頬を、それも思いっきり、しかも何の前触れも無しに引っぱたかれた○○は少し呆けてしまっていた。
一体何が自分の身に起こったのか。一発はたかれただけでは、よく理解する事ができなかったのだ。
「どうしました?○○さん。意外と鈍いんですね、まだ何が起こったか分からないなんて」
クスクスと、何となく小馬鹿にしたような表情を鈴仙は作っていた。
引っぱたかれた頬の痛みに対して、ようやく頭の方が認識し始めた頃であったから。
いつもの感覚にも正直な反応を示せるようになってきた。

鈴仙の作ってくれたその表情に対して、○○は確かに感じた物があった。
自分が求め焦がれていた感覚が、である。


「鈴仙さん・・・?」
○○の口角の端が少しつりあがる。その吊り上利方から描き出された○○の表情を、一言で表すとしたら。
愉悦、であった。

「ああ、良かった。○○さんが想像以上に鈍くて、私が何をやっているのか気付いてくれなかったらどうしようかと思いましたよ」
そう言っている鈴仙の顔は、顔こそはいつものニコニコ顔なのだが。言葉の端々や抑揚に、隠しようのない棘が満載であった。


「○○さんが、かなりきつめの。被虐嗜好と言う特殊性癖持ちだって事知ってるんですよ、私」
随分今更な感じではあるが。こうやって面と向かれて、はっきりと自信の内面を把握している事を告白されたのは始めてであった。
「いい笑顔ですねぇ・・・」鈴仙は言葉でグリグリと○○の内面を軽くいたぶっているだけだったが、効果は抜群だった。
「へ・・・えへへ・・・・・・」頬を引っぱたかれた上に、思いっきり馬鹿にされているはずなのに。○○は締まり無く笑っていた。

「何でそんなに笑えるんですかねぇ・・・思いっきり引っぱたかれたのに」
鈴仙はそんな締まり無く笑う○○の頬を。最初は撫でさすっていたのだが。
「さっき私がはたいた所、赤々と滲んでますねぇ・・・」
段々と指でつまむようになり。
「ああ・・・すべすべ・・・○○さんの肌って本当に綺麗で・・・・・・ああ、もう!傷つけたい!!」
徐々に爪が食い込むようになり。じんわりと赤い物が滲み出すようにもなったが。
「凄い。まだ笑えるんですね!」
そこまで傷つけられても、まだ○○は悦べた上に笑う事ができていた。
「ふっ・・・ふふふ。有難うございます・・・・・・あの、鈴仙さん」
「もう一発はたいてほしいんですか?」
鈴仙の言葉に○○はコクコクと、何度も頷いていた。
その様子に鈴仙はニンマリとした笑みを浮かべ、○○はその様子に内心では飛び上がるほど悦んでいたのだが。

鈴仙はパッと、頬を思いっきりつねっていた手を離してしまったのだが。
それはその後また一発。強烈な張り手を寄越してくれる為に離したのだと、好意的に解釈していた。
最初はそう思っていたから。○○は頬をつねる痛みがなくなっても、気体に満ちた顔で次を待ちわびていたのだが。

十秒、二十秒・・・遂には一分以上たっても。○○が望むような強烈な一発はやって来なかった。

「あの・・・鈴仙さん?もう一発、はたいてくれるんじゃ」
何だか不安になってきてしまい。少々オロオロとしながら、もう一発はどうしたのですかと聞くが。
鈴仙はそれでも黙ったまま、ニコニコとしているだけであった。○○がオロオロした様子になってもまだそのままであった。
そのニコニコ顔は本当に嬉しそうな表情ではあったのだが。○○は、自分のオロオロする姿を見て、ニコニコしている様に思えてならなかった。

「○○さん。もう一発、はたいて欲しいですか?」
「もちろん!お願いします!」
この状況を、先に動かしてきたのは鈴仙の方であった。
そして、○○は鈴仙の出してきた質問に対して。即答でもう一発はたいてほしいとお願いをしてきた。
今の今まで、虐めてくれないと言う虐められ方をしていた○○にとっては。鈴仙もそちら側に鞍替えしてしまったのではないかと考えてしまい。
必死に願い、乞うていた。

