久方ぶりの帰宅に加え、○○とも共に長い時間付き合えたが。本題である、○○の被虐嗜好を満足させる事は叶わなかった。
輝夜とてゐが、永琳と鈴仙が。それぞれ警戒しながら、されながら五人で風呂に入り、そのまま寝室に移動したので。
結局その日は、えらく殺伐とした雰囲気のまま、夜が更けていった。
ある意味この騒動の中心に置かれた○○は、剣呑な空気に精神力を。四人を一気に相手したと言う事で体力を使い果たしたようで。
普段起きる時間になっても、一向に目を覚ます気配が無かった。
鈴仙からすれば、せめて多少は虐めてやる事が出来たら。精神の部分は、充足感をもてたのにと思わずにはいられない。
○○に起きる気配は無かったが。他の者は、抜け駆けや出し抜かれる事を警戒して。普段よりもえらく早くに目を覚ましていた。
そのまま○○を囲みながら、無言で小一時間程のにらみ合いを続けたが。
普段起きる時間が近づいてきた辺りで、輝夜があごを動かしたり身振り手振りで、何かを指図してきた。
○○を起こさないように、全員相変わらず無言のままだったが。輝夜がその動きで何を言いたいのかは大体理解は出来た。
埒が明かないから、全員一斉に外に出ようと言いたいようだった。
この提案。残念ながら、素直に飲む以外の選択肢は全く妥当ではなかった。
二人との実力差云々もあるが。てゐをこちらの味方として勘定出来ない以上、何かしでかせば三人がかりでねじ伏せられるのが落ちだろう。
それ以上に、事を起こせば○○の安眠を妨害ししまう。何か動きを見せると言う選択はするつもりがなかった。
輝夜の提案に、永琳は勿論だが鈴仙とてゐもこれと言った反意を見せずに。輝夜が立ち上がったのに倣って、皆静かに部屋を後にした。
部屋から出るてゐの顔が、苦虫を噛み潰したような顔だったので。多分、てゐも鈴仙と同じような事は考えていたのだろう。
永遠亭に戻って来ても、相変わらず輝夜永琳の二人が独占気味な事に。色々据えかねるものが合ったが。
妥協して普通の付き合い方や戯れ方ををするのも。これもまた腸の煮えるような思いで居続けねばならないだろう。
あの日だって結局、○○は朝食が過ぎた時間になっても姿を見せなかった。
当然の事ながら、起きた後は輝夜に連れられて、彼女の部屋で過ごしていたようだ。
永遠亭への帰還後。鈴仙はようやく○○と風呂も含めて、寝食を共にする事は何度かあったが。
毎回毎回、輝夜と永琳が傍らでにらみを利かせて。
どこで情報を仕入れてくるのか知らないが、そんな状況でも多少良い雰囲気になったら。
「てゐも混ぜるウサ!!」と乗り込んでくるのが常だった。
正直な話、四人いっぺんにやると。一人分の割り当てが少なくなってしまうので、軽く欲求不満だった。
輝夜と永琳のにらみが利いているため、○○を虐める事ができないから。その不満の度合いは想像以上に大きかった。
何度致しても、真のお楽しみの前段階にも入れていないのだ。
しかし、欲求不満なのは鈴仙だけではなかった。
○○もまた、被虐嗜好の不完全燃焼はおろか。燃えるための火の粉や燃料すら与えられていない。
その心労からなのか布団の上での目付きが、何だか遠くを見ていたり。不意に永琳やてゐ、そして鈴仙に何かを訴えかけるような眼差しを送ったりしていた。
そこで、永琳は○○を虐めない虐め方をするのに鞍替えをしてしまったのを肌身で感じてしまい。
明らかに全身の力が抜かして、脱力してうな垂れていた。
○○が向けるそのまなざしの意味。鈴仙には痛いほど分かる、だけれども。
分かっているのだが、何も出来なかった。傍には輝夜や永琳がいる。とてもじゃないが、真っ向からは戦えない。
(まだよ、鈴仙・・・まだその時ではないわ・・・!)
