神隠しというものをご存知だろうか?
 なんの脈絡も無しに唐突に人が消え去ることである。
 なんらかの事件に巻き込まれた、人には言えない秘密があってやむを得ぬ事情があり失踪した。
 消えた人の周りはそう口々に推測するが、実際はそうではない。

 そう、幻想郷と呼ばれる妖怪物の怪たちの楽園、そこの管理者たる八雲紫こそが主犯なのである。

「この俺こと○○は、神隠しをされて今はマヨヒガと呼ばれる不可思議な空間にある屋敷に身を寄せている」

 ぐるりと部屋を見渡し誰も聞いていない事を確認。

「八雲紫…奴にとって俺は何故生かされているのか…あんなナリでも妖怪っ!いつ食われても可笑しくは無いっ!」

 ババッと両手を広げ無駄に格好をつける。

「そう!俺はただの非常食!だがただ手を拱いて燻ぶる俺ではない!」

 テンション上がってきた。

「ヤラレル前にヤレ!昔の人は言いました。一番、○○行きま~す!」

 勢い良くふすまを開ける、そりゃもうバシン!と音が鳴るくらいに。

 視線を下に向ければ布団。

 ただの布団ではない。

 膨らんでいる布団だ。

 中身は当然アレ。

「…ふ、ふふ、ふふふ。紫…貴様は妖怪でありながら惰眠を貪るお寝坊さん。叩いて起こしても起きやしねぇ!」

 だからこそ隣で騒いでも問題は無い。

 と言いつつもこそこそと布団の足元の方に移動、ゆっくりと正座する。

「お邪魔しまーす」

 静かにゆっくりと、それでいて洗練された完璧な動きで頭から突入する。

「おお!これはっ!…この香り!足だ!間違いないっ!……ハァハァ」

 げしっ!

 顔面を蹴られて布団から追い出された俺は、痛む鼻を押さえて悶絶する。

「ぐおっ!ってぇ…」

「…ちょっと○○、なにしてんのよ…」

「……オハヨウゴザイマス、朝餉の用意がデキマシタ。」

「○○…毎度こんな起こし方はやめてよね…」

 紫はため息を付きながら身を起こした。

「んじゃ起きた所で藍さんに迷惑がかからない様にさっさと来てくださいね」

 そう言って俺はさっさと食卓の間に行く。

 居の間ではてきぱきと忙しそうに藍さんが動いていた。

「起こしてきましたよ、まぁすぐに来るとは思います」

 そういってテーブルのいつもの席に座ると藍さんが同時にお茶を淹れてくれていた。

「あ、ありがとうございます」

「なに、紫様を起こす事に比べれば大したことじゃない」

 そういって藍さんは優しく微笑んだ。

「なにいい雰囲気だしてんのよ、もう…」

 紫がのっそりとこっちをジト目で見ながらやってきた。

「だいたい○○、私の寝込みを襲ってきたくせになんで藍と…ぶつぶつ」

「え!○○、紫様にそんな事をしたのか!」

「だって普通にやってたら起きないじゃないですか。本気でやってませんから」

「そ、そうか…ならいいんだ…」

「いいわけないでしょうがー!藍もなに言ってるのよ!あー!もう!」


 そんな和やかな雰囲気から朝が始まる。

 藍さんは掃除や洗濯に忙しい、昼食の準備は朝の内に済ましてあるそうだ。

 最近は俺が人里まで買い物をする事もある。

 紫から貰った符を掲げて合言葉を唱えると人里の近くまで隙間が開く優れもの。

 これなんてDocodemoドア?

