紫の恋
「まさか、この私が
こんな想いを抱くなんてねえ」
大きくため息を吐く少女のような
妙齢の女性のような
些か判別のつかない容姿をした者、
神隠しの主犯『八雲紫』は
あることに思い悩まされていた。
「……人間なんかに……
心を奪われるとは……」
出逢いはほんの数日前、
紫が博麗神社で催されていた
宴会に出席していたとき、
件の男は酒の配達のため
顔を出していた。
「よいしょっと。
ふぅ、これで今回の分は
全部ですね」
霊夢と萃香が酒の数を確認し
男にお金を渡した。
「毎度ありです!」
そして、帰ろうとしたところに紫は
「ちょっとそこの貴方」
呼び止められた男は
キョトンとして紫の方を向いた。
「こっち来て私のお酌をしなさい」
普段の紫であるならば
決してしなかったであろうが、
この日はいつも以上に酔っていた。
「早くこっちに来なしゃい!」
「は、はい」
男はあたふたと紫の下へやって来た。
(うふふ、可愛いじゃない)
見た目こそ紫の好みとは言えなかったが、
その初々しい態度や、
紫を目の前にして緊張してるのか
顔を上気させていたりする様が
紫の琴線に触れて
ますます上機嫌になった。
「しゃあ、お酌なしゃい」
紫がおちょこを出すと、
男は慌てて徳利を持ち、
紫のおちょこへと注ぎ込んだ。
「んくんくんく……
ふぅ、たまには藍以外に
お酌しゃせるのも良いもにょね」
紫が「んっ」と言い
おちょこを出して
男がそこへ酒を注ぎ込む。
そして、酒が尽きたとき、
「すみません。私はそろそろ
お暇させていただきます」
男は心底申し訳なさそうに
頭を垂れ、謝罪した。
「あによー。もうちょっと
私のお酌をしなさい!」
紫が文句を垂れると、
「紫様、いい加減にしてください。
あちらの方も困ってらっしゃる
じゃないですか」
割って入ってきたのは、
紫の式にして九尾の狐の八雲藍だった。
「にゃによー!
藍までしょんなこというにゃんて!」
「ああもう、紫様。
今相当酔っていて呂律が
うまく回ってないじゃないですか」
「こにょくらい大丈夫よ!
私は大妖怪八雲紫にゃにょよ!」
どう見ても大丈夫そう
じゃなかったが、
紫が言い張り後に引かなかった。
「あの、その、本当にすみません。
明日の仕事にも響いてしまいますんで」
深々と頭を下げる男に
紫はようやく迷惑をかけていることに
気付き、ばつの悪そうな顔をしたあと
「あなた、名前は?」
「は? え? あ、ああ、
あの、○○と言います」
紫はそうと言いあるものを
○○に渡した。
「これは?」
それは可愛らしい色をした
個性的な形の傘だった。
「あなたには迷惑をかけた
みたいだったから
それをあげますわ」
「紫様、あれは」
「良いのよ藍。
○○、それは私の愛用の傘……の予備よ。
それを持っていれば
大抵の妖怪は近寄れすらしないわ
とは言え、貴方はそれを
持ち歩くなんてことは
しないだろうから
家の結界用と、
とても危険なところへ
仕事にいくときにでも持ち歩くと良いわ」
「そ、そんなものを私がいただくなんて……」
○○は慌てて紫に返却しようとしたが、
紫はそれを制止し
「女に恥をかかせるものでは
ないわよ○○」
と○○の耳元で囁いた。
○○は頷き、その場を後にした。
「紫様、なぜあのような者に
大事な傘を?」
「さあね。私自身もわからないわ。
ふふふ、なぜだか○○を見てると
大昔に忘れた何かを
思い出して疼くのよ」
その日、八雲紫はずっと上機嫌だったという。
最終更新:2012年11月11日 14:36