奥歯に蓄積されていく力を感じながら。それと共に奥深くから込みあがるものを、懸命に抑えるばかりであった。
奥深くから込みあがる物を抑えながら。その日の鈴仙は、永遠亭内を歩き回っていた。
決起の時に備え、永琳が仕掛けた罠のうち、せめて目に見えるものは確認しようと思い立ったのだが。
とてもじゃないが空で覚えきれるような量ではなかった。
「・・・増えてる?」
「鳴子だけでも・・・間違いなく三割増し以上は増えている気が・・・・・・」
記憶の中にある庭の風景に比べて。今の庭は、更に混沌としていた。
前よりも更に、色々な物がごちゃごちゃとしている。
そんな気がすると言う玉虫色の言葉ではなく。はっきりと断言できたので、思い違いなどでは無さそうだった。
今では鈴仙は、永遠亭の見取り図を片手に、屋根に上り。とりあえず鳴子の位置を書き記して行っていた。
屋根に上って書き物を行う鈴仙の姿は、非常に目立っていた。
イナバ達は見上げるだけで、通り過ぎてしまうので特に実害はないのだが。
永琳に見つから無い様にという部分では、細心の注意を払っていた。
いつ永琳が弓矢を持ち出してくるか。いつ射られないか、ヒヤヒヤ物であったからだ。
とは言え縁側から見るのに比べて、屋根から見下ろした方が遥かに見やすいのは事実だった。
それぐらいの危険を冒す価値がある為、屋根から下りると言う事はしなかった。
「もう庭に入り込める隙間なんて存在しないわねぇ・・・」
輝夜ほど風流を解さない鈴仙でさえも。溜め息が出るくらいに、庭内には鳴子と繋がり、踊らせる為の縄が張り巡らされていた。
低空飛行や上空からの襲撃も警戒しているのか。足元だけでなく、背の高さ以上のところにも縄が何本か巡っていた。
妹紅は鈴仙に話したとおり、今は里に住まう慧音の家に厄介になっている。
永琳はもちろんの事だが、輝夜もそれなりにまだ妹紅の動きは気にしていた。
しかし、流石に里のほうに監視役のイナバを常駐させる事は、隠れ場所もないし体面的にも憚られるので。
イナバ達がお使いがてら、慧音の自宅をそれとなく確認するに留まっていた。
それぐらいの方法でしか、確認出来ないため、情報の価値としては参考程度にしかならないのだが。
それでも、妹紅が慧音の家から出て行ったような雰囲気は感じられないそうだ。
竹林内の妹紅の自宅も放置されているらしく。窓から覗き見た限りでも、室内にこびりついた血しぶきが乾いて。かなり酷い事になっているようだ。
なので、随分静かな日々が続いていた。
輝夜も意外そうに「一回くらいは来ると思ってたんだけどなぁ」と漏らすぐらいであった。
ある日の事。この日も輝夜永琳鈴仙てゐの四人が○○を囲っていたのだが。
一息ついた折に、輝夜が窓から見える罠だらけの景色を見て、盛大な溜め息をついた。
「ねぇ、永琳・・・正直な話。風流もへったくれもないこの風景、何とかならない?」
そこまで風流を解さない鈴仙やてゐですら、閉口する程度に酷い有様なのだ。
輝夜の視点に立てば、正直耐えられないと言っても良かった。
やりすぎ感のある防衛策にも、妹紅の襲撃直後は多少多めに見ていたが。もう流石に良いんじゃないかと。この席で、輝夜は永琳にはっきりと伝えた。
しかし永琳は「安心させる為に、敢えて何もしてこないだけかもしれません!」との主張を頑なに曲げず。
次の日には、針の穴程度の心配事でも見つけてしまったのか、何がしかの細工を施している永琳の姿が見えた。
最近では、妹紅の為と言うのは方便とまでは行かないが。全体の理由の半分程度にしか過ぎず。
もう半分の理由は。警戒している鈴仙の逃げ場や行動範囲を奪う為ではないのかとすら思えて来
た。
しかしながら、永琳の言う、安心させるための~。と言う推測は、実際の所大当たりだった。
実際はかなりの薄氷を踏んでいる事に、今更ながら気づかされた。
そうでなくても、全く警戒の手を緩めない永琳には非常に骨が折れる思いだった。妹紅への警戒心の高さの余波なのか、今の永琳はかなり目ざとく神経質に、細かい部分まで見ている。
