「家族……?」
紫の視線が俺を捉え、真っ直ぐに重なる。
――俺は、目を逸らした。
「○○」
紫がまた、俺の名前を呼ぶ。
「○○っ」
呼んでいる。
「○○!……○○!!」
何度も、何度も、呼んでいる。
「どうして……こっちを向いて下さらないの?」
「……」
答えられる訳がない。
彼女の目を真っ直ぐ見て、
「なんでもない」
と言ってあげられる自信が、まるで無かったから。
殺されたくない。
殺されたく……ない。
紫にだけは、絶対に。
いつもの紫は、其処には居ない。
もう、何をされるか分からない。
いつだって、彼女のする事は読めなくて、理解できなかった、だけど。
……今ほど彼女が何をしようとしているのか、分からない事は無かったから。
押し倒されたまま、紫と目を合わせられずに時間が過ぎてゆく。
「○○ぅ、○○、○○……○○、○○、○○、○○、○○っ!」
彼女は変わらずに、肩を揺さぶりながら俺の名前を呼び続ける。
覗き込む様にしてくる度に、瞼を閉じて視線を逸らす。
「○○。私の目を見て」
「あなたは何を考えてるの?ねぇお願い”カオ”をみせて?」
「怒り、悲しみ、憎しみ、悪意、どんなカオでも構わない。
……ね。あなたの表情が知りたいの」
先程よりもきつく、瞼を閉じると。
紫の触れていた手が、ぴくり、と震えたのが分かった。
すっ、と彼女の手が離れた。
同時に、妙な感覚を覚える。
――そういえばさっきから、寝ている筈のベッドの感触が無い。
きつく閉じた筈の瞼の内側が、急に色を変える。
「 う ふ ふ 」
――眼があった。
「あなたの ナ カ から、あなたを ミ ル のも、素敵よね?」
「!?」
驚きに耐えられずに、目を開くと其処には何も無い。
……いや、あった。
無数の目。赤い目をした多くのソレが、じっと此方を見つめている。
「何かを隠すのは、苦手なの。
だから○○に隠し事なんてされたら、私泣いてしまいそう。
……ね?それに、家族に隠し事なんてするものじゃないわ。
大丈夫よ。
○○は……」
ト ッ テ モ キ レ イ ナ イ ロ シ テ ル カ ラ
体の内側から、視線を感じた……
ぴくん、ぴくんぴくん。
体中に何かが蠢く様な。
視線。
外側から、内側から。
そして、何時の間にか、再び目の前に居た彼女から。
「素敵な色……○○、これが貴方の色……」
恍惚とした表情で、紫が耳元で囁く。
――もっと見たい、と。
ぴくん。
「あなたの想いが揺れるたび、
イレモノが鮮やかに震えているのが分かるかしら?
鏡の様に、あなたを写し出しては描きだしてくれるのよ。
私の好意がどんな風に歪んでいたかも、教えてくれる……」
彼女が何かに手を伸ばし、掴んだ。
紫の手には以前、○○が気まぐれでプレゼントしたリボンが握られていた。
「あなたがこれをくれた時の様に、ただただ普通に、接して欲しかった。……けど」
目を伏せて、しかしどこか満足そうに。
「――あなたが私を受け入れてくれるなら、どんな形でも構いません」
「あなたが、あなたでなくなったとしても」
○○の体が、落ちてゆく。
紫の姿が遠のいて、見えなくなる。
自分を見ていたはずの目も、見えなかった。
――いつの間にか、視界は真っ白で。
記憶が、走馬灯の様に蘇った。気が、した。
そうして”何か”が、泡となり、弾けた。
ズテッ!
「あいだっ!?」
転げ落ちて受身を取れずに、腰をうってしまう。
「ててて……
……あれ?」
痛みで目は覚めた、が。
……どういう事だろうか。
寝ぼけている訳ではなさそうだが。
何処だ此処は?
