無論、このぐらいで諦めてしまう鈴仙などではなかった。
○○とのふれあいの少なさから来る、禁断症状にも似た空虚感も合ったが。
その空虚感こそが今の鈴仙の頭を、そして体を突き動かす原動力にもなっていた。
ここ数日鈴仙は、里からの帰り際はいつも時間をかけて思案をしていた。
腰をかけるのに丁度良さそうな、手頃な石もみつけた。その上に座り両手で頭を抱えながら静かに。微動だにせずに考えをまとめていた。
燃え盛る心中とは真逆の、出来るだけ穏やかな嗜好を心掛けていた。
ここで激情に駆られながら考えをまとめても、上手くいかないと思ったからだ。
考えをまとめているときに、ふとてゐのことを思い出した。
てゐは、定期的に不気味なぐらいに静かで姿すら余り見かけない時期がある。
そう言えば最近声も姿も見ていないな。そう思った少し後に、大体何かやらかしている。
きっとこの時期に、てゐは考えをまとめて。完全にまとまった所で実行に移しているのだろう。
目の前の愉悦に心踊らされて、馬鹿みたいに騒いだ所で上手くいくわけが無い。
きっとてゐはこの事を分かっていたのだ。
悪戯の目標にされやすい鈴仙にとっては、かなり癪だったが。今はてゐのやり方を参考にさせてもらう事にした。
良いものは良い、例え最初に使っていたのが誰であろうと。意地で使わないでいるのは、結局自分が損をする。
癪に感じる心は、こうやって無理矢理押し止めていた。
「・・・これで行こう!」
何か妙案が閃いたのだろう。頭を抱えて微動だにしなかった鈴仙が急に立ち上がっり、恍惚とした表情を見せた。
「師匠ぉ、見ていて下さいよぉ・・・・・・!」
小さな声で、いやらしくニヤつきながら。鈴仙は今回一番の敵である、永琳の事を考えていた。
彼女を出し抜けると思うと、心がはやるからだ。
しかし、高笑いといった大きな声は出さなかった。余りはしゃぎすぎては冷静な頭を維持する事ができないから。
なのだが、体は大きく左右に揺れていた。物凄く楽しそうに。
「やっぱり・・・握りこぶしよりも、張り手の方が雰囲気も出るし、○○さんと触れ合える面積は大きいわよね」
やっと○○を虐められるのだと思うと、どうしても体だけでなく息遣いも上気する。
「くふっ・・・・うふふふふふ」
やると決めたのならば、一分一秒でも早く実行に移したかった。
だが、ここは落ち着いて一日時間を使い万全の体制で臨みたかった。
輝夜と永琳、二人の冷静さを奪う切り札とも言えるお札も、まだ畳みの下に隠したままだったから。
それに妹紅にも明日決行すると伝えておきたかった。多分、予告無しでいつ来ても大丈夫だろうが。縁回しは重要だろう。
そう思い、もと来た道を引き返し里へと戻ってきた。
行き先は勿論、妹紅が居を移している慧音の家だ。
「妹紅さーん。いますかー?」
慧音の自宅の戸を叩く前に。勿論寺子屋の様子は確認した。幸いな事にまだ授業中だった。
もし確認せずに戸を叩き。妹紅ではなく、上白沢慧音が出てきたら。なんと誤魔化せば良いか分からないからだ。
恐らく彼女は、妹紅が永遠の生からやってくる苦痛を紛らわせる為に行う、輝夜との死闘。
これに余り良い印象を抱いていないだろうし。
イナバ達の話では、最近の妹紅には慧音の家から外出した気配が無いと言う。
だから、多分いるはずなのだが。
叩き続けるのも失礼なので、二三度叩いた所で止めにしていたが。
一分以上過ぎると、流石にもう一度叩こうかなと思わざるを得ない。
そのまま待ち続けて、更に三分ほど時間が経ったか。流石にもう一度戸を叩いた。
「妹紅さーん!いますかー!?」
先ほどよりも強く、そして大きな声で。
今の音と声で、ようやく妹紅が気付いてくれたらしく。おくのほうから誰かがやってくる物音が聞こえてきた。
しかしその物音は、歩く際に出てくるような音ではなかった。