 紫は大抵は博麗神社に遊びにいく。

 昼を済ますと藍さんは幻想郷の結界の確認をしにいく、紫は昼寝をする。

 藍さんは結界の綻びが無いかを確認し、なにかあれば補強、それが終わって帰ってくるのが夕方だ。

 俺は夕食の準備をしておく、合間に洗濯の取り込みなどを手伝い、たまに来る橙の話し相手などもする。

 疲れた顔で帰ってきた欄さんにねぎらいの言葉をかけて、少し休憩をしてから夕食となる。

 その後「肩がこってしまったよ」という藍さんのために肩をもんであげる。

 妖獣なのに肩がこるのか?と疑問ではあるが藍さんが言うのだから、そうなのだろう。

 肩や腕、ふくらはぎなど順番に揉んで終えると「ありがとう、コリがほぐれたよ」と少し赤みがかった頬で嬉しそうにお礼を言うからこっちも嬉しくなる。

 それを見て紫も「わたしもー」とかいうが却下、お前は昼寝してたろうが。

 罰が悪そうな藍さんに不貞腐れた紫、そのあとは大抵が頃合をみて就眠となる。 


 しかし今日は少し勝手が違った。

「いつも世話になってるお礼に、たまにはお返しとして耳掃除でもしてやろうか?」

 とか藍さんが言ってきた。

「おお?ぜひお願いします!」

「そ、そうか…じゃあ…」

 そういって藍さんは正座になり、恥ずかしそうに膝をポンポンと叩く。

 俺は迷わずダイブ。

 それを紫は呆けたような、それでいて寂しそうな顔でこっちを見ていた。

「…なんで藍ばっかり…」

 紫が何かを呟いたように聴こえたが、耳掻きが入っていて良く聞き取れなかった。

「もう寝るわ。お休み藍、○○」

「あ!はい、おやすみなさい」

 紫と藍さんがやり取りをしていたが俺は動けず、片手をあげて返事をした。





 深夜、俺は何かの気配を感じて目が覚めた。

 何かが俺の布団に入ってきている。

「…え?な、なに」

「だめよ…○○…騒がないで…」

「…紫?っちょ!お前なにや…」

 叫ぼうとした途端、口を手で押さえられる。

「ねぇ○○、いい事しない?とても気持ちのいい事よ……ね?」

 紫の身体には身を包むものも無く、薄暗い部屋の中、月明かりで青白く浮かんだ裸体を表していた。

「っく!やめてくれ!」

 俺はとっさに紫を押しのける。

「…また俺をからかうつもりか?今度のはタチが悪いぞ?」

 動揺を鎮めるように俺はそんな事を勝手に口走っていた。

「……そう……ええ、ただの戯言。引っかかると思ったのに」

 紫の口調はいつもの胡散臭い言い方だったけど、どこかが違う。

「っ!紫!」

 呼び止めようとしたが、紫は次の瞬間、隙間に消えていなくなっていた。





 次の日、俺は昨日の事を問いただそうと思った。

 しかし「なんのことかしら?」とはぐらかされてしまった。

 それからの日々は、いつもと変わらぬ毎日で、あの一件はただの冗談だと俺は結論付けた。