「対価が必要です。何もせずにやって上げる訳無いじゃないですかぁ」
「何でもします!」
欲しいなら何かしろ。と言う交換条件に対しても、○○は二つ返事で首を縦に振った。その顔は希望に満ちていた
何か条件を解決すれば、また虐めてもらえるのだ。
一方的に、絶対に虐めない宣言をされているに等しかった、今までの状況に比べれば。十分すぎるほど恵まれているからに他ならなかった。

「何をすればいいんですか?」
虐めてもらえる為に、解決しなければならない条件を問うてくる○○。
きっと池に飛び込めと言えば、履物も履かずに縁側から飛び降りて直行するくらい。傍から見てもやる気に満ちていた姿であった。

そんな○○に鈴仙は何をしろというでもなく、ただ黙って。少し上あごを持ち上げて、自分の唇の辺りをトントンと叩いた。
その仕草に。○○の方はすぐに何をすれば良いのかと、当たりをつけることはすぐに出来たのだが。
どんな難題を吹っかけてくれるかと。楽しみにしていた○○からすれば、少々拍子抜けと言う印象を受けた。

「早くしてくださいよ、○○さん」
鈴仙はもう一度、自分の唇の辺りをトントンと叩いた。
「あの・・・これって、口づけをしろって事ですよね?」
「そうですよ。一体何を考えていたんですか、○○さんは?」
「いえ・・・なんか簡単すぎるなと思って」
「嫌なんですか?私と口づけするのは」
「いや、そんな事!ある訳無いじゃないですか!」

言いながら。少し意地悪な質問かなと思ったが。
言った瞬間大慌てで誤解を解こうとしてくる○○の姿に。鈴仙の心が少しばかりときめいた。
こういう肩透かしを食らわせるようなやり方もアリなのだと。1つ発見する事が出来た。


「じゃあ、お願いします」
「はい・・・失礼します」
○○は再度促され。しずしずと鈴仙と口付けを交わした。

輝夜と永琳の目の届く反意でも。口付けくらい、当たり前だが毎日のように行ってはいた。
しかし、それは全て鈴仙の方からであった。○○の方からした事は一度も無かった。
輝夜と永琳の監視の合った状態では、○○は生ける屍に片足を突っ込んでいた。
その為口づけをしても、戯れても、行くとこまで行っても。どうにも○○の反応が微妙と言う他なかった。

しかし、今回は違う。
目の前に餌をぶら下げられているとは言え。○○の方から、自発的にやって来たのである。
何とか鈴仙の機嫌を良くして、更に虐めてもらおうと言う。そんな必死さが如実に現れるような動作であった。
大分屈折した目的ではあるが。鈴仙の目に映る、今の○○のこの生き生きとした様子は非常に嬉しかった。

「・・・・・・ふぅ。はい、よく出来ましたね○○さん」
「それじゃあご褒美をあげましょう」鈴仙の屈折の仕方も大概ではあるが。


辺りに、良い音が響き渡った。
「有難うございます!!鈴仙さん!」音が響き渡ると同時に、○○は鈴仙に対して感謝の言葉を投げかけた。

気を効かしているのかどうかは分からないが。挨拶代わりのときにはたいた方とは反対側の頬をはたいて上げた。
一発目よりも更に勢いを付けた平手打ちだったので。○○は思わずよろけてしまった。
そのままの進路を取れば、縁側から庭先に落ちてしまう。
それ程高くは無いが、擦り傷や捻ったりなどで怪我をしてしまうには十分であった。

「危ない!」
そう言うのは求めていないのである。
普段の生活に支障が出るような傷や怪我を負わせずに。最大限、肉体的にも精神的にも虐める。
そこに極上の悦びが存在すると。鈴仙は信じて疑わなかった。

今宵三度目の。○○が頬を平手打ちにされる、良い音が響き渡った。
○○が倒れていく方向を、庭から部屋の中へと軌道修正する為にはたいたのである。
「ぐぇ!」
室内の畳に打ち付けられる○○は、何か声を発していたが。
はたかれて右へ左へと揺れ動いている時も。そして畳みに打ち付けられている今も。
○○の顔は・・・とても良い、愉悦の笑顔であった。

「あああ!ご、ごめんなさいっ!○○さん。今、かなり危ない目にあわせてしまって!」
本当に、心の底から申し訳なさそうに離船は謝罪しているのだが。
「ふへ・・・ふへへ・・・・・・」○○はいささか夢心地であった。