ズリッ、ズリッっとした。地面を這うような物音だった。
「今開ける・・・だから帰るなよぉ・・・永遠亭の兎」そして妹紅の声も聞こえてきた。
やはり、この物音の主は藤原妹紅が発していると見て間違いないようだ。
しかし、たって歩かずにはって動いている今の妹紅に。鈴仙は幾ばくかの不安を感じた。
布団から起き上がれないほどに悪い精神状態ならば、輝夜との死闘果たしてまともに行えるのだろうか。
そして多分、今回の死闘には永琳も出てくるだろうし。出て行ってもらわねば困る。
なのに、こんなにも精神状態の悪い妹紅が相手では。這って動く位に体の方にも支障をきたしている状態では。
十数時間戦い続けるような熱い戦いは、全く望めないではないか。
ガンッガタンと、壁や戸に持たれかかるような音が玄関越しの外にまで響いて来る。
どうやら本当に立って歩く事が困難なようだ。
鈴仙の顔に渋面が映し出されるには十分すぎる事態であった。
そのまま玄関扉の向こう側で、モゾモゾと動く音が聞こえてきた。
鈴仙が扉を叩いてからもう三分以上経過していた。
妹紅がどの部屋にいたのかは分からないが。何処にいたとしても、三分以上かけなければ玄関に辿り着けないと言うのは明らかにおかしい。
(これ・・・絶対大丈夫じゃないわよね)
失望感と、そんな気分からやってきたふら付く頭を片手で小さく抱える。
ついでに大きな溜め息も1つ。そこまでの動作を終えてから、ようやく玄関扉が開け放たれた。
開いた扉の先には、グッタリと壁に体を預けている藤原妹紅の姿が合った。
顔色も当たり前のようによくは無かった。目の下のクマは色濃く、頬も少しやせ衰えている気がした。
「・・・・・・大丈夫なんですか?何かとてもじゃないけど戦えるような雰囲気には見えないんですが」
「ああ、無理っぽいな。今のままでは」
本題に入る前に問うた鈴仙の疑問に対して、何の反論も見せずに全て肯定した。
「いや・・・・・・少しは反論位してくださいよ」
もう駄目かもしれない。最後の最後で裏切られた気分だった。
頼みの綱が、輝夜と永琳を釘付けに出来る数少ない存在が。
輝夜と永琳相手なら率先して弾幕の雨に飛び込んでくれる、多分唯一の存在が。この有様である。
「秒単位で何回も殺される妹紅さんの姿が、脳裏に簡単に映し出されます」
「あはは・・・そうだね、”今”のままじゃそうなるね」
今、と言う部分だけ明日からが篭る口ぶりだった。その含みのある言い方に、頭を抱えていた鈴仙の視線が妹紅に戻る。
「何か策でも?」
「リザレクション」。輝夜と戦う寸前にやるから大丈夫」
妹紅の顔は、それ以外の何があるの?とでも言いたいような顔つきだった。
「リザレクション後ってさぁ、気持ち良いんだよ。心身ともに超健康な状態にまで戻してくれるから」
「何で今やらないんですか?」
その質問に、何かずれがあるなとは鈴仙も十分感じているが。
所詮、無限の命を持つ蓬莱人と、有限の命しか持たない鈴仙の間では。根底の部分で絶対に相容れない感覚が存在するだろうから。
なので、深く追求する事はなかった。
「・・・・・・実は慧音の見てないところで、一回やったんだ」
「リザレクション直後は、もう何でも出来るくらい元気だったけど。一時間もすれば・・・また気分が落ち込んで・・・」
「今回のは・・・何か・・・・・・特にきつい・・・」
話しているうちに、また悪い感情が思い起こされたのか。
壁にもたれかかる程の気力まで失せたらしく、ズズズと地面にへたり込んでいく。
へたり込む妹紅はブツブツと、よく聞き取れない大きさの声で口を動かしていた。
「リザレクションすれば大丈夫なんですね?私は明日の夜に実行しますから、宜しくお願いします」
また狂乱状態に陥っても困るし、今回は妹紅の家ではなく上白沢慧音の家だ。