 その日の昼、紫は博麗神社に行っており、そしてまた藍さんも珍しく屋敷にいた。

 のんびりと縁側でお茶して、ゆったりとここに来た時のことを思い出していた。 

「今思えば藍さんは最初の頃は冷たかったですね」

「む、そんな事…あったかもな…」

「ええ、でも実は主人思いで家事掃除と家庭的だったのが印象に残りましたね」

「それは当然だろう、私は紫様を尊敬してるからな」

 藍さんは誇らしげに笑う。

「だが○○が来てからは本当に助かっている」

「そうだとしたら嬉しいですね。俺は藍さんの事が……っと、んん」

 危うく口走るところだった。

「…なんだ?」

 しかし藍さんは疑問そうに聞いてきた。

「いや、なんでもないです」

「…むぅ。気になるじゃないか、言いなさい」

 意地が悪そうな笑みで命令系か。

「いやいやいや。無理です」

「ダメだ、言わないと…こうだ!」

 と、藍さんが俺の背後からチョークスリーパーをがががが。

「あいたたたた、痛いっす!」

 パンパンと手を藍さんの腕に叩く。

「言うか?」

「言いません」

 ギュ。

 痛い、実際はそんなに痛くない。

 しかし問題がある。

 そう。

 藍さんの豊満な胸が、胸が、おおう、俺の背中に密着型おっぱい。俺大混乱。

「むぅ、なかなかしぶといな…仕方ない」

 そう言って藍さんは離れていく、さらば俺のバックパック。

「意外と頑固だな」

 残念そうな顔になってもダメですよ。

「まぁ大したとこじゃないんで」

「…はぁ、無駄に動いて喉が渇いてしまったよ」

 藍さんはやれやれとばかりに座ってお茶を飲んでいる。

「うむ。この茶葉は○○が買ってきた奴だったな。いつものよりうまいな」

「お、分かりますか。実はそれ葉自体は同じなんです」

「ん、そうなのか?でも少し味が違うと思うんだが」

「製造方法が拘ってるらしく、手もみらしいです」

「それは普通じゃないのか?」

「いえ、一度に固めて蒸さず、手で揉みこみながら蒸すそうで…」

 といつの間にか茶葉の話に変わっていた。

「なるほどなぁ、茶の作り方は色々あって面白いな。ところでさっきは何を言おうとしたんだ?」

「ええ、面白いでしょう。さっき?…ああ、危うく好きだと言いs…」

 なんという誘導尋問!

 どうする俺、とにかくごまかし…

「な!なぁ!ななな!なん!なななな!」

 あ、藍さんが真っ赤になって面白い事になっている。

「○、○○!い、いまなん、なんと言っちゃんだ!」

 いや、アレです。相手が慌てふためいていると自然とこっちは冷静になるというか。

「好きだと言いました」

「くわぁーーーーー!」

 いやー赤い赤い、ほおずきの様に紅いとはこの事か。

 しかし…この藍さん。見事にテンパッてます。

 ガシッ!

 いきなり両肩を掴まれた。

「○○!好きとは好きの好きなことか!?」

 どの好きだろう?

