“どうしたのだ!?こんな…”
“すぐに縫ってやる…痛むが我慢してくれ…”
“すまない…○○…”
「………朝か。」
ずき…。
“こんな大きな傷、縫わなきゃ膿んじゃいますよ?”
「ちっ…くだらねぇ事思い出させやがって…。」
初の心にさざめく夜は-ep.2-
あれから私は、暇を見ては○○さんの元を訪ねるようになっていました。
彼の態度は相変わらずですが、同時に無理に追い返すでも無く、のらりくらりと受け流すだけ。
人当たりが最悪な人なのだと思っていたけど、それも少し違うのかもと感じ始めていました。
お祖父様の話を訊く事が目的ではありましたが……今思えばこの時の私は、初めて同じ剣士と知り合えて、嬉しかったのだと思います。
…いつもの仏頂面と性根の悪い笑み以外は、決して見せてはくれませんが。
「その刀、ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「それは構わねえが…落としててめえの足に刺すなよ?」
「あのですねぇ、私を何だと思ってるんですか……。」
「ん?コケシの亡霊。」
はぁ…まぁいいや、一々つっこむのも疲れちゃった…。
さて、どんな物なんだろ…。う……こ、これは…。
「随分使い込んでますね…鞘から赤い粉が出てますよ…。」
「その場で払うのも限度があるからな、多少は中で血も固まるさ。」
それだけじゃない、この刀、少し血の匂いがする…本当に、一体どんな扱いをしたらこうなるのやら…。
清めたりはしてないのかな、その内刀に怨霊でも取り憑いちゃいそうだけど…。
「これ、危なくないですか?怨念でも憑きそうな気配があるんですけど…。」
「逆だバカ、下手に清めたりすんのは、そいつに失礼なんだよ。
……まぁ、もう違う所に憑かれてるしな。」
「へ?」
「いやー、やっぱこの仕事してるとさ、恨み辛みは色々と買う訳よ。
ほら……お前の後ろ、こないだブッ殺した妖怪ババアがすげえツラして立ってんだけどさぁ…。」
「ひいいいいい!?」
「ひゃひゃ、嘘だよバーカ。」
く、くっそぅ……。
「じゃあ、また来ますね。その…傷の具合も心配ですし。」
「生憎悪運は強え方だ、簡単にくたばれるタマじゃねえよ、コケシよ。」
「妖夢ですよーだ。そっちこそ亡霊みたいな髪型してる癖に。」
「あぁ!?馬鹿野郎、長髪は男の真の魅力を引き出すなぁ…」
「ふふ、さようなら!」
さて、うるせえのも帰ったし、一息付くか…ったく、おちおちごろ寝も出来やしねえ。
「くす…満更でもなさそうですわね。」
この声は…クソッタレ、最悪な時に来やがる。
「…不法侵入は犯罪だと思いますがねぇ、妖怪行き遅れさんよ。」
「まあひどい。私に年齢など在って無いものですわ。
さて、私が直々に来たと言う事は…解りますわね?」
「…依頼状を見せな、急ぎだろ?」
「ええ、こちらに。」
……成る程ね、『アレ』絡みか。
また手間になりそうだな。
「報酬は弾みますわ、是非とも今夜の内に。」
「…俺に拒否権がねえのは解ってんだろ?
まあいい、さっさとブッ殺して寝酒としけこませて貰うぜ。」
「ふふ…健闘を祈りますわ。」
はぁ…まだ和菓子屋さんが開いてて良かった。
さて、お使いも済ませたし、後は……あれ?
「○○さん…?」
あの布を纏ってる…それにあの目は…まさか!?
仕事に向かうと気付いた私は、ばれないようにこっそりと後をつけて行きました。
人里を離れ、やがて本格的に夜が深まるまで歩き続け、辿り着いたのは深い森。
彼はそこで立ち止まり、そして近くの木に飛び乗りました。
「オイ…何か匂わねえか?」
「ああくせぇくせぇ、人間の匂いがするぜぇ。」
声がする…あれは…妖獣だ。
「ひひ…近くにいるなぁ…。」
「ああ、貢物は頭領に喰われちまったし…ここは俺らで美味しく頂こうじゃねぇか…。」
「出ておいでえ、どこかなぁ…そこかぁ!」
「上だよバーカ。」
本当に、一瞬の事でした。
彼は飛び降りた勢いで一匹の首を切り落とすと、そのままもう一匹の首を切り落としました。
あの斬撃は…確かに魂魄の剣だ。
「貴様何者だ!?」
仲間がいる!?
