(もう良いや、逃げよう。とりあえず永遠亭の外に)
てゐは怒りに身を任せるよりも、怒りの発生源から遠ざかる事を選んだ。
「あっ・・・!逃がすかっ!!」
足の速さには自信がある。輝夜との追いかけっこになったとしても、ただの追いかけっこなら逃げきる自信はあった。
「待ちなさぁい!!私はまだ満足してないのよ」
「危なっ、と言うか熱!かすってもいないのに熱い!!」
残念ながら、てゐの判断基準では。蓬莱の枝まで持ち出してくるような手合いが相手の場合は、追いかけっこではなく。
命を賭けた、本気の逃走劇としか判断できなかった。
輝夜が蓬莱の枝を持ち出してくるだけあって、一発一発に込められた魔力やら何やらと言った。
それら種々の諸々が、少しばかり洒落にならない分量で、一発一発の弾にしっかりと込められていた。
段々と体がこなれて来たのか。輝夜が弾を放つ感覚はどんどん短くなり、一度に放つ量も増えていき。
放つ弾の密度が、弾幕と呼べるような代物になるまで。それ程長い時間は掛からなかった。
そこまでやってはいても、輝夜の目標としている先にてゐに手を上げさせるという部分は忘れていないらしく。
全体で見ればかなりの密度の弾幕がてゐを襲っているように見えるが、上手い事てゐの周りの密度は抑え目に。
繊細な体捌きを必要としない程度の密度に止めていた。
つまり輝夜の中では、ここまでやっていてもまだじゃれあいの範疇と、少なくとも輝夜は思っていた。
「うおおお!!」
最も、第三者がこれを見て、意見を求められたとすれば。十中八九、てゐが輝夜に殺されそうになっていると答えるであろう。
(あ、これ、ヤバイ。殺されるかも・・・・・・)
「うふふー待ちなさーい」
殺すつもりは全く無いが、蓬莱人の妹紅とばかり遊んでいた為、少々力の配分を忘れてしまっているようだった。
てゐは命の危機を感じるが、輝夜はまだ遊んでいるつもりなので、笑みすら浮かべ、それが更にてゐの恐怖を煽る。
(やっても良いよね、殺らないと殺られる状況だよね、これ。と言うか殺りたい!!)
てゐの中で輝夜に対する殺意がむくむくと成長を続ける。
輝夜は自分の命に対する感情がいささか希薄な蓬莱人である。妹紅との度重なる死闘を経て、その希薄さは輪をかけて酷くなっていた。
死んでしまったところで、妖精の達の言う一回休みと、それ程大差はなかった。
それを思えば(もう良い、一回殺す!じゃないとこっちが死ぬ!)てゐが輝夜を害する決意に至るのに、それ程高い関門は無かった。
「し、ぐぇっ!」
やる気になったのは良かったが。妹紅との度重なる死闘で力の加減を忘れているに加え。
輝夜は永琳ほど強くは無かったが、てゐと比べれば数段以上は格上。
つまりは、正面からぶつかり合うようなまともな方法では。てゐと輝夜では勝負にならない。
てゐが反転して、逃げから輝夜の方向を向こうと切り返すほんの一瞬。その一瞬の切り替えし動作を行う為の間を、てゐは読み違えてしまった。
輝夜の放った弾幕のうち一発を、てゐは真正面から受け止めてしまった。
「やっば・・・・・・今凄くいい音したわよね」
宙を舞うてゐを見ながら、当てるつもりの無かった輝夜は少しだけ慌てた。
本当にほんの少しだけ。不味そうなら今から里に行って、永琳に見せれば良いや位の軽さで、やばいなと思った。
てゐは宙を舞いながら、己の戦闘能力の低さを悔いるばかりであった。考えてみれば、鈴仙を永琳の部屋から逃がしそうになった時と言い。
間を読み違えて、今まさに宙を待っている今回と言い。
罠やら何やらに引っ掛ける事には自身があったが、こういう正攻法での解決方法は不得意であった。
地面に打ち付けられながら、何故か紅白の巫女や黒白の魔女を思い出していた。あの時も、まぁまぁ酷い負け方をしたような気がする。
「ごっ、ばっ!ぐぇ!!」
食らった弾の勢いがよほど良かったのか、地面をゴロゴロと転がる勢いは中々減らなかった。
竹林にでも突っ込めば、手近な物の根元にぶつかって無理矢理止まれたのだろうが。
残念ながら走るのに楽な、竹が伐採された道を選んでいたので、それも叶わなかった。
無駄にゴロゴロと長い距離を転げまわる物だから。てゐの体には生傷がどんどん増えていった。
「・・・・・・あれ、これもしかして。私思いっきりやらかしちゃった?」
小さくなっていくてゐを見ながら、珍しく輝夜が冷や汗のような嫌な感触を全身に感じた。
「てゐー!!ごめーん!!!やりすぎちゃったー!!!」
