ぴちゃんぴちゃんと水音が響く。これは地底の館から姉に内緒で出てきた妖怪ー古明地こいしの鳴らしているものだった。
「何で私がお外に行くのを止められなきゃならないのかなぁ」
不満をぐちぐちと呟きながら裸足で川の水を蹴る。今日は橋姫がいない日らしい。
いや、家で食事をとっているのかも。
こいしは思いを巡らせそしてため息をついた。
お姉ちゃんが嫌いなわけではない。寧ろ大好きだ。でも変わり映えしない毎日から抜け出したいと思っても別に罪にはならないはず。
…要するに毎日が退屈なのだ。平和もここまでくるとうんざりだ。
無意識に行動していても、やはり意識をするととても虚しいものを感じる。
何か、面白いものがあれば。恋こがれる惨殺とか。
「あーぁ。」
こいしはまたため息をついた。幸せが逃げるとか知らない、とでもいわんばかりに。
「ここにいてもつまらないね」
誰に吐くでもなく呟いたあと、川にそって歩いてみることにした。暗い道を進むというのは好奇心が刺激される。
街路灯などない、真っ暗な道をただただ進む。すると、何かにどん、と当たった。
「!?」
「あ、すみません、大丈夫ですか」
目の前には外から来たであろう人間が立っていた。私は思わずびくりとした。
「…人間、私が見えるの?」
無意識に語りかけている、または私自身が無意識な状態だと私は空中に溶ける。要するにみえなくなる。認知できなくなる。
今の私はそう、無意識だった。なのに、この人間は!
「はぁ…?いえ、だってあなたここにいるじゃないですか」
ここにいる。私はその言葉を心の中で反芻しながら言った。
「人間、行く場所はあるの?」
時は少しばかりたって。
「遅いですねぇこいし様」
黒猫が
さとりに語りかけた。さとりはただ、紅茶を飲み続けている。
その脳内には自身の妹への心配だけが募っていて、黒猫の言葉など一文字も耳にはいっていない。
「…まぁ近いうちに帰ってきますよ、さとり様」
さとりの紅茶をゆらゆら揺らす仕草がぴたりと止まり、床にカップを落とした。
この姉、極度のシスコンである。
「へぇ、名前は○○っていうんだ!○○ー」
こいしと人間、○○は少し話しをして、少しだけ打ち解けていた。
○○は外来人という、外の外の世界から来たらしい。よって里では異端者として扱われていた、行く場所はない。
こいしはそれを聞き、
地霊殿へおいでよ、と誘った。
そして今、こいしはお家へ帰るところである。
こいしは何もなかった日常に変化を起こしてくれたこの男、○○に少しだけ興味をもった。
「お家帰ったらお姉ちゃんに紹介するね!きっと、きにいってくれるよ」
こいしは有頂天だった。
「ただいまー」
「……こいし」
妹の姿を見るなり低い声で名前を呼ぶ。○○が何か起こるのかとひやひやしていると、
「心配したわよ、こいし」
抱きついた。こいしもまんざらではなさそうだ。
何だこの姉妹…
○○がいぶかしげに見ていると、こいしが○○を指差し人間!と言った。さとりがじとっ、とこちらを見る。
少しばかり、寒気がした。いや、きっとその寒気の正体は彼女たちの胸元に光る球体のせいだ、と思う。
さとりは笑い、そしてこう言った。
「ようこそ地底へ。何かご用かしら」
冷ややかな口調。こいしが説明し、さとりは○○にこう言い放った。
「そうですか、こいしに気にいられた、と。まぁ良かったですね、妹に手を出したら命はないものと思いなさい」
わけが分からない。
そんなこんなで地底へ。○○に仕事が課せられた、それはこいしの遊び相手である。
好奇心から外へでたがるこいしを姉は繋ぎとめておきたいらしい。自由にしてあげればいいのに。そう思っていたら、睨まれた。
しかしさとりの縛りつけておく、は成功したがこいしは○○に惹かれていった。懐いていった。平凡な日常に変化を。願いを叶えてくれたからだろうか。
いつからか、それは病的に。○○がいなければ捜しに館を歩きまわり、無意識を使い○○につきまとい。
さとりの願いはもろくも崩れ去ることとなるのであった。
「ねね、○○!今日は本を読もうよ!」
こいしは楽しそうに○○に本を差し出す。○○は受け取り、ゆっくりゆっくりと読み始めた。色褪せた視界に色を乗せてくれる、恋の物語。こいしはその話に聞き入り、そして○○を見つめた。