多勢の妖獣が、次々に現れてくる…あんな数を一人で相手にするつもり!?
「貴様よくも…けぺっ!?」
彼は容赦無く鎖分銅を敵の頭に打ち込みました。
飛び散った脳髄が顔に掛かるのを気にする気配も無く、そのまま群れへと突っ込んで行く…。
「こしゃくな…な!?」
前傾姿勢で敵に突っ込んで行ったかと思えば、次々に、的確に足首を斬って行きました。
巧い…確かに妖怪相手でも、あれなら確実に動きを止められる。
でも…ここからどう倒すつもりなんだろう。
今のままじゃ、あくまで封じただけだ。
「お兄さん強いねえ…だけどあたしのこれはどう!?」
「………!」
弾幕だ!!
まずい…近接戦を主とするあの人じゃ、太刀打ちなんて…。
「うぜえなクソッタレ!妖怪らしく手掴みで襲って来やがれ!」
「あはははは!!ダメだよそんなの、蜂の巣にして血を啜るのが良いんだから!」
「ちっ…言ってろ変態女!」
「きゃっ!?」
あれは煙幕?確かに目は誤魔化せるけど…何をする気?
「あーびっくりした…あらら、隠れちゃったの?だけど無駄だよぉ。
人間の割にはよく頑張ったね。
でも人間が短時間であんな動きをしたら…きっと息が上がっちゃうだろうなぁ。
本当は疲れていっぱいいっぱいなんでしょ?お兄さんの汗の匂いがするもの。」
そうだ、彼は人間…短時間であの戦いを繰り広げたら、その疲労は…。
「お兄さん結構あたし好みだね。
だから顔に傷が付かないようにぃ…あたしの爪で蜂の巣にしてあげる。
さあ、出ておいで…そこにいるんでしょ?
ほら、さーん…にーい…いーち…」
“どんっ…”
その時、激しい爆発音が身体を通り抜けて行きました。
敵の肉片がびちゃびちゃと音を立てて木に貼り付き、そして爆風の中に、吹き飛ばされる彼の姿が…。
あんな至近距離で、爆破の妖術を使ったと言うの…!?
あんな事をしたら、自分だってタダじゃ…。
「ぐあっ…!あー、クソッ、だから弾幕は嫌いなんだよ…。」
木に叩きつけられた彼は、額から血を流しながらも、また刀を握りしめました。
敵はまだいる…立ち上がった彼の目付きを見た時、この戦いはまだ終わりでは無いと感じたのです。
「これでザコは全部か…さて、後はてめえだけだ。出て来いや。」
「見事だ人の子よ…よもや我だけになるとはな。
だが…貴様は許せん。生きたまま喰ろうてくれる!!」
男の身体が、みるみる内に変態して行く。
体毛が身体を覆い、妖気が目に見えて辺りに漂って行く。
そして彼の目の前で、途方も無い大きさの、熊の妖獣が叫び声を上げたのです。
「恐ろしかろう?我が一族に牙を剥いた報い、その血肉で贖ってもらう…!」
「おーおー、随分とまあ図体だきゃあでけえ熊さんなこって。
はは、こいつあ良いぜ…今日の肴は熊鍋だぁ!」
「ほざけ小僧が!」
敵がその爪を振り下ろす度、風圧が隠れている私の所にまで飛んで来る。
何て力なの…あれが、妖怪の本来の姿…。
「ひゅー、涼しいなぁおっさんよ!夏ならあんた一儲け出来るぜ!」
「口ばかりは達者だな小僧!どうした?避けてばかりでは我は倒せぬぞ!!」
「まあ、待てよおっさん…そこだ!」
…巧い!
相手の腕が振り抜かれた隙に、彼は足元へ駆け込んで行きました。
あの体格差なら、確実に足首を…。
“ぎん…”
「………!?」
嘘…刃が通らない!?まさか…。
「ふん…ナメられたモノだな。」
その直後、彼の身体が宙を舞いました。
横薙ぎに敵の拳を喰らい、その衝撃のまま、森の中へと叩きつけられて。
剣が効かない…やはりあの体毛は…!
