僕は誰? 貴女は誰?
――貴方は○○、私はこの小さな楽園の主
小さな楽園?
――そう、ここは私のための、私だけの楽園
なぜ、そんなところに僕はいるの?
――それは私がこの楽園を完成させるのに必要だったから
僕が、必要?
――そう、私には○○が必要なの
なぜ?
――それは、○○が私の全てを奪っていったからよ
僕が、貴女から奪った?
――そう、私は空っぽになった。だから、全てを持つ○○が欲しい
……僕は未だに自分が何者かすらわからない。でも、不思議と貴女を怖いとは思わない。こんな僕でよろしければ、どうぞ好きにしてください
――言われずとも、○○は私のもの、誰にも、もう誰にも奪わせないわ
最近幻想郷にやって来た男がいた。名を○○という。○○は自分の周りの人間に嫌気が差して、どこか遠い、誰も知らないところに行こうと宛のない旅をしていて、気付いたら幻想入りしていた。
○○が最初にいた場所はあまり妖怪のいない場所で、そういう意味では危険がなく、○○にも危機感というものがなかった。そんな場所で一人の少女と出会った。笑顔がとても特徴的な少女だった。
少女は言った。
――あなた、ここで何しているの?
○○は少女から発せられる威圧感に少々怯んだが、なんとか今の状況を伝えた。すると少女は笑顔のまま何かを考え込み始めた。
○○が話しかけようとしたとき、少女は言った。
――あなた、行くところがないならうちに来なさい。貴方の置かれている現状を教えてあげるわ
確かに○○に宛などないが、果たして少女について行くべきなのか迷った。
――別に強要はしないわ
○○は少女についていくことに決めた。
少女からもたらされた事実は○○にとってにわかに信じがたいものだった。しかし、数日少女と共に暮らしたことにより少女の言うことが事実だということを理解した。
しかし、元々は外の世界に嫌気が差してどこかへ行こうとしてた身、今さら○○に後悔など微塵もなかった。そして、身の振り方を考えたとき、○○は少女に土下座をしていた。
――何をしているの貴方?
少女はポカンとした顔をしていた。いきなり土下座されたのだから当たり前だろう。○○は少女にこれからもここに置いてくれ。できることなら何でもする。という旨を伝えた。すると少女はクスクスと笑い出した。今度は○○がポカンとした顔になった。
――むしろ貴方、どこかへ行こうと考えていたの? おかしいったらありゃしないわね
こうして、少女と○○は本当の意味で一緒に暮らし始めた。
少女と○○の暮らしはとてもうまくいってた。少女は優しく、時に厳しく○○に接した。そんな少女に○○は次第に惹かれていった。
ある日、○○は勇気を振り絞り少女に告白をした。少女は鳩が豆鉄砲食らったかのような顔をして、徐々に顔を紅潮させていった。そして体をプルプルと振るわせ、なんとも言えない笑顔になったかと思いきや、すぐさまその笑顔が崩れ、大泣きし始めた。
ど、どうしたんだい? と、慌てて聞くと、
――悲しいんじゃない。嬉しいの。○○が私のことをそんな風に思ってくれていたということが
○○は自然と少女を抱いていた。受け入れてくれてありがとう。これからも一緒だよ。という言葉を添えて。
少女と○○の暮らしはこれまで以上に素晴らしいものになっていった。こんな生活がずっと続くものだと二人は信じてやまなかった。
亀裂が出始めたのは、○○が人里で買い物をして帰ってきた時だった。普段は少女が買い物に行くのだが、あいにく少女は手が離せない案件があったため○○が気を利かせて買い物に行った。
ただいま。と家に入ると、真っ暗なリビングで少女はただ静かに俯き椅子に座っていた。○○がどうしたんだい? と聞くと、少女はゆっくりとこちらに顔を向けた。その顔を見た瞬間、○○の背筋がぞわっときた。
――どこに行ってたの?
○○は嘘をつく理由もないと、正直に話した。
――嘘……知ってるのよ……
知ってる? ○○にはなんのことだかさっぱりわからない。
――なんで、あんな女と仲良く話していた?
