少し早いが、鬼に嘘をつくとどうなるか試してみることにした
「なぁ萃香」
霊夢に用事があってきたがおらず神社をうろうろしていると、縁側に座っていた萃香を見かけ声をかける。
「なんだい、〇〇?」
「俺さ、彼女ができたんだ!」
「……よく聞き取れなかったや。もう一度言ってくれるかな?」
「だから、彼女ができたんだって」
熱弁振るう俺に対し、萃香はふぅんと素っ気ない返事を返した。
「あれ、ノーリアクション?」
「ちょっとビックリしただけ。ところで、誰と付き合うことになったのさ」
「ん? あぁ、慧音先生」
その返答に納得したのか「そうなんだ」と言い残し、立ち上がって蔵の方へ向かった。
だが、今までの話はほとんど嘘だ。嘘を付いていないといえば、俺が慧音に好意を抱いていること、あちらもこちらに好意を抱いていること。
昨日、こちらに来てできた友人と酒を飲んでいたら、その友人がポロリと漏らしたのだった。その友人は情報通なので間違いはないと思う。
ただ、昨日は3月31日で、今日は4月1日。そう、エイプリールフールなのだ。
告白は一日でも早いほうがいいとは思うが、(幻想郷にエイプリルフールがあるのかは知らないが)さすがに嘘と思われては話にならないので、告白は明日することに決めたのだった。
なのになんで嘘を付いたか。本当は彼女ができたという嘘だけで、その相手が慧音とまで言うつもりはなかった。思わずポロっと出てしまったというところだろう。
別に知れ渡るわけはないだろうし、知れたとしても後で嘘から出た真とでも言えば何とかなるだろう。
「しょうがない、今日は出直すか」
霊夢もいないようだし、俺は神社を後にした。
翌4月2日。
俺は少し浮ついていた。いや、緊張で少しハイに鳴っているというのが正しいのだろうか。
慧音に告白をしようとカッコ付けるまでは良かった。
家を出ようと思ったが、授業中じゃね?→じゃあ昼にでも→もし混乱させたら授業がアレだよな→じゃ、終わってから→今ここ。
どうしてこうなった。
いや、ちょっとだけヘタレなのは自覚してたがここまでヘタレだとは思わなんだ。
告白したい。でも、もしかしたら振られるかも。
…ええい、女々しい。こんなんじゃ余計に嫌われちまう。男は度胸ってばあちゃんも言ってたしな。よし、行こう。
そう決心したときには既に午後5時頃になっていた。
「すみません、〇〇です」
家の前に来て呼んでみるが反応がない。良くも悪くも真面目な慧音だ。客人が来たら用事が無い限り何らかの対応を取るはずだ。なのになんの反応もない。
「出かけてるのかな?」
何時までもここにいてもしょうがないので周りの人に聞いてみることにした。
けれど、帰ってくるのはどれも知らないという反応だけ。さらに、昨日から帰っていないという話だ。
さすがにコレはおかしいと思う。一日以上出かけるのなら、普通誰かに言う。急な用事だとしても、いささかおかしい気がする。
普通の人ならそうでもないかもしれないが、あの慧音だ。惚れた云々を差し引いてもおかしい気がする。
心配になり、竹林の案内人のところへ顔を出した。
「〇〇か。どうしたの?」
藤原妹紅。自称、健康マニアの焼き鳥屋。誰も信じてはいないが。
「慧音が昨日から帰っていないらしいんだが、なにか知らんかね、もこたん」
「昨日は来てないけど。というか、もこたん言うな」
妹紅の所まで来てないとなると、ホントどこに行ったんだ。
立場上、そうそう人里を開けることはないはずなんだが…。
なんとなく不安になる。それが杞憂であればいい。しかし、状況がそれを確定させない。
「…ホントやな感じだ」
これ以上探しても見つかり用がないし、そろそろ日もくれようとしている。今日のところは家へ帰るのが得策だろう。
そう思い、俺は竹林を後にして帰路へと付いた。
家へ帰ってしばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はいはいどなた?」
ドアを開けると、そこにはうつむいた萃香が立っていた。
「こんな時間になんか用か?」
「ちょっと話があるんだ。中に入ってもいいかい?」
「別に構わいはしないが」
萃香はありがとうと言って家に入ってきた。
