「別にな、天狗だからって飛ぶ必要は無いわけだ。こーして歩いていれば行きたい所には行ける。見つからんかった何かが見つかる。それで良いんじゃないかって」

彼は実に嬉しそうに言っていた。

そうなったのも、私の所為だ。




「あ? 新聞の作り方だ?」
「はい。○○さんならよく知っているんじゃないかと」
「ざけんな。新聞なんか今まで一度も作ったためしがない」
「作り方ではなくてですね、ネタですよ! 生憎私はまだ写真機を手に入れていない身ですので」
「だからって俺の写真をダシに新聞なんざ作らんでもいいだろ」

射命丸文。まだまだ新聞を作るには程遠い部署の後輩天狗。
まだまだ少ないコイツの収入では写真機を購入するなんて当分先だろう。
事実、河童の奴らの店先で釘入る様に機械を見る文の姿が見れると言うし。
だが、その帰りに菓子やら酒を買って帰るのはどうかと思うぞ。
だから金が貯まらんのだ。

「あー、そうだな。俺が写真機を使わなくなったら、譲ってやっても良いぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「あのな、当分先だぞ。それ」

けらけらと俺は笑った。天狗の寿命はとても長い。
飛べなくなるまで―――あと何百年だろうか。
その頃には目も耳も悪くなって、まるで見てくれが白狼天狗らしくなるのではなかろうか。
―――禿げ頭の白狼天狗なんて、嫌過ぎるにもほどがあるだろうが。


新聞なんかを作る気なんて、さらさらなかった。
ただ、写真機の先に広がる幻想郷と、弾幕を映していれば、俺はそれで満足だった。
写真にはありのままが映ると云うし、その有様をこうして保存して、俺が居なくなった後の世に残せればそれで良かった。
それがたとえ、古ぼけて黴臭くなったアルバムの中にあったとしても。
色あせ、埃まみれになった写真立ての中にあったとしても。

俺の感じた幻想郷が、そのままの姿で在ってくれれば、それだけで満足だった。

「そうれ、隙在りだ」

かしゃ、と写真機が動く音。
丸いレンズの先には、可愛らしい後輩。

「な、何してるんですか」
「ん? 人生の通過点の思い出に、と思って」
「一人だけ写っているのはつまらないでしょう? それに今、私は笑っていませんでしたし。さ、先輩もこっちこっち」
「ええい、腕を引っ張るんじゃない。―――わかった、撮るから。一緒に撮るから」

撮影の時間を調整し、音の出るまで数秒。
その間、二名の天狗は笑っていた。

その写真が、文の手に渡った数日後―――

「―――ん、ありゃー……文か?」

先の方にいるのは、文と……巫女か?

「おい……何をしているんだ」
「―――あ、先輩」
「お前が先輩って呼ぶときって、なんか俺にとって不都合な時だけだよな」
「そうね。その天狗にとってはこの状況、面白くないものよね」
「おー、博麗のか。俺の後輩が何かしたか?」
「いいえ、そこのは正しい仕事をしていただけよ。丁度この山の先で騒ぎがあってね。その通過点にここがあっただけなの」
「あぁ。んで、越えようとした矢先にこの戦闘烏がちょっかい出したと。―――やっぱお前戦闘部隊向いてないわ。報道部隊に行け。写真だけが新聞を作る手段ではないぞ」
「この状況で説教ですか。気楽なものですね、先輩」
「まぁな。伊達に歳はとってない……さて、さっさと行ったらどうだい? こちらとしてもこの馬鹿をどうにかせにゃならん」

「そうね、そうさせてもらうわ。―――貴女、彼に感謝するのね。碌な戦闘の方法も写真機も持たぬ天狗が、私を倒せるわけがないもの」

その瞬間だった。文の表情が変わったのは。
妖怪である自分を。自らのちっぽけなコンプレックスを刺激され、冷静でいられるわけが無かったのだ。

「この―――巫女風情がァッ!!」
おびただしい数の弾幕を巫女に放つ―――が。

「危ないな……無抵抗の奴に弾幕を放つなんて」
○○は写真機に「映し」、消し去っていた。

弾幕は無意味―――そう結論付けると、手は勝手に扇子に伸びていた。

「おいおい……それは反則だろう?」
「知った事ではありません。そこを退いて下さい、先輩。その侵入者には相応の罰を与えなくてはいけません」
「あのな、さっき本人から聞いただろ? ただの通り道だって」
「この天狗、聞かんぼうね」
「カラスから成りたてでね。若いって青臭いからな」

「先輩、この扇子は……一振りで家を吹き飛ばし、二振りで大木をなぎ倒すんです」
「ほー。で、三振りでどうなるんだ?」
「さぁ? それを今から実践してみるんですよ! そこの巫女で!!」
「おい馬鹿、そういう力の乱用は良くない。少し考えろ」
「うるさいっ」