「えーっと、別名、愛とも言います」

「あ、あ、ああ、あいーーー!?」

 あ、倒れた。

 その後、時折痙攣しながら愛だの好きだの呟く藍さんを横目で見ながら俺はのどかにお茶を飲んだ。



「…○○」

 どうやら落ち着いたらしい。

「はい、なんでしょう?」

 肝心の藍さんはそっぽを向いたまま続けた。

「…その…な。あの…私も…○○のことが…す、…好きなんだ」

 そういって俺の目をじっと見つめ、俺も藍さんの事を見つめ、ゆっくりと近づいて…



「…なによそれ」

「っ!ゆ、紫様!」

 俺と藍さんのすぐそばに紫がうつむいたまま、いた。

「藍ばっかり……どうして……○○を連れて来たのは私じゃない」

「紫?どうしたんだ?」

 俺は何か薄寒い気配を感じて紫に声をかけたが。

「……認めない」

「え?」

 紫が顔を上げた。

 その目は禍々しくつり上がり、そして血走っていた。

「藍も私が○○のこと好きって知ってたはず…式神ふぜいが…何でしゃばってるのよ!」

「紫様!私はただ…その!」

 藍さんは真っ青になって紫の元へと駆け寄ろうとするが、手にした日傘を藍さんに向けて留める。

「藍…らん?貴方は私の何?式神よね?そうただの下僕!口答えなど許さないっ!」

「あああ!すみませんすみません!私はただ、ただ○○の事が…!」

 藍さんはいつの間にか涙まで零していた。

 俺は…ただ、呆然と見ていることしかできない。

「…黙りさない」

 そう紫は無表情で言って懐から一枚のお札をとりだした。

「紫様!それは、それだけは!」

『‐式神‐八雲 藍』

 紫はそういって、身にまとう妖気を放出していた。

「ああああ、○○すまないっ私はっ!…○○、○○っ!」

 俺は、俺はただ、ただ見ていることしかできなかった。

 けど、あれが藍さんにとって、俺にとって悲しい事になると悟っていた。



「ねぇ○○?」

 紫が笑顔で俺に話しかけてきた。

「なにしたんだ?」

「なにって?」

 胡散臭い、その笑顔。

「藍さんだよ…」

「何を言ってるの?藍ならここにちゃんといるでしょ?」

 ほらほら、と紫はその隣に居る藍さんを指差す。

「…なんだよ、これ」

 たしかにいる。でもコレは藍さんだけど藍さんじゃない。

「…なにって、式神の藍。八雲 藍よ」

 したり顔で言う。


 紫の隣には、藍さんがいた。

 ただその藍さんの目には何も映さず、ただ機械のように立つ、式神がいた。





 あれから数日がたった。

 俺は軟禁状態になっていた。

 人里へのお札は取り上げられてしまった。

 藍さんはあれ以来、機械のようだ。

 掃除も洗濯もする人がいない。

 しかし食事はなぜかいつの間にか用意されてたりする。

「なぁ、藍さんを戻してくれ」

「なにを言っているのかしら?コレが元々本来の式神というものじゃない」

 あれ以来、紫はいつも薄気味悪い笑みを浮かべている。

「俺が悪かったんだろう?もう変なことはしないから藍を許してやってくれよ」

「……気にいらないわね…。こんなにも○○に思われてるなんて…」

 嫌な予感がした。

「いっそ式神なんて捨ててしまおうかしら」

「分かった!もう、もう何も言わないっ!だから…」

「よかった…○○なら分かってくれるって思ったわ。それでこそ私の○○…」

 ああ、なんでこんな事になってしまったんだろう。

 俺は何も出来ない自分に悲しくて、悔しくてただ目の前の食事を黙々と食べた。


「…なんだ?なんか熱い…」

「ふふ、効いてきたみたいね」

 からんと音を立てて箸が指から零れ落ちる。

「…なにをした?身体が…」

「ふふふ、薬師に頼んでわざわざ調合してもらったのよ?」

 紫が酷く嬉しそうにワラウ。

「その薬は性欲を増幅するの。それはもう獣の様に、ね」

 ああああああ、女、女、女、女女女女おんなおんなおんなオンナオンナオンナ。

「さぁ○○、自分に正直になりましょう?本当は私を求めてたんでしょう?シッテルんだから、毎日毎日マイニチずっとずっとあんなに寝込みを襲って、今は私と二人きり、藍なんて式神も今は隙間の中よ?もう十分辛抱したわね?愛していいのよ?私をアイシテ」

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!











