(これって・・・・・・ヤバイかも)
置き薬の配達を終え、永遠亭に帰った鈴仙は。イナバから、妹紅が輝夜目当てに襲撃して来た事。
更に家屋の一部を焼いて、○○に多少の火傷を負わせた事も聞いた。
前者だけならば、いつもの事なのだが。後者を聞いて、鈴仙の顔は青ざめた。
妹紅を煽ったと言う自覚が多少あるだけに、○○への危害の一因を自分が担ったのではないかと。

そう思うと気が気ではなかった。イナバからは火傷の程度までは聞かされなかったので、どうしても悪い方にばかり考えが向いてしまう。
走り行くのに邪魔な、背中の荷物を乱暴に放り出し。いつも患者の処置の為に使っている部屋に向かい、鈴仙は駆けた。

「鈴仙様!処置室ではなく、姫様のお部屋です!」
「ありがと!」
後ろで放り出した荷物の後片付けをする、イナバからの忠告に礼を言ったまではいいのだが。
最短距離を駆け抜けたい鈴仙は。何の躊躇も無く、ふすまを蹴破り、その先の障子も蹴破り。
縁側から飛び降りて、輝夜の部屋へと向っていった。

「ああ・・・もう!!」
ふすまと障子をぶち破って、最短距離を駆け抜ける鈴仙の姿に。イナバも流石に苛立ちを隠しきれずにはいられなかったようだ。
最も、今の鈴仙にはそんな声も本当に聞こえていないので。省みる機会も訪れそうに無いのが、イナバの焦燥感をより強くしていた。

荷物をぶちまけて、戸をぶち破って。どちらともに、良い感じの音で響いたので。
その音を聞いて何事かと様子を見に来たイナバが、そのまま手伝ってくれたのが、せめてもの救いと思う事にした。





「○○さんっ!!」
輝夜の部屋は所々がすすけて、焦げ臭い匂いも漂っていた。
その部屋の中で、わき腹の辺りを永琳から丁寧に軟膏を塗って貰う、○○の姿が。
そして○○の傍らに寄り添う、輝夜。その三人の姿があった。
永琳が軟膏を塗る○○のわき腹には、火傷の痕と思われる色の変化が。他の部分とは違う変色した皮膚の姿がありありと見て取れた。

「鈴仙さん・・・大丈夫ですよ。これぐらいなら、死にはしませんから」
永琳には鈴仙の姿が見えていないのか、それとも○○への治療を最優先にしているのか。必死の形相で軟膏を塗りこんでいた。
○○は困ったような笑顔で、鈴仙に向いてくれた。
そしてその言葉の通り、これぐらいの火傷ならば命にまでは別状ないだろう。
だからと言って、そこに大した意味は無い。○○が怪我をした、それも事故などではなく誰かの手によっての危害。
しかもその主犯は、蓬莱人の藤原妹紅。死んでも死なない存在だ。
この頭痛の種を取り除く事は、恐らく永遠に無理だろう。
鈴仙は自分の顔が歪んでいくのが分かった。
とんでもない人物を軽率に煽った事に対する自分への呵責と。妹紅への、なんと言う事をしてくれたのだと言う怒りの半分ずつで。

「・・・・・・」
呵責と怒りに震える鈴仙の横顔を、輝夜はじっと見つめていた。何か思うところがあるような雰囲気だ。
「永琳、ちょっと鈴仙を借りるわよ」
「はい」
輝夜の言葉にも、返事こそしたが。その返事は棒読みの雰囲気が強く。言葉の内容を本当に聞いているのかどうかは怪しいの一言であった。
ただ単に、彼女の耳に聞きなれた輝夜の声が聞こえたから。反射的に返事をしただけという色合いが強かった。



輝夜に連れられる鈴仙はビクビクしていた。妹紅をけしかけた一因と言う自覚があるだけに。
その事が輝夜にばれたらと思うと、気が気ではなかった。最悪命の危機にまで発展しかねない。

帰宅してすぐに思った“ヤバイ”と言う感情よりも。○○の病状を心配して、確認したいと言う気持ちを優先した事に悔い等は無いが。
それでも、真正面から向ったのは軽率だったと。思わざるを得なかった。もう少し遠くから確認する事にすれば良かったかなと。
考えてもどうしようも無い、こぼれてしまった水の事ばかりを考えていた。

輝夜は何も喋らなかった。たまにちゃんと付いてきているか後ろを振り向く以外は、ただ無言のままにずんずんと進んでいくだけであった。
却ってその無言が怖かった。叱責を受けるにしても、静かに詰問を受けるのは精神的に来る物がある。
「あのう・・・何でしょうか、姫様。私への用と言うのは」
その無音の辛さに耐えかねた鈴仙が、耐え切れずに口を開いた。頭の端で逃げた方が良くないかと考えながら。