一振り―――二振り―――そして、三振り目。
風が、凶器となって二人に向かって行ったのが、文の眼に残っていた。

「あぁ―――糞ったれ」

こんな目に遭うと予想していたなら、食っちゃ寝の生活なんてしなけりゃ良かったな―――

「おい、博麗の」
「何よ」
「あの馬鹿に気絶する位の、お見舞いしてやれ。あの風は俺がどうにかするからよ」
「―――そう」

放ち慣れない弾幕を風の刃に向けて、放つ。
―――光の弾は、瞬く間に両断され、消えていった。

「―――ちぃ」

自分の背後では巫女が弾幕の用意をしている。
だが、自分の弾幕ではどうすることも叶わない。
―――ならば

「写真、もっと取ればよかったな―――」

精一杯の弾幕を一点に放ち、風の刃ひとつをどうにかかき消した。
そうして、残る二つが襲いかかるのと、巫女が文を墜落させたのを見て―――

直後、天狗は初めて、落下を知った。


「あ、眼が覚めたんですね」
自分が布団で横になっている事に気付かされた。
「椛……か。俺はどうなった?」
「いきなりですね。―――知りたいですか?」
まるで、言いたくない―――知らせたくないといった声のトーンだった。
「教えてくれ。自分じゃ自分を見れないんだ」
「○○さん。まだ文さんは貴方の現状を知りません。その上で聞いて下さい」

「何となくわかるでしょうが、文さんの扇子の風で、貴方は襲われまし
た。一つは弾幕で対処しましたが、残る二つは身体で受け止めてしまった―――巫女から聞いた話です」
横たわったまま聞いている天狗。
「そして―――文さんの放ったカマイタチは、貴方の……」
ききたくなかった。
あのかわいい後輩に、自分をこんな目に遭わせたと知られたくなかった。

「貴方の羽と、左腕を切り落としました」

―――あぁ、そんな予感がしていた、と。
その事実はすんなりと。彼の中に落ちた。

その後は椛の話を聞くだけだった。
その話を聞く限り、文は自分の現状を知らず、知ってしまえば―――といった所だ。
知らせる気は無いし、伝えようとも思わない。隠しておこうという気にはなっていたが、風の噂を聞きつけるあいつに、何処まで隠せるかどうか。

「椛、俺の荷物を持ってきてほしい。布団だとか大きなものではなくて、金と服と靴を」
「―――靴、ですか」
「あぁ。もう山には戻れない。あいつ―――文に今の俺を見せるつもりはないよ」
「そんな。文さんにどう伝える気ですか? その姿で……」
「俺じゃあないよ。椛、お前が伝えるんだ。なぁに、幻想郷巡りをしてくるとでも言っておけ」
「―――逃げるんですね」
「卑怯者だからな。……あぁ、そうだ。写真機、文に渡しておいてくれ……俺にはもう、必要無い」

悲しかった。
つらかった。
でも、それを知れば文はそれ以上につらい思いをする事だろう。
あいつには未来がある。天狗としての輝かしい、それこそ何千年と。これから先。
その未来に影があってはならないんだ。こんな事でへこたれる様な、そんな女では駄目だ。

あいつに嘘をつくなんて。本当に思ってもみなかった。

「―――あれ、私……」
「あ、気が付いたんですね」
見慣れた自室の天井。覗きこんでくる知り合いの白狼天狗。
身体のあちこちが痛む。あの巫女にこっぴどくやられたのだ。
痛む身体を無理矢理起こし。眼に映ったのは……見慣れた写真機。
「あれ……これ、先輩のじゃ……」
「○○さんは旅に出るらしいので、文さんに渡すように頼まれたんです。もう写真を撮るつもりもない、と」
ぼやける頭で考える。
彼が写真を撮ることを止めた。旅に出たから?
何故今? 何かあったのだろうか?

様々な思考が渦巻いていた。
けれども彼女の手は、無意識に機械に伸び、それを手にしていた。

「あー、糞。地面がこんなにも歩き難いだなんて思いもしなかった」
腐葉土の積もった道を草履を履いた足で進む。
湿った為だろう。くしゃ、ぐちょ、と嫌な音が耳に届く。
湿ったにおいが、足元の状況が、視界の悪さが重なって、旅路は早くも悪いものとなっていた。

がさり

「―――あ?」

がさ        がささ
  がさがさ           ぱき
        ごそ

「――――――」

何かが茂みや、暗がりからやってきていた様だ。

野生的で、体毛のある、自らの腰辺りまでの身体。
牙を持ち、熊とまではいかないが、凶暴で獰猛な獣。

「糞、猪かよ……翼さえあればなぁ」
突進をよけ、ぬかるんだ地面に足が―――着かなかった。

「―――えっ」

足元には、暗く、深い、ぽっかりと口を開けた―――闇があった。
羽の無い天狗は、声をあげる事を忘れて―――呑み込まれた。

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最終更新:2013年04月01日 18:06