狂乱状態に落とし込んだ元凶と思われなどしたら、面倒くさい事この上ない。
なので、言いたい事だけ伝えて帰ってしまう事にした。
家主である慧音が帰ってくるまでこの状態でも、多分妹紅は自分の事は言わないだろう。
それくらいの損得勘定は期待できそうだったから。多分問題はないだろう。
どちらにせよ、妹紅の手を借りる他無いのだ。たとえ思惑がはずれ、リザレクション後も気分が優れなくても。
輝夜と永琳の鬱憤をぶつける為の的くらいにはなってくれるだろう。
「妹紅に何をしている!!」
しかし、物事が悪い方向に回っているときは。得てして、より悪くなるような巡り会わせをする物である。
「最悪だぁ・・・・・・」怒鳴られた瞬間、そんな鈴仙の心中が口からこぼれ落ちた。
誰に怒鳴られているのかは、すぐに分かった。
恐怖で後ろを振り向けないが、その必要が無いくらいに間違いのないことだから。
上白沢慧音以外の誰がいる。
目を閉じて歯を食いしばりながら、何を言っても切り抜けれる可能性も無いのに。
必死で弁解の言葉らしき物を考えようとした折に。鈴仙は自分の体がグイっと真後ろに、思いっきり引っ張られる力を感じた。
遠慮の無いその勢いに、尻をそして背中を思いっきり打ち付けた。
追い討ちを警戒して、咄嗟に両腕で防御の体制をとったが。追加の攻撃は何一つなかった。
これ幸いとばかりに、後ずさりをしながら起き上がると。
鈴仙の視界には、不思議な事に慧音に追いすがる妹紅の姿が合った。
逆ならば分かる。慧音が倒した鈴仙など気にもかけずに、妹紅の元に駆け寄るならば自然だろう。
だがこの光景は。妹紅の方が慧音に何かを嘆願しているような雰囲気だった。
「頼む・・・慧音、これが・・・あいつと戦える多分唯一の方法だから」
「あいつがしばらくは楽しめないって言ったんだ・・・だから本当に、今行っても戦ってくれない・・・だからあの兎と手を組んだんだ」
目に見て感じた通り、妹紅の話す言葉も嘆願の様相が存在した。
「しかし・・・だな」慧音の目は鈴仙と妹紅の間を何度も行ったり来たり。
鈴仙の事を訝しいと感じる表情と、妹紅の事を案じる表情。その二つが半々といった、複雑な表情を浮かべていた。
「頼むよ慧音。あの兎にそっぽを向かれたら、あいつといつ戦えるようになるか。本当に分からなくなるんだ・・・」
妹紅の口から頻繁に出てくる“あいつ”蓬莱山輝夜の事と考えて間違いないだろう。
その蓬莱山輝夜こと“あいつ”との戦い。それの長期間のお預け宣言を、妹紅は輝夜から食らったようだ。
何となく、気付いたら長いこと戦ってないな。と言った程度なら一月でも二月でも問題なく過ごせたはずなのに。
意識的に戦わずにいる事が。妹紅の精神を酷く不安定にさせていた。
永遠を生きる物が、同じく永遠を生きる物からのそっぽを向かれる事を。妹紅はそれに酷く怯えていた。
仮に、ふとした時に輝夜の事を思い出して癪になったとしても。ちょいと乗り込めば良いだけの話だ。
しかし、今の輝夜は妹紅が不意に乗り込んだとしても。絶対に相手をしてくれない。
それが腐れ縁を通り越した付き合いの妹紅には分かるから。駄目元で乗り込む事もしなかった。
どうせ永琳辺りに打ち落とされるのがオチだ。その様子をきっと輝夜は下卑た笑いを浮かべながら
見ているだろう。
そんなのは真っ平ごめんだった。そんな無様を晒せば、輝夜の態度を更に硬化させるだけだろう。
「・・・・・・私じゃ駄目か?私じゃ代わりにはなれないのか?」
口元を何度か開け閉めをして、少し迷った態度を見せた末に慧音は言葉を発した。
輝夜の代わりが自分では無理なのかと。
「えっ・・・あ・・・・・・・・・うぅ・・・」
妹紅にだって、痛いほど分かる。慧音の心中は。
その心中を普段は言葉に出さないだけで。いつも内包している事ぐらいだって、分かっている。