「・・・鈴仙さん」しかし、その夢心地を持続させる為の頭は。きちんと動いていた。
「はい・・・何でしょうか」
「申し訳ないと思ってるなら・・・次は私の希望通りにいたぶって下さい!」
「・・・・・・はい?」どうやら、業の深さでは○○の方が少し上を行っていたようだった。


「・・・駄目、ですか?」
呆気に取られる鈴仙の姿に、希望が受け入れられないのではと。
そう危惧した○○の姿は、怯える小動物のように保護欲をかき立てられる物があった。
最も、この場合。虐めてやる事が○○に対する最大の優しさと言うのが、アレな所であるのだが。

小動物の様な雰囲気をかもし出した○○の姿に。鈴仙は再び惚れ直してしまった。
「わ・・・分かりましたっ!○○さん!!○○さんの希望どうりに・・・」
「いや!○○さんの予想を上回る愉悦を与えれるように!この鈴仙・優曇華院・イナバやってやろうじゃないですかぁ!」
「有難うございます!鈴仙さん!!」
握りこぶしを作って高らかに宣言する鈴仙お姿に。○○はパァッと表情を明るく一変させ、キラキラした目で鈴仙を見つめた。
その姿に。鈴仙はまた心の琴線を激しく爪弾かれるのが分かった。

「さぁ!何がして欲しいんですか、○○さん!!言わなきゃ分からないから早く言いなさい!!」
○○の指示通りに、鈴仙が○○を虐める。確かに鈴仙は○○を虐めているのだが・・・“○○の指示通りに”という部分。
この前提条件のせいで。鈴仙と○○、お互いの攻守がある部分でだけそっくり入れ替わってしまった趣さえあるのだが。
二人とも興奮状態である為、気づく事は無いであろう。


「そうですね・・・・・・何が良いかな」
「早く!早く!!」
迷った素振りを見せる○○に対して。鈴仙は辛抱出来ずに、ペシペシバシバシと○○の頭やら肩やら頬をはたき出した。
当然だが、連続ではたかれ続ける○○の表情は。とても気持ち良さそうで、晴れ晴れとしていた。
そんな○○の明るい表情を見ていると、鈴仙の方も気持ちよくなって来る。
はたかれる方も、はたいている方も。どちらも、とても明るい表情をしている。振り下ろされる平手は、結構な速さと強さなのに・・・・・・
一種異様な空間が出来上がっていた。


「早く!早く言いなさい!!」
このまま勿体付けていたら、鈴仙は沢山自分の事をバシバシとはたいてくれるだろう。
ヒリヒリとした痛みを感じながら。それも良いなと思ったが、それは少し鈴仙に悪い気もした。
それに鈴仙の気が悪い方向に向いて「もう知りません!」と言う風になり。虐めてもらえなくなるのは一番困る。

「逆さ吊り!鈴仙さん、逆さ吊りにしてください!!」
なので、頭の中に浮かんでいた候補のうち直感で思った。出来る限り苦しくなれそうな方法を選んで口に出した。
「逆さ吊り!分かりました、それで良いんですね!じゃあ一緒に縄から探しに行きましょう!!」

鈴仙が○○の手を取り。二人とも軽やかな足取りで永遠亭の奥のほうへと消えて行った。
逆さ吊りに必要な縄を探しにいくその姿。目的さえ知らなければ、とても仲睦まじい男女の姿でしかなかった。
「鈴仙さん。逆さに吊ったら私の事、思いっきり揺らしてくださいね」
「分かりました、○○さん!ゲロ吐いて泣いちゃうくらいにやっちゃいますよ!」
見かけ上は、とても微笑ましい物であるが故に。その会話のせいで、とてつもなく異様な雰囲気となってしまっていた。

手頃な長さの縄を探す時も、見つけて部屋に戻る時も。鈴仙と○○、二人は仲良く手を繋いでいた。
輝夜と永琳が屋敷を飛び出したのを見て、永遠亭の方には最初の轟音以外の変化は無い。
その様子にある勇敢なイナバが、1人で屋敷に戻ってきたのだが。不幸な事に荒縄を仲良く持ち運ぶ鈴仙と○○の姿を見てしまった。
幸いな事に2人は、理解が追いつかず能面の表情を浮かべるこの勇敢なイナバに気づく事は無かった。
イナバの方も、下手に関わるべきでないと言う生存本能の訴えに従い。すぐに永遠亭を後にした。