 藍さまがおかしくなっちゃった。

 紫さまもおかしくなっちゃった。

 ○○って人間、最初は良い人だと思ったのに。

 本当は○○が一番キケンなニンゲンだったんだ。

 ○○がマヨヒガに来てから全部おかしくなっちゃった。

 藍さまが怖い。

 紫さまが怖い。

 まるで能面のようで。

 藍さまは無表情。

 優しい藍さまは消えてしまった。

 紫さまは薄笑い。

 優しい紫さまは消えてしまった。

 全部、全部○○が悪い。

 だから。


 わたしがふたりを助けてあげないといけないんだ。


 マヨヒガは誰も来れない。

 妖怪、人間、問わず誰も来れない。

 でもわたしは別。

 きっとあの人間は油断している。

 今の藍さまと紫さまは人間に操られているんだ。

 紫さまと藍さまがいない時を狙わないと、あの人間に操られている紫さまと藍さまにわたしが攻撃されてしまうから。


 わたしは泥と埃にまみれながらも、ずっと機会をうかがっていた。

 ただ気配を隠して、猫又の本能でただ、ずっとじっと待っていた。



 そして。


 ○○が一人で庭にいる時、私は。







 黒い何かが突然、目の前に現れた。

 それが何なのか一瞬では分からなかった。

 長い間ずっと泥の中に居たかのような、汚れきったそれは橙だった。

 それが橙だと気づいた時、俺の腹が焼けるように熱く、訳が分からなかった。

 下を見ると橙の腕が俺の腹を突き破っていた。

 妙に納得した。



 あの日、紫に薬を盛られた夜、俺は獣となった。

 歓喜に溢れた表情の紫をただ貪り、猛る欲望を叩き付け、冷静になったのは次の日の昼だった。

 その日から毎日俺は紫と床を共にした。

 ただ惰性に流されていただけだった。

 藍さんの顔が見れない。

 何も出来なかった自分が恨めしい、情けない。

 ただ藍さんは無表情で立っているだけだった。

 紫の顔も見れない。

 ただ言いなりになるだけの俺が悔しく、そして紫が憎い。

 紫はそれでも嬉しそうに笑い、俺に纏わりついてくる。


 誰か、こんな俺を助けてくれ。


 その救いはやってきた。

 橙。

 すまない、橙。

 憎しみで歪んだその顔が申し訳なくて。

 俺を殺した事で二人が帰ってくると喜ぶ橙が申し訳なくて。

 だから橙。

 本当にごめんな。


 倒れ逝く俺の目に映ったのは、隙間から半身を出し橙の首を絞めている紫の姿だった。






「汚い鼠、いえ猫が潜んでいたなんて…。まさかこんなことになるなんて…」

 ○○は死んだ。

 一瞬で心臓を突き破られた○○は、どうやっても助からない。

「許さない。バケ猫風情が私の私の私の○○を!」

「ゆ…かぁ…り…さぁま…」

 薄汚い汚物が何かを呟いてるが知ったことではない。

 地面を這いずる汚物が、血肉を撒き散らしながら腕を上げる。

「藍、○○と同じ様に腹を突き破りなさい」

 ○○の受けた痛みを思い知りなさい。

 いいえ、それだけじゃ済まさない。

「丁寧に死なないように、臓物を抉り出すようにその腹を引き裂きなさい!」

 私の命令で式神である藍が汚物を引き裂いていく。

 それで私はその汚物に興味が無くなった。

 今すべき事があるからだ。

 そう、○○の魂、閻魔の所になんて行かせはしない。

「……ち…ぇ……ん……」

 今、かすかに藍が声を発した様な気がしたが気のせいだろう、今の藍は機械でしかないのだから。

 青く光る○○の魂を大事に身に包み、紫はそっと魂と共に隙間へと消えていった。

 ただ淡々と橙を引き裂く藍の目からは、とめどなく涙が溢れ流され続けていた。





 目、目、目、目、目、目。

 そこはただ目が魂だけとなった俺を見つめていた。

 手、手、手、手、手、手。

 あやふやなところから手が伸ばされ、魂だけとなった俺を掴んで離さない。

 生前であれば、肉体があれば気が狂っているだろう、この場所は隙間の中だった。

「おはよう○○。今日も幻想郷は平和よ?」

 定期的に訪れる紫が嬉しそうに、楽しそうに笑う。

 魂だけとなり、拘束された俺は狂うことも出来ない。

「○○、愛しているわ。永遠に…」

 なんでこんな事になったんだろう? 