「ごはっ!!」
「思い知ったか人間よ…我の体毛は、どの様な攻撃も効かぬ。
鋭い刃も、強力な弾幕でもだ…!」
「へっ…おっさんの体臭で…弾が避けてんじゃ…ねぇのか……ぐあっ!!」
「まずは良くやったと褒めてやろう…だが、所詮は人の子。
こうして握り締めてしまえば、木の枝よりも脆い。」
まずい!あのまま握り締められたら、身体がバラバラになってしまう…。
助太刀に入るなら今しか…。
「貴様に受けた屈辱、生きたまま噛み砕かれ味わうが良い…我の牙が、貴様の地獄の入口だ…」
「………地獄を味わうのはてめえだ。」
“ずっ…ごくっ…”
えっ…何を…。
「…てめえがバカみてえに口開けんの待ってたんだよ。いやー、臭え息だなオイ。」
「くく…気でも触れたか?
我の口にその様な玩具を放り込んだ所で、丸飲みされるのに変わりは無いぞ?」
「…まあ、“何もしてなけりゃ”な。」
敵の口に、鎖分銅を…あんな事をしたって、意味なんて…。
「俺ぁこう見えてビビリな性分でよ、万全には万全を期さねえと気が済まねえんだわ。
……あの変態女の相手をした時、俺が何を使ったか覚えてるか?」
「………………!貴様、まさか…」
「…そうさ、隠れてるついでに、分銅を苻で簀巻きにしといたんだよ……中からてめえを吹っ飛ばす為にな。」
「貴様あああぁあああぁ!!!!
ならば道連れだ!爆ぜると共に握り潰してくれる………何故だ!?これ以上指が入らない!?」
「言ったろ?俺はビビリだってよ。
……だから切り札っつーのはなぁ、誰にも見られず、且つ常に使うべきモノだって考えててな。
体毛自慢は、てめえがさっき散々したじゃねえか。
だから俺も着てんだよ……地道にブッ殺して集めて来た、『妖怪の髪で編んだ帷子』をな。
…ま、それでも肋の一、二本は持ってかれるけどよ。
さーて…地獄の入口はてめえの腹に空くぜ!閻魔さんが花火で歓迎してくれるってよ!!」
「貴様…貴様あああああ!!!!」
“どごぉ…”
飛び散った血肉がそこら中に舞い。
それは、隠れていた私の顔の方にも飛んで来ました。
だけど…目を反らせられなかった。
血煙の中に立つ彼の姿は。
私の目には、何よりも危険なモノに見えたのです。
「く…くく…やりおるわ…これでは我も、すぐには元には戻れまい…。
だが…あくまで『倒しただけ』に過ぎんぞ?我らの大半はまだ生きている…必ずや貴様の首を…」
「……そーだな、確かに『倒した』だけだ。
だけどよ……誰が『殺さねえ』つった?まあ見てな。」
倒した妖怪達に、彼は一枚一枚札を貼って行きました。
あれはさっきの符とは違う…あの赤い文字は一体…。
「くく…何をするというのだ?よもやただの人間ごときに、我らを封印出来るとでも?」
「そんな御大層なもんじゃねえ…やり方さえ知ってりゃ誰でも出来る、簡単な妖術さ。
……あれは俺の血で書いた符だって言えば、意味は解るよな?」
「…………貴様!?」
「……そうだ、あれは“呪符”……呪いの類だよ。」
“ぼっ……”
「ぎゃああああああぁ!?」
「熱い…熱いいいいいいい!!!」
倒れた妖怪達が、炎に包まれて行く。
ある者は転げ回り。
ある者は、水を求めて這いずり回り。
だけどその炎は、決して消える事はありませんでした…。
「アレは呪われた奴が『本当に死ぬまで』燃え続ける代物でよ…再生されれば、またそこが燃えて生き地獄。
あいつらの精神が壊れるまで、ずーっと燃えんのさ。
てめえら妖怪にとっちゃ、たまんねぇ一品だよなぁ?」
「卑怯な…貴様に誇りは無いのか!?」
「あんたに言われたかねーな。
大体誇りなんざ一文にもなりゃしねえ、俺みてえな弱っちい人間様がてめえら殺すにゃ、そんなモン犬の糞だ。
俺ぁただ、ねえモン補って戦ってるだけよ…力が足りないのなら、頭と技を伸ばせばいい。
単純だろ?人間も、オツムならてめえらともタメ張れるからな。」
確かに言葉通りなら、あの戦いは人間らしいやり方だ。
奇襲を掛け、的確に急所を狙い、罠に嵌める…理屈だけなら、自分より強い者に勝つ為の戦法。
でも同時に、彼の戦いは狂気じみている。
爆破の衝撃も厭わず敵を罠に嵌め、防具があるとは言え、隙を生む為に命の危険すら省みない。
あの人は、死ぬのが怖くないの…?