ついでに外で待つ同僚イナバ達にも、しばらく戻らない方が良いと伝えてしまった為。
まだしばらくの間、永遠亭は二人の城状態であった。
ここでイナバ達がチラホラと戻って来ていれば、多少は自制が効いたかもしれないが。それはもう望めなかった。


「さて、と。○○さん」
中々趣深い輝夜の部屋には、明らかに不釣合いな。無骨で愛想が極端に存在しない荒縄が放り投げられた。
○○はこの荒縄を何処に通せば良い塩梅に、逆さ吊りになれるだろうかと。
ワクワクとしてそれでいて必死の面持ちで室内を見回していると鈴仙が声をかけた。
「○○さん。私は見ていますので、一人で作ってくださいね」
別に作業を手伝っても良かった、と言うか手伝った方が間違いなく早く終えれるだろう。

しかし、ただ手伝うだけと言うのも味気なかった。なので、お預けとまでは行かないが何か命令を出した。
「ふぅ・・・よっこいしょ」
手伝わないとだけ宣言した鈴仙は。手頃な座布団を引っ張り出して、完全に観察及び休憩の体勢に入ってしまった。

○○は一瞬“えっ?”と言うような表情を浮かべたが。
座布団に座りながら、ニコニコ顔ではなくニヤニヤ顔で。見守っているんだか悪戦苦闘する姿を楽しみたいのか。
そういう本意のよく分からない顔で○○は見つめ続けられていると。
その顔が徐々に、先ほどの面食らったような顔から、愉悦の笑みへと変化していった。

「分っかりましたぁ!!」
色々と昂ぶっているのか、妙な抑揚をつけた返事で。○○は意気揚々と準備を始めていった。
自分をいたぶるための仕掛けを自分で作る。防衛本能から言えばとんでもない矛盾をはらんでいる行動だった。
そんな矛盾だらけの行為行動に嬉々として取り組む○○。


「お……おお、早いですね……」
追い込まれると発動する、火事場の何とやらに似ているのかどうかは分からないが。
鈴仙の舌を巻かせる位の早さであった事は確かだった。
梁に通した荒縄を結わえ付ける際は、タンスを使おうとしたが位置取りが不満らしく。思いっきり引っ張って行き、望みどおりの位置にした。
一体何処からこんな力が出てくるのか、甚だ感心するばかりであった。

そして、想像以上の速さで準備を終えた○○は。鼻歌何ぞを歌いながら、荒縄の端を自分の足に括りつけている。
本当は悪戦苦闘するであろう○○の姿でも眺めながら、何度も失敗するであろう姿を見ながら。
そんな姿を見ながら、鈴仙はニヤニヤするつもりであったのだが。すっかり当てを外された格好となってしまった。
しかし、それでも何処かに良いものは転がっている物である。
ルンルン気分で表情も明るい○○の姿を見ていると。自分の気持ちも明るくなってくる。
今の姿を見ていると。先の命令は少し意地悪だったようにも思える。
○○がお預けを食らった期間を考えれば、手伝ってあげるべきだったかなと。
と言う反省する心が半分。もう半分は○○の生き生きとした顔を見て、煩悩が全開で心ここにあらずだった。
その生き生きとした顔が、逆さ吊りになるとどうなるか。
いつの間にか鈴仙は斜め上を向きながら、おかしな笑い方をしていた。

「あの……鈴仙さん。お願いがあるのですが」
「えっ……! ああ、はい。何でしょうか○○さん」
上気してうへへと笑っていたものだから。肝心の○○の様子をしっかりと把握していなかった。
なので○○は、大丈夫かなぁと言う表情を浮かべてしまった。

「そこの荒縄、思いっきり引っ張ってくれませんか?」
「はいはい。待ってて下さいねぇ○○さん」
締まりの無い顔を見られて、多少恥ずかしかったのか。少し慌てるように、○○が指差した荒縄を思いっきり引っ張った。
「おおう!!」
力いっぱい引っ張ったので、○○の体は景気よく宙に舞い上がった。
勢いが良かった物だから。宙に上がるだけではなく、前後左右と様々な方向に揺れていた。
「ああ・・・回る回る。頭が、それに血も上る」
ぶらぶらと揺れ動き。三半規管が滅茶苦茶に刺激されて、正直気持ち悪いはずなのだが。○○はとても嬉しそうに笑っていた。

