幻想郷に来て、ひと月以上が経った。
外の世界に比べて、危険も多いが、現代社会の忙しさよりはマシだった。
それに、彼には外の世界に戻れない事情があった。


青年、●●は外来人である。
彼は外の世界では、いわゆるワーキングプアだった。
就職氷河期のため、たとえ安月給でも、仕事を選ぶ余地がなかった。
大学卒業後は奨学金への返済に加え、まだ小さい妹への学費の支援もしなければならず、
彼は生活に困窮していた。

学生時代、経理のバイトをしていた消費者金融の経営者である女性に、
自分から金を借りるよう催促されたが、返済できるあてがないので、断った。
しかし、彼女はしつこく、顔を合わせるたびにそのことを言うので、
彼は彼女の住居に近づかないようになり、次第に疎遠になっていった。

そして、元来お人よしの彼は人生最大の失敗をしてしまった。
彼の学生時代の後輩の連帯保証人になった次の日に、後輩と連絡が取れなくなってしまったのだ。
公立小学校教師という立場から、信頼できると思ってしまったのが運の尽きだ。
しかも借金の取り立て人には件の女だった。
女は、●●が後輩を探して深夜に帰ってきたとき、勝手に家に上がりこんでいた。

??「どこへ行ってたのかい、●●?よもやおぬしも逃げようとでもしていたのかのう?」
●●「ち、違う」
??「では、いったいいつになったら金を返すのじゃ?会社に連絡してほしいのかえ?」
●●「一週間後が給料日なんだ!それまで待ってくれ、頼む!」

●●はそういうと、膝を汚すのも構わず、土間で土下座までして言った。
女から感じる、言葉からは考えられない謎の威圧感に圧倒されていた。
しかし、

??「待てないのぉ」
●●「頼む!一週間だけ待ってくれ!その金で必ず返す!」

女は、いたずらを思いついた子供のように口の端を歪ませた。

??「どうしようかの……、やっぱりダメじゃな。遊びじゃなくて仕事じゃからな、今払わないとダメじゃ」
●●「で、でも金は……」

その瞬間、申し訳なさから目を伏せていた●●には見えなかったが、

確かに彼女―――二ッ岩マミゾウは笑った。
それも、犬のように犬歯を覗かせる、嗜虐的な笑みだった。

マミゾウ「代わりのものでも貰うかねぇ……やっぱ金目のものなんて持ってないしなぁ……」

マミゾウ「それじゃあ、体で、払ってもらうとするかねぇ……」

それからの生活は●●にとって地獄だった。
彼がもう少し神経が太い男なら今の状況を喜んでいただろうが、
あいにく●●は今時珍しい硬派な男であった。
彼には、付き合ってもない女性を抱くのが苦痛であった。

そして常に携帯のGPSでマミゾウに居場所を知られ、
家と会社以外の場所に行くとすぐに電話がかかってきた。
家にいるときも、合鍵を使って突然入ってくるので安心ができなかった。

●●は限界であった。



マミゾウは幸せだった。
●●の後輩と画策し、金を渡した後幻想郷へと逃がし、●●を手籠めにした。
もっとも、後輩には幻想郷は遠いところだとしか説明せず、
手持ちの現金が使えないとは知らないため、彼の想像した逃亡生活は送れないはずだが。

今日もマミゾウは●●が帰宅したのを見計らい、彼の部屋へと侵入した。

マミゾウ「●●~、今日も頼む……」


マミゾウが彼の寝室へと入ると、彼の背中が窓から落ちていくのが見えた。


マミゾウ「●●!!!」

マミゾウは人間を超えた脚力で窓の淵へ飛びつき、下を除くと、
●●は消えていた。
まるで神隠しにあったように……。

竹林で変質者に襲われた後、厳重に戸締りをした。
初めて妖怪に襲われた人を見て、急に怖くなったのだ。

●●「これから先どうすっかなぁー、俺なぁ。襲われるかもしれんなぁ」

●●は明日、妖怪用のお札をもらいに行こうと決め、早く布団に入った。



●●が寝入った後、●●がかぶっていた布団が人の形をつくるように丸まり、
そして、ついに女の姿へと変化した。
マミゾウは●●が幻想郷へ迷い込んだのを確信しており、あえて泳がしていたのだ。
自分が●●を追いつめてしまったのを反省し、心の傷を癒す時間を与えるため、今までこうして隠れていた。





マミゾウ「相も変わらず、寝顔がかわいいの●●♪」
マミゾウ「儂も反省した。今度からは匙加減を考えるから……」
マミゾウ「じゃから●●、儂以外の女子には手を出すなよ……」


ヤンデレの魔の手からは逃げることができない。

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最終更新:2015年05月06日 20:50