「…ただまぁ、アレは数が多い時用だ。
本来はな…俺は動けなくさせてからいたぶるのが、好みなんだよ。」
刀を構えた?
いや、違う…あれは技の構えじゃない。あれは…
_____純粋に、切り刻む為の構えだ。
「あああああぁっ!???」
「お前は特別だ…ゆっくり切り刻んで殺してやる。」
次々に、敵に刃が突き立てられて行く。
目を抉り、手足を少しずつ刻み、腹に開いた穴に刃を刺し、脊髄をごりごりと痛めつけ…。
悲鳴が際限なく鳴り響いて、血肉がどんどん飛び散って行く。
その虐殺を続けながら、彼は何処までも楽しそうに笑っていました。
まるで玩具を壊す様に。
それが生き物だとは、欠片も思わない様子で。
ああ…昔見た事がある…。
彼のあの顔は…。
_____人間を喰らっている時の妖怪の『それ』と、同じモノ。
「…ちっ、もう死んじまったか。つまんねーの。さて……隠れてんだろ?出て来いよ。」
バレた!?
いや、違う方に向かってく……あっちの草叢に何が…。
あ、出て来た。あれは人間?
「た、助かりました!あいつらに攫われて、もうダメかと…」
見た所、外来人のようでした。
○○さんはその人に近付き、手を伸ばしています。
立たせて上げるのかと思い、○○さんが片手を掴むと。
“ざくっ…”
次の瞬間、外来人の手から指が消えました。
「あ…あぎゃいいいぃ!?指があぁあああああ!!!!」
「ギャーギャー騒ぐんじゃねえよみっともねえ。
……さて、尋問のお時間です。場合によっちゃ生かしてやるが…まずてめえの名前は?」
「ひゅー!ひゅー!××です、だから助け…「よし、クロだな。」ひあああいいいぃいい!?」
こ、今度は耳を……うっ…。
「さっきの熊親父の腹からこんなん出て来たんだけどさぁ…お前、このガキの生首に見覚えあんだろ?
見ての通り、まだロクに消化もされてねえ。こいつを供物にあいつらけしかけたって所だろーが、てめえの後ろにゃ誰が付いてる?」
「し、知らない!私は何も知らない!」
「あっそ、じゃあ片足お別れですねー。」
「ぎゃあああああぁあ!?」
惨い…人間相手にすら、平気であんな拷問を…。
何で…何であそこまで残忍になれるの!?
「わ、解った!言う、言うから命までは…!
妖怪の剣士に誘われたんだ…“帰還に必要な金をやるから、里の娘を餌に奴らをけしかけろ"って!外に娘がいるんだ、頼む!!」
「ほー、なるほどねぇ。
………だけど、喰われたガキも、『誰かの娘』だよなぁ?」
「う……そ、それは…。」
「てめえは殺すって事をナメ過ぎなんだよ。
命を奪うってなぁ、そいつが生きて来た時間と未来、その全てを奪う事さ…。
軽々しく、自分の力を使いもせずにそれをやってのけたてめえは…俺やあいつらと大差ねえ。ただのバケモンだよ。」
「ふ、ふざけやがって…あいつらも人間を喰うだろう!俺達が牛や豚を喰うのと同じだ!
こんな世界のガキなんかどうでもいい、私は目的の為に必要な手段を取ったまでだ!」
「ご名答。
そうさ、屁理屈ぶっこいたって、結局は俺も自分の目的以外はどーでもいい。
……だから、それに邪魔な奴をブッ殺しても構わねえよな?これを見ろ。」
彼が懐から取り出した文を男に突き付けると、男の顔がみるみる内に青褪めて行きました。
あれに書いてある内容は……。
「見たろ?これが俺に来た依頼状だ。
“人里の襲撃を企てし妖獣の一族。
並びに、里の幼子を攫い、妖獣の煽動を企てし外来人・××の抹殺を命ず”
…つまり、最初からてめえも的だって事さ。」
「ひ…嫌だ…死にたくない…」
「てめえがあいつらに喰わせたガキも、同じ事言ったんじゃねーの?ま、どうでもいいけどよ。
ただ、一つ教えてやる…喰うか喰われるか…殺すなら、殺される覚悟も必要だってな。」
「やめて…剥がして…」
「呪符も刀ももったいねえからな、そいつはただの発破用の符だ。
喜べ、楽に死ねるぜ?てめえならすぐにドカンよ。
ほら…さーん…」
「い、嫌だ…」
「にーい…」
「わ、私はやり残した事があるんだ!だから…」
「いーち…」
「し、死にたくない!助け…」
「…ゼロだ。」
どん、と言う爆発音の後に残ったのは、血と炎の匂いだけ。
○○さんは全身に飛び散った血を浴びたまま、下半身だけになった男を見下ろして、笑っていました。
まるで貼り付けた能面の様な。
それでいて、悪鬼にも見える様な恐ろしい笑顔で。
ずっと。
ずっとそこに立ち尽くしていました…。
「………覗き見は趣味が悪いぜ?出て来いよ、コケシ。」
………やはり、気付かれていましたか。
草を掻き分け、改めて彼の方に近付くと、あの時と同じように、足元に血だまりが出来ていました。
ただそれはこの前の比ではなく、どちらかと言えば、雨にでも打たれたように真っ赤に濡れている。
彼の顔も、返り血でびちゃびちゃに濡れていました。
「……ここまでする必要は、無かったはずです。
一度倒してしまえば懲りるはずですし、この人だって、どの道地獄行きは避けられません。」
「……何が言いたい?」
「それに捨て身の戦法ばかり取って、あなたは自分の身すらまともに案じようとしない…そこまでして、殺す必要があるのですか!?