「ふふ・・・うふふふ」
笑いながら目を回す○○の姿を見ていると、鈴仙も自然と笑みがこぼれてきた。
笑みと共に心も昂ぶっていき、荒縄を持つ手にも力が入った。
「○○さん、もっと激しく動かしましょうか?」
「お願いします!」
相変わらずぶらぶら揺れ動きながらも。更なる責め苦が欲しいの乃質問対しては素直に、そして即座に答えることが出来ていた。

「じゃあ行きますよぉ!そらそらそらぁ!!」
梁を支点にされた荒縄が、鈴仙の掛け声と共に前へ後ろへ。勢いよく交互に動いている。
当然、その荒縄の先にある○○の体も。急上昇と急降下を何度も繰り返していた。
「あああ……世界が回る」
○○の体に繋がった縄を引っ張ったりするのは楽しかったが。直に○○と触れ合っているわけではなかった。
○○の嬌声は聞こえるが、それだけでは鈴仙が物足りるはずが無い。

「よっと」
なので引っ張っていた縄をタンスに引っ掛けて、○○の目の前に移動した。
縄を引っ掛けた後も、多少は慣性でユラユラ揺れ動いていたが、まぁまぁご満悦の様子だった。

「中々ご満悦のようですね、○○さん。私はまだ全然ですけど」
「うへへ・・・あぁ、鈴仙さん」
縁側に立った鈴仙は○○の顔をがっしりと掴み、揺れ動くその体も無理矢理抑える。
○○の目の方は揺れていたせいか、いまいち焦点が合っていなかった。

「らい……じょうぶですよ、鈴仙さん」
「それは良かった」
だからもっとやって下さい。口には出していないが、目は確かにそう言っていた。

「私もこんな物では終わりたくありませんし。お預け食らって欲求不満なのは私もなんですよ」
そう言って、また鈴仙は○○の頬をつまんだ。
今度は最初から、爪を思いっきり食い込ませるような力具合で。更に上下左右にかき回しながら。
「おおー、柔らかいですね○○さんの頬って。思ったより伸びてくれて気持ちいい」
逆さ吊りで、頭に血が上りながらも痛みの方は割りと鮮明なようで。○○は嬉しそうに笑っていた。
頭に血が上って、意識が朦朧として、目の焦点がどんどん定まらなくなっているが。
痛みに対して感じる快楽の部分だけは、まだ正常に動いているようだ。

「うりゃ」
伸ばすだけ伸ばして手を放した頬からは、皮膚に波模様の波紋を浮かべさせて。
爪が食い込んでいた部分からは、一回目よりも更に多くの赤い物を滲み出させていた。
勿論、その一部は鈴仙の爪の中にも入り込んでいた。
鈴仙はその爪先から溢れた物をペロリと舐め取り。
無くなったらまた頬から少量、指にこすり付けるようにふき取りそれを舐めた。
こんな回りくどいやり方より直に頬に溢れる物を舌で舐め取った方が、より悦ぶだろうと言うのは簡単に想像できた。
それでも、多少の意地悪な思いが。鈴仙に直球勝負では無く変化球で攻めようと思わせていた。

直球が来ない○○は肝心な所に手が届いておらず、むず痒いような面持ちであった。
ただし、鈴仙も○○同様。同じくむず痒い状態ではあった。
○○が嘆願してくるのが先か、鈴仙が根負けするのが先か。ちょっとした我慢比べの様相をはらんでいた。


「うふ……うふふ、ふ」
鈴仙は何回か○○の頬に触れて、その手や指を舐め取った。
我慢の限界が近いらしく、指を丁寧に舐めとりながらもその視線は○○の顔に固定されており。体も少し震えていた。
○○の方は、逆さ吊りである事が心の支えになっているのか。鈴仙に比べればまだ多少は安定していた。

