妹紅が自分を助けたのは、決して気まぐれなどではない。何か見返りを求めての事、それぐらいの事てゐは分かっている。
「しまった・・・お前の立場を確認していなかった。おい、確かてゐだったな。お前は鈴仙とか言う兎と同じ立場か?」
「同じ立場だから、あんな目に合ってた」
しかしながら、輝夜の堪忍袋の尾を比較的容易に切れる人物が、始めから思いっきり乗り気と言う事。
乗らない手がある物か。

鈴仙と同じようなやり口というのが、多少なりとも気にはなるが。
絶望的な戦力差を埋めれて、また乗りかかってくれそうな存在が残念ながら妹紅ぐらいしかいないのも事実。
「お前の所の姫様の従者……アイツが急に帰っちまったからな」
バ輝夜も早く終わらせたがってたし……どうにも消化不良で」
「何か、気づかれたみたいな事を鈴仙が言っていたけど」
「あー……やっぱり。バ輝夜が色々聞いてきたけど、無視して戦ってたのが不味かったんだろうなぁ」
同じ方法だという事で気に掛かる部分は、計画をよく練る事で区別すればいい。

「ああ、そうだ。昨日の勝敗、輝夜はどう思ってるんだ?」
「一応勝ったみたいな事を言ってるね」
前夜の勝敗についての輝夜の考え方を述べると、妹紅の顔が一気に強張った物になった。
世間話の延長と思って、素直に話してしまった事を悔いるしかなかった。
「ちょっと待て。確かにリザレクションの回数は私が86回で輝夜が52回だけど」
そして、聞いてもいないのに何か弁明を始めた。逃げたかったが肩をガッシリと掴まれてしまっているので無理だった。
「でも、私の分のうち35回は二対一の時に入った点数だから・・・正直この部分は勘定に入れるのはおかしいだろ」
だって二対一だぞ、不公平じゃないか。と言う旨の言葉を矢継ぎ早にてゐに投げかけていた。
妹紅の言葉が正しければ、二対一の時にたたき出された35回と言う数字を引けば。
輝夜と妹紅。一対一での勝負でのリザレクション回数は、妹紅が51回で輝夜が52回。ギリギリ勝っている計算になる。
だから必死になっているのだろう。
「ああ、うん、うん。そうかもね」
ただてゐからすれば、非常にどうでも良い事であった。なので生返事を浮かべる以外は無かった。


その後何分か、妹紅は自分の正当性を主張して。一応勝っているのは輝夜ではなく自分の方だと強く。
とにかく強くてゐに対して言い聞かせようとしていた。
「あのさ……痛いから、肩離して」
具体的に何を言っていたのかなど、てゐは当然の事ながら頭には入れていなかった。ただ話の隙を見つけて、肩を放させないとなぐらいしか考えていなかった。
「おっと、すまんすまん」
てゐの指摘に肩は放してくれたが。
「まぁ立ち話も何だから、家に来いよ」
次は腕を掴まれてしまった。招くと言うよりは拉致に近い形だった。


妹紅の家は多少掃除がなされたらしく、見れる程度にまで汚れは取れていた。
しかし目をこらせば妙な染みが壁のあちこちに点在している。更に帰ってくるなり窓は全開にまで開けて、部屋のあちこちには消臭剤らしき小物。
それらを見ると、何となく鼻先に鉄っぽい匂いがするような錯覚すら覚えてしまう。

「さてと、何も無しじゃ悪いし。茶でも入れるよ」
「いや、それは良いから」
茶なぞ飲んで、多少なりともまったりとしてしまったら。ただでさえ長そうな妹紅の輝夜に対する愚痴がまた再燃しかねない。
「紙と、何か書く物貸してよ。話すより書いた方が早いし説明もしやすいから」


「なるほどね・・・・・・こういう風に通れば良いのか」
「最短で通れば、途中で一個くらい鳴らしても多分間に合うはずだよ。書いてない分も大量にあるけど、それは無視して行けば良いと思うよ」
てゐは紙に何かを書いては妹紅に見せていた。妹紅はその内容に対して目を皿にして凝視していた。
「何で輝夜の部屋の周りは鳴子が少ないんだ?」
てゐが髪に書き出している内容とは。永遠亭の庭内に張り巡らされた、罠の見取り図であった。
鈴仙は、自分が引き起こした轟音などを妹紅がやった物だと勘違いさせようとした。
しかしながら、妹紅は実際に何が起きたのかを詳細には知らない。それが不味かったのだ。
だからてゐは、襲撃の役目も妹紅に任せる事にした。てゐは効率的な道順を教える、いわば裏方に徹する事にした。

「姫様がね、部屋からの風景に風情もへったくれも無いって言って。殆ど外させたんだよ」
まぁ、アレは半分くらい鈴仙を警戒しての物だったしねぇ。と思ったが、それは関係ないので口には出さなかった。
「戦うのは、永遠亭から出来るだけ離れてね。じゃないとこっちが物凄くやりにくくなるから」