鈴仙におずおずと話を切り出された輝夜は、鈴仙の方ではなく彼女の後ろの方。先ほどまで○○と共にいた。
今もきっと永琳が必死に○○の治療を行っている自室の方向に目を向けた。
「・・・ここまで離れれば聞こえないか」
何かを気にしている様子だった。その懸念事項も、無視できる程度まで小さくなったと判断した輝夜は、ようやく鈴仙の方向を向いて。
「貴女、妹紅に何かやった?」
少しの間も置かず。いきなり核心に迫った質問を鈴仙にぶつけた。


鈴仙は頭を殴られたような気分だった。
「やっちゃったんだぁ・・・」そして輝夜も悟った、鈴仙の心の動揺を。それを感じ取った輝夜は頭を小さく抱えた。
唯一の救いは、その事実に気付いた輝夜が怒るとか憤慨すると言った反応ではなく。呆れと“不味い事になったなぁ”と言うような面持ちであった事か。

はぁと、深く大きな溜め息を付く輝夜を前にしながら。鈴仙の顔面は帰宅時よりも更に蒼白した物になっていた。
異変は顔面ではなく、体全体にも。小刻みに震えたり、眼球がぐるぐる回って白目をむきそうになっていたり、口元がピクピクと痙攣していたり。
このまま白目をむきつつ泡も噴出して倒れてしまいそうなくらいの、精神的圧迫を鈴仙は受けていた。

「妹紅に○○のこと・・・話したの?天狗も知ってるはずだから知ってもおかしくは無いと思うけど」
「貴女からなら・・・・・・天狗が知っている以上に濃い話を聞けそうだものねぇ」
核心所か、輝夜は話の全体像に至るまでどうやら既に見えてしまっているようだ。
これだから・・・この人は。恨みとはまた違う、どちらかと言うと畏怖の念の篭った心の声を呟きながら、鈴仙は口角の端から泡を漏らした。

「姫様・・・命だけは・・・・・・どうか」
端から漏れるくらいなのだから、口を開けば勿論の事大量の泡が漏れ出る。
泡塗れの口内で紡がれた命乞いの言葉は、震えに震えていた。
「あー、大丈夫大丈夫。永琳なら殴り飛ばしてたでしょうけど、私はそこまでやらないから」
ああ、そうだった。“永琳”の名前を聞いて、鈴仙は意識まで飛ばしそうになった。
しかし、意識を飛ばしてしまえば逃げる事すら叶わなくなる。まな板の上の鯉と同じように、全くの無防備な状態を晒す事になってしまう。
「ふんっ!」あさっての方向に飛びかけた意識に渇を入れるように。鈴仙は自分の頬をぶん殴った。

「姫様・・・何でもしますので。命だけは・・・・・・」
頬をぶん殴った事により、口内を多少噛んでしまい。何処となく喋りづらそうだが、先ほどの口内が泡塗れの時よりはまだ聞き取りやすかった。
(暴走するなぁ・・・・・・)


「うん、だから大丈夫だから。そこまで酷い事しないから。つい自慢しちゃったのよね、妹紅に○○の事を」
一人で勝手に悪い方悪い方へと思考を突き動かす鈴仙をなだめるように、丁寧な声色で輝夜は話を進めた。
それが鈴仙の意図しない所で、鈴仙にとって都合の良い方向に話が動いていた。

「はい・・・そうです」
「よねぇ。ぶっちゃけ私も○○といるのが楽しすぎて、妹紅のこと半分忘れてたのよ」
「会ったら会ったで、多分貴女と同じように自慢してたと思う」
“まぁ、その後が問題なんだけど”先ほどまでは笑顔だったのに、斜めを向いてボソリと呟く時の顔は静かな怒りが篭っていた。

「まぁ・・・アイツが○○に火傷させたってのは。見れば分かるでしょ?」
「しばらくは殺りあう気にもなれないわ・・・・・・相手しないのが最高の嫌がらせよ」
○○の話を口にする時とは打って変わって。妹紅の話題になると、輝夜の顔はどんどん怒気を含んだ物になった。
その怒気が、例え自分に向けられていないものであると分かっていても。
見ているだけで体が震えてしまうくらいに恐ろしかった。

「そういう訳だから・・・いつまで続けるかは分からないけど。妹紅を永遠亭に近づけない為の対策を練ろうと思うの」
「妹紅専門の偵察監視要員でも作ろうかなと思ってるのよ、もちろん何かあったらぶちのめす前提でね」
企みを話す輝夜の顔は、邪悪な笑顔だった。

