室内に置かれた高そうな調度品やらには気にもかけずに。二人は組み合って、室内を滅茶苦茶に転げまわった。
二人とも何かを叫んでいるようだったが。組み合ったり、転げ回ったり、果ては殴りあったりする物だから。
その叫びの内容は第三者からは全く判断がつかなかった。下手をすれば、叫んでいる当の本人ですら何が言いたいのか分かっているかどうか。
それくらいの興奮状態なのだから、転げまわる方向や進路上に何があるかなど。気に出来るだけの余裕があるはずは無かった。
「ぐぇっ!!?」
輝夜と妹紅は、二人仲良く縁側から下へと、真っ逆さまになって落ちていった。
しかも輝夜の方が下になった体勢なので、彼女は受身も出来ず、強烈に背中を打つ事となった。
大した高さではないが、受身も出来ずに背中を強打する痛みをモロに受ければ。苦しくないはずが無い。
「がはっ、はっ、はっ!!」
「かーぐーやああ!!」
息を吸うのが痛くて辛くて。そう思っていると妹紅が輝夜の名前を呼んだ。
自分の体を燃やしながら、輝夜に思いっきり覆いかぶさろうとしながら。
背中をしたたかに打ちつけた輝夜に、これを避けるだけの瞬発力は出てこなかった。
「ぎやあああ!!!」輝夜は身を焦がしながら。甲高い悲鳴を上げた。
輝夜はもんどりうちながら、我が身を焦がす原因である妹紅を振り払おうとするが。妹紅は両手両足を駆使して、輝夜の体をがっしりと掴んで離さなかった。
「ふへはあははははは!!!」二人の体が消し炭になろうとする瞬間。妹紅の甲高い笑い声が聞こえた。
同じく甲高い悲鳴を上げていた輝夜はと言うと、この頃にはもう何も反応を見せなくなっていた。
そしてほぼ同時に、二人はリザレクションの光に包まれた。そんなまばゆい光から必死に這い出す輝夜の姿が見えた。
絶命するのがほんの少しだけ早かった輝夜の方が、妹紅よりも先に復活を終えることが出来たからだ。
しかし、逃げ切れるほどの時間差は無かった。妹紅の手は必死に遠ざかろうとする輝夜の自慢の一つである長い髪を掴んだ。
「痛ったぁ!!」叫びたくなる痛みと一緒に、ぶちっと言う何かが千切れる音が。はっきりと、輝夜の耳には聞こえた。
「あー・・・・・・くっそぉこんな物しか取れなかった。頭皮の一つでも付いて来れば良かったのに」
何が千切れた音かなど。妹紅の言葉を参考にせずとも分かる。
こんな極限状態だというのに、輝夜は不用意にも妹紅に対して背を向けていた。それよりも気になる事があったから。
背を向けたまま、自分の後頭部を必死にさすり回っていた。そしてある部分の、指先に伝わる感触。
これに気付いた輝夜の顔付きが見る見る悲しい表情に変って行った。
輝夜は後ろを振り向くのが怖かった。何が起こったかは、千切れる音が聞こえた時に完全に分かった。
でも、正確な量までは分からなかった。痛みと音の感じから、まぁまぁな量であることは推測できたが。どうしても否定したかった。
後ろを振り向いて確認するのが、一番早いのは分かっている。しかしそれはしなかった、怖かったからだ。
髪の事もあるが、○○の様子を見るのも。と言うより、これの方が輝夜には大きかった。
行動を怒りに任せてしまったのでよくは見ていないのだが、多分気絶などはしていないはずだ。
意識の混濁があったとしてもごく軽いもの、先ほどのような大声を張り上げた掴み合いがあれば、覚める程度。
だから多分、見ているはずだ・・・・・・見てしまったはずだ。自分がリザレクションしてしまう所を。
○○は、勿論知っている。自分がただの人間ではない事を。永遠を生きる蓬莱人である事を。
でもそれは、知識として知っているだけだ。感情の上でも容認できているとは思っていなかった。
だから見せたくなかったのだ、自分がリザレクションする所を。自分が人外である場面を、化物じみた能力を使う場面を。
勿論、髪の事だって気にしていないわけではなかった。余り抜かれた量が多いと、○○と一緒にいる時に、○○にみっともない姿を見せてしまうからだ。
「輝夜・・・・・・大丈夫?」
○○の声が聞こえた。思わず輝夜は天を仰いだ。
自分を気遣う言葉をかけてくれるのはとても嬉しいが。この時だけは違う感情が支配していた。
この時だけは、いっその事まだ気絶していて欲しかった。
「おー。えーっと・・・・・・ああそうだ思い出した○○だっけ。お前さ炎とその後の光見えたか?」
○○に自分の化物じみた姿を見られたくない。妹紅にはどうやら見透かされているようだ。
妹紅の質問が終わる前に殴り飛ばす。これが最善だったのだが・・・・・・輝夜が手を下す事ができたのは妹紅の質問が終わった後だった。
「おい輝夜」そして○○が首を縦に振るくらいの時間も、存在していた。
「両方見えたってよ」ニヤニヤニタニタと。本当に嬉しそうな顔で、妹紅は報告してくれた。
輝夜は妹紅の顔を殴った。その嬉しそうな、本当に嫌らしく笑う顔が憎らしいから。
何度も何度も、渾身の力を込めて殴りつけた。