剣士が命を賭けるのは、何かを守ると決めた時です!!……あなたは、あなたは違う!!」
「……だけど、止めようとはしなかったよな?」
「…………!!」
「その気になりゃ、てめえは俺がこいつを吹っ飛ばすのを止める事だって出来た。
でもそれをしなかったって事は、心の底じゃあ、こいつあ死んでも構わねえと思ってたって事さ。
大体、何で着いて来た?お前は見たかったんだろうが、俺が“殺す”瞬間をよ?」
違う…。
「大義名分なんざ、結局犬の糞以下さ。
俺らはどいつもこいつも同じさ…闘う事、斬る事、そいつが楽しくてたまんねえだけよ。」
違う…!
「“何をしてでも殺す。”前に言った通りさ…命を奪うってのは、こう言う事なんだよ。」
______________!!!!!!!!!!
“パンッ!!”
「最低です……あなたはただ、殺戮を楽しんでいるだけだ!!」
私は、そのまま彼に背を向けてその場を去りました。
違う…本当は彼の言った通りだ。
心の何処かで、私は彼がどう“殺す”のかを見れる事を期待していた…!
だってあの時私は、止める事どころか、助太刀すらしようとしなかったじゃないか。
ただ本当の事を言われて、当り散らしただけだ…。
平手打ちをした時に残った痛みが、掌でじんじんと響いて。
その痛みは、私自身の心の醜さを、深く突き刺してくるように思えました。
人里の入り口を、赤い布を纏った男が通る。
がしゃがしゃと装備の軋む音が足音の代わりに響き、その後ろには、足跡の代わりに血の跡が延々と続く。
男の右手には、喰われた幼子の生首が一つ。
そしてその足の進む先には、一組の夫婦が立っていた。
「ほらよ、てめえんとこの娘だ。」
「……そ、そんな……!?」
「生憎だが、俺がやりあった時にはとっくに喰われた後だったよ。
運が無かったとしか言えねえなあ…ま、助けろとは言われてねえしよ。」、
「お前、見殺しにしたのか!?」
「さてね。まあ、喰ってくれた方が奴らを殺るにゃ都合が良かったが。」
「化け物め……この、人でなしが!!返せ!娘を返してくれ!!!!」
帰路を辿る男に、何処からとも無く石の礫が投げつけられる。
しかし装備に身を包んだままの男にそれはあまり意味を成さず。
時折生身の箇所にかすり傷をつけても、男は意に介す様子は見せなかった。
“最低です……あなたはただ、殺戮を楽しんでいるだけだ!!”
「ちっ…いってーな。」
一度頬を押さえ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ。
男は、やがて外れに建つ自宅の戸を開けた。
「○○…よく生きて帰ってきてくれた。」
そして彼を出迎えたのは、人里の守護者であるはずの、上白沢慧音その人。
慧音は目に涙を浮かべ、心から安堵の表情を浮かべながら彼を家へと招き入れた。
「けっ……守るモンぐれえ、俺にだってあんだよ。コケシが。」
「…?何か言ったか?」
「何でもねーよ。独り言だ。」
血の跡も気にせず、どかりと彼は畳に横たわると。
やがて静かに、彼の小さな寝息が聞こえるだけだった。
続く。
最終更新:2013年04月01日 18:44