妹紅に手渡された例のお札は。畳の下に隠しておいたが、それでも不安になるくらいであった。
「外からの襲撃はまず無理・・・・・・妹紅さんは来れそうにないわね」
となると、あのお札。あれの使いどころが相当重要になってくるな。
そう思いながら、頬杖をつきながら漫然と庭内を見下ろす。見取り図に書き込む手はもう完全に止まっている。
真面目に書こうと思ったら。もっと大きな図面に、物凄く細い線で書き込まなければならない。
持ち運べる程度の大きさの紙程度では、紙面が真っ黒に染まってしまう。
やはり、妹紅の言ったとおり。何がしかの仕掛けを作動させて。件のお札をどこか目立つ所に貼り付けて、二人を永遠亭から遠ざける。
これが一番現実的な方法だった。妹紅にしても、ある日いきなり輝夜と永琳が襲撃してきても、喜んで乗りかかってくれると言う後ろ盾が合るだけに。
といっても、そこに至るまでの道筋はこちらが考えなければならないのが、最大の難点だった。
輝夜と永琳。二人を同時に出し抜かなければならないからだ。
仕掛けや罠を何か仕込むにしても。どのような物を、何処に仕込めば良いか。
そもそも、あの二人を出し抜く
そのような事を、あーでもないこうでもないと。思いあぐねている鈴仙の後ろに、1人の人影が合った。
しかし、考え事に夢中の鈴仙は、後ろを取られた事に気付けないでいた。
「どう?鈴仙。閑静とは言い切れないけど、今の段階でも結構自信作なのよ」
結局、永琳が声をかけるまでずっと。気付かないままだった。
突然聞こえた永琳の声に驚いた鈴仙は危うく屋根から転び落ちそうになった。
「し・・・師匠!いつの間に!?」
「結構前からよ」
威圧感を備えながら鈴仙を見下ろす永琳の持ち物には、愛用の弓矢があった。
「安心して、存分にやりなさいな鈴仙。藤原妹紅相手なら矢でぶっ刺すけど」
そう言って、矢筒から一本の矢を取り出そうとする永琳の姿を見て。冷戦は血の気が引いた。
仮に死なないにしても、何日かは動けなくなるような怪我を負わされるかもしれないから。
逃げようと思ったが、屋根の上で逃げ場がない。
「貴女には、鏑矢で勘弁してあげるわ」
しかし、鈴仙の恐怖感を嘲笑うかのように。永琳は背負った矢筒から、普通の矢ではなく。
笛のような音を鳴らす、鏑矢を取り出し眼前に突きつけた。
「刺さらないから、普通の矢よりは致命傷にならないでしょうけど・・・」
「ええ、痛いわよ。何処に当たっても」
視界一杯に広がる鏑矢の先端を見ながら。鈴仙はこの鏑矢が自分の頭にぶち当たる最悪の想像をしていた。
何処にいようが、どんな逃げ方をしようが、どんなに波長を弄ろうが。永琳ならば苦もなく頭に当ててくるだろう。
「怖い?」
「そりゃもう、滅茶苦茶」
ある程度覚悟はしていたが、やはり臨戦態勢でいる永琳の威圧感は凄まじかった。
目を合わせているだけでも、精神力がガリガリと削られていくのが分かる。
気付かれずに後ろに立っていた事と言い。実力の差と言う奴を、まざまざと見せ付けられていた。
「だからって、諦める気もないのよね。」
「ええ、勿論」
言葉尻は強気だったし、本心では合ったが。内心では怯えきっていた。
分かってはいた事だが、対峙した瞬間負けが決まるような相手に目を付けられているのだなと。
その絶望的な力の差にむしろ笑いすらこみ上げる始末だった。
「そろそろ昼食よ貴女も早く来なさい・・・・それから、余り妙な真似続けるなら、また仕事量増やすわよ」
ほんの一瞬ではあったが。そうしたら、色々と細工をする機会が生まれるかもしれないなとは考えたのだが。
折角ありつけた○○さんと触れ合う時間。これをまたかなぐり捨てるような真似をするのも、中々容易には決断できない。
細工や暗躍をするならば、仕事量を増やされた方が結果的にはいいと分かっているのだが。
どうしても、目先の小銭を気にしてしまう。
「どうぞ、ご自由に」
強気な口調とは裏腹に、鈴仙の心中は不安定なままであった。
「どうしてこうなった!!」
次の日。鈴仙は背中に大量の荷物を背負いながら、里で置き薬の配達を行っていた。
最終更新:2012年08月05日 22:20