あの女と言われ、○○の脳裏に浮かんだ人物、博麗霊夢。そしてすぐに何でもない。少し立ち話をしていただけと説明した。
――……本当は私のことなんか飽きちゃったんでしょ? だから、他の女なんかと!
しかし、少女は全く○○の言うことを信用せず、しまいには涙まで流した。○○は頑なに違う。俺が愛しているのは君だけだ。と言っても聞く耳を持ってくれなかった。
――そう、あの女と話していたということは……!?
少女の顔が青ざめていった。
――……そう、そうなのね。そこまでして私と離れたいのね……
○○には少女が何を言ってるのかがさっぱりわからなかった。
――……この幻想郷を離れてでも私と離れたいって訳ね! いいわよ! 出ていきなさい! 貴方なんか……貴方なんかー!!
これはまずいと思い、○○は少女の頭が冷えるまで外へ避難しようと考え、外へ出た。外へ出て、家から離れてもしばらく、少女の慟哭が聞こえてきた。
少女がなんであんな不安に思っているかは○○には理解できないが、一度愛すると決めた女との生活をここで終わらせる気はなかった。だから、「少し」散歩をして帰るつもりだった。
しばらくして少女は頭が冷えて自己嫌悪に浸っていた。なぜあんなことを言ってしまったのか? いくら不安だったからといって、あれはさすがに言い過ぎだし、○○を信頼していなさすぎな発言だった。少女は○○を迎えに行こうと、出掛けるのであった。
目の前に広がっていたのは下級妖怪の残骸、そして……○○の食い散らかされた遺体だった。
――う、そだ……どうして?
少女が見つけたときにはすでに○○は死んでいて、下級妖怪に貪り食われていた。少女は激昂し、下級妖怪を瞬殺したというところだった。
――う、ばわれた……私の○○が……奪われた……許さない。○○に触れて良いのは私だけだ!
すでに事切れた○○を抱え、少女は高らかに笑い出した。
――そうだ! 誰にも渡さない! 相手が誰であろうとも! 取り返しに行かなきゃ……
少女はゆらりと立ち上がり、○○の遺体を抱え上げた。その目は暗く濁り、すでに何者も写さなくなっていた。
彼岸は大きく地形を変えていた。そしてそこに二人の人物が傷だらけで横たわっていた。死神の小野塚小町とその上司にして閻魔の四季映姫・ヤマザナドゥ。
彼女たちは破れた。圧倒的力でねじ伏せられた。そして、一つの死を撤回させられた。○○という人物の死を。
ここと同様に西行寺幽々子の管轄である冥界もひどいことになっていた。彼女が○○の魂を探すために冥界で大暴れし、それを食い止めようとした白玉楼の庭師である魂魄妖夢、その主の西行寺幽々子も彼岸の者たちと同様にやられ、○○の魂を明け渡した。
しかし、○○の魂を連れ出し、死の裁定を覆しても、それだけでは○○の肉体が復活するわけでもないし、魂だけでは共に生きていくことが出来ないというより満足できないと考えた。
彼女が欲したのは○○の全て。一目見た瞬間から大好きになり、今までの全てが○○を思うことに比べたら無価値になった。○○が自分を満たしてくれる。逆に言うと、○○のいない自分など、無価値で空っぽだった。なんとしてでも○○を生き返らせなければいけない。失敗は許されない。
そこで彼女はあらゆる手段を尽くし、小さいながらも特殊な結界を張ることに成功した。そこでは魂の記憶から情報を引き出し、身体を生成し、その身体に魂を定着させるというものだった。
結界は彼女の専門外であったためひどく苦労したが、○○への想いと、とある障害のおかげでなんとか成功した。
――あとは、○○を殺したやつを見つけ出して……捻る潰すだけね。私の邪魔をした……あいつのように……ね
何か言ったかい?
――いいえ。何も言ってないわ
そうかい。じゃあ幽香、僕は今日も花に水をやってくるよ
――ええ、いってらっしゃい○○
ここは四季のフラワーマスターが人柱を用いて創った最上の結界。この結界を壊すことは恐らく誰にも叶わないだろう。
○○は知らない。ここに己の自我を崩壊させるとあるものが埋められていることを。
そして結界外では新しい博麗の巫女が誕生していた。
最終更新:2012年11月11日 14:13