『狐を妻として子を産ましめし縁』というお話がある。
とある国に若者がおり、山で出会った少女と恋し結ばれ子を為した。
だが、その夫婦の生活は飼っていた犬によって終焉する。
犬に吠えられ追われた妻が、本性である狐の姿を夫に現してしまうのだ。
狐は哀しみながら山へと戻ろうとする。本当の姿をさらした以上、夫は自分を受け入れてくれないだろうと。
だが後を追ってきた夫は逃げようとする狐にこういった。
「お前とは共に暮らし子すら為したではないか。私はお前を忘れない。今まで通り、共に過ごそう」
例え種族という垣根を越えてでも愛が通じ合ったというお話である。

マヨヒガの最深部にある書庫で、読んでいた本を閉じながら私は嘆息する。
私は藍を愛している。妖怪の賢者の従者である九尾の狐を。
例え彼女が過去に傾国の魔性と言われても、大妖怪であるにしても私は彼女を愛している。
そこだけは変わらない。変えたつもりはない。

だが、彼女は私を信じられなかったのだろうか。
かつては人里の近くに家を構えてた私を連れ去り、主人から任されている屋敷の1つであるマヨイガに閉じ込めた。
彼女の愛情が深いのは解る。人の身で受けるにはあまりにも深すぎるという事も。
妬心、猜疑、不安、情念、執心。
彼女の内側で渦巻くモノが私を此処に押し込めてしまったのだ。
先の御話の中でも、信じたのは男で、逃げたのは女だった。

「○○、ここに居たのか。そろそろ寝よう」

襖が開き、肌襦袢姿の藍が書庫に入ってきた。
マヨヒガ内の時間で、もう就寝の時間なのだろう。
本を本棚に戻し彼女に近付くと、彼女は私を抱き締め頬ずりをした。

暗い寝室の中。上気した肌を寄せてくる彼女を抱き返しながら思う。
あのお互いに愛し合った夫婦でも、最初は妻が本性を現しても愛してくれると信じられず、山へと逃げてしまった。
逃げるなどせず拘束すらしてくる気性の持ち主である藍も、その根底には男が自分の元を離れてしまわないかという不安がある。

愛している、お前だけを。私は数え切れない程彼女にそう伝えた。
彼女が本当の意味で、私を信じてくれるようになるのは何時だろうか。

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最終更新:2012年11月20日 17:16