 ただ一つ分かる事がある。

 この地獄は永遠に続くんだろうという事が。













色々とグチャグチャ詰め込んだら滅茶苦茶になった。
友人にヤンデレ書けと言われて書いたらこんなんになった。
反省はしない、なぜなら俺の得意分野じゃないからだ。







 隙間から覗くは外界の、不要な人間、生きる糧を無くした人間、自ら命を落とそうとする人間。常識を失った人間。

 それを幻想郷に誘うが私の仕事の一つ。

 幻想郷の妖怪は幻想郷に列なる人間を食べてはならない約束がある。

 それを解消するのが外来人、つまり餌である。

 しかし、ただ餌として招くには一方的すぎる。

 故に、再思の道に誘うのが閻魔との取り決めの一つである、が、その事は誰も知らない。

 その所為か、思い直した人間のために緩んである結界を抜けられず、妖怪に食われるのは管轄外というものだ。

 むしろ食わす為に招いてるのだから私を責められても困るというもの。

 私は幻想郷を愛している。

 幻想郷のためになら、いくらでもこの力を振るいましょう。

 そう思っていた時期が私にもありました。




「やーん、今日も○○ってば可愛いんだから♪」

 時は昼頃。

 所は博麗の社。

 対するは楽園の素敵な巫女で、かつ私の惚気話のお相手。

「でね、○○ってば毎朝、毎朝よ?わ・た・しの~布団にもぐりこんで来るの!
○○が来たらすぐ目が覚めるんだけどいつも寝た振りしてるんだけどね?どんな事してくるのかいつもドキドキするのよね~」

 霊夢ったらいっつも変な顔してるけど、きっと羨ましいんだろうな。

「それでねっ、それでね!」

「…ちょっと。ストップ。止まれ。つかお願いやめて」

「…なによ、これからが良いところなのに…」

 霊夢はため息を付くと、こめかみを指でぐっと押さえて言った。

「あんた、そんな性格だっけ?いや今更かもしんないけどさ、○○って人が来てから変わりすぎじゃない?」

「そうかしら?もしそうなら愛のなせる技って奴ね……ふふふ」

 ○○と出会ってからの私は幸せ一色。

 彼は人間、私は妖怪、だけど種族を超えたLOVE!萌える!じゃなくて燃える!…まぁ、どっちでもいいわね。

 いざとなれば幻想郷には、ありとあらゆる方法で共に歩める道を作る事もできるのだから。

「……はぁ。もうあんたがどんなに変わろうがどうでも良くなったわ。ただ一つ言わせてもらうと…」

「うん?何かしら?…○○の事だったらいくらでも良いわよ?ただし惚れたら霊夢と言えども容赦はしないけどね…ふふ」

「あーうざっ。聞きたくない。聞きたくないから帰ってくんない?つか帰れ」

 酷く疲れた顔をして霊夢は言った、どうしたのかしら?きっと栄養が足りないのよ。

 今度、食料をお土産に持ってこよう、するといつもご機嫌なんだから。

「はいはい、分かったわ。…ああ、でも人里で○○にあったら絶対に粉かけちゃダメよ?ゆかりんとの約束よ?」

 隙間を開いて上半身だけだして可愛くウインク、キラッと星を出すのがポイントよね。

「なにが「ゆかりん」じゃ!うがーー!」

 カルシウムが足りないんじゃないのかしら、一々弾幕まで放ってくるなんて。

 まぁ今日も昼寝をする振りをしながら○○を誘ってみようっと。







 ある日のことである。

「お邪魔するわね」

 そう言って私は隙間から、とある場所に躍り出た。

「出来れば玄関から入ってもらえないかしら」

 目的の人物は突然の来訪をものともせず、こちらを見る事無く淡々と机に向かったまま作業を続けていた。

「今日は頼みがあって来たのだけれど」

「頼み?」

 そこで漸くその人物は振り向いた。

 どうやらこの私が頼みごとをするのが珍しかったのが随分と意外そうな表情をしている。

「貴方が私に頼みごとだなんてどういう風の吹き回しかしら?」

 訝しげな顔でこちらの心情を推測するような値踏みをするその人物。

 永遠亭の薬師、月の賢者、そして誰よりも遥かに遠い時を刻み込んだ月の民。

 八意 永琳。

「別に私達は敵対している訳ではないでしょう?」

「……そうね…でも気にはなるのよ」

 薬師は月の裏切り者、そして私は月への戦争を仕掛けた張本人。

 この両者が集えば何が起こっても不思議ではないし、私が薬師に何を頼むのかも警戒されてもおかしくはない。

 けれど私は純粋に、とある事をお願いに来たのだから。

「…私の恋のお手伝い。と言ったらどうかしら?」

 ぷっ!

 薬師はたまらず噴出していた、そんなに可笑しなことかしら。

「…は、はぁ? えっと、聞き間違い…かしら?今、恋と聴こえたような…」

「ええ、恋、恋愛とも言うわよ? 愛って素晴らしいわね」

 ○○の事を思う…それだけで視線の先に彼の微笑みが浮かびあがる、胸が高鳴る、ああ○○!

