様な……。

ルーミア「黒い……」

●●「金環日食。日の光を、食べるが如く。」

ルーミア「食べる…?誰が?」

●●「さぁ?学説的には、月が太陽を覆い隠しているだけだとか言うが、どうだろうな。」

ルーミア「輪っか……」

●●「黄金の光が、それが輪を成し示して、例えるなら循環、故に金環。日蝕と合わせて金環日蝕。」

ルーミア「ダジャレ?」

●●「もっと別の反応はないのかなっと」

立ち上がろうと足に力を籠めるが、その途端に彼が頭に腕を乗せてきた。重い。
何度も力を籠めて立ち上がろうとするが、上がらない。
既に眠気もかなり来ており、正直今すぐ眠りたい。おかげで力もあまり入らない。
寝る前に疲れたくもないので素直に脱力する。

●●「良い子良い子。」

ルーミア「撫でるな」

再び頭を撫でてくる●●、鬱陶しい。
しかし●●は止める気がないらしく、そして私ももう止める気もない。
どうせしばらくすれば飽きるだろう、その時に喰おう。

●●「太陽を月が喰らう。日の光が食われて日蝕。」

ルーミア「…ん?」

●●「でもさ、いくら月がだとか行ってもさ、真黒だと月に見えないよね。」

ルーミア「…んー、そうかも。どちらかと言うと…」

●●「闇」

ルーミア「そうそう、それそれ…って、なんで解ったの?」

●●「さて、なんででしょう、それはルーミア……ちゃん付の方が良い?」

ルーミア「…なんかムカツクから呼び捨てでいい」

●●「じゃあ、ルーミアが自分を襲ったのはなんで?」

まるで、父親が娘になぞなぞを出すかのような口ぶりで小さく笑う。
私も少し暇なので簡単にお腹が空いたからと応えてみる。
すると●●はまた小さく笑う。

●●「それじゃあ、自分が襲われたのはなんで?」

ルーミア「そりゃあ、私に見つかったからでしょ」

●●「ああ、んー、まぁそうなんだけど、近くて遠いなぁ、答えは其処に居たから」

ルーミア「どう違うの?」

●●「そうだねぇ、太陽は其処に在ったから月に喰われたんだろ?自分も同じだ」

ルーミア「えーと、貴方が太陽で、私が月?」

なんとなく頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
彼は頭を撫でる力を少しだけ強めると、やはり小さく笑う。
私が何で撫でるのと訊くと。

●●「この金色の髪、まるで月みたいで綺麗じゃないか」

ルーミア「そ、そうかなぁ……」

そう応えてくれた。
例え馴れ馴れしくてムカツク奴でも、褒めてくれると少し嬉しい。
そう思うと、撫でられているのもまんざらでもない。

ルーミア「じゃ、じゃあさ、●●はどんな所が太陽なの?」

●●「んー、そうだなぁ」

上機嫌になった私はつい●●に質問してしまった。
しまった、どうせコイツは食べるんだから下手に情を移さない方が良い。
そんな私の心境も知らずに●●は小さく笑う。

●●「鬱陶しいところ?」

ルーミア「……●●の事だよね…?」

●●「うん?そうだけど?」

普通、自分で自分の事を鬱陶しいと言うのか?
それ以前に自覚していたのか。
確かに私にとって太陽は鬱陶しい物以外何でもないが。
眩しいし暑いし眠れないし。

ルーミア「…うん、そう思うと確かに●●だ」

●●「おい、どんな失礼な事想像しやがった」

ルーミア「別に?なにも想像してないよ」

しかし本当に眠い、もうコイツ食べるのどうでも良くなってきた。
と言いうか頭を撫でられる揺れが心地よくて眠りそう…。

●●「寝るの?」

ルーミア「とっとと帰れ、今なら襲わない、眠い」

●●「そう、じゃあまた明日、ここで」

ルーミア「どうせ来ないだろうけどまた明日、いっそ今ここで食べようか?」

●●「それは今は遠慮したいなぁ、やる事あるし」

ルーミア「食料探し?頼りなさげな残念そうな人」

●●「まぁそんな所、あと酷い」

ルーミア「…ぁ――」

●●が頭を撫でる手を止める。
心地良い眠気が来ていたのを邪魔された気分だ。
なんだか無性に腹が立ってきた、やっぱり今喰おうか。
…と、思ったがそもそも止めろと言っていたのは私だ、自分で言って自分で腹が立ってちゃしょうがない。
仕方がないので今日は本当に見逃す事にする。
妖怪だって約束は守るのだ。むしろ、人間よりもちゃんと守る。

●●「それじゃ、また明日―」

ルーミア「なんか食える物くらい持ってきてね」

●●「善処するさ」

あぁ、食料が遠ざかってゆく。
しかし今襲えば約束を違える事になる。
それはなんだか自分のプライドが許せない。
諦めて今は眠気に身を任せて夜まで寝るとしようか。
あぁ、太陽がまた出てきた………。

…やっぱり…鬱陶しい…。
最終更新:2012年08月05日 21:49