だけれどもいざその事を問われてしまうと。狼狽するしかなかった。
そんな筈は無い。蓬莱人じゃないから無理だ。
照らし合わせれば、酷く矛盾した二つの言葉が妹紅の頭の中を駆け巡っていた。矛盾しているくせに、二つとも正しいのだから性質が悪すぎた。
「う・・・うあぁ・・・・・・」
慧音の服を掴む妹紅の手が、そして体が。ガクガクと震えだす。
その変化に慧音の表情に“失敗した”と言う後悔の感情が強く映し出される。
「すまん、妹紅。残酷な質問だった」
そう言って慧音は妹紅に謝るが。妹紅の狼狽が、蓬莱人の業から来る物がその程度で収まるはずは無い。
相変わらずガクガクと震えながら、そして両の目からは大粒の涙をボロボロとこぼしながら。
妹紅はただ静かに、慧音の顔を見つめていた。
すっかり蚊帳の外に置かれた形になった鈴仙は、逃げる事も声をかける事もできずにいた。
ただ慧音が急に心変わりして、自分に襲ってこないか。それだけを警戒して、構えを解かずに立ち尽くすだけだった。
「・・・すまん」
そう言って慧音が自分の胸に妹紅を抱き寄せた。
そうして妹紅の視界に慧音自身の顔を映らなくした、その次。
慧音の顔が一気に、とてつもない殺意の篭った顔つきに変わり、鈴仙の方向を向いた。
そのまま顎をしゃくりつつ声を出さずに口だけ動かし、何かを指示してきた。
さっさと帰れ。
言葉を発していないはずなのに、鈴仙の脳裏にはそんな慧音の怒りと殺意の満ちた声が。確かに聞こえた。
慧音の言うとおり、さっさと帰る事にした。
もしこの場に妹紅がいなければ。例えば、泣き喚きながらどこかに飛んで行ってしまったりなどしていたら。
実際には起こっていない、仮定の話なのに。背筋が凍る思いだった
妹紅のことは多少。最初の約束どおり動いてくれるかどうか心配だったが。鈴仙は計画を実行する事にした。
「くぬっ・・・ふんっ!!」
永琳の癇に障ってしまったために、鈴仙はまた○○と一緒にいられる時間を削られてしまった。
追い詰められて行動を起こさざるを得ない、と言う側面も多分にあるのだが。
いささか行き当たりばったりな面も感じながら。今鈴仙は、永遠亭の裏手周りを囲う外壁を気張り声を出しながらよじ登っていた。
「舐めるんじゃ、ないですよ・・・うおりゃ!」
てゐに比べれば、ある程度舐められていたと言うのは鈴仙自信強く感じていた。
しかしそれは、鈴仙に対して考える時間と行動の隙を与える事にも繋がっていた。
この利点、鈴仙は有り難く使わせてもらっていた。
しかしながら。舐められていると言う事実に、鈴仙としても多少自尊心が傷つかざるを得なかった
その鬱憤を、息みと一緒に漏らしながら。懸命によじ登っていた。
今頃永琳は、○○と輝夜の部屋に居所を移しているだろう。もしかしたらてゐも乗り込んでいるかもしれない。
それを考えると、外壁を掴む手にも更に力が篭った。
「待ってて・・・下さいね・・・・・・○○さん」
夕ご飯も終わり、今頃は気だるい時間が流れているだろう。
そして輝夜の部屋では、更に気だるい時間が流れている事だろう。
いつもならば。まだ計画が練られていない時ならば、仕方なく輝夜と永琳の監視下で○○を戯れただろう。
だが今夜は違う。それを考えていると、外回り中もニヤニヤが止まらなかった。お陰で里の人間には気味悪がられたが。
「はぁ!よし、上りきった!!」
上りきった壁の頂上から、鈴仙は永遠亭の裏手を眺め渡す。
「やっぱり・・・師匠ったら、自分の回りは完全に無防備じゃない」
予想通りの光景だった、その光景に思わずほころんだ顔を見せた。
顔をほころばせたその理由は、何もなかったからだ。
鈴仙が上っていた○○と輝夜がいる部屋とは真反対の外壁。そこが何処に近いかといえば、永琳の処置室に近かった。