「あははは!怒った、怒った!」殴られ、口や鼻から血が噴出しているのに。妹紅の笑いは全く留まる所を知らなかった。
あの輝夜が感情をむき出しにしている事が、殴られる痛みを打ち消してしまうほどに、楽しい催し物だったのだ。
「はぁ……はぁ……やっと黙った」
どれくらい殴り続けただろうか。妹紅の口からは笑い声がようやく消えて、ヒューヒューと言うか細い息になっていた。
そんなになるまで結構な時間を要した。そうなるまでずっとずっと殴り続けていた物だから、輝夜の手も皮がめくれたりしてヒリヒリと痛んでいた。
「・・・・・・笑うなぁ!!」しかし、ヒリヒリと痛む手をを気にする余裕を、妹紅は与えてくれなかった
妹紅から笑い声こそ消えていたが、まだ笑えるくらいの気力はあるようだった。薄く空いたまぶたから、目玉が動くのが見える。
その目玉はしっかりと輝夜の顔を、値踏みでもするかのように、嘗め回しすようにねっとりと観察していく。
そして妹紅は何を感じたのか。一通り観察し終えた後、ふっ……と。
顔の端を釣りあがらせた。その表情は見るもの全てが、ああこれは笑っているなと分かる顔付きであった。
そんな顔をされれば、輝夜の癪に障らないはずが無い。
いつもの輝夜ならば、癪の虫が騒いでいても必死に冷静さを取り繕い、妹紅のいのままに動く事を拒んだであろうが。
○○が絡むと、どうしても。そう言う気丈な振る舞いが出来なくなってしまう。
「この目が!私を、この私を、値踏みするのね!!」
再び殴り続けたが、相変わらず妹紅は笑みを浮かべていた。少なくとも輝夜の目にはそう映り続けていた。
既に輝夜の拳により、妹紅の端正な顔付きはもう大分崩れてしまっていたが。
それでも目の色だけは変わらなかった。哀願するような、命乞いをするような目は絶対に出てこなかった。
値踏みするような、嘲笑するような、馬鹿にするような。そんな物ばかりだった。
そんな感情がこもった目を見続ける事が、どれほど輝夜の心をかきむしるか。
せめて、この目の色さえ無くなってしまえば。多少は落ち着けるのだが。
「……抉ってやるわ!こんな腹の立つ目なんか」
そう考えてから、輝夜が妹紅の目を抉ろうと決心するまでに。時間はそれ程必要なかった。
輝夜の両手が妹紅の目に届こうかと言う瞬間。ようやく妹紅の目は輝夜を捕らえる事をやめた。
ただし、それは恐怖して逃げたのではなく。また別の対象を捕らえる為だった。
妹紅の目が向いた方向は……輝夜の部屋がある方向。
それ即ち、○○がいる方向。
輝夜は興奮しすぎて、すっかり忘れていた。しかし、妹紅は忘れていなかった。
目を抉ろうとする輝夜の手は、完全に止まってしまった。己がやろうとする行為の残酷さに、恐れおののいたのではない。
○○に、残酷な仕打ちを妹紅に下す自分を、見られたくなかったからだ。
恐る恐る、泣きそうな顔で輝夜は○○の方向に顔を向けた。
「輝夜……?」目に映った○○は、まだ自分の名前を呼んでくれてはいたが。
手で鼻筋を押さえて、訳が分からないと言う表情をして……明らかに腰も引けていた。
鼻を押さえていたのは、血の匂いが漂っていたからだろう。
訳が分からないと言う顔をするのも当然だろう。凄惨な殺し合いの現場など、見知っている方が希少だ。
そして腰が引けているのは……怖いからだ。では何に?当然、血みどろの殺し合いをしている輝夜と妹紅に。
そしてどちらが怖いかと言えば。当然、妹紅の顔を殴り続けて、ぐちゃぐちゃにして、返り血を沢山浴びた。
蓬莱山輝夜に、であろう。
「……おい、どうするよ……見られちゃったぞ……?」
顔もぐちゃぐちゃ、当然歯やそれを支える歯茎も、口内の舌も無事ではない妹紅だが。
まだ喋れる気力があった。そしてその残った気力も、輝夜をイラつかせる為に使っていた。
こんなにも酷い有様の妹紅なのに、まだ余裕が感じられる声色だった。
だって、リザレクションしてしまえば良いから。
自分がするか、輝夜にさせられるかの違いはあるが。リザレクションすれば全てが元通り、それだけは絶対だった。
勿論、輝夜も同じだ。後頭部に出来たみっともないハゲ頭も、ヒリヒリと痛む手も。リザレクションしてしまえば元に戻る。
「その頭と、手じゃ……夜の時不便だろ?やるなら手伝うぞ?リザレクションの手伝い」
分かっているのだ、妹紅は。輝夜が○○に嫌われたくなくて、化物じみた部分を出来る限り費高くしにしてきた事を。
その化物じみた事には、当然リザレクションも含まれる。
真っ先に舌を引っこ抜いて、喋れなくするべきだったと後悔した。侮蔑の目なんかよりも、余程腹が立って仕方が無かった。
しかし、今ここでやるわけには行かなかった。悪鬼羅刹が如き自分の姿は、これ以上見せたくなかったから。
「○○……すぐに、戻るから」
輝夜は妹紅の顔を、悪鬼羅刹の所業を隠すように抱きかかえ、空へと飛んでいってしまった。
最終更新:2012年08月05日 22:27