「夕食はもう終えたからなんにも出せないが」
「それはいいよ。それより話があるんだ」
つまらなそうにそう言う。
にしても、なんで家に入ってもうつむいたままなんだろうか。
「で、話って何だ」
萃香の前にホットの緑茶を置く。俺は下戸なので酒を家に置いていない。
「あのさ、昨日行っていたことはホント?」
「昨日…あぁ、あの事か」
多分じゃなくても嘘を付いていたことだろう。別にネタばらししても問題ないか。
「それは本当なの?」
「スマン、嘘だ」
「…嘘?」
「あぁ、エイプリールフールの冗談のつもりだったんだ」
「えいぷりえーる・ふーるって何さ」
やはり知らなかったか。俺は簡単にエイプリールフールの説明をした。
「一年で一度だけ嘘をついてもいい日?」
「概ねそんな感じ。タダのジョークのつもりだったんだ。許してくれ、とは言わないが何でもするよ」
頭を下げるが、萃香は渋い顔をしたまま。何かまずかったのだろうか。
「あのさ、〇〇。鬼は嘘つきだと思うかい?」
「どうだろう。一般的には嘘つきかもな」
「私はね、そう言われるから嘘が大嫌いなんだ」
ワナワナと震えているのは怒りのせいだろうか。
さすがに不味いと思ったが、もう一度謝るよりも先に萃香は口を開く。
「しかも、それが好意を持っている相手ならなおさら、ね」
そして気がついたときには押し倒されていた。
外見がいくら可愛らしいとはいえ、彼女も鬼。ただの人間では振りほどくことすらできない。
「いきなり何だ。痛いぞ」
「そりゃ、痛くしてるからね。ついでにのくつもりはないよ。〇〇、お前が悪いんだ」
「たしかに嘘をついたことは悪かった。けど、ここまでされる覚えはない」
「さっき私が言ったこと覚えてる? 私はお前のことが好きなんだ、愛してるんだ」
えっと、萃香は俺のことが好きで、その俺に大嫌いな嘘をつかれたから怒っている。そういう事だろう。
「悪い。俺には他に好きな人がいる」
その好意は嬉しいが、受け取れない。
振られたときのためにキープしておくなんてこともしたくないから、はっきりさせておかないと。
「? 何を言ってるんだ、〇〇。お前は何でもするといっただろう。なら、私たちは恋人同士だ」
でも、どこか虚ろな表情をした萃香はこちらの話を聞こうとしない。
駄目だ。今の萃香には全く話が通用しない。
「それとも、好きでもない慧音のことでも心配なのかな」
「なっ――」
どうして萃香がそれを知っている。確かに、嘘を付くときにポロッと名前を出してしまったが、そんな事で。
「優しいね、〇〇は。でも大丈夫。アイツはお前のことなんかスキじゃないって言ってた。そう認めさせた」
「慧音に何をしたんだ」
自分でも驚くほど低い声が出た。しかし、萃香は嬉しそうに口を開く。
「別に。ただ決闘をして、負けを認めさせただけ。殺してはいないけど……もう人前に顔を出したくはないだろうねぇ」
良い気味だ、と高笑いする萃香。
「お前…誰だ…?」
その姿を見て、思わず呟いた。呟かずにはいられなかった。目の前の、自分の知らないナニかに対して。
「誰って決まってるじゃないか。伊吹萃香、お前の恋人だよ」
背中にゾクリと冷たいものが走る。
コイツは俺の知ってる萃香じゃない。萃香の姿をした妖怪だ。
無我夢中で逃げ出そうとするが、左肩に激痛が走る。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
声にならない悲鳴を上げる。同時に吐き気と脂汗が滲み出てくる。
「あぁ、ごめんごめん。必死だったから、つい力加減間違えちゃった」
今の容赦ない一撃で逃げる意志は刈り取られる。そのかわり、植えつけられたのは言いようもない恐怖。
「でも、コレでしばらく動けないだろう? 私がやったから責任は取るさ」
俺の上からどくと、萃香は俺をヒョイと持ち上げる。何かされるかと思ったが、連れて行かれたのはベットだった。
「ほら、今はゆっくり休みな」
ベットの上で膝枕をされ、萃香は俺の頭を撫でる。
―――嘘なんかつかなければよかった。
そう思い、俺は痛みに顔を歪めながら意識を手放した
最終更新:2013年04月23日 01:08