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「家族……?」
 紫の視線が俺を捉え、真っ直ぐに重なる。

 ――目元から、微かに輝くものが溢れている。
 表情は笑っている、だけれども。
 ……真剣な顔をしていて。

 俺はそれを理解した上で、こう答えた。


「ごめん、紫」
 彼女は更に口を歪ませる。
 心の痛み、苦しみを、それに還元するかの様に。
「――恐いのは分かるわ。
 だからあなたを家族に”する”の。
 それに、最初からあなたに選択する権利なんか、ありません」
 そう言って、俺の首に手を伸ばそうとする。
「その儚い優しい火を、私の色に」
 ……その手を取って、俺は体を勢い良く起こす。


「は……ぇっ?」
 先程までの様子から、全く動く気配の無かった○○に対応出来ず、紫は逆に、ベッドに押し返され。
 伸ばそうとしていた手は○○に握られ、馬乗りにされるかの様な状態になっていた。
「なっ……なに。○、○○?」
 自分の状況を把握すると、体の中に何か、熱いものが込み上げてくる様に感じた。
 しかしそれも一瞬の事で、直ぐに○○を押し返そうと紫は体を起こそうとした。
「ふ、ふふっ。そんなに嫌がらなくても、直ぐに――」

 そう考えていた紫の目に入ったのは。
 紫の服に伸びていた、○○の手。

 びりっ!!

 その音は、鋭く耳に響きわたった。
 破いた衣服を○○が千切り捨てると、睨む様に紫を見据え。
 千切れた部分を更に裂こうとしているのか、力を込めて引っ張る。


 びりりりっ!!!

「……な、……なん、で?」
「分かるだろ……?」
 つい先程までは。
 ○○を自分の家族に――

 いや。

 自分を恐れている筈の想い人に、好かれて欲しい一心で。
 もはや手段は選ぶまいと、こうして此処に来た筈だった。

「分からないわ。あなたは自分の置かれた立場を全く理解出来ていない。
 あな、たは……私の」
「そうか」

「ならせめて、一瞬でもお前を辱めて。
 こんな輩をお前の家族にさせた事を後悔させてやる。

 ……ずっと、こうしてやりたかったんだ」

 では今、此処で起こっているこの状況は何なのだろう。
 こんな事をする人では無かった。

 初めて会ったあの人は、変だった。
 私を見て、驚いたかと思えば、恐がる訳でもない、妙な表情。
 私を見れば目を逸らし、かと思えば何かと気を掛けて来る。
 霊夢に私の事を聞いていたかと思えば、慌てて好きなものの話題に変えてみたりして。
 私程ではないにしろ、どこかとてもうさんくさい、人間。

 でもそのうち、彼が気に掛けているのが他の妖怪や、人外も一緒なのだと知って。
 私はあの人を、面白いと思う様になっていた気がする。

 そうして、過ごすうち。

 可愛くて。

 愛おしくて。

 失うのが、恐くなった。


 あなたが私に、気を遣わなくなってから。


「紫……」
 ○○が低い声で私を呼ぶ。
 私は何時の間にか手で顔を覆い、彼の顔を見ないようにしていた。
 ただ前の様に、過ごせればそれでよかった。

 そう思っていた私が得たもの。
 壊れた○○。
 違う。

 壊した○○。

 今だって、簡単に殺せてしまうだろう。
 ……でも。
 私が望んだもの。
 私が願ったもの。

 幻想郷と。この世界で、私を。


「受け入れて欲しかった、だけなのにっ……」
 絞り出した言葉は、嘆きだった。

(……あぁ。
 でもこれで、○○は私を想ってくれたのかしら)

 そう思うと、少しだけ楽になる。
 これからどんな酷い事をされたとしても。
 ……ずっと傍に居てくれるなら。

 覆っていた手を取り、目を閉じて○○を抱きしめる。
 何も、言わずに。










































「すまなかった、紫」
 耳元で誰かが囁く。

 ――紛れも無くそれは。
 謝罪の言葉。

 ……彼の。
「○○……っ」
 彼を抱きしめていた筈の私は、何時の間にか抱き返されていて。
 でもそれがまるで当たり前の様に、私は受け入れている。

 今更命乞いだろうか。
 そう思い、○○の顔を見る。
「俺は恐かったんだ」
 ああ、やっぱり。
「……もし、お前に殺されでもしたら……って」
 知っています。
 だから、私は――
「お前……紫に嫌われて殺されただなんて、そんな死に方だけはしたくなかったんだ。
 もし命を落とすとしても、俺の……俺の一番好きなお前にだけは」

 へっ?

