俺が幻想郷に来て、どのくらい経ったのだろう。ざっと、一年とちょっとか。
訳も分からず幻想郷に放り出された俺は、八雲紫と名乗る女性に保護されていた。
紫さんは俺のどこが気に入ったのか、寝床の面倒、食事の面倒、さらには夜の面倒まで見てくれていた。
俺も彼女の魔性の魅力の虜になり、互いに求め合う淫蕩の日々に耽るようになっていった。
だが、魔法はいずれ解けるもの。ある日、俺は紫さんに切り出した。
「紫さん。……俺、外に戻ろうと思うんだ」
なぜ、と問う彼女。もちろん、それには理由がある。
外には、俺の大事な人がいるからだ。恋人? そうじゃない。もっと、大事かもしれない人たちだ。
身寄りのない俺を引き取って、まるで本当の子供のように育ててくれた義父と義母。
俺が今、ここに在るのはあの人たちがいるからだ。だけど、俺はその恩を未だ一厘とて返していない。
それなのに、突然行方不明になって心配をかけた挙げ句、老後の世話も出来ないんじゃ未練を残さずにはいられない。
俺はその思いを包み隠さず、紫さんに話した。
俺がいた時間なんて、紫さんの人生からすれば一瞬も同然だろう。すぐに思い出に変わるはずだと、俺は考えていた。
すると紫さんは何の屈託もなく笑って、私に任せておきなさい。何の心配も要らないようにしてあげる、と言った。
彼女ほどの頭脳と能力を持つ妖怪ならば、俺のような凡人には思いもつかない解決方法があるのだろう。
俺が紫さんに全てを委ねる旨を告げると、彼女は嬉しそうにスキマの中へと消えていった。
すみません、義父さん、義母さん。俺はもう顔も見せられないけれど、どうか幸せに……。
半日ほど経って、紫さんはスキマの中から姿を現した。お召し物に紅い斑点があるのは何だろうか。
どうだったかと尋ねる俺に、紫さんはにっこりと答えた。
「大丈夫よ。きっちり『始末』しておいたから、もう心配は要らないわ」
ああ、そうか。そんな簡単な話だったのか。さすが紫さん、俺みたいな凡人には思いつきもしなかったよ。
これで何の気兼ねもなく、紫さんと一緒に……。
気が付けば、俺は渾身の力で紫を縊り上げていた。窒息させようなどという生易しい話ではない。首の骨を砕くつもりで、だ。
笑う紫。開くスキマの空間。
それが俺に覆い被さるようにして……。
大事な人たちだけでなく、最愛の人まで失わなくてよかった。
なぜか安堵しつつ、俺の意識は失われていった。
- 中と外、両方に譲れない大事なもののある○○はどうするんだろうか……と考えてたらこんなことに。
最終更新:2011年03月04日 01:14