というか、何時から此処で寝ていたんだ?
昨日以前の事を思い起こそうと考えるが、何も浮かんではこない。
思い出せない、というような感覚とも違う。
……なので、考えるのはやめにした。
「面倒だし、おなかも減ったし」
生理的な欲求がそれに勝ったから。
……?
妙なものを見つける。
一瞬何だろうと思ったが、どうやらこれは自分の姿を映す物のようだ。
確か名前は……なん、だったけ。まぁいいか。
「ん?」
そうして、妙な物を見つける。
――首に巻かれた布切れ……いや、リボン?
なんだか物凄く邪魔なもののような気がしてくる。
とってしまおうと、リボンに手を掛けると、
バチィッ!
「ぎゃっ!?」
感電したかのような痛みが走った。
その辺に在るものを利用して、取ろうと試みたものの、結局外す事は出来なかった。
『○○は十字架に磔られました』
「腹減ったな……」
『磔られた○○は火で炙られて』
「何か、食べないと」
『杭でうたれて、死んでしまい』
「……でも、何を食べればいいんだっけ」
『挙句、自分が死んだ事にさえ』
「何を食べてたんだっけ?」
「気付けませんでした」
「……誰かいるのか?」
其処には、誰も居ない。
「あれから色んな事がなかったわね」
「まぁ、異変ぐらいしか起きてないんじゃないか?」
隣にいる妖怪は、八雲紫と言う。
空腹で、何も知らなかった俺の世話をしてくれた……大切な人。
「花が咲いた後の事ばかり考えていたから、随分と待たされたわ。
責任とる気ある?」
紫が俺を抱きしめて、訳の分からないことを言う。
「桜の話?」
「あなたは桜っていうより、ウツボよ」
「食虫花!?」
「いいえ、海に居るほうよ。美味しいのかしら」
何で海蛇なんだ、と思いながら俺は紫を撫でた。
「でも桜の方が美味しいわよね、見た目的にも。
そうね、咲いた後だから桜ってことで」
「……それで結局。咲いた花って何の事?」
撫でていた手を紫が握り、口に含む。
「え、紫、ちょっ」
「んっ……ふふふ。蜜の味」
指が唇に擦れる感触。
「違う花にならないようにするのは、大変でしたのよ」
「違う花?」
「隅々まで観察したあと日記をつけていたから。提出期限は守れたわ」
「観察していたって……花を?」
「……花はあなたよ」
「俺?」
「種と肥料もあなたから取れたの。私はそれを返しただけ」
「やっぱり意味が判らないな」
「知りたい?」
その言葉に初めて、不安がよぎる。
知るって、何を。
「また枯れてしまうかも知れないわね」
「いや、別に知りたくないし。勝手に話を進めるな」
「……ねぇ○○。そのリボン何時からつけてるか覚えているかしら」
「ん?あー……何時からだっけ。ずっと付けてた様な気もするんだけど」
「そうよね。だってそれを巻いたの私だし」
「……え?」
「ねぇ○○。それを取ったらどうなると思う?」
「どうって……さぁ。というか、何故こんなものを付けたんだ?」
「趣味よ」
「趣味か」
「そう、趣味で娯楽で日課で愛慕で日常よ。
あなたとこうしている事こそが」
紫が俺のリボンを掴み、引っ張った。
――え。
「あ、が、ぁ……ぁ」
まず感じたのは苦しさ。
首の痛みと熱さ。
周りは俺の部屋で、あの周りが目だらけの空間ではなくなっていた。
――夢、だったのか?
だけど
目の前には 紫がいて
それで
俺の首をリボンで 絞めていて
……あ、れ?
「まだ気付かないの?○○」
紫がわらった。
わらった。
わラっタ。
「記憶を磔てもあなたは傷つかないし、死なないわ。
……ずっと好き合ってたなんて、知らなかったから」
「あなたを ミ テ 分かったの。
あなたの ナ カ に私への想いがあんなにも詰まっていたことが」
「謝らなくていいわ。
私も同じだから。
……そうじゃない?
