今日も僕は仕事を終え、同僚達とささやかな酒宴を楽しんだ後で帰宅する。
知り合いの女性同僚が盛んに二次会へ誘っていたが、丁重に断って来た。
彼女の思惑は透けて見えるが、こうした方が彼女の為でもある。
「あの子も、霊感があった方が良かったかもねぇ」
以前、本物の霊感を持った派遣さんが職場に来た時、次の日から来なかったもんな。
そんだけ今の俺からはやばいものが溢れているって事だ。
瓶ビールを冷蔵庫から取り出し、自分の寝室にあるテーブルの上に置く。
コップは三つ。俺だけなのに三つ取り出し、それぞれにビールを注ぐ。
「……やっぱり、我慢出来ないのかねぇ」
こんな夜は、幽霊が出そうな夜は幻痛が俺の身体を過ぎる。
思わず手が、喉元と胸元に伸びる。
そこには、俺が確かに彼処に、生者が赴けない場所に居たという証がある。
喉元には、まるで蝶のような掌の跡が。
胸元には、横一閃に延びる切り傷が。
『あなたの願いなら待てるわ。数十年後ぐらいならね』
『はい、私もお待ちしています』
そうは言ったものの、我慢出来ぬのが恋慕に憑かれた女性の情念だろうか。
正直、現世に帰って来ても、俺の生活はあまり変わってないような気がする。
(でも、ここで迂闊に本音を漏らしたら即行で連れていかれるよなぁ)
視界の端を過ぎった紫色の蝶々。
梅雨で例年以上の猛暑だと言うのに、俺の部屋はひんやりとしている。
両側の部屋は何時でも空き部屋なので、騒いでも問題ない。
俺の部屋は、何故か家賃が安くなってしまった。
「はぁ……二人とも、もうちょっと自重して欲しいよ」
溜息混じりに、俺はビールの入ったコップを煽った。
残りの2つのグラスをふと見る。
既に2つとも、空になっていた。
最終更新:2013年05月08日 15:07