「……あー冗談じゃなさそうね。何を言われるのかと警戒した私がバカみたい」

 そういって薬師はいつもの霊夢みたいな変な顔して、何も無い空間に何かを投げ捨てるようなしぐさをしている。

「で? 一体なにして欲しいのかしら?」

 なんだか投げやりな言い方でなんか気に食わないわね……でも頼む身としては仕方が無い。

「そうね……正直になれる薬。なんてどうかしら?」

「正直? ああアレね? たしかツンデレって言うんだっけ。彼の前だとつい逆の態度でもとってしまうとか?」

 あらあら、勘違いされてるわね。

「私じゃないのよ。彼…○○なんだけど、いっつも私の気を引こうとしてくるんだけと、すぐ逃げちゃうのよね」

 そう、だからもっと彼には正直になって欲しい。

 自分の心の思いを素直に出せる、そんな薬。

 …でもちょっとエッチなのもいいかもしんない、……えへ。

「ねぇ、なにを妄想してるのか知りたくないけど、ここではヤメテ欲しいのよね…」

 もう、今良いところだったのに。

 じゃない、薬よ薬。

 こうして私は要望をつたえ……少し、ちょっぴりエッチな気分になるのも付け加えつつ、その場を後にした。








 その日の夕食後、○○は藍の膝枕で嬉しそうに耳掻きをしてもらっていた。

 違和感。

 そうね、これは違和感だわ。

 ○○との出会いから私は恋に落ちた。

 藍には私の伴侶となる人間だから丁重に扱いなさいと命令した。

 けどこれは行き過ぎ、まるで恋する乙女……まさか。

 私の心には不安の感情が溢れ出した。

 今すぐにでも藍に問いただしてしまいそう、妖怪は精神に依存する存在。

 このままだと非常にまずい事になりかねない。

 だから私は気持ちを落ち着ける為に、その場を離れた。




 私は○○が好き。

 だから○○も私を好きになって欲しい。

 沢山のアプローチを考えたわ。

 沢山の相談も幻想郷の面々としたわ。

 けれど。

 まさか藍がユダだなんて信じたくは無い。

 藍は私にとって唯一無二の大切な家族。

 しかし考えれば考えるほど嫌な事ばかり思い浮かぶ。

 不安と不信、ifへの恐怖、藍を信じられない自分への嫌悪感。

 どんどん感情が乱されていく。

 だから私はついに、いてもたってもいられず○○へ部屋に押し入ってしまった。

 こんなやり方が間違っているのは自分でもわかる。

 でも知りたい。

 ○○の気持ちを知りたい。

 愛しているの。

 だから○○、私を受け入れて……お願い。







「落ち着いた?」

 私はその日、朝日が昇ると同時に霊夢の胸で散々泣いてしまった。

 霊夢は叩き起こされて怒りはしたが、私を見るなりすぐに「どうしたの?」と言った。

 それで私は堪らず涙を一粒零し、それを切欠に堰を切ったかのように涙が止まらなかった。

 嗚咽が口から漏れ、苦しい感情に身を焼き、やっとの思いで落ち着かせた頃には霊夢の服はびしょぬれになっていた。

「……ごめんなさい霊夢。朝からこんなに迷惑をかけて」

「紫にしては殊勝な事ね。……なにがあったの?」

 私は言葉を一つ一つ、まるで子供の様に単語を並べる様な、そんな説明をし始めた。


「……そっか……あんた妖怪だもんね。人間の、しかも異性の心なんて分からないのも無理はないわ」

「う、うう、だって、だって~」

 ため息をつく霊夢に見放された様な気がして、つい又涙がこぼれそうになる。

「いいこと? あんたみたいに普段が胡散臭い態度とってると分からない事があるの」

「なにそよそれ?」

「好きかどうかって事。あんたちゃんと○○に伝えたの?好きって」

「ちゃんと言ってるわよ~」

「どうせからかいのネタにしか思われてないんじゃないの?」

「……う、そうかも…しれない…」