その場所には、鳴子等の永琳お手製の罠は何もなかった。
何か事を仕込むには、これ以上無い程の好条件に恵まれていた。
「うっふっふふ・・・自分は何がきても迎え撃てる自信があるから、ここは何にも手を加えてないんでしょうけど」
「ハナッから、真正面で殴りあうつもりの無い私にとっては好都合この上ないわ」
鼻歌を歌いながら、敷地内に降り立ち。上機嫌な面持ちで地面に降り立った鈴仙。
そして迷うことなく永琳の処置室へと、窓から入り込んでいく。
「お邪魔しまーす」
ただ言っているだけ。むしろ何となく小ばかにした入室の挨拶だった。
「さてと・・・何処に仕掛けようかしらねぇ・・・・・・」
そういいながら懐から取り出したのは・・・妹紅から渡された例のお札だった。
「・・・・・・何で鈴仙は来ないのかしら」
輝夜は○○を膝枕させながら頭を撫でたりしていても、何と無しに腑に落ちないような表情をしていた。
「てゐは・・・?何故てゐの事は気に掛けないのですか?」
てゐに比べて、鈴仙の事を少し舐めていた永琳は。○○の足を丹念に揉み解しながら質問をした。
「てゐの事は大丈夫、私以外の者にやらせてるから」
永琳の疑問に、何もしてないはずが無いでしょ?と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべながら輝夜は答える。
「流石です、姫様。私の知らない所で色々と動いていたようで」
その様子に、さほど驚くまでも無く。当然のような受け答えをした。むしろ何もやっていない方が、悪い意味で驚くだろう。
笑いあう輝夜と永琳。二人とも○○が今何を求めているか、十分に分かっている。
分かっていて、敢えて何もしない。むしろ思いっきり優しくする。
被虐嗜好を抱える○○にとって。被虐思考に気づかれながら、優しくされる。これが最も残酷な虐め方だった。
笑みを浮かべる輝夜と永琳に比べて。○○の表情は、どこか諦めた風だった。
まだ諦めていないわけではないが、今日はまず間違いなく無理そうだったから。
せめて、鈴仙かてゐでもいてくれたら・・・あの2人はまだ諦めていない風だったから。希望ぐらいは感じられたのに。
もうこのまま寝てしまおうかな。そう思って、目を閉じて少し経った時だった。
永遠亭を、謎の轟音が駆け抜けた。
「何!?」
「私の処置室の方向ですね・・・見てきます!姫様と○○はここに居て!!ここは絶対に安全だから!!」
突然の轟音、その大きな音にイナバ達の混乱状態に陥った悲鳴が聞こえてくる。
しかし、輝夜と永琳は冷静だった。
永琳はすぐに轟音の正体を確かめに。輝夜は驚いて飛び起きた○○を、守るように抱きかかえた。
「大丈夫よ・・・○○。永琳の言うとおり、私の部屋なら何が来てもへっちゃらだから」
口調こそ優しかったが。その奥に普段は○○には見せない、戦う時の姿がうっすらと透けて見えるような気がした。
轟音から数分経った。永琳が走り去った方向から、誰かの足音が。
とてつもない勢いで走る音が、輝夜の部屋に向って来た。
ただならぬ気配が音ですぐに分かるような荒々しい足音だった。その足音が聞こえてすぐに、輝夜は○○の眼前に立ち、身構えた。
何が来てもすぐに迎え撃てるようにだ。
「姫様ああああ!!!」
「永琳!?何が合ったの!!?」
その少し後に聞こえてきた永琳の。○○が今まで聴いたこともないような怒りに満ちた大きな声。
聞き知った従者の声に、輝夜は多少構えを解いたが。永琳の怒声にただならぬ事態を感じ、声色と表情には緊張感があった。
「姫様!!」
輝夜と○○のいる部屋に戻ってきた永琳は。背中に矢筒、手には愛用の弓を持った臨戦態勢であった。
しかし、酷く興奮していた。いつもの冷静さが、部屋を飛び出したときまでは確かに合ったのに。