「はんっ。舐めてくれるね、輝夜。先制点は貰ったよ、絶対燃やす」
「……姫様の部屋は燃やさないでね。○○は体の方はただの人間と大差ないからさ」
多分顔付きが一気に変化したのだろう。妹紅に忠告するてゐの顔を見て、一瞬だけたじろいだ風を見せた。



「んじゃ、必要な事は伝えたし、もう行くね。あんまり遅いと姫様にどやされるし、やりたい事もあるから」
嘘ではないが、一番の理由は妹紅の輝夜への愚痴話が長そうだからに他ならない。
一回目は立ち話だったが、部屋に腰を据えてしまっては皿に長くなるのは必定だろう。
「じゃ!襲撃の時、楽しみにしてるから」なので、妹紅の顔もろくに確認せずに、履物を履いて一目散に外へと駆けて出た。




「たっだいまぁ…・・・」
妹紅の家を飛び出して、ついでに里の方で買い物を済ませ、それを隠すまでやったのだが。案外早く帰ってこれた。
それは良いのだが、監視役のイナバ達に見つからないかの部分は、非常にドギマギしていた。
「あら、早かったわねてゐ」
それに比べれば、輝夜と喋っている方がドギマギせずに済む。
「あれ、姫様珍しいね。出迎えてくれるなんて」
数が多くて、張り付いた笑顔で迫ってくるイナバ達に比べれば。その笑顔の裏に敵意を隠さない輝夜の方が、遥かにマシであった。
お互い相手を敵と認識しあっているから不気味じゃないし、非常に分かりやすく心労も溜めずに済む。

「イナバ達が急に怯えながら帰ってくるものだから。どうせ妹紅に絡まれてたんでしょ、てゐは大丈夫だったの?」
大丈夫も何も。てゐにとって妹紅は、数少ない協力者なのだ。恐れる必要性が無いし、監視をサボっていたからどやされた経験も無い。
「二対一は卑怯だー昨日勝ったのは私だーって喚いてたよ」
「あっそう。何が卑怯よ、失礼しちゃうわ」
「……で、てゐ。あんたは妹紅と何か話したの?」
わざわざ出迎えてくれた最大の理由はこれ以外には無いだろう。
鈴仙の次に行動を起こすとしたら、起こせるとすれば、もうてゐしかいない。

「姫様がらみのことだと、沸点が低くて参ったよ」
「あはは、そうよね。あの子って結構激情家だから。私絡みだと特にそうみたい」
「で、てゐは妹紅と何を話したの」
しつこいな。口にこそ出さなかったが、多分顔には色濃く出ていたはずだ。
輝夜だって分かっているはずなのに、てゐがそう素直に話してくれるわけが無い事ぐらい。
「教えてよ~減る物じゃ無しに」
うりゃうりゃと、肘を当てながら催促するが、てゐの口は堅かった。話せば話すだけ、それに比例した量の“機会”が減ってしまう。
肘で体を小突かれて、ユラユラと揺らされながら。どんな言葉を使って乗り切ろうかなぁと考えていた。
きっと輝夜は、てゐから面倒くさいなと思われている事に対して、自分の悪戯心を満足させているのだろう。


「うーん……何と言うかねぇ。あんまり受け答えしても向こうを燃え上がらせるだけだし……」
「正直、殆どの場面で適当に相槌を打ってただけだから。会話らしい会話をやってないんだよねぇ」
てゐからの答えに少し吟味したような顔を輝夜は浮かべた。
「……まぁ、良いわ。どうせまともな答えは期待してなかったし」
苦しいかな、と思いながら表情を確認していたてゐの顔にも。幾分か安堵の色が宿る。


「ねぇ、姫様」
てゐを弄るのにも飽きたのか。背を向けて行ってしまおうとする輝夜に、どういうわけかてゐの方から声をかけた。
「何?意外ね、このまま話を終わらせるかと思ったのに。てゐの方から声をかけるなんて」
輝夜の言うとおり、余りダラダラ話を続けた所でてゐにとって利益は無いに等しい。
頭で考えている事を悟られては、後々の行動に制限が掛かってしまう。それでも、一言だけ言っておきたいことがてゐにはあった。

「一言だけ、言い残しておきたいなと思って」
「○○はさ……見た目で分かるとおり、物凄く真面目だから、抜き方を知らないと思うんだ。鬱憤が溜まりきったら、多分訳の分からない爆発の仕方すると思うんだよね」
てゐにとっては、この忠告はただの想像でしかなかった。それは分かっている、それでも今の状況を見ていれば、何か1つ小言ぐらいは言いたくなる。

「それはそれで面白いじゃない」
最もお姫様である輝夜には、永琳意外からの小言など。蛙の面に小便を引っ掛けた程度でしかなかった。
「……どう動くか分からないって、物凄く怖い事だと思うんだけどなぁ」
とは言うが、永遠を生きている蓬莱人には。大概の事はもう見聞きしてしまった事柄なのだ。
予測不能な事に対する恐怖よりも、好奇心の方が遥かに勝る。そんな顔を輝夜は浮かべていた。
「……もう良いウサ」
爛々と輝く輝夜の顔を見て、てゐは諦めて向こうに行ってしまった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年08月05日 22:24