「なら!やることは一つ! 帰って○○に真面目に本心を伝えなさい?」

 態度一つで真実の言葉は嘘にも冗談にも変化する。

 だからこそ、態度を改めなさい、そう霊夢は言っているのだと、漸く私は気づく事ができた。

「……そうね……ありがとう霊夢!すぐにでも○○の所へ行ってくるわ…」

「待ちなさい紫! そんな顔で行くつもり? 裏から水を汲んできて顔を洗ってきなさい。酷い顔よ?今のあんた」

 そう言われて私は赤くなった、こんな顔で○○の前に出られやしない。

 それにしても、本当に私は良い友達を持った。

 幽々子は幽霊となってからは感情の起伏が無くなってしまったが、それでも大事な友達。

 けれどこんな弱みを見せられるのは霊夢しかいない。

 本当に、本当にありがとう霊夢。








 その日、藍が裏切った。

 藍が、私の家族が、主人として私を慕い、そして私もただの式神としてではなく、家族として愛した藍が。

 藍が、私の愛した○○を奪おうとしている、私の全てを捧げてもいいと思ったほど、いとおしい○○を藍が。

 藍、藍? なんで藍が、どうして藍が、やっぱり藍が、やはり藍、藍、藍、藍、お前が……○○を奪うのだな?

 仲良く家族ごっこなんぞにうつつを抜かしていたからこうなるのだ。

 考えても見れば自由を与えすぎたのが原因だったのだ。

 所詮は妖獣、雄を見れば尻尾を振って発情する牝豚でしかない。

 獣ごときに○○の世話をさせるべきではなかった。

 式神き式神として、そうあればいい。

 そうよ、○○も獣臭い藍に言い寄られていい迷惑だわ、ふふふふふ。

 でももう大丈夫、安心して○○、私が守ってあげるから。

 ずーっとずーっと傍に居るから大丈夫。

 家族なんてイラナイ、○○だけでいいの、○○がいればそれでいいのよ、ふふふふふ。

 これからは私が○○の欲しい物もやりたい事も全部かなえてあげるの。

 ほら、この薬、凄く高かったのよ? 貴方の為に作ってもらったの。

 ああ……○○、好き、大好きよ……。

 身も心も全部溶け合ってしまいたい……。 








 依存。

 全てが依存だった。

 私の心はただ○○の事だけで一杯だった。


 だから一目でソレが何なのか気づいたし、自分が何をやっているのかも理解していた。

 家族。

 家族だったもの。

 家族になるはずだったもの。

 その二人を私はそこらに転がっている小石の様な、どうでもいい感情で見ていた。

 式神として起動をしていても藍の心は現状を見ている。

 今後、藍の心は壊れるだろう。

 その藍の手にあるのは、彼女が愛した家族だから。

 橙。

 貴方は○○の身体を奪った。

 いつからか分からぬほどずっと潜んでいたのだろう。

 かなり消耗した力を取り戻すかの様に、その残った妖力で○○の身体の生気を奪いつくした。

 残された○○の肉体は干物の様な物体。


 私の○○を食べたのだから、最後に愛すべき者の手で殺される罰を与えましょう。



 ○○。

 私の○○。

 幻想郷のルールを侵してでも私は離さない。

 魂となっても傍にいるわ、○○。




















































 ---------------見なくてもいいあとがき-----------------------
うわっ何この蛇足。

いや紫の壊れて衣玖さーん!過程…(誤変換ですが残します
壊れていく過程があったらとか言われたのでツイやってしまった。
なぜこんな事をしたのか。
豚もおだてリャ木に登るといいまして。
俺もGJ言われまくると調子にのって糞SS排出する、という事ですね分かります。

とりあえず批判が怖いので本スレに逃げますサラバ
最終更新:2017年06月25日 08:23