遂には声も聞こえなくなった位でようやく、追いかけた方が良いわよね、と言う心の声を聞き。転がっていくてゐを追いかけた。
「ぐぇぇ・・・・・・うぅ、全身が痛い」
毒殺、撲殺、絞殺、刺殺・・・・・・何が良いだろうか。全身の痛みや口の中に感じる血の味と共に、てゐは輝夜のことを可能な限り殺してやると誓っていた。
「てゐー!!ちゃんと生きてる!?」
流石に心配して近づいてくる輝夜の声を耳に感じながら、死なないだろうけどまずは一発殴ろうとも。
「てゐ、首絞めないで。怒ってるのは分かったから、ちょっと本気で苦しい」
殴りたいとは思っていたが、全身の痛みが酷くて殴る事は叶わなかった。しかし幸運な事に輝夜は自分を背中におぶってくれた。
なので、首を絞めることにした。惜しむらくは痛みで腕に上手く力が入らない事で、輝夜の意識を昏倒させるには至らない点か。
輝夜の首を絞めるくらいの元気があるようなので。里にいる永琳の所には連れて行かず、永遠亭にある消毒薬やらで簡単に済ませる事にした。
またてゐの方も、永琳のところに行くかと輝夜に問われたが。別に良いと答えた。
妹紅がいつ来るか分からない以上、安易に永遠亭から、○○の傍からは離れたくなかった。
ただ、輝夜も同じような事を考えていたのか。
里に行くかと言った時の、ちょっと不味ったかなと言う顔と。別に良いと言った時の安堵した顔で、二重にイラットした事だけは確かだった。
だから、輝夜の首を絞める手に力がこもらない事が、口惜しくて仕方が無かった。
「「「あっ・・・・・・」」」
てゐが無言で輝夜の首を絞めて、輝夜がそんなてゐの手を何度もはがしている折に。2人はある人物とすれ違った。
永遠亭の方向に飛んでいく藤原妹紅であった。
出合った瞬間てゐも輝夜も、そして妹紅も。短く声を出した。その声が綺麗に合わさったとほぼ同時に、妹紅は一気に速度を上げて輝夜を振り切った。
「・・・・・・不味い!てゐ、悪いけど後は自分の足で歩いて!!」
「痛ったぁ!」
輝夜はというと、何故妹紅は自分を見て立ち止まらずに、振り切るように永遠亭に向ったのだろうか。
そんな事をぼやっと考えていると、○○の姿が頭に浮かんだ。
○○の姿が頭に浮かぶのと、時を同じくして。ぞわっと全身を駆け巡る悪寒が輝夜を襲った。
輝夜の位置からは見えていないが・・・・・・この時、乱暴に降ろされ尻餅をついたてゐはにやりと笑っていた。
「妹紅!!それだけは、絶対にさせないわよ。それをやって良いのは、私だけなんだから!!」
いささか乱暴にてゐを降ろした後、輝夜は妹紅を猛追した。
ある事柄について確証は無いが、確信はしていたからだ。妹紅が○○の被虐嗜好に気づいていると言う点についてだ。
鈴仙が、妹紅との密会を果たした。それは先ほどてゐも確実に行っていたはずだ。
ここまでやって、知らないはずが無い。○○の事に関してを。
妹紅は間違いなく自分を怒らせにかかるはずだ、自分が何回も何回もそうしたように。
永遠亭を、特に永琳を侮辱されれば腹は立つ。しかし、永琳には侮辱された借りを自分で返すだけの実力がある。
だから、腹が立ったとしてもそこまで激烈には来なかった。
しかし、○○は違う。輝夜にとって、○○は保護の対象だった。
何処まで行ってもただの人間である○○はとてもか弱い存在だ。それをあの妹紅が、手を出さないはずが無い。
輝夜を怒らせる事は、輝夜が死闘に積極的になりやすい言う事。
輝夜との死闘が、ほぼ唯一の。友人達と違って、未来永劫消えてなくなる心配の無い。
心躍らせる愉悦とと感じている妹紅が、手を出さないはずが無い。
「○○っ・・・・・・!」
「遅かったな、輝夜」
一目散に、わき目も降らずに、必死になって輝夜は○○がいる自分の部屋に駆けた。
だが、遅かった。思考の渦に捕らわれたり、てゐを降ろしたりする手間の無かった妹紅が、輝夜よりも早いのは至極当然の事だった。
○○は障子の下敷きになっており、更にその障子の上に妹紅が座り、更なる重みを加えていた。
「あははは。自分が遅れてきたのを棚に上げて、怒ってるのか?輝夜」
「う、る、さい!!○○は私の物なのよ」
「○○を一番好き勝手にして良いのは私だけなのよ!!勿論、逆も同じよ!!」
「私と○○の間に入れるのは永琳か、百歩譲っても鈴仙かてゐだけよ!!アンタの居場所がぁ、あると」
「思うなああぁぁ!!!」怒声を散らしながら、醜く顔を歪ませながら、輝夜は妹紅に飛び掛った。
鬼の形相をする輝夜に飛び掛られる妹紅はと言うと。とても楽しそうに笑っていた。
最終更新:2012年08月05日 22:26