地底から一人の妖怪が出てきたが、誰もが気づけなかった。
出てきた妖怪の名は古明地こいし、
地霊殿当主の古明地さとりの妹で同じ覚り妖怪だ。しかし、この姉妹には相違点がある。
それは心を読むための目、第三の目があり、
こいしのそれは閉じてしまっているのだ。
故に彼女は心を読むことができないし、誰にも心を開くことがなかった。
だが、代わりに得たモノがある。それは『無意識を操る程度の能力』だ。これにより、彼女は誰にも覚られず、認識されずに行動できるのだ。
こいしは思うがままに闊歩した。そしてある日、運命の出会いをした。
その日もこいしは地上をぶらぶらしていた。すると、人里からも、外来人が住む集落からも離れた位置にポツンと一軒家があり、その近くで焚き火をしている男がいた。
ただの興味で近づき、対面に行くと、どうやら男は川魚を焼いているようだった。それを見ているとこいしのお腹の虫が鳴き出した。すると――――
「……食うか?」
驚いて目をぱちくりとし、少々の間固まってしまった。
「食わんのか?」
男は怪訝な顔をしながら言った。
「私がわかるの?」
「……? 何を言ってるんだ。目の前にいるんだから当然だろう」
こいしは何だかわからないものが胸に溢れていた。遥か昔に体験したことのあるそれを思い出すことはできなかった。
焼き魚を御馳走となり、二人はお互いのことを話した。
男の名前は○○。例に違わず外来人で、元々根無し草で暮らしてきていたため幻想郷に根を下ろすのも良いかと考え、留まることを決めたらしい。そして、こいしのことを認知できたのは、彼が実は能力者で、『ありとあらゆるものを認識する能力』を持っているからだそうだ。集団から離れているのもこの能力のせいで四六時中濃い存在感の中にいるのが嫌だということらしい。集中すれば半径500mいないの全てを認識できるらしい。
○○はこいしのことを聞いても、ふうん程度の反応しか示さなかった。それが少しこいしは気に食わなくて、もっと興味を示してもらうために色々なことを喋ったし、色々なことをした。
こいしは気づかない。自分の変化に。
そして数日が経ったある日、男は言った。
「こいしに興味がない訳じゃないんだ。ただ、どうすればいいか戸惑っているだけで、むしろこいしのことがとても興味深い。というかぶっちゃけ好きだ」
瞬間、こいしの第三の目が大きく見開いた。そして、こいしの顔はみるみるうちに紅潮していき、そこでやっと、胸にあるものがなんなのか気付いた。
(そうか、私は……○○のことが大好きだったんだ)
しかし、感情の正体がわかったところで、今まで封印してきたものを簡単に扱えるわけもなく、こいしは持て余していた。
(どうしよう……どうすれば……)
「すまんな。困らせてしまったな」
○○の申し訳なさそうな顔をみて、こいしは慌てて首を横に振った。
「そ、そんなことはないわ! 好きと言われて私も……その、嬉しいし……」
「そうか、良かった……」
○○の安堵した表情を見て、今度は少し悪戯をしたくなり、こいしはあることを思い付いた。
「うん、そんなに私のことが好きなら、今度からは○○が私に会いに来てよ! 私は全力で隠れるから!」
「ああ、いいぜ。まあ、俺の能力を持ってすればこいしを見つけるなんて容易いさ」
こうして、○○とこいしのかくれんぼが始まった。
○○は宣言通り必ずこいしを見つけた。その度にこいしは○○をもっともっと好きになっていった。
そんなある日。
「やあ、○○じゃないか。最近はよく人里に来るようになったな」
○○に話しかけてきたのは、人里の重鎮である上白沢慧音だ。○○の能力や事情を理解してくれている数少ない人物である。
「ええ、人探しをするようになりましてね」
――――それを見た少女の心になにか暗く淀んだものが生まれた――――
しばし、○○と慧音は雑談をし、少し話しすぎたということを感じた辺りで慧音と別れた。
「――――なんで?」
突如背後から声が聞こえてきてビクッとして○○は振り向いた。
「!? こいし? ここにいたのか」
普段であればわからないはずはないのだが、今のこいしの気配は○○の能力を持ってしても気づけなかった。
「なんで?」
こいしは繰り返し問う。
「なんで? ってなにがだ?」
○○にはなんのことだかさっぱりわからなかった。
「なんで、私を探さないで他の女なんかと楽しくおしゃべりしてるの?」
こいしがなぜ不機嫌なのか○○にもやっとわかった。
「すまんこいし。決してお前を疎かにしていたわけじゃないんだ」
しかし、○○には理由はわかっても、こいしの中に生まれた何よりも暗いものの存在には気づけなかった。
「そう……そうだ! いいことを思い付いたわ」
こいしは満面の笑みである提案をした。それは地底のどこかにこいしが隠れるというものだった。必然的に○○もこいしを探しに地底へ行くことになる。だが、○○は快く承諾した。
――――こいしの目は暗く濁っていた。○○はそれに気づくことができない――――
こいしの計画は完遂されるはずだった。○○を地底に呼び、そして、己だけのものとするために地霊殿に縛り付ける。そうなる、はずだった。
もう一週間経っている。しかし○○はこいしの元に訪れない。こいしは自分の爪をガジガジとかじり、出血するに至っていた。
なぜ来ない? また女か? 様々な疑問がこいしの胸に去来する度にこいしの胸の暗く淀んだものが大きくなる。
そして、こいしは○○を探しに行った。
結論から言うと、○○は見つかった。ただし、食い荒らされた状態でだ。
「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
この瞬間こいしの中の何かが完全に壊れた。
こいしの絶叫を聞き付け、旧都代表の鬼、星熊勇儀はそこへやって来た。その時には、こいしは震えるばかりで、どんな質問にたいしても「わたぢのせいだ」と泣きながら繰り返すだけだった。
勇儀は大体の事情を現場から推理し、
さとりに話し、こいしと○○の死体を渡した。
さとりはこいしをこんなにした○○の死体を憎らしげに見つめ、お燐に言い、灼熱地獄に落とさせた。こいしには落ち着いたら話そうと決めた。
それからしばらく、こいしは心身が衰弱しているということで、地霊殿で療養した。
そして、さらに数日が経過した。
「こいし! あなたそんな状態でどこへ行くというの?」
こいしは虚ろな目をさとりへと向けてニコッと笑い言った。
「……お姉ちゃん、○○のところに決まってるじゃない」
こいしは冗談でもなくそう言っているのだとさとりは理解し、戦慄した。
「なにを、言っているの? ○○は死んだのよ? もうどこにもいないのよ!」
するとこいしは激昂し、さとりの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「かっは!」
「○○は! ○○は死んでない! ○○は待っているのよ。私を……かくれんぼの鬼は見つかったら交代しなくちゃいけない……だから今度は私が○○を見つける番」
そう言ってさとりを離し、こいしは歩き出した。
「ま、待ちなさいこいし!」
こいしは立ち止まり、グリンと首だけを回し、さとりを見た。
「ヒッ!」
さとりは言えなかった。○○を灼熱地獄に落とさせたことを。そんなことを言えば殺されかねなかった。
こいしはもう戻っては来ない。さとりは確信した。
「もう、みんな煩わしいなあ。私を見つけて良いのは○○だけ。○○を見つけて良いのは私だけ。貴方だけが私を見つけてくれて、私だけが貴方を見つけられる……くふ、くふふふふ」
こいしは虚空に向かってそう言った。
その後、こいしの姿を見たものはいないという。
最終更新:2012年11月12日 13:08