「お前に殺されたら、何時もお前が平気で食べてる人間達と……
 同じ扱いだなんて、絶対に……嫌だった。

 それならいっそ、お前を想うだけで、一定の距離を保てればと」
 何を……言ってるの。
「それにお前が……俺を本気で好いてくれるだなんて。
 思いも、しなかったから」
 何時の間にか○○の手は震えていて、私にみられないようにと目を伏せていた。
「俺はただ、お前を見ていられればそれで……」
 そう言おうとした○○を突き飛ばし、○○をまた天井に向けさせる。

 ――勝手な事を。

 先程込み上げそうになった熱いものとは別の何かが、私の中から湧き上がっていた。
「ならどうして。……私の料理を食べる時、いつも私が食べたかどうかだなんて、聞いていたの」
 ○○の言っている事はおかしい。
 まるでさっぱり分からない。

 あなたが私を好きなんじゃない。
 私が、あなたを好きなのよ?
 そうでしょう。

「いや、その、あれは」
 そうでしょう?

「お前がもし料理を失敗してたりして、俺が不味そうな顔でもしたら、
 プライドを傷付けるかなって……」
「そ、そんな見え透いた嘘。毒でも入ってるんじゃないかって疑ってっ」
「いや。それならそもそも食べる筈ないだろう」

 ……いい?
 あなたは、私を想ってない。
 私は、あなたを想ってる。

 だから嘘。
 それは嘘。

「……私の事を気遣う振りをするのはやめなさい。
 あの落石の時だって、あなたは心配する素振りすら無かった。

 私が大怪我を負ってみせても、あなたはそんな冗談やめてくれって」
 それは嘘よ。

「……当たり前だ!」
 直ぐに○○は体を起こし、私に言い返す。
「好きな人が苦しむその姿を考えるだけで、どれだけ辛くなるか考えた事があるのか!?」
 はっとした顔をする○○。
「すまない。言い過ぎた……。
 妖怪のお前には、あまりピンとこないのかもしれない」
 それは……

 そんなことない。
 私は、あなたが苦しむ顔なんて……

 見たくない。
 見たくなかった。

 だから……っ

「どうでもいいけど」

 どうでもよくなんて、ないわ。
 私はただ、想って欲しくて

「いや、そうじゃなくて」

 傷付けたくなくて。
 恐がらせたくなくて。

 ……ずっと、傍に居て欲しかったから

「だから。さっきから口に出てるぞ紫」


「……ぁ、え?」
「さっきから口にって、……ぇ?」
「想ってないとか、想ってるとか、というか全部」
「は……」

 言ってた?
 全部?
 え?

「うん。全部」
「は……」

「はふん!」
 状況を理解した私は卒倒し、床に落ち――

 る直前で、○○が私を支えた。
「途中で言おうと思ったんだが……。そんな空気じゃなかったし、それに」
「は、はい!」
 急に丁寧語になってしまう。
 これは別の意味で近寄りがたい雰囲気があるわね、とかそういう事を考えてる場合じゃない。
 その、私は、……………………思ってる事全部、○○に聞かれてた。伝えてた。

 自分の口で。

「ご、ごめん」
「こ、こちらこそ!」
 同時。

 私にこの空気をどうにかしろと、心の中の私が言うが、
 それを口に出さないようにするので手一杯になっている。
 ああもう。

「ずるいわ……卑怯よ、○○。
 聞くだけ聞いて、謝って……
 不可抗力だなんて吐いて捨てるような言葉では言い訳にならないわ。
 どう責任を取るつもりなの!!」
 どんどん何を言っているのか分からなくなる。
 窓に映った私の顔が一瞬見えたが、真っ赤にみえたのは気のせいよ。
 だって○○のほうが赤いもの。
 きっとそう。絶対そう。