「ああ、もう!我慢とか別に良いやぁ!!」
先に我慢をやめたのは鈴仙の方であった。ガバッと○○の顔面に肉薄して、ベロンと頬に下を這わせた。
生ぬるい温度を持った舌の感触に、○○の表情にまた恍惚とした物が浮かび上がった。
惜しむらくは、それが浮かび上がる瞬間を冷戦が見れなかったことか。

結局鈴仙は、○○の両頬を丹念に舐めふき取ってしまった。
「あーもう、やっちゃったなぁ」
そうは言うが。鈴仙の顔には、別に悔しさとかそういう類の感情はなかった。
あるのは愉悦の笑みだけだった。勿論舐め取られた方の○○も、それに負けず劣らずの、とても良い笑顔であった。


「あの、鈴仙さん」
根負けして欲望に忠実になった鈴仙を見て、○○はまたお願いをする事にした。
「何でしょうか?○○さん」
「蹴ってくれませんか。場所は何処でも良いので、思いっきり」
「勿論!喜んでやりますよ!!」
我慢比べをする気がなくなった鈴仙は、○○のお願いに即座に良い答えを返してくれた。


「何処を蹴ろうかなぁ~」
ルンルン気分で逆さ吊りになった○○の全身を、舌なめずりするように吟味していた。
吟味の途中も、○○の体を揺さぶる事を忘れておらず。それがとても嬉しかった。

何週か○○の体の周りを回った後。鈴仙はその動きを○○の正面で止めた。
そして顔をジィッと見つめてくる。○○はもしかしたらと思い、期待に胸が高鳴った。
「……顔に一発。良いですか?」
そしていくらかの間のあと、鈴仙の口から○○の望みどおりの言葉が紡ぎだされた。

「勿論!さぁ、思いっきり下さい!お願いします!!」
「やったぁ!!」
○○からの色よい返事を貰い。鈴仙は拳を天に突き上げて喜んでいた。


「ふへ……ふへへへへへ」
○○の為に渾身の、最高の一発を食らわせるために。鈴仙は何度も何度も、素振りならぬ素蹴りをして練習していた。
「鈴仙さん。一発と言わずに何発でもどうぞ。修正は蹴りながらやって下さい」
しかし、待ちきれない○○は。鈴仙が行う素蹴りの時間さえ惜しかった。
練習でも、多少満足の行かない蹴りでも良いから。とにかく早く欲しかったのだ。
修正はそのつど行う方向で構わなかった。
「んじゃ、んじゃ、最初は普通に。足の平をめり込ませるようなやり方で」
「どんと来い!!いや、来て下さい!!」





○○の視界一杯が、鈴仙の足裏で埋め尽くされようとしていた。
鈴仙は今まさに、○○の顔にこの足裏を思いっきりめり込ませようとしていた。
「行きますよぉ!」
鈴仙の下半身に力が篭るのが分かった。そしてバネが縮むように、振りかぶるならぬ蹴りかぶった
足が少し後方に移動した。
もう数秒もたたぬうちに伸縮された足のバネが開放され、○○の顔にめり込むだろう。
たった数秒先の事なのに。○○には一日千秋のような気持ちであった。


足の伸縮が終わりを向え。鈴仙の足が○○に狙いを定めるのが分かった。
そして、遂にその瞬間が。
足に溜まった力が○○目掛けて開放される瞬間。それが来ると○○が思った時。○○の耳に、甲高い音が入ってきた。
その音の後、鈴仙の体が横に吹っ飛んでいった。
横に吹っ飛び、消えた鈴仙の姿の変わりに。○○の目の前には鏑矢が一矢、カランと音を立てて
落ちてきた。




多分鈴仙の体が、遠くの縁側をのた打ち回る音が聞こえた。
「頭があああ!!!」
その少し後に鈴仙の悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴すらかき消すように、甲高い音が○○の前を通り過ぎた。
「ぐぇっ!」
音が通り過ぎた後に、鈴仙の断末魔とも取れる悲鳴が聞こえた。それから鈴仙はのた打ち回る事も、悲鳴や呻き声を発する事もなかった。
代わりに、甲高い音がやってきた方から。ドタドタと走り寄って来る足の音が聞こえてきた。

「○○!!」
そして聞こえてきた永琳の声。この声で、○○は全てを悟った。
負けたのだと言う事を。

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最終更新:2012年08月05日 22:22