さっきのあれは何だ……って」
「私の ナ カ ミ 。
私の想いですわ。
私が見て、あなたにはみせてあげられないなんて、残酷でしょう?」
「だからこうやって、縛って、記憶を消して、注ぐのです。
そうして、繰り返して、壊れないように」
「私の全てを ミ テ 頂けるまでずっと…………ね」
「うふふ」
……俺は今、火で炙られているのだろうか。
それとも、杭で打たれ死んでしまったのか。
リボンは首を締め上げて――
口一杯に鉄の様な味が広がる。
舌が、痛みと熱を訴える前に、
○○は意識と全てを投げ捨てた。
――責任は自分にある。
彼女を理解して上げられなかった、自分に。
だから、せめて彼女の手が汚れてしまうその前に。
自ら……幕を、下ろすべきだと。
何処からか、紫が姿を現して、○○に触れる。
「つかまえたわ、○○」
そう言って頬を撫ぜ様と、手を伸ばすと○○の首はだらん、と垂れた。
「○○……?」
「ぇ……え?…………○○?ねぇ、○○……?」
返事は無い。
紫の呼びかけた方から顔を背ける事も無く、○○は動かない。
「ね、ねぇっ…………」
段々と紫の口調から、冷たい物が抜けてゆく。
○○の顔を起こそうと、体を支えるように起こした。
口から滴る、赤い涙。
暖かかい筈の手からも、返事は無い。
あるのは、もう瞬きをする事も無い、目を見開いたままの、抜け殻のイレモノ。
「……ぁ」
口から漏れたのは、ただ驚くしかなかっただけの、声と。
「……!…………?!……ぅ、ぁ、ぁあ……!!」
「……うそ、…………よね?」
弱々しい、言葉だった。
――○○とあの日、一緒に行ったあの場所は、変わらずに残り続けていた。
果樹園には水々しい果物が実っており、その木々は美しいとさえ思える。
幼い姿の紫は木に背を預け、何時だったかの日の事を思い起こす。
『霊夢の知り合いの妖怪って聞いてたけど』
『リボン、好きなのか?』
第一印象からか、そんな事を言っていた。
凄い阿呆な人間だと思った。
『プレゼント。え?ただのリボンだけど』
『いや、前に手に入れる機会があってさ。
俺が持っていてもしょうがないから、誰かに上げようと思ってて』
物凄い阿呆な人間だと思った。
『俺も、紫が貰ってくれるなら嬉しいし』
可哀想な奴と認識した。
それでも。
『紫が凄い妖怪だってのは、分かったけど』
『もしかして傷付けてる?』
『悪かった、謝るよ。土下座してもいい』
『だから!そんな事したら怒るに決まってるだろ?!』
それでも。
『当たり前になってきたな。お前とこうして過ごすのも』
『煩くて仕方ないと思ってるよ。でもそれ位が丁度良くて』
『居心地が良かったんだ』
「……私もよ」
紫は目を閉じる。
貰ったリボンを握り締めながら。
「夢を見るわ、あなたとの。
私はあなたを未来へと連れ去って、そこで言うのよ。
陳腐な台詞を並べながら、肩を寄せ合うのも悪くない。
――ってね。
慌てるあなたを見て、私も不安になるけれど。
ずぅっと、待ってるから、大丈夫」
膝の上にト ン、と実っていた果物が落ちる。
「綺麗な色ね……」
目も開かずに、紫は言う。
「どんな悪夢でも、覚めるまではそれは夢。
覚めなければ、夢は続く」
紫は目を開けた。
何時の間にか姿は戻り、膝の上の果物は、酷く腐食している。
「綺麗な色ね」
そう言ってそれを、木の傍に置くとスキマを開き。
あの人に、声を掛けた。
「はぁい」
最終更新:2010年08月27日 01:56