(恋、かあ)
恋。私は○○のことが好き、なんだと思う。○○がいなくなったら心がざわぁっとして落ち着かなくなるし、見つけたら離したくなくる。そして、もっと触れ合っていたい、と思う。
「ー…おしまい」
「あ」
いつしか物語は終わっていたようだ。私は少しだけ残念に思う。
「こいし、最近こういう恋の話持ってくるの多いよな。前まではなんかこう、すごいの持ってきてたのに」
「えへへ、たまには趣向を変えてみようって。」
「…そうか」
○○はこちらへ本を差し出してきた。私は大事に胸に抱く。ふんわりとした気持ちと共に。
「…さぁこいし嬢、昼食のお時間です」
ゴーン、ゴーン。
お昼を知らす鐘が鳴った。差し出された手を掴み、お姉ちゃんたちの待つ場所へ。
時計の音が鳴り響く。
…えぇと。そうだ、食事をして、お部屋に戻ってきて…そして私はねちゃったんだ。なるほど合点がいった。
隣を見ると○○がねていた。どこか子供のようなその顔をじっと見る。
他人に触れさせたくない離したくない離れたくないずっと一緒にいたい話したい話させたくない、私の、
「私の王子様」
こいしはぽつりと呟いた。王子様といったのはきっと、自分を退屈な世界から救ってくれたからだろう。
こいしはそっと、目を瞑った。救われた。王子様がいる、これは私の理想だった。なら。
次の理想を求めるのは当たり前。
…そっと俺はこいしの隣から抜けだした。
こいしは、俺に懐いて、いや好いてくれている。とても嬉しくて、同時に悲しい。
こいしと出会った日からもうじき、一年が経とうとしている。
あの日、俺はさとり様にこういわれた。
『妹に手を出したら、貴方を消す』
と。きっとそれは嘘じゃない。あの姉のことだ、こいしが最近俺に好意を寄せて行動しているのも分かっているだろうし、こいしが近づいているので俺をどうにかしたいはずだ。
…なら。
「ごめんな、こいし」
ーさとりの部屋でー
「すみません、さとり様。俺は、」
「…よくもったわ人間。私は全部分かります、あなたがあの子を、そしてあの子があなたを。自分勝手な意見ごめんなさいね。…でも、私は」
「いいんですさとり様。俺は、忘れられますよ。」
……えぇと。ここは?
ここは、そうだ私の部屋だ!また寝てたんだ!○○が隣で、
…あれれ?いない。
…どこかなぁどこかなぁ。私の傍にいてほしいのに、
どこ、ねぇ○○?
さとりは、○○に封筒を差し出した。
開けてご覧なさい、といわれたので○○は開けてみる。
「お気遣い感謝致しますさとり様」
「…地上は少し変わったわ。それがあれば、ね」
さとりと○○は握手を交わした。
「おねーちゃんたちどうしたの」
やけに響く、声。
ふらりふらりと。歩く足取りはどこか重い。
「こいし!」
さとりがこいしに向かい話しかける。…焦点があっておらず、そしてそこには殺意を感じる。
「…何してるのお姉ちゃん」
「こ、れは」
さとりは口ごもる。まさか引き離そうとしていたなんて言えないだろう。
「…れてよ」
「こ、こいし?」
「○○から、離れてよぉおぉ!!!!!」
一撃。間一髪でよけたさとりはふらりと体勢を崩し、そこを○○はぱっと支えた。
「私わたしわたし、わたしの」
壊れたビデオテープの如く、繰り返される言葉。さとりはただその場に立ち尽くしていた。自分に対する殺意を前にして動けなくなったのだろうか。
「お姉ちゃんなんて大嫌い」
こいしは鋭い爪をさとりの喉元目掛けふりおろす。鮮血に染まる。
「っ、こいし!」
はっと我に返った俺は、血まみれの少女に呼びかける。こいしはくつくつとおかしそうに笑った。
「ふふふっ、お姉ちゃんがいけないんだぁ!私のモノに手をだそうとするから、ふふふ!!」
ゆらりゆらり、ゆらゆらり。○○のほうへと歩みを進める。
「○○も悪いよ、私のそばからいなくなるなんて。でも大丈夫!コロしたりしないからね!」
こいしはだんっ、と床を蹴る。すると、床から石の蔓が生えて、
俺の体を 待ってくれ 苦しいんだが
「○○、ずっと一緒だからね!」
頬に添えられた手が、次第に冷たくなって。
俺の視界は、暗転した。
最終更新:2013年04月01日 17:51