暗い妖怪の山中。
ルーミアは歩いていた。
フラフラと夢遊病のように。

「○○いない、○○どこ……食べたい」

何も映してない瞳が、焦点のあってない目線がユラユラと動く。
やがて、1人の男性白狼天狗が彼女の前に舞い降りた。
ルーミアは反応すらせず、その横を通り過ぎようとした。
肩を掴まれる。ようやくルーミアは天狗の方を向いた。
手にしていたものを天狗に向けてみせる。

「ねぇ、人間どこ。○○って人間。これをルーミアにぶつけた人間。天狗だから知っているでしょ?」

潰れた銀の塊を、天狗に差し出すとその天狗の顔に何故か後ろめたさが浮かんだ。
天狗が何かを言い出した。自分が○○だと、もう人間じゃないけど○○だと。
もう意味の無い事なんて止めて自分の家に帰りなさいと。

「うそ、嘘つき! ○○は人間なの、○○は食べてもいい人類なの、食べれない天狗じゃない!! お前は嘘つきだ!!」

今まで抜け殻のようだったルーミアは、信じられない程大きな声を出して彼の手を振り払った。
振り払った瞬間に銀の塊が地面に落ちてしまった。

「あっ!! ○○、○○のてがかり!!」

ルーミアは這い蹲って地面を探し出す。
今までもこんな事があったのか、彼女は既に泥だらけだった。
天狗は遣り切れない顔付きでルーミアに近付こうとしたが、後ろから延びた白い手に阻まれた。
それは美しい白狼天狗だった。彼の妻であった。
妻が何事かを夫に囁く。夫の方が渋面を作り妻に反論したが、妻は笑顔を全く崩さないまま更に囁く。
暫くやり取りが続いた後、気まずい顔をしたまま天狗の夫は空を飛んで去っていた。
それを見送った後、妻の天狗は未だ地べたを這いずって銀を探しているルーミアの方を見やった。
夫や子達には決して見せない、酷薄な冷笑を口元に浮かべて。

「馬鹿な妖怪。前座は前座らしく、さっさと舞台から退場すればいいのに」

彼女は手をすっと掲げる。
何時の間に拾い上げていたのだろうか。
そこにはルーミアが持っていた銀の塊、即ち潰れた銀の銃弾が握られていた。

「丁度いいわ。これを溶かして三発目の銃弾をあの人に作って貰いましょう。私の全てはあの人のもの。
そしてあの人の全ては私のもの。だからね、貴女には何も渡さないし、何も残さないわ」

銀の塊を懐に入れ、満足げに彼女は嗤った。
さぁ、そろそろ帰らないと。良い肉が手に入ったからあの人が好きな猪鍋を作らなきゃ。
嘲笑の笑みを消し、良妻賢母の表情に切り替えた天狗は風の如き瞬発力で飛び去っていった。
銀の塊を探すルーミアは、最後まで女天狗のあざ笑いにも、その存在にも気付かなかった。

「どこ……○○、○○、どこ……ないよ、無いよぉ、あれないと、○○にあえないよぉ……」

暗い山中で、ルーミアの嘆きと執着に満ちた声が何時までも響いていた―――。

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最終更新:2012年11月11日 14:56