「あの、姫様。ぶちのめすのは良いとしても、妹紅に勝てる相手と言っても―
「永琳」
イナバ達では論外。正直な話自分でもいくらか耐えるのが精一杯。
そう言おうとした所で、輝夜は鈴仙の疑問に答えるかのように永琳の名前を口に出した。
その名を聞いて、すぐに納得できた。彼女ならば妹紅相手でも、申し分ないどころか十分以上の存在だろう。
「私に気を使って普段は抑えてくれてるけど、永琳が本気だしたら私でも勝てないから・・・妹紅にも手も足も出させずに勝てるわよ」
「今の永琳は滅茶苦茶気が立ってるし・・・妹紅相手なら私が言わなくても勝手にすっ飛んで行くでしょうから、適役よ」
神速の技で、大量の矢を妹紅に浴びせ倒す永琳の姿を想像しながら。輝夜はまた黒い笑みを見せた。

「と言う事で、鈴仙。貴女とてゐの二人が中心となって、妹紅の見張り番組織しといてね。永琳には私から言っておくから」
その黒い笑みのままで新しい仕事を押し付けられたものだから。普段以上に何も言えずに、ただ頷く事しかできなかった。






「最ッ悪・・・・・・!!」
妹紅の自宅近くの草むらに寝転がりながら、鈴仙はあらん限りの不満をぶちまけながら仕事をしていた。
輝夜から言いつけられた、件の対妹紅見張り番である。
鈴仙は能力で波長を弄り不意に自分の姿が見えないように。ついでに、愚痴を大きめの声でブツブツ呟けるように、音に関する波長も弄っていた。
絶対見つからないと言う、ある種うぬぼれにも近い自信があるから。何の遠慮も無く、独り言と言うには大きすぎるくらいの声で呟いていた。

「イナバ達を使おうにも、怖がって見張り番についてくれないし・・・それ以前に見つかってボコボコにされる子が多いし・・・・・・」
「てゐはてゐでハナッから私に全部押し付けて・・・・・・あの子ったら何処で油売ってるのよ!暇ならこっち手伝いなさいよね!!」

基本的に、見張り番というのは恐ろしく暇な仕事である。
何事も無い、異常無しの状態が時間の大部分を占めるため。見張る対象との戦いと言うよりは、己の中の暇が真の敵といっても過言ではなかった。
そして鈴仙の敵は暇だけではなく。不甲斐ないイナバ達や全く協力してくれないてゐの存在。
これらのお陰で、見張りと言う仕事に対して全く身が入っていなかった。

それに加え。当然の事ではあるが、この見張りの仕事を○○が行うことは無い。
妹紅の永遠亭襲撃事件以降、永琳の中にある過保護っぷりが爆発したのか。例え輝夜と一緒であっても外出を物凄く嫌がり、徹底的に永遠亭内に留め置くようにしていた。
それでも安心できない永琳は、○○が常に自分か輝夜の目の届く範囲に置くようにしたがった。

しかし、永琳には普段の医者としての仕事があり、それを疎かにもしたくなかったのか。
以前にも増して、○○と輝夜が二人でいる時間を増やしていた。元々輝夜にはこれと言った仕事が無かったので、時間の都合はいくらでもつける事が出来た。

だがそれだけではなかった。そこまでやっても永琳は満足しなかった。
妹紅の手によって、やけ焦がされた輝夜の部屋の代え。その代わりの部屋に、永琳はこれでもかと言うほど手を加えた。


具体的には、四隅の柱に貼られた大量のお札、床下には方陣、天井裏にも方陣とお札。
部屋の真下の地面にも、永琳謹製の魔術道具を埋めた。これもきっと結界の強度に左右するのだろう。
極めつけは、部屋の周りに鳴子を大量配置。
鳴子をかいくぐれそうな場所には、妹紅にだけ効果を発揮する、これまた永琳お手製のお札地雷を仕掛ける念の入れよう。
落とし穴を掘って、竹槍を仕掛けようとも考えたらしいが。何かの間違いで○○が引っ掛かる事を恐れた為、それは止めて置いてお札地雷に止めたようだ。
勿論、イナバを使った見張り番を組織する事も忘れていなかった。ちゃんと異変を知らせる笛も人数分用意していた。

結界といった魔術的な性格を持った対策を何重にも施した挙句。鳴子や見張り番という一般的な方法まで用いた、偏執的なまでの防衛策を施していた。
さながら要塞である。輝夜は縁側から見える大量の鳴子を見て「風流さの欠片もない」とぼやいていたが。
永琳にとっては、これでもまだ足りないらしい。


今現在○○は、この永琳の用意した部屋にて、ほぼ一日中輝夜と共にいる。
その余波をまともに受けているのは、鈴仙とてゐであった。
只でさえ、2人は○○との触れ合いを、永琳の何となく嫌と言う酷い理由で少なくされていたのに。
今回の防衛策発動により、雀の涙よりも少なくなっていた。
オマケに鈴仙は妹紅の見張り役をほぼ一手に引き受けている。ここ数日は寝具等に残った○○の匂いすら嗅いでいない。