今では欠片も存在していないのではないか。
「ちょっとあの女!燃やしてきます!!」
そして前振りも無く“あの女”と言う抽象的な表現。普段の永琳ならば絶対に使わないような分かりにくい表現だった。
「あの女って?」
「これが私の部屋にありました!!」
怒り心頭に輝夜の前に叩き付けたのは。あるお札だった
そのお札。○○にとっては始めてみるが、輝夜にとってはもう何度も目にした物だった。
「・・・・・・妹紅ぉおお!!」
そう、藤原妹紅の持ち物であった。
それを見た途端。今まで冷静だった輝夜も、冷静さを失った顔付きに変化した。
「姫様!落ち着いてください!あの女は私が燃やします!!姫様はここに!」
輝夜に落ち着けとは言っているが、当の永琳に落ち着きが微塵も残っていなかった。
「では、行って参ります!!」
そのまま永琳は輝夜の部屋の縁側に合った障子を乱暴に開け放ち。物凄い速度で夜の空に消えていった。
「・・・そうね。二人まとめて行っちゃったんじゃ○○を守る役がいなくなるわ」
永琳を見送って多少、いつもの息が戻ってきたか。
「○○。アイツは永琳に任せましょう。さっこっちに・・・・・・―危ない!!」
座って、○○を自分の方に招き寄せるようとするが。
その言葉を言い切る前に、○○を自分の方向に浴びせ倒すように転がした。
転がされながらほんの一幕見えた輝夜は、何か光を放っていた。丁度藤原妹紅と言う者が、屋敷に火をかけた時の様に。
「・・・・・・輝夜?」
節々の痛みに耐えながら起き上がり、輝夜のほうに声をかけるが。
ワナワナと震えるだけで、言葉を返してくれない。そんな輝夜の足元には、永琳が叩き付けたオフだと同じ物の残骸が舞っていた。
「・・・永琳の部屋だけじゃなくて、○○を直接狙うなんて」
握りこぶしを作り、体の震えを更に大きくするくらいに、輝夜は怒っていた。
「私も行くわ!アイツだけは私がこの手で焼き尽くす!!!」
そう言い残して、輝夜もまた縁側から永琳と同じく物凄い速度で。夜の闇に消えていった。
「何が起こったんだ・・・?」
○○は全く事態が飲み込めないでいた。
ただただ、縁側に出て輝夜と永琳が消えていった。夜の闇の向こう側に目を凝らすだけであった。
轟音で混乱状態に陥ったらしいイナバ達の声も、今では聞こえなくなって、シンと静まり返った永遠亭の姿が合った。
しかし、余りにも静か過ぎる。もしかしたら、イナバ達は永遠亭の外に逃げたのかもしれない。
「○○さん」
部屋でじっとするのとどっちが安全だろうか・・・判断に迷っていると、横の方から声が聞こえてきた。
「鈴仙さん・・・・・・良かった」
鈴仙の姿に、○○は安堵の溜め息をついた。
流石にこの静けさの中、1人では心細かったからだ。
「○○さん、ここにいれば安全ですよ・・・・・・だから」
ニコニコ顔で近づいてくる鈴仙なのだが。何か違和感を覚えた。
恐怖の類の物ではないのだが・・・そのニコニコ顔。何か場にそぐわない気がした。
「・・・・・・だから」
鈴仙は○○の目の前で立ち止まった。近づいてきてやっと分かったが鈴仙の顔も、目も。
とても、愉しそうだった。
「だから・・・何です?鈴仙さん」
立ち止まったきり、言葉を発しなくなった鈴仙に。○○は問いかけるように声をかける。
鈴仙の目はジッと、○○の全身を嘗め回すように見ている。
その目の使い方に、背筋にゾクリとした。それでいて心地良いものが走った。
鈴仙の目が○○の全身を何往復か嘗め回すように見た後。最後は顔で固定され、生唾を飲み込んだような喉の動きを見せた。
そして―
鈴仙は○○の頬を。思いっきり引っぱたいた。その瞬間の顔は、○○にも始めて見せるような愉悦の顔だった。
「だから、しばらく私と遊びましょう?○○さん」
最終更新:2012年08月05日 22:21