井戸を作る蛙
井の中の蛙。それはまさに私のことだ。私はなにも知ろうとせず、小さな自分だけの世界に籠っていた。とはいえ、これは比喩表現だ。実際には色々回ったし、様々なものを見てきた。
しかし、そうしながらも私の精神は外に解き放たれず、すべての事象を他人事のように事を眺めていた。
そんな私にも転機が訪れた。そいつの名は○○。私の短い人生と永い神生の双方を合わせても他にはいない、唯一無二の私の伴侶だ。
○○はただの凡夫だった。いつもヘラヘラと締まりの無い顔をしており、浮気性も酷い。だけど、どんなにいい加減でも私の下に帰ってきてくれた。私を一番愛してくれた。だから私も怒りはしたが、信じて待ったし、私も一番に○○を愛した。
だが、人の人生とは儚いもので、○○はあっさり命を落とした。流行り病に冒されたのだ。その日、私は神事に呼ばれていたため不覚にも傍にいることが叶わなかった。息を引き取る直前、○○は私に言った。
「土地を、護ってくれ……俺が、この世で最も愛しいと、想えた……お前と……出会った、大切な……この土地を……」
そして息を引き取り、私は○○との約束を守るため一心不乱に土地を守り続けた。
が、
神奈子が来たことによりそれすら叶わなくなった。強大な風神の力は私にとって非常に厄介なものだった。善戦はしたが、あえなく敗れ、土地を奪われた。
私もここまでかと諦観し、同時に○○の下に行けるということではないかと、そんなことを考えていたが、神奈子は私を滅すことはせず、むしろ己が内に招き入れた。そして神奈子はこの土地を治める新たな神になった。
神奈子とはそりが合わないが、私としてもこの土地を守れるというのならば藁にもすがりたい気持であったため、私は神奈子の補佐をしながら土地を守った。
しかし、不快感は募るばかりだった。自分だけの力では守れていないということもあったが、何よりも他の女の手でこの土地を守っているというのが癪に障った。しかし、負けた私には選択肢はなく、どうにか生きているだけでももうけものだということも理解していた。
そんなある日、神奈子がとある女を連れてきた。
「ちょっと
諏訪子! 見てみなよ!」
「なによ、大声出して……」
神奈子の下へ行くと、とある人間の女が一緒にいた。その女を見た瞬間、私の背筋に電流のようなものが走り、直感的にその女が何者なのか理解できた。その女は諏訪子と○○の子のさらに子孫の子だった。
「――――で、この子を風祝にしようと思うんだ! って、諏訪子聞いてる?」
「え、あ、ああ、聞いてるよ……聞いてる」
神奈子は訝しんでいたが、すぐに風祝の娘のほうへ顔を向け今後の打ち合わせを始めた。諏訪子は心の中は氷のように冷たくなっていた。
――――なぜ、なぜこの女は私から奪うのか、土地だけでは飽き足らず、子孫まで奪うのか……
しかし、思うだけで諏訪子は神奈子へ何かをするということはなかった。争えば土地が荒れ、子孫の娘にも危害が及んでしまうかもしれないと考えたからだ。
また、時は流れた。
「もう、だめかもしれんな」
時は現代。すでに神への信仰は儚きものとなり、人々が信じるのは己と科学という時代になっていた。
信仰のない神はいずれ滅びる。そして私たちの存在もそろそろ危ういところまで来ていた。
「諏訪子、相談がある」
神奈子はとある提案を持ちかけてきた。それは、幻想郷への移住だった。そこではこの世界では失われた信仰があるという。そこでならまだ私たちは生きていけるというのだ。
「この土地の人間は……いや、もうどこも神を信仰することなどない。私たちは不要なのだ。ならばいっそ、私たちを必要としてくれる者がいる場所へ行こう」
正直、私は迷ってしまった。この期に及んで私は自分の命と、この土地を、ひいては子孫を天秤にかけてしまったのだ。そんな自分に嫌気がさした。もう私は彼を思うことを、疲れてしまっていた。そしてそんな私が彼を想う資格もない。だから私は彼への想いとともに土地を捨てることにした。
結果として、私の子孫である風祝、早苗も一緒に幻想郷へと来た。一瞬であるが、嬉しく思ってしまった。早苗は残っていた方が幸せであるとわかっていたのにだ。まだ私は未練を断ち切るに至っていなかった。
着いて早々、神奈子は騒ぎを起こし、私も挨拶代わりにこちらの巫女、博麗霊夢と弾幕ごっこをした。私は負けたが、久々に楽しい時間を過ごすことができた。
何もかも忘れ、心の整理が完了するかしないかくらいの時だった。
「……どうか、すごくモテますように!」
珍しく、山の上にある本社まで来て願掛けをする男がいた。熱心に何か祈ってるかと思えばモテるようになどという低俗な願いの為にここまで登ってきたかと思うと、笑いが込み上げてきた。
「ん! だ、誰だ!」
笑い声に反応して男がこちらを見た。その瞬間、私は凍りついた。
「……女の子?」
その顔は間違いなく……○○だった。見間違うはずがない。あんなに愛した相手だ。しかし、あれからかなり経っている。そもそも○○はもうこの世にいないはずだ。
「どうしたんだい嬢ちゃん?」
○○に似たその男は私に近づき、姿勢を低くした。近くで見れば見るほど瓜二つだ。名前を聞いてみた。
「俺か? 俺の名は○○ってんだ。里では飛脚をしている」
名前まで一致した。仕事はさすがに違うが、これほどまで一緒だと、生まれ変わりであるということ以外には考えられなかった。
「嬢ちゃんこそ、名前はなんなんだ?」
私は自分の素性を明かした。すると○○は驚き、土下座をした。
「す、すんません! 不敬でした! どうかお許しください!」
土下座する○○を見て悲しくなった。私の知っている○○はこんなことするやつじゃない。私の知っている○○は神だからと物怖じせず向かってくる奴だ。
――――そしてとうとう、私の中の何かは爆発した。
気付けば目の前には血だまりができていた。そこには○○が横たわり死んでいた。
○○……私に会うまでに魂が穢されてしまったんだね…………。
○○の遺体を私は地中深くに沈めた。魂が逃げられないほど深く……。
「諏訪子様? 何か音がしましたが何かありましたか?」
早苗が本殿の掃除を終え境内へやってきた。私は笑顔でちょっとここに井戸を作ろうと思ってねと答える。
早苗は井戸ですかと、不思議そうな顔をしていたが、すぐに別の場所の掃除へと向かった。
ああ、私と○○のための井戸だ。ゆっくり、ゆっくり魂を洗い上げてあげるからね。私と出会ったころの○○に戻ってね。ああ、○○……やっぱり忘れられないよ……。○○……○○……。
あとがき
うむ、なんだこれは状態。
もちょっとうまく書きたいと思ったが、
うまくいかんなあ。
もっと諏訪子の壊れ感とか、最後の締めの
「うわあそこまでするか」感を出したかったのだが……
最終更新:2012年11月21日 13:46