「師匠の馬鹿あああ!!!」
最早独り言の範疇に納める事の出来ない、叫び声を上げるほどに鈴仙はイラついていた。
「てゐも馬鹿あああ!!!少しは手伝ええ!!!」
波長を弄ってるから見つからないと言う自信が。更に声を大きくする。



波長を弄ってるから見つからないもんね!
そのうぬぼれと、日ごとに高まる○○への情念が鈴仙の暴れっぷりを更に加速させる
常識的に考えれば、これで見つからない方がどうかしている。鈴仙はそんな大声を出しながら、手足をジタバタさせて地団駄を踏んでいたが。
求聞史記にも、個人名を出されてまとめられるだけの事はあるのか。一応今日まで見つかってはいなかった。

妹紅の家と里を行き来する慧音の視線が、最近鈴仙の隠れている場所を見る回数と時間。それが増えている事にも気づかずに。





「うん・・・・・・何だ、寺子屋の教師か。もうそんな時間かぁ・・・・・・」
妹紅の家から何か物音がしたのを聞いて、鈴仙は上半身を起き上がらせるが。
それはもう何度も見た、上白沢慧音が寺子屋に向っていく姿だった。
それを見送る為に、妹紅も姿を見せたが。十歩ほど慧音が歩いた所で、いつものようにまた家の中に入っていってしまった。
毎回こうである。強いて言うならば、慧音と妹紅が夕飯の事を少し話したり。洗濯物の取り込みを妹紅に頼むなどがあるくらい。
特に不穏な事態は、何も見受けられない。朗らかな朝の風景である。


「あれから、妹紅も何も動きを見せないし・・・・・・ああー!暇!めんどくさい!帰りたい!」
何日も張り込んでいるのに。聞いた話では、随分酷い目に合っているはずなのに。妹紅は大人しかった。
「藤原妹紅の方も、姫様同様怒ってしばらく戦う気起きないんじゃないのかなぁ・・・・・・そうだったらいいのになぁ」
そうだとしても、その証拠どうやって見つけるんだろう。何となく、イソップ童話の猫に鈴をつける話を思い出した。



いつまで続くんだろう・・・これ。
慧音が寺子屋に向った後。終わりの見えないこの役目の事を考えると、焦燥感が募ってきた。
この焦燥感も何度目だろう。先ほどまで叫んだりジタバタしていたから。その疲れも合わさり、今日の焦燥感は特に強かった。

「・・・・・・お弁当食べよ。お腹空いた・・・」
その焦燥感を少しでも打ち消す為に、食事をとることにした。腹が満たされれば少しはマシになるだろう。
「・・・・・・これで何日連続だろう。地面に座ってお弁当食べるの・・・それ以前に私何日帰ってないんだろう」
最初のうちは、まだイナバが一応見張り役を変ってくれていた頃は。深夜には永遠亭に帰って、食事を取り、布団で寝る事も出来たのだが。
イナバが迂闊な事をして、妹紅に見つかりボコボコにされて、泣いて帰ってくるということが頻発すると。
徐々にイナバは見張り役を変ってくれなくなり、その分のしわ寄せが鈴仙に来た。

最近では永遠亭に帰ることすら間々ならない。
食事の方も、永遠亭で取れずに。鈴仙の隠れ場所から少しはなれた木の枝に引っ掛けたお弁当を日に三度回収して、お腹が空いたらそれを食べる日々の繰り返しだった。
勿論、寝るのも。布団で寝たのは何日前の事か、思い出せないくらいには前の事だった。

「ごちそうさまぁ・・・」
一応行儀良く、食事の終わりに挨拶をするが。誰も聞いていない為、空しく響くだけである。
「空っぽのお弁当箱・・・気に引っ掛けてこよ・・・・・・どうせ何も無いだろうし、戻ったら少し眠ろうかな」
腹が膨れても、焦燥感は減らなかった。むしろやる事が無くなって、却って増したくらいだった。
こういう時鈴仙は、大抵寝る事にしていた。起きていても面白くないから。


「ただいまぁ・・・誰もいないし、ここ私の家じゃないけど」
いつもは寝る前に、申し訳程度に妹紅の家の方を見るのだが。今日は特に焦燥感が強いのか、傍らに畳んで置いた寝袋を、すぐに広げだした。
「お休みなさい・・・眠い」
そしてそのまま、鈴仙は眠りに付いた。









「おはよう、永遠亭の兎」
目を覚ました鈴仙の目の前には。不気味な程の笑顔で鈴仙を見つめる、藤原妹紅の姿が合った。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだ・・・家に上がれよ」
鈴仙は心労などの諸々の物に耐え切れず。
泡を吹いて倒れた。

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最終更新:2012年08月05日 22:17