「そう……、だな」
 ○○が頷く。
 あれ……?私は何を言って、何を承諾させようとしていたのかしら。
 取り合えず流れ的に。
「そ、そうよ。そうなのよ」
 肯定しておいた。


「なら」
「えっ」
 ○○が私の手を握り、見つめる様に。
「責任取って、全部話すよ。
 紫が満足してくれるまで。
 想いの量だけなら、お前を超える自信だってあるからさ」
 そう言った。

「○、○……」
 ……嘘は、言っていない。
 握られた手は、震えていなかった。
 暖かかくて、離そうとしていない。

 ……ああやって抱きしめ合うよりも、言葉を伝えるよりも。
 指を絡ませると、何かが満たされていくような気がしていた。

「……ええ。お聞かせ願いますわ。
 あなたの想い、あなたの全てを。

 私は全てを受け入れます。
 それが例え、何であれ」

「あなたが、私を想ってくれるなら……」

 そうして、自然と唇を重ねる。
 ……○○が、何だかばつの悪そうな顔をした。
「あ、あら……。
 や、やっぱり嫌だった?
 前に無理矢理したから、もう気にならないかなってっ」
 ああぁ!もしかして勢い的にまずかった!?
 やっぱり、ここは○○に身を任せておくべきだったのかしら?!
「い、いや、そうじゃなくて!」
 ○○は更に顔を真っ赤にさせて、ちらちらと私を見る。
 ……え?
「その……。さっき、勢いで――服を破いたまm」


「……きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


「――んなっ!?何よ今の悲鳴!」
「どうしたー、霊夢?」
「どうしたもこうしたもないわよ!異変よ異変!!全くこんな夜中に……」
(いやそれ多分、違うんじゃないかなぁ)

 その悲鳴は、幻想郷各地に響いたと言われているが、真実は定かでは無い。
 尚、この後○○は紫が美味しく頂いたといわれている。(スタッフ的な意味で)


~数ヵ月後~

「あれ……?」
 果樹園で座りながら昼寝をしていると、何時の間にか隣で紫が眠っており、
 幸せそうな顔でもたれかかっていた。
「ん、ぅ……」
「やれやれ」
 そうしているうちに、紫の頭が腿に落ちる。
「おい」
「ん……ふふ…………ふぅ」
「起きてるだろ」
「レムとノンレムの境界」
「どっちにしろ寝てるって言いたいのか?」
 そんな事を言いながら、紫はスキマに手を伸ばしてリボンを取り出す。
 以前○○が紫にプレゼントしたものだった。
「リボン巻いて~」
「いや、自分で……」
「……………………すぅ」
 今度は反応が無い。
 どうやら、完全に眠ってしまったらしい。
「リボン巻けっていったって」
 何処に巻けというのか。
 頭を持ち上げてやったら、機嫌を損ねてしまいそうだし。
「……うーん」
 なのでどうせなら悪戯してやる事にした。
 紫の左手を取って、薬指にリボンをかける。

 ……蝶結びにしてやると、紫の手を戻した。

「……いつか貰って頂戴ね。なるべく早く」
「やっぱり起きてるだろ?」
「惰眠と愚民の境界」
「まて、意味が判らない」
「まぁ逃がしませんけど」
 そう言って手に違和感を感じると、○○の左薬指に蝶結び。
 紫と一緒のリボンで巻かれていた。

「気が付かなかった?
 あなたは既に迷路の出口に居る事に――

 でも迷路の先はまた迷路。
 こうして、私が傍に居なければ」

「あなたは外に出られない」
「……」
 紫が笑顔を向けてくる。

 俺もそれに答え、微笑みかけた。


 出口を探しながら……何時までも一緒に。


~おしまい~

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最終更新:2010年08月27日 01:58